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水晶の洞窟

 ルーヴェンから馬車で三日。

 北へ向かうにつれ、空気は澄み、山の山頂には薄く雪が積もっていた。


「すごく綺麗らしいのよ、水晶の洞窟。光が反射して、まるで星空みたいなんですって」

 馬車の中で地図を広げながらセラフィナが言うと、リーゼが淡々と返す。

「水晶で一攫千金しましょうか」

「……洞窟ごと買い取るつもり?」

「リスクとベネフィットが見合いませんね」

「本気で考えないでくれる?」

 顎に手を当てて考え込んだリーゼに、セラフィナが半目で答えた。

「セラは、いろいろな場所を見てみたいんだったか?」

 カイルが苦笑しながら聞くと、セラフィナはくるりと表情を変える。

「そうなの! 世界中見て歩きたいわ。珍しいものも、ごく普通のものも、全部ね。それから、ランク上げ!」

 ワクワクしながら言うセラフィナに、カイルとエーリヒが「ランク?」と揃って聞き返した。

「そうよ。強くなりたいの!」

 セラフィナが、両手を前でぎゅっと握って言った。

「つかぬことを伺いますが、セラフィナさんは、どこを目指しているのですか?」

 リーゼが聞くと、セラフィナは力強く答えた。

「もちろん、できる限り強くなることよ!」

「「……は?」」

 カインとエーリヒがハモる。

「なるほど。では、私もムッキムキのガッチガチにならないといけませんね」

 リーゼは真剣だ。

「セラフィナさんは魔法、私は戦士として、世界最強になりましょう」

「世界最強は目指したいけれど……ムッキムキのガッチガチは、やめた方がいいと思うわ」

 女子の会話についていけない二人は、自然に声を潜めていた。

「なあ、セラとリーゼって、前からこうなのか?」

「斜め上の結論に至ることを言っているなら、前からだね」

 カイルが引き気味に言い、エーリヒがため息をついた。

「セラがおかしなことを言い始めて、リーゼがそれを助長するんだよね。それが噛み合うと、こうなる」

「なるほど……二人は最強になって、どうするんだろうか」

 カイルの疑問に、さあね、とエーリヒが苦笑する。

「でも、二人が最強になるなら、俺はそれを越えないといけないな」

 エーリヒがそう言うと、カイルも苦笑いする。

「越えられそうか?」

「…………自信がない」

 結果、エーリヒは一人で落ち込み、カイルがそっと背中をさするのだった。


 馬車から降りたセラフィナは、顔色が悪かった。

「……気持ちが……悪いわ」

 リーゼに手を引かれながら、セラフィナはフラフラと歩く。

「あんな揺れる馬車で本読んでりゃ、酔わない方がすごいって」

 呆れるカイルに、セラフィナは「だって……」と言うが、それはエーリヒに遮られる。

「リーゼの注意を聞かなかったセラが悪い。反省して」

「……はい」

 さすがのセラフィナも、自業自得なのはわかっている。

 先日立ち寄った村にあった小さな雑貨屋に、なぜか魔法書が売られていたのだ。金に困った旅人に買って欲しいと頼まれたものだと、店主が言っていた。

 馬車の移動が退屈になったので、その魔法書を開いたのが間違いだった。

 少しだけ、と言って開いた。それが、気が付けば文字は歪み、世界が揺れていた。

 手を引くリーゼが止まったので顔を上げると、宿屋の前に立っていた。

「とりあえず、もうお昼も過ぎていますし、今日は宿をとってゆっくりしましょう。セラフィナさん、反省してください」

 さすがに侍女である。リーゼは、なさけない主人を休ませる手配を済ませ、セラフィナをベッドに放り込んだ。

 夕方になって、ようやく体調が戻ったセラフィナは、三人と一緒に宿屋の向かいにある食堂に入った。

 ダンジョンである水晶の洞窟は、今でも冒険者が訪れる場所だ。その近くにあるドノバンの町は、旅人が多く訪れるため、それなりに栄えている。

 食堂には少なくない数の客がいて、賑わいをみせていた。

 その一席に座って、四人は夕食を囲んだ。

「カイルは、水晶の洞窟に行ったことがあるのよね?」

 野菜と白身魚のスープを掬って、セラフィナが聞いた。

「ああ、結構前だけどな。ここも踏破済みのダンジョンだから、地図もあるし、潜るのは簡単そうだな」

 バターでこんがり焼いた肉を食べながら、カイルが答えた。

「今回の依頼は、奥にある水晶を採ってくるんだったか。ダンジョンの一部って、採れるのか?」

「普通は採れないから、ギルドへの依頼なんだろ」

 エーリヒの疑問に、カイルが肩をすくめて返した。

「でも、ダンジョンの構造は壊せないどころか、傷ひとつつかないのは、常識だ。火だって消えないのに、どうやって……」

 エーリヒとカイルは、腕を組んで考えた。

 ダンジョンが壊せないのは、常識。それでも、ゲームの記憶を思い出したセラフィナには、それは不思議な現象に思えてならない。いつか、この謎も解明したいと思うのだった。

「この洞窟の水晶って、本当に水晶なの?」

 セラフィナが、依頼を見た時から思っていた疑問をカイルに投げた。

「見た目はでかい水晶だったけどな。鑑定士がいたわけじゃないから、わからない」

「では、"水晶に見える何か"ですね」

 カイルの返答に、リーゼが言う。

「それって、どうやって"水晶の洞窟から持ってきた"って証明するの?」

 セラフィナが首を傾げると、カイルが笑った。

「水晶じゃあり得ないくらい、でかいんだ。証明はいらないと思うぞ」

「なら、問題は“どうやって持ち帰るか”だね。ギルドの支部にも、資料はなかったし……」

 腕を組んで言うエーリヒに、セラフィナが明るく答えた。

「誰もやったことがないなら、私たちが最初にやればいいのよ。とにかく、行ってみましょう」

「セラフィナさん。全力で破壊行動に出るとかは、やめてくださいね」

 香草と一緒に蒸した魚を突きながら、リーゼがセラフィナに注意する。

「……いつも言っているけれど、あなたは私を何だと思っているのよ」

 抗議をしたセラフィナだったが、エーリヒとカイルはセラフィナに不安そうな視線を向けていた。


 水晶の洞窟は、普通だった。

 平坦に続く岩の洞窟を、四人は魔物を倒しながらひたすら歩いていた。

 最後のグラス・ウイングを叩き落としたエーリヒは、ため息をついた。

「俺、羽虫の魔物って苦手……」

 すでに十匹以上のグラス・ウイングを落としている彼は、その度に嫌な顔をしていた。

「どこが苦手なんですか? 羽が透明で、綺麗じゃないですか」

 リーゼが平然と、グラス・ウイングから羽をもぎ取って言った。

「それに、これも売れます」

 それを見て、カイルが苦笑いした。

「昆虫型の魔物は、苦手な奴が多いけどな。俺も、正直好きじゃない。特に、見た目が」

「リーゼは、昔から虫は平気だものね。これの回収は、リーゼに一任するわ」

 グラス・ウイングが出てくると、セラフィナは明らかに距離を置いて、風魔法で蹴散らすことを繰り返していた。今も、岩の陰から顔色を悪くして覗いている。

「いいですよ。その代わり、スライムはお任せします」

 羽を全て回収し終えたリーゼが、振り向きながら言った。

「あの感触、苦手なんです」

「あなたにも、苦手なものがあったのね」

 リーゼの言葉に、岩陰から出てきながらセラフィナが言うと、エーリヒもそれに続いた。

「リーゼは何でも突っ込んでいくから、苦手なものはないと思っていたよ」

「私も、か弱い女子ですから」

 真顔で言うリーゼを、三人はじとっと見つめるが、本人はそれをさらっと無視して先に進もうとした。

「リーゼ、そっちは違う。行き止まりだ」

 カイルが、地図を見ながらリーゼを止めた。

 リーゼは振り向くが、セラフィナはリーゼの行った方へ嬉々として進んだ。

「セラフィナさん、どこへ行くのですか」

 さすがのリーゼも止めるが、セラフィナは楽しそうにリーゼを見た。

「いいじゃない、行き止まり! そういうところには、何かがあるのよ。行ってみましょう」

 ゲームでは、ダンジョンの行き止まりには、貴重なアイテムや隠れたギミックがあることが多い。セラフィナは、そう考えて、るんるんと進み、他の三人が慌ててそれを追った。

「セラ、そこ曲がったら三匹!」

 カイルが、先行するセラフィナに警告する。

 エーリヒが慌ててセラフィナの前に出ようとするが、緊迫感のない声の方が早かった。

「なーにーがーでーるーかー……なっ」

 大きく跳ねるように進み、七歩目。セラフィナは、バッと曲がり角から身を出す。

 そこには、くるくると回る風を纏った、青白い核。空気が歪み、核の周囲で風が刃のように震えている。

「はい! 風属性のコア・エレメントでしたー!」

 楽しそうに言うセラフィナの襟首を、エーリヒが掴んで壁の陰に引き戻す。それまでセラフィナがいた場所を、強烈な突風が通り過ぎた。

 同時に、壁の向こうからパリンッという硬い音が三つ聞こえ、ふっと風が止んだ。

 カイルが、そうっと曲がり角の壁の向こうを覗くと、コア・エレメントの核が砕け、その周りを舞っていた風が解けるところだった。

「……え? いつ、何をしたんだ?」

 カイルが、唖然としてセラフィナを振り返る。エーリヒの腕に捕えられたセラフィナの手には、いつ出したのかスタッフが握られている。

「いつって、風のコア・エレメント見た時? 何をって、石杭を飛ばしたのよ?」

 セラフィナは、首を傾げてカイルに答え、次いでエーリヒを見上げる。

「いちおう、防護壁も展開して――」

「そういう話じゃ、ない!」

 これまでに見たことのない顔をしたエーリヒを、セラフィナはきょとんと見上げていた。

「今は、無事だったかもしれない。だけど、防御が間に合わなかったらどうする? 予想外の攻撃が来たら?」

 エーリヒの目は鋭く、声は硬い。セラフィナをまっすぐに見つめる褐色の瞳は、真剣で、どこか切羽詰まっていた。

「怪我をしたか、最悪命を落としていたかもしれない。君は、もっと慎重に行動すべきだ!」

 両肩を掴むエーリヒの手が、震えているのを感じる。セラフィナは、返す言葉が見つからなかった。強く射抜く視線から目を逸らして俯き、エーリヒの言葉をよく咀嚼する。

「……ごめん……なさい」

 ようやく小声で謝った。

 何の柵もない自由、磨かれていく魔法技術、広がる行動範囲、楽しい仲間たち、ゲームのような感覚。周りが見えなくなるほど浮かれていたことに、セラフィナは気がついた。

 仲間が怪我をするのは嫌だが、自分のことは考えていなかった。自分が怪我をしても自業自得――ではない。同じように三人も、お互いに怪我をしてほしくないのだ。

「……ごめんなさい」

 セラフィナは、もう一度、みんなに謝った。

「勝手な行動をしました。ごめんなさい」

 情けなくて俯いているセラフィナを、エーリヒがぎゅっと抱きしめた。

「――うん。わかってくれた?」

 優しい声に、セラフィナは暖かい腕の中でこくこくと頷いた。

 エーリヒの手が、セラフィナのプラチナブロンドを優しく撫でる。

「色々なことに興味があって、生き生きとしているセラは、大好きだよ。でもね」

 エーリヒは一度言葉を切って腕を解き、両手でセラフィナの顔を掬い上げる。

 ふんわりと微笑む翠がかった褐色の瞳が、セラフィナには滲んで見えた。そのセラフィナを見て、エーリヒが、ふふっと笑った。

「危ない目には、あってほしくないんだ」

 そう言って、エーリヒは両親指でセラフィナの頬を優しく拭い、もう一度ぎゅっと抱きしめた。

「――怖かった」

 耳元で囁いた言葉は、セラフィナにだけ聞こえた。

「ごめんなさい」

 セラフィナも、エーリヒにだけ聞こえるように囁いた。


「――なあ、空気になるって、難しいな」

「そんなことはありません。自我を消し、私は壁、私は壁、と思っていれば、存在が消えます」

「それって、草でもいいのか? 木とか」

「動植物より、無機物がいいです。重要なのは、生命を感じさせないことです」

「なるほどなー」

 壁際にしゃがみ込んだカイルは、同じくしゃがみ込んだリーゼから“空気になる方法”を本気で教えてもらっていた。

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