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宝箱

 行き止まりの壁は、他と違って不規則に隆起を繰り返していた。

 それが何を意味するのかわからず、四人は近くで触り、遠くから壁を眺めていた。

 そんな中で、リーゼはセラフィナに聞いた。

「セラフィナさん。さっきの石杭って、石兵の魔法ですよね?」

「そういや、石兵も使ってたな。あれって、土魔法の一種か?」

 あまり魔法に詳しくないカイルが聞くと、エーリヒが否定する。

「現代魔法は四大元素を主とするけど、ダンジョンの中で石杭を出す魔法なんて見たことないよ。土魔法といえば、現実にある土を使って壁を作るとか、砂礫を飛ばすとかだね。構造物を壊せないダンジョンでは使えないな。地震を起こすこともできるけど、ダンジョンだと仲間を巻き添いにするな」

 エーリヒも、セラフィナを見て聞いた。

「よく見えなかったけど、石杭ってどこから出したの?」

 セラフィナは、不規則に隆起した壁の凹凸を撫でながら、「あー……」と斜め上を向いた。

 決まり悪そうに少し考えて、今度は下からエーリヒを見る。

「……怒らないでね?」

 それを聞いたエーリヒは、半目になってセラフィナを見る。

 リーゼがため息をつき、カイルが呆れた声を出す。

「お前、また何やったんだよ」

 三人に怒られそうなセラフィナは、「やっぱり言わない」と壁の調査に戻る。

「セラフィナさん、それは悪手です。主にエーリヒさんの雰囲気が悪くなるので、白状してください」

 リーゼの冷静な声に、三人から目を逸らしたまま、セラフィナは渋々口を開いた。

「……初期ダンジョンで石兵を倒した後に出てきた、古代語の魔法書に載っていたのよ」

 セラフィナは、ポツポツと話す。

「現代魔法は、現実にある物質を使うことが多いけれど、古代魔法は魔力を圧縮して擬似物質化するみたいなの。あの魔法書には、古代魔法の土属性魔法が載っていたわ」

「つまり、初めて使ってみたと言うことですね?」

 婉曲に言ってみたが、リーゼに直訳された。

「古代の魔法ってことか? すごいなー」

 カイルが感心した声を出したが、エーリヒは違った。

「つまり? 魔物の前に飛び出して? 成功するかもわからない魔法を使ったと?」

 厳しいエーリヒの言葉に、セラフィナは、ダラダラと汗をかいて下を向いた。

「まあまあ、エーリヒよ。セラも反省してるんだし、な?」

 カイルが、苦笑いでエーリヒの肩を叩いた。

 エーリヒは、少しの間厳しい顔をしていたが、目を瞑って一度、大きく深呼吸した。

「――魔法は、練習してから使うように」

 ため息をつきながら言ったエーリヒは、そのままセラフィナの横に移動して壁を眺める。セラフィナは、エーリヒの動きを目で追いながら「はあい」と言った。そして、カイルの方を見て、口を『ありがとう』の形に動かしてから、壁の調査に戻った。

 リーゼも息を吐いてセラフィナの横で壁を眺め、カイルは少し離れたところから三人を見守っていた。

 

「思うんだけど、セラの魔法の使い方って、独特だよな」

 カイルが、急にそんなことを言い出した。

 壁から離れて全体を眺めていたセラフィナは、横に立つカイルに首を傾げた。

 壁の端に座って休んでいるリーゼが同意する。

「この前の、石兵のやつですね。風魔法と火魔法を組み合わせたんですか? 凍らせた魔法も、大規模でしたね」

「普通、火魔法と言ったら火の矢とかだろ? あの大爆発は、なんだったんだ?」

 二人から出てくる疑問に、セラフィナが「普通のことよ」と言った。

「リーゼの言う通り、組み合わせて使ったの。風で石兵を閉じ込めて、中の空気を圧縮した後に着火したのよ。氷も同じ原理ね」

 セラフィナの説明に、カイルが困った顔をして両手を上げ、降参のポーズをとった。

「すまん、よくわからなかった」

「私も、わかりません」

 リーゼも、無表情で返す。

 三人を眺めていたエーリヒも、「俺にもわからない……」と、頭を抱えた。

「風で火の勢いを増すとか、水を凍らせて体積を増やすとかは聞いたことがあるけど、圧縮って何?」

 今度は、セラフィナが首を傾げる。

「何って。風魔法って、元を正せば空気の振動で……あ」

「「あ?」」

 セラフィナが言葉を切り、カイルとエーリヒはびくりとした。

「風魔法で何か思いついたのですか?」

 リーゼだけが普通に聞き返し、セラフィナがそれに答える。

「ここにいたのは、風のコア・エレメントよね。ここで初めて遭遇したわ。そして、他と違って凸凹している壁でしょう?」

 うんうん、とリーゼは頷くが、カイルとエーリヒは「絶対理解してない」と気づいていた。それでも、セラフィナが顎に指を当てて考えているので、二人は黙って聞いていることにした。

「ここは風がずっと舞っていたけれども、何も起こっていなかったわよね。だから、風ではなくて……」

 氷青の瞳を煌めかせ、セラフィナはスタッフを凹凸のある壁に向けた。

「風魔法で振動させた空気を当てる?」

 スタッフの先から緩やかな風が起こり、ふんわりと壁に当たる。

「風が起こらないほどの振動を……」

 セラフィナは、口の中で呟きながらスタッフを構え続ける。

 三人は、セラフィナの気が散らないよう、静かに、微動だにせず見守っていた。

 見た目には何もしていないように見えるセラフィナだが、表情は真剣そのものだ。これも違う、これも違う、と呟きながら、魔力の方向を変えていく。その時――


 ――フォン……


 どこからか、心地の良い音が響いた。

 セラフィナの瞳が煌めいた。

 そのまま、微調整を続ける。


 ――フォン、フォン、カン、カラン……


 もう少し、と呟くセラフィナ。

 目を見張って見守る三人。


 ――カラン、コン、コーン……コオン、コオン、フォンフォンフォン……


 硬い何かがぶつかるような音が、洞窟内に反響する。

 セラフィナの氷青の瞳が輝きを増し、まるで宝物を見つけた時のように、表情がぱっと華やいだ。


 ――コオン、コオン、フォンフォン、コオン、コオンフォンフォン……


 同じ音がリズム良く、何度も何度も何度も反響する。

 見ていた三人は、はっと息を飲んだ。

 目の前の壁が、まるで水晶のように色を失い、すうっと消失していった。

 セラフィナは、ようやくスタッフを下ろした。

「ほら! やっぱりあったでしょう?」

 満面の笑顔で振り返り、きゃっきゃとはしゃぐ。

 カイルは、壁を見つめたま「マジか……」と呆然としている。

「ほら、何かあるわ! 開けてもいい?」

 わくわくして宝箱に近づくセラフィナを、リーゼが追って一緒に宝箱を眺める。そこにカイルも合流して、罠ではないか確認し始めた。

 エーリヒだけが、その場から動かずに、セラフィナだけを見つめていた。

 

 調べた結果、安全だとわかった宝箱に入っていたのは、古代語で書かれた魔法書、拳大の水晶が三つ、鈍い金色の硬貨が両手で溢れるほど。

「本は、セラに任せるよ。俺たちじゃ、読めない」

 カイルがあっさりと言って、魔法書をセラフィナに渡した。

「え、本当にいいの?」

 本を受け取りながら、チラリと横に並んだエーリヒを見る。

「ここは、セラが見つけた場所だしね。その代わり、ぶっつけ本番はしないこと」

 柔らかく微笑むエーリヒに、セラフィナは「はーい」と笑顔になった。

「駄犬が立場を固めつつあります……」

 誰にともなくリーゼが呟くのを、カイルが拾う。

「今のやりとりだけ切り取ったら、保護者枠だけどな」

 冷静に場を観察して、カイルは話を切り替えた。

「この水晶って、洞窟の水晶でいいのか?」

 その言葉に、セラフィナが反応した。

「その水晶から、少しだけ魔力を感じるのよね。カイルが見た、大きな水晶と比べてみるのがいいかもしれないわ」

 なるほど、とカイルが納得する。

「こっちの金貨は、古代の貨幣かな」

 エーリヒが、貨幣の入った布袋を覗き込んで言った。

 鈍く光る金貨には、冠を被った男性らしき人物の横顔が描かれている。

 リーゼが、お金ですか、と目を光らせている。

「その辺は、鑑定に回した方がいいな」

 グループで一番常識のあるカイルが言うことには、三人とも素直に賛成する。魔法書と一緒に、全てセラフィナの魔法拡張鞄に収納し、一行は洞窟の最奥へ向かった。

 何度か遭遇する魔物を蹴散らしながら辿り着いたそこには、ぽっかりと広がる広い空間を取り囲むように、びっしりと水晶柱が突き出していた。大小様々な水晶柱は、天井からも氷柱のように無数に突き出している。

「……はあー、すごいですね。これ、全てが水晶ですか」

 リーゼが、珍しく感嘆の声を出す。

「部屋全体が、仄かに光っているのね。全てが反射して星空のよう……というか、上を見ると平衡感覚がおかしくなるわね」

 セラフィナが、上を見上げながら眉間に皺を寄せた。

「確かに、水晶の洞窟という名に相応しい光景だね。でも、水晶と呼ぶには、大きさがおかしなことになっているな」

 エーリヒの感想に、カイルが「だろ?」と笑う。

「問題は、これをどうやって持って帰るか、だな」

 カイルが、水晶柱をコンコンと拳で叩きながら言う。

「剣でも魔法でも壊れないんだ。特定の方向に割れたりも、しないらしい。どう思う?」

「これが、ダンジョンの構造物なら、当たり前だよね」

 カイルにエーリヒが答えるが、セラフィナが異を唱える。

「この水晶柱は、ダンジョンではないわ。壊せるはずよ」

 はっきり言うセラフィナに、リーゼが食いついた。

「では、たくさん持って帰って売れますね」

「……リーゼ。そろそろお金から離れなさい」

「仕方がないですね。そう言われるなら、お金のことは忘れます」

 残念そうなリーゼを、セラフィナが呆れた目で見た。

「……ええと、セラ? どういうことだ?」

 カイルが、セラフィナに聞き返した。

「これが構造物じゃないって、何でわかるんだ?」

 セラフィナは、水晶柱に指先で触れた。

「さっきの水晶と同じで、ここの水晶からも僅かに魔力を感じるもの。ダンジョンとは、違うわ」

「この水晶は、魔力でできているってこと?」

 エーリヒが聞くと、セラフィナが頷き、カイルが驚いた声を上げた。

「これ全部が、魔力? 果てしないな……」

「魔力でできているなら、セラフィナさんが壊せるのではないですか?」

 リーゼの言葉に、セラフィナが首を横に振った。

「さっきから試しているのだけど、弾かれてしまうのよね」

 セラフィナは水晶柱に触れた自分の指先を見ながら、難しそうな顔をした。

「リーゼの方向性は、合っていると思うのだけれど……」

 うーんと唸るセラフィナに、エーリヒが言う。

「でも、魔法でも壊れないんでしょ? 今までも、魔法使いが色々やって、ダメだったんじゃ――」

 セラフィナがバッと顔をあげて、エーリヒの方を向いたので、エーリヒは驚いて言葉を切った。セラフィナは、ズンズンとエーリヒに歩み寄り、彼の右手をぎゅっと握った。

 さらに驚いて「え? えっ?」としか声が出ないエーリヒを他所目に、セラフィナが氷青の瞳をキラキラさせて、エーリヒを見上げていた。

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