6「感想を書いた日」
彼女は、一冊の本を読み終えた。
読み終えた瞬間、何も考えられなかった。
ただ、本を閉じたまま、しばらくその場に座っていた。
時間がどれだけ経ったかもわからない。
窓の外は暗くなっていた。
彼女は、ゆっくりと息を吐いた。
彼女は、読んだ本の感想を書く習慣がある。
それは、読書ノートに書き留めるのではなく、SNSに投稿する形だった。
最初は、自分が読んだことを記録しておくためだった。でも、そのうちに、誰かがその感想を読んでくれることが、少しだけ嬉しくなった。
彼女は、スマートフォンを手に取り、画面を開いた。
そして、今読んだ本の感想を書き始めた。
最初の一行は、すぐに決まった。
「『彼女の計画』を読みました。」
その後に続く言葉を、彼女は少し考えた。
簡単に感想をまとめることができなかった。
読み終えたばかりの余韻が、まだ言葉になっていなかった。
彼女は、一度スマートフォンを置き、もう一度本を手に取った。
何度かページを開き、印象に残った一文を読み返した。
それから、もう一度スマートフォンを手に取り、言葉を打ち始めた。
「この本には、書くことの意味と、書くことがもたらすものについて、深く考えさせられました。特に、表現することの重さに触れた部分が、自分にも重なりました。」
彼女は、言葉を選びながら、ゆっくりと文章を綴った。
伝えたいことは、まだたくさんあった。
でも、一度にすべてを書くことはできない。彼女は、最後に一言だけ付け加えた。
「この本を読んだ人がいたら、ぜひコメントください。」
彼女は、その投稿を公開した。
特に多くの人が読むとは思っていなかった。彼女は、スマートフォンを置き、明日の準備を始めた。
翌朝、彼女はスマートフォンを開いた。
思ったよりも、多くの「いいね」がついていた。
数件のコメントも届いている。
その中に、一人のユーザーからのコメントがあった。
「この感想を読んで、もう一度書いてみようと思いました。」
彼女は、そのコメントを何度も読み返した。自分が書いた感想が、誰かに届いた。
それだけで十分だと思っていた。
でも、それ以上のことが、そこにはあった。そのコメントは、ただの「いいね」ではない。
誰かの行動を変えた、という証だった。
彼女は、そのコメントをスクリーンショットして保存した。
何かが変わったわけではない。
でも、その言葉が、彼女の中に残っている。
彼女は、また新しい本を読み始めることにした。いつものことだ。
でも、その感想が、誰かに届くかもしれない。その可能性を思うと、少しだけ、わくわくしていた。
彼女は、本棚から次の一冊を手に取った。
まだ何も変わっていない。
でも、その「何も変わっていない」ことが、少しだけ、特別に感じられた。
【観測記録】
対象:匿名(読者F)
作品:『彼女の計画』
読了後経過:一日
観測項目:「感想が誰かに届く」ということ
特記事項:
彼女は、読んだ本の感想をSNSに投稿した。
多くの「いいね」と、一人のコメントが届いた。
そのコメントは、「もう一度書いてみよう」というものだった。
彼女は、自分の言葉が誰かに届いたことを知った。
その観測は、続いている。
エピローグ
本は、人を変えない。
けれど、 誰かの中に問いを残すことはできる。
その問いは、 今日かもしれない。
十年後かもしれない。
そしてまた、 誰かの物語になる。
―――了―――
―『読後観測』―読者地図―は各話を独立短編で投稿―
第1話「今日は、書かなかった」
https://ncode.syosetu.com/n9601mn/1/
第2話「赤ペンを置いた日」
https://ncode.syosetu.com/n9607mn/1/
第3話「ノートを戻さなかった日」
https://ncode.syosetu.com/n9612mn/1/
第4話「送信しなかった夜」
https://ncode.syosetu.com/n9615mn/1/
第5話「何も感じなかった本」
https://ncode.syosetu.com/n9621mn/1/
第6話「感想を書いた日」
また、「読者地図」にも「読後観測シリーズ」として同時投稿されます。
―――関連作品―――
『彼女の計画』
カフェ「あおい」で上司の裏アカを覗いた瞬間から、私の日常は狂いはじめた。
『読者地図』本編はこちら。
物語が届く/届かないのは、作品の問題ではないかもしれない。




