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出会い

 石造りの門の前は、朝だというのに人が多かった。

 ギルド管理の初期ダンジョンは、街の若手冒険者の登竜門だ。

 

 前日、ギルドの受付で依頼票を受け取ったリーゼが、小さく首を傾げる。

「第三層までの魔石回収と……魔物挙動の調査ですか?」

「このダンジョンは、低ランク冒険者の鍛錬場所にもなっているのですが、最近、断念する冒険者が増えているんです」

 受付の若い男性が、依頼票を示しながら説明する。

「そこで、鍛錬も兼ねた調査として、ギルド側からの依頼です。依頼内容に相応しいと思われる方達に、お声をかけております。セラフィナさんとリーゼさんも、いかがですか?」

「それって、ダンジョンの中の魔物のレベルが、上がっているということですか?」

 セラフィナが聞くと、受付の男性が困った顔をする。

「そのようです。皆様には、原因の調査をお願いしています。解決までは、依頼に含まれておりません」

 なるほど、とセラフィナは頷いた。

「わかりました。お受けします」

「複数の冒険者に依頼をしているんですよね? 冒険者同士で協力もアリですか?」

 リーゼの確認に、受付の男性がにっこりと頷いた。

「依頼の妨害は禁止事項ですが、協力は制限しておりません。ただし、成功報酬は人数によらず一定ですので、ご注意ください」

「承知しております」

 リーゼが答え、セラフィナが頷く。

 こうして、二人は初期ダンジョンの調査に向かった。


 このダンジョンは、ルーヴェンから馬車で一日の場所にある。

 岩肌にぽっかりと開いた入口から繋がる階段は、ダンジョンにしては明るく、人の行き来も多い。

 ギルドからの依頼以外にも、訪れる冒険者は多いのだ。

「人が多いですねー! セラフィナさん、逸れないくださいね!」

 賑やかな雰囲気に、リーゼはウキウキしながら言った。

「逸れないわよ。少し前に来たダンジョンじゃない」

 セラフィナが、少し呆れながら返す。

 二人は、Eランクに上がる直前に、腕試しにこのダンジョンに潜っている。第五層までの浅いダンジョンで、魔物も強くてDの“下”ランクだ。

「前に来たときは、普通のダンジョンでしたよね。最下層まで、楽々でした」

 階段を降りながら、リーゼが振り返る。

「難易度が上がったということでしょうか? それとも、前と違う魔物が発生している?」

「魔物のレベルが一段上がったということでいいと思うわ。少し強くなっていると思うから、注意して進みましょう」

 セラフィナの言葉に、リーゼが疑わしげに返す。

「そのセラフィナさんの自信は、どこから出てくるのでしょうね」

「あら、私はいつでも、自信があるのよ」

「それは間違いありませんが……」

 リーゼの言葉は気になるが、セラフィナは無視して進むことにした。

 セラフィナは、ダンジョンの異変を裏ボスの発生と関連があると考えていた。

 この世界のダンジョンの詳細は、実はよくわかっていない。ギルドが率先して調査を行なっているが、わからないことが多いのだ。

 ダンジョンの不安定化も、解明されていないことの一つだが、実はダンジョン内に溜まりすぎた魔力が引き起こす、魔物の強化が原因である。

 ダンジョンは、それ自体が魔力を発しており、ダンジョン内で魔物が生成される。ダンジョン内の魔物は基本的には外に出ない。しかし、魔力が溜まりすぎると、裏ボスの発生、魔物の強化につながる。それによりダンジョン内に溜まった魔力はある程度コントロールされ、数日で裏ボスは消失し、魔物のレベルも元に戻る。

 しかし、何のきっかけか魔力が溜まり続けることがある。これが数ヶ月続くと、スタンビートに発展する。それだけは、避けなければならない。

 考えながら歩いていると、セラフィナの魔力網に反応があった。

「リーゼ。何か来るから、お願いね」

「どうして私だけなんです?」

 半目で返事をしながら、リーゼは腰の剣を引き抜いた。

 間を置いて現れた灰牙ラットの群が、二人に飛びかかってくるが、リーゼが弱点の喉元を正確に切り裂き、セラフィナがリーゼに向かうラットを風で吹き飛ばした。

 五匹の灰牙ラットは、ものの数分で動かなくなり、ダンジョンに吸収された。

 その後も、問題なく第一層を突破して、第三層まで降りていた。

「初期ダンジョンだけあって、そんなに手こずらないですが、前に来た時よりも魔物の動きも早いし、数も増えています?」

 歩きながら、リーゼが感想を言う。

 セラフィナは、魔物の魔力を感知してスタッフを構えながら返事をした。

「一度に出会う魔物の数が、前より多いわね。この階層は狼系だから、連携してくるのが厄介ね」

 言いながら、スタッフを前に突き出し、離れた床に氷を張った。

 タッと飛び出してきた二匹の岩皮ウルフが、その氷に足を滑らせて転倒する。その上を、もう一匹が飛び越えると、リーゼに前脚の爪を光らせて突進してきた。

 リーゼは、それをひらりと躱すが、横からさらにもう一匹が、音もなく突進する。

 セラフィナが、その岩皮ウルフにかまいたちを浴びせ、進路を妨害する。その硬い皮膚に阻まれ深手にはならないが、リーゼはその間に間合いを開けた。

 セラフィナが、最初に転倒させた二匹を氷漬けにしている間に、リーゼが、かまいたちでバランスを崩した一匹の前脚の関節を攻撃する。

 悲鳴をあげて飛び退く岩皮ウルフを放っておいて、リーゼは突進してきたもう一匹の爪を躱しながら、喉元に剣を突き立てた。

 すぐに残る一匹の反撃を警戒したが、そちらはすでにセラフィナが薄い氷で喉を切り裂いていた。

「ええと、灰牙ラット十、石殻リザード十、岩皮ウルフ十。これで魔石回収のミッションは終了かしら」

 魔物の代わりに残された魔石を拾いながら、セラフィナが確認した。

「終了でいいのですが、私は、そこのお兄さんが気になります」

「え、あなた、気になるって、まさか……」

「セラフィナさん。そういう冗談を、どこで覚えたんですか?」

「あ、この前行った村でね。リアナちゃんに『気になる人はいないの?』って聞かれて。それって、つまり『好きな人』ってことでしょう?」

「……セラフィナさん、今までどうやって生きてきたんですか?」

「失礼ね。私は、聞き慣れるくらい、周りから優秀だと言われているわ」

 二人は、会話をしながら魔石を拾い集め終わり、そのまま先に進もうとした。

「――あの、お嬢さんたち、ちょっと……」

 若い男性の声に、二人は「あ……」と反応した。

「……あの、気がついているのに無視されると、こう……かなり、切ないんだけど……」

 二人が振り向いた先には、長身の若い男性が、決まり悪げに立っていた。

 癖のあるダークブラウンの髪、申し訳なさそうにしている緑色の瞳、優しそうな顔立ち。弓を背負い、腰には短剣、手には地図を持っている。

「さっきの戦闘、助太刀しようと思ったんだけど……出る幕がなくってね」

 頭を掻きながら、苦笑いした。

「あ、ごめんなさい。無視ではなくて、失念していました」

 リーゼがキッパリと言った。

 こういう時、はっきりとした性格のリーゼに、セラフィナは驚いてしまう。本当のことをいうと、もっと落ち込むかしら、と一瞬考えてしまうのだ。結局のところ、セラフィナも思ったことを言うので、結果は変わらないのだが。

 リーゼの言葉に、男性が泣きそうな顔をした。

「……そっちの方が、落ち込むんだけど……」

 リーゼに悪気がないことはセラフィナにはわかっているが、男性が少しかわいそうになってきた。

「あの……すみません。こう言ってはいますが、決して悪気があるわけではなくて。本当に忘れていただけなんです」

 眉を下げて言うセラフィナに、リーゼが「セラフィナさん、グサっといきますね」と呆れ、男性は両手両膝を地について項垂れてしまった。

 セラフィナは、なんだかよくわからないが、「ごめんなさい」と謝っておいた。

 ため息をつきながら立ち上がった男性は、少し疲れた顔をしながら、それはともかく、と話を切り替えた。

「俺は、カイル・ヴァルトという。Dランクの冒険者だ。といっても、Dランクになったのは、最近なんだけどな」

 素直な自己紹介に、セラフィナとリーゼは目を合わせてクスリと笑った。

「私はセラフィナ。こちらはリーゼです。どちらも、Eランクです」

 見ればわかるので、お互いに職業は名乗らない。

「Eランク? あれで? まだ駆け出しってことか?」

 重なる疑問符に、セラフィナは首を傾げた。

「Eランクですよ? 駆け出しなのは、事実です」

 ふうん、とカイルは二人を見た。

「他のEランク連中は、第二層あたりであたふたしてたけどな。なんせ、一度に出てくる魔物が多い。うまく連携できないと、すぐ崩されるからな」

「私とセラフィナさんは、硬い信頼で結ばれていますから」

 リーゼが胸を張って答えた。

「いや、そういうことじゃなくてな」

 カイルが、すぐさまリーゼに突っ込むのを見て、セラフィナは、適応能力の高い人なのね、と感心した。

「ヴァルトさんも、ギルドの依頼を受けているのですか?」

 セラフィナが聞くと、カイルは頷いた。

「カイルでいいよ。敬語もいらない。――"も"ってことは、あんたたちも依頼か? なら、このまま一緒に行かないか?」

 カイルは、自然に同行を持ちかけたが、リーゼが一瞬緊張する。

「――それは、どういった目的で?」

 目を細めて言うリーゼに、カイルは両手を振った。

「目的も何も、ギルドの依頼だろ? 俺も魔石集めは終わったから、あとはここの調査なんだ」

 苦笑いしながら、でも、と続ける。

「見ての通り、俺は弓使いだ。ここのやつら、皮が硬くてさ。一人で難儀してたんだよ。このまま進めないこともないが、大変そうだなーと思ってさ」

 それは、セラフィナも思っていたことだった。

 このダンジョンにいる魔物は、硬い皮膚をしているものが多い。各々に弱点はあるが、弓使いである彼は、殺傷力に欠ける。接近戦も不向きだろう。

「――確かに、よくここまで、一人で降りてこれましたね」

 リーゼが、緊張を崩さないまま言った。

「まあ、俺、一応一人でDランクに上がれるくらいには強いからね」

 嫌味のない言い方だった。

「たださ、最近、ここの魔物、ちょっと多いし、少し手強くなったし。味方がいれば、安全だなと思っていたところなんだ」

 カイルは、もしよければ、と遠慮がちに言った。

 その話を聞いて、なるほど、とセラフィナは頷いた。

 ここまで一人で無傷で降りてきた彼と行くことは、この後の調査で自分たちにもプラスになるだろう。そう考えて、セラフィナは彼と同行することにした。

「わかったわ。じゃあ、残りの調査をしてしまいましょう。いいわよね、リーゼ」

 セラフィナが見ると、リーゼは少しムッとしながらも、「セラフィナさんがいいなら」と呟いた。

 それを聞いたカイルは、嬉しそうな笑顔になった。

「よかった! セラフィナ、リーゼ。よろしくな!」

 爽やかな笑顔に、セラフィナもにこりとする。

「よろしくね、カイル」

「……セラフィナ『さん』です」

 そう言って、リーゼはカイルを睨みつけた。

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