連携
カイルが加わったことで、魔物との戦闘が確実に楽になった。
本人が言うだけあって、彼の実力は確かだった。
近接攻撃をリーゼが、魔法でのフォローと攻撃をセラフィナがしている間に、中距離で魔物の急所を正確に狙いながらも、近距離での短剣による攻撃も的確だ。
特に、彼の敵探知能力は、その範囲、精度ともに並外れていた。
セラフィナは、ダンジョンの調査を進めながら、カイルに敵探索の方法を教えてもらっていた。
第四層まで進んだが、現在までにわかっていることは、魔物の種類は変わっていないが、個体ごとの強化がされていること、一度に出現する群の数が多くなっていることだけだった。
第五層。この道を進むと、かつてボス戦が行われた広場がある。このダンジョンのボスは石人形だが、ずいぶん以前に倒されている。
三人は、魔物を倒しながら、その広間に足を踏みいれた。
「何もないですね」
リーゼが言った。
がらんとした石造りの広い部屋には、魔物も宝箱も、何もなかった。
「ここまで来れば、何かわかると思ったんだけどな」
カイルも、ため息混じりに言った。
「何かが落ちているとか、ボスが復活しているとか、そんなことも何もない。諦めて引き返……何してるんだ?」
引き返すか、と言いかけたカイルが、心底不思議そうな声を出した原因になったセラフィナは、ボス戦の広間の端で、壁に彫られたレリーフにべたっとくっついていた。
「セラフィナさん、また変なことを思いついたのですか?」
「またって何よ。変ってどういうことよ」
壁から顔を離して、セラフィナが抗議した。
「私が変なのではなくて、この部屋が変なのよ」
「どういうことだ?」
カイルは、セラフィナに近づき素直に尋ねた。
「カイル、甘いわね。ダンジョンの基本は、疑うことよ」
セラフィナは口の端を上げて得意そうに答えるが、カイルはわからない顔だ。
「ここの部屋の広さが、合わないのよ」
そう言って、地図を示した。
ダンジョンの地図は、ボスを倒した後に宝箱から手に入れることができる。この辺は、セラフィナの記憶にあるゲームの設定と同じだ。この地図によって、隠し通路や隠されたアイテムが発見されることが多い。
「そんなことって、あるのか? それは、ダンジョンから出た地図の写しだろ? 俺が持っているのも同じだ。写しが全て間違っているってことか?」
セラフィナは、人差し指を立てて、チッチッチッと舌打ちをした。
「だから、疑うことよって。ここの壁、何かおかしいのよ」
「どこもおかしくは見えないのですが……」
リーゼも、壁に顔を近づけてじっと見た。
「そもそも、セラフィナさんはダンジョンに潜ったの、二回目ですよね。どうしてそんなことが分かるのですか?」
「ふふん。私はなんでも知っているのよ」
リーゼの話を誤魔化して、セラフィナは壁の調査を再開する。
カイルやリーゼも、つられて壁を見始めた。
そのレリーフには、巨大な石の巨人を五人の戦士が封じている場面が描かれていた。右から順に、盾、剣、弓、杖、槍を持っている。
しばらくして、セラフィナがレリーフから離れて、一度全体を眺める。
「やっぱり、これの意味よね」
と言って示すのは、レリーフの上に書かれた古代語だ。
「私には、読めません」
リーゼの言葉に、カイルも同意する。
「こんなの読めるの、学者ぐらいだろ」
「だめよ、二人とも。ダンジョンの多くは、古代語を使っているのよ。勉強しなくちゃ」
二人に釘を刺して、セラフィナは続ける。
「『光は欺き、影は語る』と書いてあるの。この意味、分かる?」
二人は揃って首を振った。
「……とりあえず、光を作ってみましょう」
そう言って、セラフィナはスタッフを出して、その先に光の球を作り出した。それは、ふわふわと浮かび上がり、レリーフの古代語の前で止まる。もうちょっとかな?と言いながら、少しずつ光度を強くしたり、角度を変えたりしていく。
「――あ、ここ」
セラフィナの声に、二人がはっとした。
古代語の文字の影の中に、さらに古代語で書かれた言葉が浮かび上がった。
「なんて書いてあるんだ?」
カイルの質問に、セラフィナが答える。
「弓、杖、盾、剣、槍の順に押せって」
へえ、と言って、カイルはその通りに壁を押す。
今まで動かなかった壁は、言われた順番で押すと、そのレリーフだけが壁に押し込まれた。
最後の槍のレリーフを押すと、重い振動と共に壁が左右に割れ、その砂埃の奥に、さらに下に続く螺旋階段が現れた。
「セラフィナさん、少し見直しました」
「少しって、何よ。私は優秀なのよ」
「確かに、あんたは、他と違った見方ができるようだな」
「……セラフィナ『さん』です」
螺旋階段を降り切ると、大きな扉が現れた。
扉の隙間から、重い魔力が漏れ出ている。
「……これは」
リーゼが小さく呟く。
カイルが、チッと舌打ちをした。
「とにかく、開けてみてみましょう」
セラフィナは、軽い足取りで扉に近づく。
カイルがそれを追い越して、先に扉を開け放った。
その部屋は、広く、天井が高かった。
全体が石でできており、部屋の四隅に太い柱が立っていた。
三人は、中へ踏み込む。
中央に――それは立っていた。
二メートルを超える人型の石像。
滑らかな石肌。両腕は異様に太い。
胸部中央に、淡く脈打つ光。
「石人形……石兵?」
目が赤く光るそれを見て、セラフィナが興味深そうに言った。
石人形よりも、密度が違う。
魔力の圧が、桁違いだ。
「……あれ、やばくないか?」
カイルの声がわずかに強張る。
その瞬間。
石像の両腕が、勢いよく跳ね上がった。
床が震える。
空気を震わす咆哮。
「来る!」
カイルの叫びと同時に、石兵が消えた。
――速い。
次の瞬間、リーゼの目の前に巨腕が迫る。
咄嗟に剣で受けるが、衝撃で後方へ弾き飛ばされた。
セラフィナが、いくつもの氷の剣を石兵に叩きつけ、カイルが石の継ぎ目に矢を放つ。
石兵と距離をとって、カイルが叫ぶ。
「リーゼ! 無事か!?」
砂埃から飛び出したリーゼが、石兵の額にある赤い魔石に剣を突き立て、弾かれた反動で後ろに飛び退いた。
「――こいつ、硬い……っ」
リーゼが、悔しげに言う。
セラフィナは氷槍を三本、同時に放つが、石兵の体表に触れた瞬間、粉々に砕け散った。
「うーん、物理攻撃は、全然ダメね」
石兵が、唸りを上げてカイルに突進する。
横に避けつつ、腕の関節に魔力矢を叩きつけるが、触れた瞬間に矢が消えた。
「うわ! 魔力矢が吸収された!?」
魔力矢とは、その名の通り、魔力により作られた矢だ。
込められた魔力の量によって強度が変わるが、逆にいうと魔力を込めれば貫けないものはないということだ。
リーゼが、石兵の首の繋ぎ目に剣を滑らせるが、変化は何もなかった。
「物理耐性、魔力吸収、パーツの繋ぎ目もダメかあ……」
セラフィナが、顎に指を当ててのんびりと言った。
石兵が片腕を振るう。
床から石杭が隆起する。
リーゼに向けて飛んでいく石杭を、セラフィナの起こした竜巻が吹き飛ばした。
それに石兵は怒ったのか、咆哮を上げて勢いよく両手を振り下ろす。
床から、何本もの石杭が隆起し、全方向に飛び散った。
リーゼが横跳びに避けて柱の影に入る。
カイルは一つ一つ避けながら、セラフィナに叫ぶ。
「セラフィナ! 額の光、あれが核だろ!」
自身の周りに強風で壁を作りながら、セラフィナはうーんと考え込む。
「それっぽいんだけれど、どうやって狙おうかしら……」
続く石杭攻撃を避けながら、カイルが呆れて返す。
「これ、ゆっくりしてる状況じゃないよな!」
「確実に、詰んでますね」
珍しく、リーゼがカイルに同意した。
「セラフィナさん、早く何か考えてください」
「ええー? リーゼ、私の扱いが悪くない?」
リーゼの隠れている柱が、石杭で削れていく。
「そんなことはありません。適材適所でいきましょう」
「ということは、私が優秀っていうことでいいかしら?」
「なあ、それ、今、確認する、必要、ある!?」
セラフィナとリーゼの会話を、カイルが叫んで切る。
少し息が切れているのは、いくつもの石杭を避けているからだろう。
セラフィナは、少し考えて、「それもそうね」と同意した。
「じゃあ、二人とも、柱に隠れていてね!」
そう言うと、セラフィナは強風の範囲を部屋いっぱいに広げた。
無数に飛んでいた石杭が、強風によって吹き飛ばされる。
石兵は、石杭攻撃を中止してセラフィナに狙いを定めた。
一際大きな咆哮を上げて、ものすごい速さでセラフィナに突進する。手には石の棍棒を持っている。
「――セラフィナっ!」
カイルが叫ぶと同時に、セラフィナがスタッフの先を石兵に向けた。
石兵が体制を崩すほどの強風が巻き上がる。
目に見えるほどの強風の壁が、竜巻となって石兵を取り囲んだ。
そのまま風を凝縮させ、空気の逃げ場を奪う。
スタッフの先がきらりと光り、圧縮された竜巻の中心に火種を落とした。
――轟!!
火竜が天に昇るように、竜巻の中で一気に炎が立ち上がった。
天井まで届いて渦巻くそれは、柱に隠れている二人にも激しい熱気を叩きつける。
「火事になる前に、冷まさないと……ねっ!」
再びスタッフの先が光ると、業火が途切れ、今度は石兵が氷漬けになった。広い石室内も、急激に凍りついていく。
しかし、氷漬けにされた石兵の額の核が赤く光り、氷が悲しい音を立てて砕け散った。
「リーゼ! 今度はお願いね!」
セラフィナが言うと、リーゼが柱の影から飛び出した。
白い息吐きながら、石兵に急接近する。
対する石兵は、動きが鈍く、足元を覆う氷のせいで、移動もままならない。
リーゼが石兵の脚を狙い、ヒビ割れた表面に正確に剣を滑らせていく。
石兵の脚が、ガタガタと崩れていった。
「カイル! 額の宝石! 合わせるわ!」
「りょーかい!」
セラフィナの合図で、カイルが魔力矢を出現させ、額めがけて矢を放った。
石兵は、両脚への攻撃により動けなくなっているが、両手を床につき、さらに石杭をいくつも作り出す。
そこにリーゼが接近して、腕の亀裂を切り裂く。
石兵は悲鳴をあげ、石杭は床に落ちてバラバラになったが、頭の位置がカイルの狙いとズレた。
セラフィナが気流を生み出し、カイルの魔力矢の軌道を修正する。
魔力矢は、青白い残像を残しながら、一気に額の核を突き抜けた。
最後の咆哮を上げながら、石兵はボロボロと崩れ落ちた。




