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第一章:殺し屋の通知表

イギリスのロンドン。


かつては「沈まぬ太陽の国」と謳われた国だが、今では昔の栄華の影は見えない。


そのロンドンのとあるBARでは一組の男性が向き合っていた。


右側に座る青年は昨日、BARで殺しをした男だった。


もう一人は中年で如何にも高そうな服を身に付けていた。


「残りの報酬だ」


男がアタッシュケースを僅かに開けて中身を確認させた。


煙草を吸っていた青年はサングラス越しに中身を確認した。


そして男はケースを青年に差し出した。


青年は煙草を銜えたまま眉を顰めた。


端正な顔立ちが僅かに歪み皺が見える。


「・・・・金はスイス銀行に振り込んでおけ、と言った筈だがどういう事だ?」


「堅い事を言うな。銀行に振り込む時間が無かったんだ」


「女みたいに苦しい訳を言う奴だ。イギリスのスパイは紳士と言うが、言い訳が苦しいな」


皮肉気に笑う青年。


まだ20を幾ばくか超えた歳だが、随分と苦労をしていると分かる顔つきだった。


「無駄口はいいから、金を確認しろ」


金を持って来た男に言われて改めて自分でアタッシュケースを開けた。


中にはE.U---欧州連合が作ったユーロが束になって積まれていた。


男はその束の一つを手に取り確認して見た。


もちろん他の客には見えないようにして、だ。


ちゃんとした紙幣NOが記されている本物だった。


「・・・確かに」


アタッシュケースを閉じた青年は頷いた。


「では、次の仕事だが・・・・・・・・・・」


「おっと悪いが、お前さんとの関係はこれっきりだ」


「何だと?」


男は目を見開いて聞き返した。


「約束を守れない奴を信用しない事にしているんだ。何より、俺はあんた等の専属殺し屋じゃない」


そう言い残して、青年は煙草を銜えたまま店を出た。


「・・・ふんっ。たかが一匹狼の殺し屋が生意気な事を」


男は舌打ちしたが、直ぐに懐から携帯を取り出した。


「私だ。殺し屋は店を出た。・・・・・・殺せ。金は取り戻せ」


男は携帯を切り葉巻を銜えた。


「・・・我が国に仇なす者は殺す。無論、殺し屋も含めてな」


男の小さな不気味な、笑い声がBARの中に響いた。


店を後にした青年は煙草を吸いながら、人ごみの中を器用に擦り抜けて移動した。


『・・・・やはり追手か。これだから紳士面した野郎は嫌いなんだ』


青年は煙草を道端に捨てて、路地裏に消えた。


それを見て後を追う数人の男達。


路地裏は貧民街の者たちが住む場所で衛生から治安まで悪い。


そこへ身なりの良い者が入れば、腹を空かせた狼の群れに羊を投げ込むような行為である。


案の定、男達は貧民街の者達に囲まれて袋叩きにされた。


男達も反撃するが大人数ではどうしようもない。


気絶した男達。


それを見計らって青年が影から現れた。


「ご苦労だったな」


青年はアタッシュケースを開けてユーロの束を幾つか渡した。


「ありがとうございます」


貧民街の者たちは一人ずつ束を受け取り恭しく頭を下げた。


「それから上手く脱出できる道はあるか?」


「ここを真っ直ぐに行けば大丈夫ですよ」


「ありがとよ」


もう一枚、束を渡して青年は路地裏を進んだ。


この男の名はヴィンセント・クリス・ベケット。


フランス生まれのパリ・ジェンヌで今年、22歳になる。


表向きは元軍人で今はフリーのジャーナリスト。


だが、それは表の顔である。


裏の顔は暗黒街でも若手エースと言われる暗殺者だ。


ヨーロッパを中心に暗黒街を指揮する“伯爵”に仕えている。


そんな彼の渾名は“切り裂きジャック”だ。


イギリスのロンドンを戦慄させたサイコ・キラー、切り裂きジャックが彼の持つ渾名である。


剃刀やナイフを手にすれば右に出る者は居ないとされる程の腕前を誇り相手の喉元を狙う事から名付けられた。


そんな彼が請け負った今回の依頼は、IRAの過激派を抹殺する事であった。


IRAはアイルランド独立を目論む武装組織だ。


19世紀の時代にイギリスに植民地にされた時からIRAは居た。


そこからは、血で血を洗う凄惨な歴史の幕開けだ。


無差別な殺しから、要人を誘拐し殺す、ゲリラ戦など様々な手でイギリスを攻撃した。


しかし、長い間、イギリスとの血で血を洗う戦いを繰り広げて来たが、やっと講和を結ぶに至った。


その証拠として、IRAは武器などを全て放棄してみせた。


その数は、ざっとこんな物だ。


小銃 - 1,000丁

プラスチック爆弾 - 3トン

重機関銃 - 30挺

地対空ミサイル - 7基

火炎放射器 - 7個

起爆装置 - 1,200個

対戦車ロケット弾 - 20発

軽機関銃 - 100挺

手榴弾 - 100個以上


などなど・・・・・・・・・・・・・・


これだけあれば、一つの街所か州を占領する事も可能ではないか?と思える程の兵器である。


これ以上にまだ武器を所持しているが、少しずつ放棄している。


これを見てイギリスも頷いて講和は成立した・・・・・・筈だった。


長い間の歴史とアイルランドの真の幸せを願う者たちには、イギリスとの講和を結ぶ事は死より辛いものであった。


その為、IRAから脱退した者たちの手で新たに組織が作られた。


その名もリアルIRA。


講和を結んだ方を暫定派と呼ぶ。


このリアルIRAは、あくまでイギリスをアイルランドから駆逐し、アイルランド島32州の統一を目指して過激な行動も厭わない。


一時、活動を休止させていたが、近年になりまた活動を再開した。


その間の空白の時間は謎めいているが、恐らくは国際テロ組織などと緊密な関係を築いて放棄した武器などを、手に入れていたのだろう。


その組織がテロを起こそうとする動きをイギリスの諜報組織が掴んで、密かにヴィンセントに殺しの依頼をしたのだ。


ヴィンセントはこういった政治絡みの殺しは請け負いたくなかった。


こう言った政治絡みの殺しだと、必ず犯人を上げる事に警察などは全力を上げて来る。


何より相手は無差別な殺人も厭わない集団だ。


目的の為ならば手段を選ばない相手となれば、どんな手を使おうと自分を殺すだろう。


それに結局の所は政治と言うのは自国に対して有益な事をする行為だ。


アイルランド問題も元を正せばイギリスが植民地などにして、未だに独立を認めない事が上げられる。


そう言った事もありヴィンセントは乗り気では無かった。


主人である伯爵も、余り乗り気では無かった。


伯爵曰く


『宗教と政治絡みは、絶対に苦い味になる』


らしく過去に経験して来たらしい。


こう言われてヴィンセントも断ろうとした。


だが、イギリス側が多額の報酬を見せて猫撫でしてきた。


それにヴィンセントは糸も容易く折れてしまった。


自尊心の欠片も無い。


そして依頼通り片付けた。


それなのに自分も亡き者にしようとした。


ある程度、予測できた。


予想で来たのに目の前の金に理性を奪われて受けてしまった。


殺し屋として3流も良い所だ。


「やれやれ。俺もまだまだだな」


新たな煙草を銜えて苦笑する。


本当の殺し屋なら自身の絶対的な信念と掟を守り通す。


だが、自分は金に眼が眩んで後先も考えずに受けてしまった。


どう考えても、甘いし軽薄な行動だ。


通知表を付けるならCかDだ。


そして、コメントにはこう書かれる。


『欲望に負けずにもっと考えてから行動するように努力しましょう』


「殺し屋に通知表が無くて助かったぜ」


もしもあったら、自分は恥ずかしくて見れたものじゃない。


とまぁ、暫し自傷しながらも素早く頭を切り替えた。


自分を殺そうとした。


おまけに約束も守らなかった。


十分に報復される理由はある。


「俺を嵌めたんだ。代償は・・・高く付くぜ。女王陛下」


ヴィンセントは路地裏を歩きながら、報復を決意した。


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