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画策する

 半年前、アルヴェール公爵家の一室。

 暖かな午後の光が窓から差し込む部屋で、セラフィナが両親と向かい合っていた。

「今、お前ができることは、殿下との関係を改善することではないのか?」

 レオンハルトの言葉に、セラフィナは俯いた。

 そのまま、長い沈黙が続いた。

 セラフィナは、考えていた。

 レオンハルトの言葉は、核心を突いている。

 しかし、エレオノールが冷めた目を父に向けているところを見ると、最後の言葉は冗談だろう。

 父の戯言は置いておくとして、このままではダメだと言うことは伝わった。ただ、この婚約が簡単に撤回できないのも事実だ。なんとしても、両親の協力を得たい。

 セラフィナは、息を大きく吸った。

 そして、しっかりとした発音で、二人を見て言った。

「――お父様、お母様。私を、除籍してください」

 短期目標は、アルベルトとの結婚を避けること。長期目標は、世界を見て回ること。

 まず、公爵家から出なければ、話にならない。

「普通に除籍するのは、殿下の婚約者という立場上、無理です。そこで、お父様のお力をお貸しください」

 セラフィナは、二人にお願いをした。

「公爵家は、私がいなくなっても何も問題が起きないよう、手段は正式に、けれども殿下が気がついた時には既に私がいない状態にしたいです」

 娘の希望に、エレオノールはにこりと微笑んだ。

「私は賛成よ。不幸になるだけの結婚は、しない方がいいわ。公爵家のことは、何とかなるでしょう?」

 妻に見られたレオンハルトは、腕を組んで考えた。

「セラフィナの希望を叶えるのは簡単だよ。けれども、卒業記念パーティーで、殿下を放って帰ってきただろう? 殿下が黙っていないだろうね」

 ごめんなさい、とセラフィナは小さな声で謝った。

 自尊心の塊のアルベルトを置いて帰ってきたのだ。今頃怒り狂っているだろう。

「まあ、まずはあちらの出方を見てみよう。それ次第で、こちらの方法を考えても、遅くはないよ」

 レオンハルトは、そう言ってから、穏やかにセラフィナを見つめる。

「でもね、忘れないで。私たちは、お前を愛している。除籍は形だ。アーヴァイン公爵家は、永遠にお前の帰る場所であり続ける」

 エレオノールは、セラフィナの隣に移動して、彼女の頭を撫でた。

「だからね、セラフィナ。この名前を捨てないで欲しいの。あなたに初めてあげたのが、この名前よ。二人で、七ヶ月悩んで決めたんだから。この先、どんな人生を歩むとしても、セラフィナであり続けてね」

 セラフィナは、心が温かくなった。同時に、心苦しくもなった。

 これから、両親を置いて出ていくのだ。

 自分の希望のために家を出るのだ。どんなに苦しいことがあっても、それは自分の責任だ。

 しかし、両親は違う。自分の勝手のせいで、望まない未来になっているのかもしれない。

 それでも、何も言わずに背中を押してくれる両親の強さに、セラフィナは誇らしさを感じた。

 背筋を伸ばし、しっかりと前を向いた。二人の目を交互に見て、笑顔を作る。

「お父様、お母様。ありがとうございます」

 そう言って、ゆっくりと頭を下げた。


 ――


 夜のアーヴァイン公爵邸は、深く静まり返っていた。

 セラフィナは、自室をゆっくりと見渡した。

 広い部屋だ。

 王子の婚約者として過ごすには、十分すぎるほどに整えられた空間。

 多くの衣装と装飾品、部屋を飾る家具、絵画や置物、書物まで、多くのものを与えられた。

 鏡に映る姿は、いつもの“公爵令嬢”と変わらない。

 けれど、胸の内側だけが決定的に違っていた。

 この夜が、アーヴァイン公爵令嬢セラフィナの、本当に最後の夜だ。

 セラフィナは、楽しみなような、このまま寝るのが惜しいような、複雑な心境だった。

 貴族から離れるのが惜しいのではない。この家――両親から離れるのに、少しの不安を感じる。

 それでも、二人に助けられてここまできた。

 セラフィナは、息を大きく吸って、一気に吐いた。

 息と共に、不安がスッと抜けていった気がして、口角が上がる。

 そこに、静かなノックの音がした。

「……セラフィナ?」

 母の声だ。

「入って」

 扉が静かに開き、エレオノールが入ってくる。

 その後ろに、レオンハルトの姿もあった。

「……無理は、しないのよ」

 セラフィナは、はい、と頷いた。

「辛くなったら、逃げなさい」

 もう一度、はい、と笑った。

 父が、静かに口を開く。

「これが、最後ではないよ」

「もちろんよ!」

 即答だった。

 レオンハルトは、わずかに目を細める。

「こちらのことは、任せなさい。――連絡を、待っているよ」

 セラフィナは、もちろんよ、と繰り返した。

 その声に、迷いはなかった。

 エレオノールが、最後にもう一度、娘の頭を撫でる。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 扉が閉まり、足音が遠ざかる。

 セラフィナは、もう一度息を吐いた。

 真っ直ぐにベッドに向かい、横になった。

 目を瞑って、考える。

 次に目を開けた時が、新しい人生の、最初の一歩だ。

 どんな世界が待っているのだろう。

 ワクワクで眠れないと思った夜は、思いの外短く、幸せな夢を見た気がした。


 夜明け前。

 まだ、多くの使用人が寝ている頃。

 セラフィナは、一人の侍女と共に、公爵家の玄関に立っていた。

 服装は、公爵令嬢とは思えない簡素なもので、黒を基調としたローブを纏っている。

 一緒にいる侍女も、お仕着せではなく、平民の旅装だ。

 セラフィナは、横に立つ侍女に、声をかけた。

「リーゼ。本当に、いいのね?」

 リーゼと呼ばれた侍女は、黒い瞳を輝かせた。

「もちろんです! お嬢様といると、飽きないですからね。絶対に、離れませんよ」

「それはそれで、どうかと思うわ」

 少しため息をついてから、扉を背にして真っ直ぐに立つ。

 それを見て、リーゼも姿勢を正した。

 セラフィナは、さっぱりとした表情で口を開いた。

「これまで、ありがとうございました」

 二人は、誰もいない屋敷の奥に向かって、頭を下げた。

 同時に頭を上げると、リーゼが動いて扉を開ける。

 外はまだ暗く、少し肌寒い。

 それでも、二人の表情は明るかった。

 目を合わせて、同時に笑い合う。

「「行ってきます!」」

 二人揃って、公爵邸を後にした。

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