第一歩
王都を離れる馬車は、思ったよりも揺れた。
日頃貴族の馬車に乗り慣れているセラフィナは、乗り継ぐ馬車が珍しく、瞳を輝かせていた。
長く美しいプラチナブロンドの髪は高いところで縛り、三つ編みにした。一見スカートにも見えるパンツに歩きやすいブーツ、魔法使いらしく長いローブを羽織っているが、いつものドレスの比ではないくらい動きやすい。途中の村に止まるたび、セラフィナははしゃぎ回っていた。
しかし、一日目の移動が終わる頃、セラフィナは根を上げた。
「――リーゼ。このクッションが欲しいわ」
途中の町にある雑貨屋に飛び込み、ふかふかのクッションを二つ、手に取った。
「おじょ……セラフィナさん。真っ白なクッションは、汚れが目立ちます。こちらの黒はどうですか?」
「あなたのセンスは、どうなっているの?」
「見た目よりも、扱いやすさです。セラフィナさんのローブも、黒です」
「クッションとローブを、一緒にしないでちょうだい」
二人は言い合いながらも、濃い青のクッションを二つ購入した。
そのおかげで、次の日の馬車では、お尻が痛くなることはなかった。
王都を飛び出して二日。辿り着いた商業都市ルーヴェンは、王都ほど整ってはいないが、その分、活気があった。行き交う人々の服装はばらばらで、身分を示す紋章も少ない。露店の呼び声が飛び交い、道端では子どもが走り回っている。
「セラフィナさん、宿はお風呂とベッドで選びましょう」
馬車を降りた途端に、リーゼが要求した。
唐突な希望だったが、セラフィナもそれには同感だった。昨日の町で泊まった宿では、ベッドが硬くてあまり眠れなかった。
「寝食は大切ね。部屋を見て選びましょう」
平民ではない基準で宿を選んだ二人は、翌日の朝、早速ギルドへ向かった。
ギルドは国家を超える巨大な組織だ。政治的介入はなく、ギルドも政治に干渉しない。オランティアという本部都市に拠点を置き、世界各国に支部をもつ。セラフィナのいるアストレア王国の支部が、ここルーヴェンにあるのだ。
木造と石造りが混ざった、実用一点張りの巨大な建物には、朝早くから、多くの人が出入りしている。
二人は、出入りする人たちに混ざって建物に入っていった。
この支部では、一階が商業部門、二階が技術部門、三階が実地部門、四階が支部本部になっている。他に、敷地の中に倉庫や作業場、訓練場、宿泊場などの施設があり、小さな町ができあがっているようだった。
初めて訪れる者が道に迷っている姿をよく見るが、ゲームの中で何度も訪れているセラフィナは、迷う事なく実地部門にたどり着いた。
実地部門では、冒険者の管理だけではなく、危険区域の管理、調査活動、緊急時の対応も行う。
その性質上、気性の荒い者が集まりやすく、実地部門はピリリとした空気が漂っていた。
剣士や魔法使いなどの冒険者グループの間をぬけて、二人は受付にたどり着いた。途中、いくつもの視線が向けられているのにリーゼは気がついていたが、何も言わず、セラフィナに続いた。
「冒険者の登録を、お願いします」
リーゼが受付の若い女性職員に声をかけると、にこやかな対応を返してくれた。
「お二人ですか?」
「はい」
「では、こちらに必要事項をお書きください」
ごく普通の対応に、セラフィナは内心でホッとした。
正直なところ、女性二人の登録は、断られるのではないかと不安だったのだ。
周りを見ても、冒険者グループには必ず男性がいる。その中で、セラフィナたちは目立っていた。ゲームの中では感じなかった感覚に戸惑いながら、セラフィナは書類を書き終え、受付の職員に手渡した。
「はい、確認させていただきます。セラフィナさんは魔法使い、リーゼさんは軽戦士ですね。では、次に当ギルド実地部門冒険者登録についての説明をさせていただきます」
職員は、説明書を二人に向けて示して、淡々と説明を始めた。
一つ、満十五歳以上である事
一つ、登録者は当ギルド実地部門の実働資格者となる事
一つ、当ギルド登録者への国による強制徴用は原則認められない事
一つ、冒険者ランクは依頼の履行状況、社会活動、言動その他の評価により、当ギルド実地部門が決定する事
一つ、冒険者ランクは世界共通とする事
一つ、依頼は全て、契約書に基づいて遂行する事
一つ、報酬は成功時支払いを原則とする事
一つ、依頼において、依頼内容と関係のない素材、戦利品の所有権は、依頼を受けた冒険者に所有権がある事
一つ、当ギルドを介さない依頼については、当ギルドは一切の責任を負わない事
一つ、当ギルドからの実地活動の要請には、出来うる限り従う事。それに伴う負傷・死亡は自己責任を原則とする事
一つ、当ギルドの中立性を損なう行為を禁ずる事
一つ、各国の法令を遵守する事
一つ、虚偽申請、不正、契約違反、機密漏洩、その他犯罪行為が判明した場合は、いかなる場合においても即刻冒険者登録を抹消する
説明し終えた職員は、にこりと微笑んで二人を見た。
「冒険者登録によって、こちらの全てに同意したと見なされます。登録されますか?」
セラフィナは、迷わず頷いた。
「はい、同意します。お願いします」
職員は、満足したようににっこりとする。
「それでは、こちらに魔力登録をお願いします」
女性は、上部に小さな水晶のついた道具を取り出し、その下にチェーンのついた小さなカードをセットする。それを、銀色のカードを入れた方はセラフィナの、濃紺色のカードを入れた方はリーゼの登録用紙の上に置いた。
「水晶に手を当ててください。魔法具を使う時のように、少しだけ魔力が吸われますので、ご注意ください」
二人は言われた通りに水晶に手を置くと、登録用紙がわずかな光と共にすっと消えた。
「はい、登録完了です」
受付の女性職員は、にこりと微笑んで言った。
「お二人の登録証です。こちらは職種によって色が変わります。お取り間違えにご注意ください」
そう言って、銀色のカードをセラフィナに、濃紺色のカードをリーゼに手渡した。
名前と「F」という文字が書いてあるだけで、飾り気も何もないカードは、セラフィナが「公爵令嬢」から「冒険者」になった証だ。そう思って、セラフィナは感慨深く銀色のカードを眺めた。
残念ながら、この世界には"レベル"がない。あるのかもしれないが、魔力や攻撃力などを数値化するシステムがないので、それを知る術はない。
記憶の中のセラフィナは、ゲームでひたすらレベルを上げていた。現実では"レベル上げ"は難しそうなので、まずはギルドのランクを上げていこうと、セラフィナは考えた。
「ランクは、みなさま最低ランクのFからになります。そちらのカードは、常時携帯されてください。魔力登録されていますので、他の方には使用できませんが、失くされると再発行に銀貨二枚が必要になりますので、ご注意ください」
はい、と二人は素直に返事をして、カードを首にかけた。
「今後、依頼の受理、完了、身分証明書、その他全てをこのカードで行います。依頼料の受け渡しもこちらのカードが必要になります。ギルドに登録された段階で、個々の口座が開設されています。原則、現金でのお支払いは致しませんので、お引き出しが必要な場合は、一階商業部門にある資産管理窓口でお願いします」
説明を終えた職員は、一度大きく息を吸って、吐いた。
おおよそ冒険者には見えない二人を、少し心配そうに見る。
「本日から依頼を受けますか? 初日は簡単な依頼をお勧めしますが……」
セラフィナは、その心配をありがたくいただき、にこりと微笑み返した。
「ありがとうございます。まずは、採集などから始めたいと思います」
ゲームでも、段階を経ることが成功への近道だ。
素材採集や簡単な討伐から始めて、徐々にランクを上げていくのは、レベル上げが好きなセラフィナにとって楽しみでしかない。
その返事に、職員はホッとした顔をした。
「それが良いかと思います。依頼は、あちらのボードに、ランク別に貼られています。受けたい依頼がありましたら、受付に依頼番号をお申し出ください」
終始丁寧に説明をしてくれた女性職員に礼を言い、二人は依頼ボードに向かった。
まずはFランクの依頼を探す。
薬草採取、街道沿いの害獣追い払い、倉庫整理の護衛。
「ねえ、まずは平和にいくのがいいと思うのだけれど」
「セラフィナさん、説明を聞いて疲れましたか? いつもなら、とりあえず肉に行きそうなところですが」
「あなたは、私をなんだと思っているのよ」
セラフィナはギロリとリーゼを睨むが、彼女は全く気にしない。
「でも、私も移動疲れしていますので、薬草採取でお願いします」
「結局それなのね」
「女子二人で、おしゃべりをしながらやりましょう。恋バナ大好きです」
「……何の話をするのよ」
リーゼの様子に呆れながら、セラフィナは依頼の受付を終えた。
「行きましょう、リーゼ」
「はい。記念すべき冒険者初日ですね!」
二人は笑ってギルドの扉をくぐった。




