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第二章:憧れと現実

フランス1の港街として活性しているマルセイユ。


その港街の丘に建てられた一見の家。


白いペンキで塗られた屋根とベージュ色に塗られた壁などは、フランス的な造りであった。


その家で一人の男が電話をしていた。


「やれやれ。やっぱり、面倒な事になったか」


男は溜め息交じりに声を出した。


声は低いが呆れた声で何処か愛嬌がある。


「だから言っただろ?宗教と政治絡みの依頼は碌な目に遭わないと」


電話の相手はすまなそうな声で謝罪して来た。


「まぁ、お前の事だ。自分の尻くらい自分で拭けるんだろ?そうか・・・分かった」


じゃあな、と言い男は携帯を切った。


「誰からですか?」


男に歩み寄って来た女性が聞いてきた。


女性と言うより、まだ娘と言った年齢だ。


年齢は18、19歳で、白銀の髪をストレートに垂れ下げていた。


着ている服は、フリルをふんだんに使ったワンピース。


今の時代なら「古臭い」か「ロリ」などと言われるのだが、彼女が着ると妙に合う。


薄い緑色の瞳は透き通るような薄さで純粋な瞳だった。


「君の“将来の旦那様”がドジを踏んだ」


男は、右に付けた眼帯で、娘を見た。


「ヴィンセント様が?」


娘は些か面を喰らった顔をした。


「あぁ。まぁ、あいつもラインハルトも若いからな」


男は笑いながら、窓から見える海を眺めた。


「あの、それでヴィンセント様は?」


「自分の不始末は自分で片を付ける、と言った」


「ヴィンセント様・・・・・・・・・・・・・」


娘は、自分と将来を共にする男の決意に惚れ惚れとしていた。


「やれやれ。若いとは良い物だな」


男は苦笑しながら、どうなるかな?と楽し気に笑った。


一方、ヴィンセントはロンドンを抜けてフランスへと帰国していた。


フランスの首都パリ。


ここがヴィンセントの拠点だった。


パリは20区の行政区に別けられているが、その20ある区の16区に建つカフェ店。


そこが彼の持つアジトの一つで、一番使用する場所でもある。


「取り敢えず無事にパリまでは着いたな」


ヴィンセントはベッドに腰を降ろして煙草を取り出した。


銘柄は、黒い箱に金色でJPSと書かれた文字が特徴のJPS煙草だった。


19世紀半ばから存在するアメリカの老舗メーカーで少し苦くバージニア葉が多い。


酒の香料を入れた事により、滑らかな煙草に仕上がっている。


ただし、他の煙草に比べて燃え尽きるのがかなり速い。


カップラーメンを待つ間に3本くらいを吸える程だ。


ヴィンセントのJPSはソフトだった。


一本だけ器用に取り出して銜えた。


銀色で細かな彫刻を彫られたジッポー・ライターで火を点けた。


酒の香料を使用するだけあって、少し酔った気分になれる。


あっという間に一本を灰にした。


また新たに銜えようとした時、ドアが叩かれた。


「誰だ?」


スーツの右側に手を伸ばして、リボルバーを抜き壁に張り付いた。


殺し屋として、幾つもの修羅場を潜り抜けて来た為、必要以上に用心深い。


「食事を持って来たわ」


女の声で滑らかな口調だった。


ヴィンセントはドアを開けてやった。


中に入って来たのは、23、4歳のパリ・ジャンヌだった。


パリの女性だけあって、洗練されている。


このカフェ店を営む女主人で情報と武器を裏では売る商人だ。


ヴィンセントも懇意にしておりそれなりに長い付き合いだった。


「仕事は終わったの?」


「まぁな。だけど、問題が発生した」


新たなJPSに火を点けながらヴィンセントはリボルバーを仕舞った。


「何かしら?」


「命を狙われた」


「と言う事は、政治か宗教絡みね」


女は確信した口調で断言した。


「あぁ・・・・・・・・・・・・」


「本当にまだ甘いわね」


女性は盆に乗せた食事をテーブルに置きながら喋り出した。


「伯爵様も言ったでしょ?政治と宗教絡みは碌な事にならない、と」


「否定できないな。ロンドンから帰る途中もつくづく痛感した」


「貴方を評価するなら最低ランクのEね」


「随分と辛口な評価だな?」


「貴方は自分にどれ位の評価を与えたの?」


「CかD」


「ハードボイルドを目指している割には自分に甘い男ね」


グサリ、とヴィンセントの胸に女の言葉がナイフのように突き刺さった。


ヴィンセントはハードボイルドな性格に憧れている。


初めて彼がハードボイルドと出会ったのは、子供の頃だ。


TVで放送されていたハンフリー・ボガードが出た映画、「マルタの鷹」を見て、ハードボイルドに憧れた。


更にダシール・ハメットの原作などを読んで、ハードボイルドの世界にのめり込んだ。


彼が敬愛するのは“金髪の悪魔”と揶揄されるサム・スペード。


レイモンド・チャンドラーが作り上げた“正義の騎士”、フィリップ・マーロウでもない。


ロス・マクドナルドの“精神医者”、リュウ・アーチャーでもない。


ミッキー・スピレインの“タフガイ”、マイク・ハマーでもない。


サム・スペードは感情に左右されず、如何なる欲望にも負けず、非情なまでに仕事をする。


その姿は、まさにハードボイルドの典型と言えるだろう。


だからこそ、女の言葉が痛かった。


ハードボイルドな主人公達は全員が自分に課した掟を頑なに貫き、尚且つ一時の感情に左右されたりなどしない。


特に彼の中では、くどいようだが、サム・スペードが一番なのだ。


それでは自分はどうか?


金に眩んで依頼を受けた。


どう考えても、ハードボイルドじゃないし、サム・スペード所か、どの小説に出て来る主人公の足元にも及ばない。


「やっぱり・・・・Eか」


「それ以外の点数をくれてやるなら、ランク外よ。殺し現場にトランプの♠とJを置いて行くのも悪趣味の一言よ」


止めの一撃とばかりに女は言った。


ヴィンセントは、ガックリ、と息絶えたように沈んだ。


彼は殺し屋として些か変な癖がある。


必ずトランプの♠とJのカードを置くのだ。


♠は死を意味し、Jは兵を意味する。


つまり死の兵と見せているのだが、これも映画の影響で真似ている。


本当の殺し屋はこんな馬鹿な事をしない。


ただ依頼を完遂するだけだ。


それなのにこんな証拠品を残すのだから、ランク外と言われても何も言えない。


完全に打ちのめされたヴィンセントを見て女は部屋を出ようとした。


しかし、止まった。


「聞いてないと思うけど、食事は食べたら厨房に持って来てね」


それだけを言い残して、今度こそ女は部屋を出た。


暫くの間、ヴィンセントは奈落の底から這い上がれないで、もがき苦しんだ。


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