セラフィナの秘密
その日二人は、Eランク向けの依頼を受けた。
商業都市ルーフェンから、馬車で移動すること三日。小さな村で、低級の魔物による家畜の被害が出ているという。
「村の羊が、何匹かやられまして……低級の魔物なので、警備に言っても門前払いで、困っております」
村長の男性は、相当に疲れて見えた。
後ろにいるのは孫だろうか。セラフィナとリーゼを、目をキラキラさせて見ていた。
「小さな依頼ですが、村にとっては死活問題で。どうか、お願いします」
女性二人の冒険者に頭を下げる村長に、とても困っているのだろうな、と思うセラフィナの横から、リーゼが顔を出した。
「村長さん、一つ伺ってもよろしいですか?」
「はい、答えられることなら」
「低級の魔物なら、どこの村でも若い方たちが追い払うなりしますよね? なにか、それができない理由でも?」
リーゼは、ともすれば責めているようにも聞こえる言葉を、柔らかい口調で慎重に話す。
セラフィナは、冒険者や兵士でなくても、魔物を追い払うことができるのか、と驚いたが、話の腰を折らないように黙っていた。
「それが、若い衆が追い払おうとしたのですが、斧も槍も、どこにも通らないし、やつら、全く怖がらないんです……」
その言葉に、セラフィナは思い当たる節があった。
「村長さん、その魔物ですが、灰色の狼でしたか?」
「はい。灰色の狼の姿をしていました。やつら、この辺に巣を作ったのか、数匹で襲ってくるんです」
ああ、それで、とセラフィナは納得がいった。
「複数いると、難易度が上がりますね」
リーゼが難しい顔をすると、村長が焦った顔を見せた。
「あの、依頼の方は……」
「あ、いえ。引き受けた依頼ですので。ね、セラフィナさん」
考え事をしていて急に振られたセラフィナは、え?と驚いたが、二人が自分を見ているのを確認して、慌てて表情を取り繕った。
「ふふっ。灰色の狼なら、簡単よ。私たち二人で、十分過ぎるわ」
胸を張って言うセラフィナを、村長はほっとして、リーゼは訝しげに見ていた。
二人は、日が落ちてから村の端にある、よく被害に遭うと言う羊小屋の横でしゃがみ込んでいた。
「それで、セラフィナさん。魔物に心当たりがあるのですか?」
リーゼが、小声でセラフィナに尋ねた。
「灰色の狼で、妙に納得していましたよね。外見からして、スケイルバック・ウルフだとは思いますが、それにしては、物理攻撃がどこにも通じないって、特徴が合わないと思うのですが……」
スケイルバック・ウルフという魔物は、Eの“上”の魔物だ。通常は単独行動しているが、たまに複数で狩りをすることがある。背中から尾にかけて鱗状に硬化した毛があるため、物理攻撃は通しにくい。初級魔法も弾くため、厄介だ。魔法使いや軽戦士が相手にするには不向きな上に、通常とは違う特徴があるようだが、セラフィナは余裕がありそうだ。
「見てみないとわからないけれどね、多分、大丈夫よ」
「ダメだったら、保証は弾んでくださいね」
「何の保証を、だれがするのよ」
「私は、命だけは大切なのです」
「あなた、本当に、私を何だと――」
言い争っていると、セラフィナが張った魔力網に、微かな魔力が引っかかった。
セラフィナは、ここ最近の依頼で探索スキルを応用することを覚えていた。探索の要領で魔力を網のように薄く広げておく。その網の中に、魔力を持つものが引っかかると探知できるのだ。ここ数日で、魔物と人間では、魔力の質が違うことがわかり、討伐依頼などでは特に役に立っている。
「――来ましたか?」
セラフィナの様子を見て、リーゼが声をかける。
「魔物がかかったわ」
二人の雰囲気がピリリと変わった。
リーゼが腰の剣に手をかけ、セラフィナは虚空からスタッフを取り出す。
すぐに、獣の息遣いと共に黒い影が迫ってきた。狼の形をしているが、大きさは小さな熊くらいだ。数は三匹。一匹は、他の二匹よりもやや小柄だ。
三匹は、慣れた様子で警戒心もなく羊小屋に近づく。先頭の一匹が、身をかがめ、しかし何の躊躇もなく羊小屋へ入ろうとする。
――が。
見えない壁にぶつかったように、鈍い衝撃音が響く。
ギャンっという鳴き声と共に、青白い光が一瞬だけ空気に走った。
スケイルバック・ウルフは、何かに弾かれ、後ずさる。
低く、唸り声。
赤く光る目が、今度ははっきりと二人を捉えた。
「セラフィナさん、無事に敵認定されました」
「早いわね。リーゼ、何とかしてちょうだい」
「魔物は、結界のせいで怒りました。結界を作ったのは、セラフィナさんです。よって、怒らせたのは、セラフィナさんです」
「何よ、その三段論法的なやつは」
「三段論法って、なんです――か……っ」
リーゼは、セラフィナと話をしながら、襲いかかってきたスケイルバック・ウルフを避けざまに切りかかる。
スケイルバック・ウルフの前脚に当たった剣は、硬い音を立てて弾かれた。
「三段論法っていうのはね!」
別のスケイルバック・ウルフが牙を剥くのを、結界で受け止めながら、セラフィナが説明を始めた。
「大前提があったときに――」
セラフィナの説明に耳を傾けながら、リーゼはさらに首に一撃を与えるが、これも弾かれる。
「それに含まれる特定の事柄を挙げて、その二つから……っ!」
セラフィナは、向かってきた二匹を、旋風でリーゼの方に吹き飛ばした。
リーゼがその二匹を、剣でまとめて叩き切る。
「結論を導き出す、推論形式よ!」
――が、また弾かれた。
二人は、スケイルバック・ウルフ三匹と、睨み合った。
「剣で鋼は切れない。鋼を切れない剣は、それよりも硬い物も切れない。だから剣でこいつらは倒せない、と」
「じゃあ、どうするんですか? こいつら、通常種とは違いますよ? しかも、スケイルバック・ウルフって、魔法耐性もありますよね?」
リーゼが不満そうに声を漏らすが、セラフィナは余裕そうに笑った。
「ふっふっふっ……まずは、こうして……っ」
セラフィナが、スタッフを高く掲げると、スケイルバック・ウルフの周りに、大雨のような水が降ってきた。
あまりの水量に、身を屈める三匹。
「そして……こうするっ!」
今度はスタッフを下から上に大きく振る。すると、水がピタリと止まり、今度は下から上に大きく風が吹き、三匹の足元の泥が一気に跳ね上げられる。
地面が抉られるほどに跳ね上がった泥水は、鈍く灰銀色に光を反射する鱗を、黒茶色に染め上げた。
「リーゼ! 切って!」
セラフィナの言葉が終わらないうちに、リーゼは動き出した。
素早い動きで泥に足を取られた一匹へ踏み込み、横薙ぎにする。
刃が通り、一匹を切り伏せた。
返す刃でもう一匹の首を狙う。
その間に、リーゼに飛びかかってくる一匹を、セラフィナが氷の刃で貫いた。
悲鳴を上げる間もなく、三匹は血に伏していた。
「とりあえず、今日はこれで終わりね」
セラフィナが、嬉しそうに言った。
「スケイルバック・ウルフの鱗って、いい素材になるのよね。たくさん獲れそうね!」
早速、魔物の解体に取り掛かろうとするセラフィナに、リーゼが不審げな視線を向けた。
「どうして、泥をかけると鱗が柔らかくなるって、知っていたんですか?」
解体の魔法を操っていたセラフィナの動作が、ピタリと止まる。
「セラフィナさん、前から変な人でしたが、さらに磨きをかけています。何がありました?」
リーゼが鋭いことを言う。
セラフィナは考えた。
全身が硬化した鱗に包まれたスケイルバック・ウルフの変異種。これの弱点が泥だということは、ゲームの知識だ。ヒロインがレベル上げをする中で、偶然見つける弱点で、世間には知られていない。
ゲームのことを話してもいいのだが、リーゼの場合は、斜め上の理解をしそうで怖い。
しかし、彼女はセラフィナと一緒にいる時間が長い分、だいぶ前から違和感を覚えていたのだろう、とも思った。
どう説明すればいいのか、と考えて、セラフィナは、ふと気づいた。
「……リーゼ。本人の前で、悪口を言うのはやめて」
「泥遊びをするご令嬢なんて、セラフィナさんくらいです。今度は村の環境破壊です」
「……環境破壊の定義って、知ってる?」
セラフィナは、ぶつくさ文句を言いながら、ぬかるんだ地面から水分を少し蒸発させ、土を慣らしておいた。
翌朝、村長に報告すると、涙目で喜ぶ顔を見ることができた。
スケイルバック・ウルフが三匹だけとは限らないので、二人はもう数日村に滞在し、近くの森をみてまわったり、羊の世話や農作業を体験させてもらったりした。
村長の孫ともすっかり仲良くなった。村を出る時に、大泣きされて困ったセラフィナが作った虹は、村長の孫が魔法使いを目指すきっかけの一つになった。




