第六章:2丁拳銃
ロンドンの酒場。
そこには二人の男が昼間から酒を飲み合っていたが既に酔い潰れていた。
店主はその二人を見て早く迎えか帰ってくれないか、と思った。
こういう酔い潰れた客は早々に帰ってもらいたいのが酒場で働く者達の願いだった。
ドアが鳴った。
中に入って来たのは、金髪の男で黒いトレンチコートを着て夜なのにサングラスを掛けていた。
「いらっしゃい」
「やっぱり、ここに居たか」
男は、酔い潰れた二人を見て呆れた声を出す。
「お客さん。この二人の知り合いで?」
「あぁ。帰りが遅いんで、この二人の上さんに頼まれたんだ」
男は肩を落としながら二人を同時に肩に抱き上げた。
「お客さん力持ちだね・・・・・・」
店主や客達は驚いた。
「なぁにこれでも鍛えているからね。ああ、金はこれで足りるかい?」
男は懐から財布を取り出して、店主に渡した。
「毎度」
店主は金を受け取り、厄介払いが出来たと喜んだ。
店を出た男は、二人をルノーに乗せて夜の街へと消えた。
そして男二人が目覚めた所は、何処か分からない場所だった。
明かりは、一本の蝋燭だけで後は闇だ。
二人は後ろ手で縄を縛られて動けない。
「さぁて・・・俺を殺そうとしたんだ。たっぷりと礼をさせてもらうよ?」
椅子に逆に座りながら煙草を蒸かす男。
この男の名は、ヴィンセント・クリス・ベケット。
彼等の上司が雇った殺し屋で、自分達が殺そうとしている相手だ。
「お、俺らは何もしてないだろ?」
「そ、そうだっ。俺らはただ、上からの命令で・・・・・・・・・」
「上からの命令ねぇ・・・・それを“ツンドラの女王”が聞いたら即座に殺されているな」
ヴィンセントは煙草を蒸かしながら呟いた。
もし、ここにツンドラの女王と言われる“荒鷲”が居れば即座にこの二人は静脈を切られ瞬殺されている事だろう。
いや、まだそれで殺されるならマシな方だ。
あの女性は自分や女豹、男爵などよりも遥かに多くの修羅場を潜り抜けてきた兵中の兵。
感情などあって無いに等しい程クールだ。
淡々と非情なまでに仕事をこなす姿は女版サム・スペードと言った所だ。
そんな女性だが、唯一とも言える大事な物がある。
自分の意志があるか、どうか。
彼女の一族は全員が暗殺者だったらしい。
もちろん彼女も幼い頃からその教育は受けて育って来た。
だが、彼女は他の者達が言われた仕事を淡々とこなすのに対して譲らない物があった。
自分の意思で仕事を引き受けるかどうかだ。
長の娘とは言え、仕事を依頼されたらそれを断らずにやるのが常だった。
しかし、それではただの木偶の坊と同じ事。
それは一流の暗殺者ではない、というのが彼女の考えらしく自分の意思で仕事を引き受けるかどうかを決めた。
この考えは自分以外、つまり他人にも求めている。
先ほどこの二人は上司に命令されて、自分の意思ではないと答えた。
これを彼女が聞けばこう答えるだろう。
『自分の意志も無い木偶の坊は的当てにして上げる』
そう言って本当に的当てにするだろう。
原型が留まらない位まで弾を撃ち込み続けるだろう。
他人事ながら、ヴィンセントはここにあの女が居ない事に安堵を覚えた。
「お、俺らを殺すのか?」
男の一人がヴィンセントに震える声で訊ねてきた。
「最初は殺すつもりだった」
ヴィンセントは何でもないように答えた。
「だがあんた等、寝言で上司の悪口を言っていたな」
やれ給料が安いだ、口うるさいだ、体臭が臭いだ、と・・・・・・・・・・・
「俺らが言ってたのかよ?」
二人の内、一人が聞いた。
「あぁ」
ヴィンセントは煙草を地面に捨て靴底で揉み消した。
二人は寝言で上司の悪口を言ったという事に対して、よほど自分達は嫌っていたんだな、と変に思い直していた。
「そ、それで、俺らをどうするんだ?」
「殺すつもりで連れて来たが、あんた等の寝言を聞いてやる気が一気に無くなった」
これで殺したら自分が酷く情けない気分になる、とヴィンセントは言った。
「じ、じゃあ・・・・・・・・・・・」
「殺さないとは言った。だが、生かして帰すかは決めかねている」
つまり五体満足で返す積りは無いらしい。
「まぁ、先ずは・・・両手足を叩き折るか?それとも映画のように素っ裸にして油かけて尻を燃やすかな?」
『・・・・・・・・・・』
二人は顔を青くした。
「んー、どんな方法が良いかな?なぁ、リクエストはあるか?」
『そんなリクエストを誰がするか!?』
声を揃えて答える二人。
「乗りが悪い奴だ」
イギリス人ってのは頭が堅過ぎる、とヴィンセントは愚痴を零した。
だが、この場合はイギリス人だけではなく誰だって自分が拷問される方法を選んだりはしない。
ふとヴィンセントの携帯が鳴った。
「誰だよ?こんな時に・・・・・・はい。ヴィンセント。ああ、これは師匠」
ヴィンセントは電話に出ると、いきなり恭しい態度を取り始めた。
「今ですか?今は、俺を襲った奴等を捕まえて、拷問をする所です。はい?こいつら以外に殺し屋が差し向かれた?誰です?・・・・・“二丁拳銃”ですか。解かりました」
ヴィンセントは途中から真剣な顔になりながら、携帯を切った。
「お前ら、上司に見捨てられたな」
唐突に喋るヴィンセント。
「どういう意味だよ?」
「話を聞いて、分からないのか?あんたら以外に別の殺し屋を差し向けたんだよ。あんた等の上司は」
そしてあんた等も殺せ、と言われたらしいと話す。
「な、何で俺らまで」
「一つ、任務に失敗した。一つ、Mi5の中でも秘密裏に進められた計画だから、知る者を少なくしたい。一つ、あんた等に払う給料が惜しくなったから、だろうな」
「どれも良い理由だ」
男の一人は諦めた顔をした。
「うぅぅぅ、俺は死ぬのか?まだ、彼女の誕生日を祝っていないのに・・・・・・・・・」
「あんた等、死にたいか?」
ヴィンセントは、真剣な顔で聞いて来た。
「死にたくないさ。だが、死ぬんだろ?」
「それはあんたら次第だ。協力して殺し屋を退けるか、それともただ殺されるか」
「力を貸せ、と言うのか?」
「あぁ。相手は、2丁拳銃の渾名を持つプロの殺し屋だ。俺みたいな駆け出しには力不足だ」
『・・・・・・・・』
二人はどうするか考えた。
ここで殺されるのも嫌だし、仮に生きて帰ってもまたあの爺の下で働くなど御免被りたいのが本心だ。
となれば答えは一つ。
『協力する』
「OK。だが、俺を殺そうとしたら、俺は容赦なくあんた等を殺す。良いな?」
ヴィンセントの瞳が冷たい眼になり、二人は戦慄を覚えた。
だが、頷いた。
ヴィンセントは直ぐに縄を解いた。
「あんた等、武器は無いよな?」
先ほど身体検査をしたが、無かった。
「あぁ。この国じゃ銃器対策課くらいしか持てない」
イギリスの銃規制は、ヨーロッパでは一際に厳しい。
制服の警官は警棒以外の武器は犯人を刺激するからと持たない。
銃を持つ犯人には銃器対策課が受け持つ事になっている。
Mi5の場合は司法権も無い。
その為、下手に銃を持ち歩くと職務質問などをされるから銃を所持しないのだ。
「だからイギリスは嫌いなんだ」
ヴィンセントは、また愚痴を零しながら窓に背を預けて闇を見た。
「・・・やれやれ、電話が来た途端に殺し屋、参上だ」
ヴィンセントの瞳には、一人の男がこちらに近付いて来ているのが見えた。
黒装束に身を包んだ男は、立ち止った。
「何をするのかな?・・・・・・・・って、伏せろ!!」
言うが早いか、ヴィンセントは床に伏せた。
二人もそれに倣う。
同時に部屋に何かが突っ込んで来た。
そして爆発を起こした。