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成功報酬

「――口、塞ぐよ?」

 ここは、街の酒場。

 周りは喧騒に包まれ、目の前には夕ご飯。

 テーブルには、ずっと一緒のリーゼ、依頼を一緒に受けたカイル、元護衛のエーリヒ。

 セラフィナの唇には、エーリヒの人差し指。

 ちょっと、状況がわからなくなったセラフィナは、とりあえずわからないことを確認しようと思った。ただ、そのためには、優しく微笑んでいる男の、この人差し指が邪魔だった。

 そう思って、セラフィナは、その指をぺちっと払った。

「――どうしてです? 私は、あなたの口も塞いだことはないですよ?」

 少しだけ、怒った表情を作る。

 ふと気づくと、セラフィナたちのテーブルだけが、時が止まっていた。

 あら?と思ったセラフィナは、まずエーリヒに視線を戻す。

 褐色の瞳は虚空を見つめ、固まっていた。

 次にカイルを見ると、あっちを向いて肩を振るわせている。

 リーゼはと見ると、両肘をテーブルについて、頭を抱えていた。

 やはり状況が掴めずに、えーと、と戸惑っていると、エーリヒの焦点が合った。

 セラフィナは、ほっとしてエーリヒに状況を聞こうとするが、その前に、両肩に彼の手が乗った。

 エーリヒが、真っ直ぐにセラフィナの顔を覗き込む。

「――とにかくね。勘違いする奴が出てくるから、俺以外にはああいう顔、見せないで?」

 表情は穏やかだが、声が低い。

 どういうこと?とセラフィナは納得がいかない。

「ああいうって、どういうことですか?」

「――『です・ます』出たら、話してあげない」

 エーリヒは、いい笑顔だ。

「……どういう……こと?」

 言い直したセラフィナに、エーリヒは満足して答えた。

「ん。教えてあげない」

「――はあ?」

 セラフィナの口からイラついた声が出て、エーリヒがカラカラと笑った。

 

 その様子を見ていたカイルが、リーゼに話しかける。

「なあ、セラフィナって、いいとこのお嬢さん?」

「うちのセラフィナさんは、そこらのお嬢さんとは違いますよ」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてね?」

「何にしても、あの駄犬は邪魔ですね。暴走気味です」

 確かに、とカイルはエーリヒを見た。

 セラフィナと言い合いをしている姿が楽しそうだ。

「まあ、リーゼも大概だけどな」

 カイルは、ため息をついた。

「セラフィナの周りって、変なのが集まってくるのかな」

 リーゼは、カイルをまじまじと見た。

「それ、自分も変だって言っていますよ?」

「俺は普通だ」

 カイルは、キッパリと言い切った。

 そういえば、とカイルは思い出す。

 自分は自己紹介したが、エーリヒからは、名前を教えてもらっていない。

 しかし、セラフィナと楽しそうに喋っているエーリヒに、話しかけることもできない。

 かと言って、エーリヒを駄犬と呼ぶリーゼは、紹介する気がなさそうだ。

 少し悲しくなったカイルは、一番話を聞いてくれそうなセラフィナに声をかけた。

「なあ、セラフィナ。ところで、その人は誰?」

 カイルが聞くと、セラフィナは「あっ」と声をあげた。

 カイルに紹介していないことを思い出したようだ。

「ごめんなさい、カイル。この人は……」

 セラフィナが紹介しようとするのを、エーリヒ本人が引き継いだ。

「エーリヒ・フェルナーだ。セラフィナの護衛をしていた。これから、一緒に行動することになる」

「え、そうなの?」

 エーリヒの紹介で、セラフィナが驚いた声をあげた。

「ご両親から報告がなかった? 俺は、お二人の許可をもらってきたんだけど」

「セラフィナさん、さっきも言いましたが、あれです。プレゼントってやつです、きっと」

 リーゼにより両親の手紙を思い出したセラフィナは、げっそりとした顔をした。

「……あの両親の基準がわからないわ。よりによって、この人がプレゼントですって? 悪い冗談だわ」

「それはさておき。言ったでしょ? 俺は、セラフィナに決めたんだ」

 エーリヒのいい笑顔に、セラフィナはゾッとした。

「……覚えていないわ」

 セラフィナは冷たく言い切ったが、彼は、ははっと笑った。

「何度だって言うよ。俺は、セラフィナに決めた。どこまででもついて行くよ」

「重いわ…………ん?」

 げっそりと呟いてから、セラフィナは気づいてエーリヒを見る。

「ということは、あなたも冒険者になるの?」

 見られたエーリヒは、爽やかな笑顔だ。

「そりゃあ、冒険者のセラフィナについて行くには、俺も冒険者をやらないと。よろしくね」

 決定事項のようだ。横で、リーゼが嫌な顔をしているが、セラフィナは無視して話を次に進める。

「ということは、私たちは四人のグループになるって言うことね」

 セラフィナの言葉に、エーリヒが、「四人?」と首を捻った。

「エーリヒは魔法剣士かしら。少し魔法職に寄ったグループね」

「ちょっと待って。三人の間違いじゃないの?」

 エーリヒがセラフィナを止めるが、今度は彼女が首を捻る。

「四人よ。私とリーゼ、エーリヒ、カイル」

 当然のようにセラフィナが言い、向かいでカイルが喜んだ。

「俺の話、聞いてくれてたんだな! もう流されたのかと思ってたよ」

「セラフィナさんは、意外に人の話を聞いていますよ。流す時は、わざとです」

「ちょっと、リーゼ。意外は余計よ」

「わざと流されると、凹むからやめて」

 カイルが勝手に落ち込んだ。

 その後は、エーリヒの反対があったり、リーゼとエーリヒが喧嘩したり、セラフィナがカイルを泣かせたり、収集がつかないまま夜が更けていった。


 三日後、四人はギルドに再び顔を出した。

 間の二日間は、何もしていないわけではなく、新たに冒険者登録をしたエーリヒと共に、初期ダンジョンに潜っていた。

 緊張感のない四人による戦闘は、やはり緊張感がなかった。

 カイルが、セラフィナを『セラ』と呼んだことをきっかけに、エーリヒの暴走が始まり、カイルが泣き、リーゼがエーリヒを押さえつけ、セラフィナがキレるという、ダンジョンとは関係のない戦いが起こった。

 それでも、誰も怪我ひとつなかったのは、喧嘩をしながら魔物を倒す実力と、四人の連携の良さがあってのことだと、見ていた冒険者グループが語った。

 その四人がギルドで通されたのは、三階実地部門の奥の応接室だった。

「まず、今回の依頼の報酬についてです」

 エーリヒを除く三人は、実地部門副部門長のキーラ・ナイトレインと対面して座っていた。この副部門長は、豊かな黒髪を後ろで一つに結い上げた、年齢不詳の妖艶な美女である。

 エーリヒは調査依頼に参加していないため、受付ロビーで待っている。

「この依頼内容は、第三層までの魔石回収と、魔物挙動の調査です。これに対して、ギルドは、大銀貨七枚の報酬を予定しておりました。初期ダンジョンであること、主に調査を目的とした依頼ですので、この金額となっております」

 商業都市ルーヴェンで、ごく普通の宿を取ると、大銀貨一枚が妥当な金額だ。

 初期ダンジョンに出現する魔物はレベルが低く、採取できる素材も珍しいものはない。実際、依頼のあった魔石を全て売っても、大銀貨一枚に届くかどうかというところだろう。調査という名目が追加になっても、破格の報酬だ。

 そこは、ギルド側の配慮なのだろうと理解し、三人は頷いた。

「みなさんは、今回の調査で、初期ギルドの安定化をしていただきました。また、不安定化したダンジョンの中で新たにボスクラスの魔物が発生することを発見し、その魔物を討伐していただきました。不安定化の原因は不明なものの、ダンジョン初攻略と同等の価値があります」

 キーラは、そこで一度言葉を切って、大きく息を吸った。

「ギルドから、まずお礼を申し上げます」

 晴れやかな笑顔に、三人もつられて笑顔になった。

「報酬については、本部と相談した結果、金貨一枚――と思ったのですが、三人ですので、プラス大銀貨二枚をお支払いいたします。プラス分は、本部には秘密ですよ」

 キーラは艶やかにウインクし、四人でくすくすと笑い合った。

 金貨一枚で大銀貨十枚分。そこに色を付けたのは、ルーヴェン支部の心意気だ。

 三人の中で、最も経験の長いカイルが、キーラに答える。

「心遣い、ありがとうございます。これからも、依頼の紹介をお願いします」

 素直に嬉しそうに言った。

 成功報酬をきっちり三等分にしてギルドに預け、鑑定をお願いしていた指輪、石板、鉱石の結果を聞いて、その場は終了になった。

 

「どうだった?」

 実地部門の受付ロビーで待っていたエーリヒは、周りにいた数人の女性冒険者を放ってセラフィナたちに近づいてきた。

 それを見たリーゼが、目を細めて怖い顔をした。

「エーリヒさん、ナンパはいけません。しかも、可愛い子に、綺麗な子に、美人な子ですか。いったいどの子が好みなんです?」

「いやいやいや。俺は立ってただけだからね。声をかけられたのは、俺だからね」

 そう言うと、エーリヒはくるりと三人の女性の方を向き、「俺のグループはこっちだから、ごめんね」と謝る。三人は、残念そうな顔をして離れていった。

「ええと、こういうのって、何て言うのだっけ? “女たらし”?」

 セラフィナが首を傾げて言うと、その後ろでカイルが吹き出し、リーゼが感心した。

「セラフィナさん、良い言葉を知っていますね」

「は!? 違うからね!? 言っておくけど、俺もともと、まあまあ人気な方だからね!?」

「ご自分で言うところに、悲しさがあります」

「……あれって、社交辞令だったのかな」

 リーゼの冷静な返しに、エーリヒは自信を喪失した。

 確かに、とセラフィナは思い出していた。

 エーリヒとヴィルヘルムを伴って歩いていると、周りで女性たちがヒソヒソと囁き合い、顔を赤くしていた。セラフィナは無視していたが、立ち止まって友人と長話をしている時などは、後ろでエーリヒが女性貴族から声をかけられていたこともある。横でヴィルヘルムが眉間に皺を寄せていた。

「エーリヒは無駄に愛想がいいから、女性が寄ってきて煩わしかったのよね」

「……無駄……」

「的確な表現です」

 エーリヒが項垂れ、リーゼがセラフィナに親指を立てた。後ろでカイルが声を上げて笑っている。

「……いや、もういいや」

 勝手に納得するセラフィナを擁護するリーゼ。この二人に何を言っても無駄だと察したエーリヒは、この話題を投げ出した。

「ところで、どうだったの? いい結果だった?」

「ああ。副部門長から礼を言われた。成功報酬もアップしたし、いい結果だったな」

 カイルが、笑いを収めて返事をした。

「そういえば、アイテムの分配はどうする?」

 カイルが言うと、セラフィナが「私は魔法書を貰ったから、二人で決めて」と投げてしまった。

 決め手に欠ける二人に託されたアイテムは、石壁の指輪をリーゼ、オリハルコンをカイル、謎の石板をセラフィナに分配することになった。セラフィナは、石板の謎を解いてみせる、と張り切っていた。

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