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「あの……ほんとのほんとに、まだやるんですか?諸刃さん……。体、いよいよたた●神になりかけの乙事主様みたいになっちゃってるんですけど……」
「大丈夫だ……まだだ……まだやってやる……たとえ我が一族悉く滅ぶとも、私の偉大さをクラスメイト及び読者どもに思い知らせてやる……!」
「乙事●様じゃないですか……あと、そんな最低なもののために一族を滅ばさないでください……」
誰のおかげか、はじめに会ったときよりもだいぶ強気にものを言うようになったギャル委員長は、この体育館の湿気くらいの湿度を帯びた瞳を私に向けて来た。うーん。ほんとに誰のおかげなんだろうネ。
前の上体起こしから三日後。
なんやかんや右腕を骨折、左腕を脱臼などしつつも、反復横跳びや長座体前屈などの他の種目で全て十点をとり、いよいよ最後の種目にして最大の障壁、20メートルシャトルランまでやってきた。
今はペアを組んだ一人目、つまり私のバディのナイスバディのギャル委員長が十点にはあと一回及ばなかった、87回を走った後だ。
ちなみに何故一番、よりにもよって超めんどくさい競技であるシャトルランが最後の最後に待ち受けているのかというと、どうやら国(文部科学省)がそう定めているせいらしい。
ったくふざけんなよ。生徒の息も税金も無駄に上げさせやがって。おかげでこっちは虫の息なんだよ。息の根止めてやろうかああん?
「乙事主様並みに怖いこと言わないでくださいよ……書籍化できなくなるじゃないですか……」
私に対するアタリが強くなっても、根はやはり変わらず真面目なのか、ギャル委員長はそんな風に私を諭してくる。大丈夫大丈夫。『この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません』だから。フィクション故に私という人物は存在せず、故にこの世にいない人間の意見などが裁かれるはずもない。Q!E!D!ママレード&シュガーソング。ピーナツ&ビターステップ!
「確かにもう正直フィクションの人間としか思えないような、見るだけで苦しくなる体になっちゃってますけど…苦くて目が回りそうですけど……あの、本当にこれ以上やっちゃうと壊れちゃいますよ……ていうか、今立ててるのすら不思議なくらいです。何で右腕骨折して、左腕脱臼して、腹筋吊って、背中に呪いをかけられて、ほっぺた腫れあがって立ってられるんですか……?」
「私は……なんとしてでもギャル委員長の期待に応えたいから!」
「感動的な台詞に見せかけて人のせいにするのやめてください!なんだか全部私がやらせてるみたいじゃないですか!確かに腹筋の時のアレは半分私のせいみたいなところありましたけど、ちゃんと謝ったじゃないですか!」
ちっ、気付かれたか。あまりにも怪我をし過ぎて毎度毎度保健室に連れて行ってもらうのが結構罪悪感で、許してもらう言い訳として使っていたのだけれど。
が、それも今日で最後だ。
「それじゃそろそろ二人目始めるぞー。準備しろー」
例のスタンダード女性体育教師が、大声でそう呼びかける。メガホンも拡声器も用いていない肉声でこれとは恐れいる。体育教師を辞めて格付けチェ●クで結果を告げる司会の方へ転職した方がいいんじゃないかと思うくらいだ。
しかし、そんな完璧な肉声を聞いたおかげか、一度は罪悪感で薄れかけた私の士気も再度湧き上がってきた。
私は颯爽と(怪我をしているので実際はそこまででもないが気持ちの上では)スタートラインに向かいながらギャル委員長にふっと微笑んで振り返る。
「委員長、ありがとね。ここまで来られたのは委員長のおかげ。さっきは冗談めかして言っちゃったけど、私は、私を支えてくれた委員長の期待に応えたい……ううん。応えて見せる。だから、見てて」
「諸刃さん……」
スタートラインに立つ。
前を見据える。
背中を押してくれる、ギャル委員長の眼差しを感じる。
瞬間、今日までにギャル委員長と過ごしてきた日々が死にかけてもいないのに走馬燈のように脳裏に浮かび上がってきた。
何度も何度も怪我の痛みにくじけそうになる私を叱咤し、励ましてくれたこと。
競技が終わる度に怪我をしてしまい、その度に私を保健室に担ぎ込んでくれたこと。
……思えば、やっぱり私がこんなにも怪我をしているのはやっぱり少なからずギャル委員長の責任もあるんじゃないのかという考えが首をもたげてくるが……、しかし、今はそんなことはどうでもいい。
どんな理由があろうとも、ここまで来られたのはギャル委員長が一緒にいてくれたからだ。
全ての競技で十点を取るという、いわば自己満足でしかない目標に、ギャル委員長が付き合ってくれたおかげだからだ。
そして、その目標はとうとう、手の届くところまで来ている。
ここまで来れば、私がやることと言えば、一つしか、ない!
それはもちろん――
「よーい」
大声で先生が告げ、笛を構える。
私も、ともに走る19人の生徒も、一斉に構えた。
先生が大きく息を吸い込む。
静寂が訪れる。
そして、
「ピィィィィィィイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
静寂を切り裂くような笛の高音と、おなじみのシャトルランのメロディが交わると同時――それに呼応するように、二十人のシューズが体育館を踏みしめる打音が、奏でられた!
――死んでも、十点取る!
「ってやっぱ無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「諸刃さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」
――スタート直後、やっぱり無理だった私は、その場に崩れ落ちた。
「ちょっと!どうしたんですか!?諸刃さん!さっきまであんな魔王に拘束されたヒロインを救う前の勇者みたいな顔してたじゃないですか!」
案の定、もはや様式美かの如く、委員長が駆け寄ってくる。
「あ、懐かしいな、その例え。でも、ごめん……やっぱ無理だった……くそ!何故だ!何故神は私の邪魔をするんだ!私はただ、完全な存在になりたかっただけなのに!」
「ハガ●ンのお父様みたいなこと言わないでください!ていうか、前から言うまい言うまいと我慢してたんですけど、諸刃さん、完璧になりたいとか言うわりに諦めるの早すぎません!?今まで十点取った競技、全部そうだったじゃないですか!」
「くっ……!どうやら私はここまでのようだ!あとは任せたぞ!えーっと……えーっと……んー!」
「カッコいい台詞で誤魔化さないでください!あと、前の失敗から学んでちゃんと名前を呼ぼうとしてくれる姿勢は立派ですが、覚えてないなら無理してまで言おうとしないでください!それならまだギャル委員長の方がましです!あと、完璧ならシャトルランなんていう過酷な競技の続きを、私にさせようとしないでください!ほら!起きてください!私の期待に応えてくれるんでしょう!?死んでも十点取るんでしょう!?」
「いや……常識的に考えればやっぱりスポーツテストに命はかけられなかったわ……ごめんなさい」
「スポーツテストをなめないでください!」
叫びながら委員長が文字通り満身創痍の状態にも関わらず、私の体を容赦なくぶんぶん揺さぶってくる。
が、そんな、完全にスポーツテスト開始時と今とで発言が矛盾してしまっている委員長に、私は何も言い返すことができない。言い返せる道理もないし、そもそも言い返せる気力すら、私には残されていない。
仮にここからギャル委員長の例の炎の妖精パワーで再度やる気になったとしても、シャトルランは二回連続で線に触れられなかった時点でアウトなので、私の記録は既にゼロ回に固定されてしまっている。一応、転倒したことを、先生が不慮の事故とみなして、再度計測をさせてくれる可能性もなくはないだろうが……
「諸刃」
と、そんなことを考えていると、ギャル委員長に続いてタイミングよく先生も駆け寄ってきた。
そして、
「残念だが……」
そう、申し訳なさそうな顔を浮かべる。
……まぁ、そうだろうな。
「分かってますよ、先生。たとえ怪我をして転んだとしても、それは結局自分のせい。全部の競技で十点を取るという目標は達成できませんでしたが、結果は結果。受け入れます」
私は、少しでも先生が感じているであろう罪悪感を払ってあげるべく、今できる精一杯の笑顔を意識して言う。
世界はそうは甘くない。プロスポーツ選手がそうであるように、自身の体調管理も、それはスポーツ選手の仕事の内だ。それができない選手は棄権として、負けという結果を付与される。子供同士のじゃんけんではないのだ。おかわりとはいかない。敗者は敗者らしく、ただ去るのみだ。
「諸刃さん……」
ギャル委員長が私の体を抱え上げ、私の顔を胸に抱く。
普段なら役得だのラッキースケベだのひゃっほーだの、これがほんとの感動で胸がいっパイだの、ウィットに富んだ感想を述べるところだが、今回はそんな台詞すら浮かんでこない。ほんとに浮かんでこない。
せいぜい、胸アツくらいだ。
体温が上がっていくのを感じる。そしてその体温が目にも伝わったのか、結局スポーツテストで満点を取るという目標さえ達成できなかったのにも関わらず、私の目からは熱い雫がこぼれて来た。
そっか……もしかしたら私は満点にさえ匹敵するような、そんな大事なものを、いつの間にか得ていたのかもしれないな。
ギャル委員長との、友情ってやつを。
私はギャル委員長の助けを借り、一緒に立ち上がった。
一度互いに顔を見合わせ、笑い合う。
ひとしきり笑い合って、そういえば先生を待たせていることに気が付いて、そういえばこの人にも随分迷惑をかけたことを思い出し、改めてお礼を言っておくことにした。
「先生も、こんな私に付き合ってくれてありがとうございました。先生もきっと完璧な私に期待してくれていたはずなのに、すいません。でも、大丈夫。きっと来年は満点をとって見せますから!先生のためにも!そして、ギャル委員長のためにも!」
「いや、諸刃……お前、何か勘違いしてるぞ」
「え?」
私が宇宙を前にした猫のような顔を浮かべると、先生はそれ以上に不思議そうな、そして迷惑そうな顔を浮かべ、
「なにヒロインは救ったはいいが、魔王と相打ちになってヒロインに看取られてる勇者みたいな笑顔を浮かべてるんだ。ったく、怪我してるならちゃんと報告しろ。怪我が治り次第、計り直しだ。そんな怪我で参加されたら私が免職になるわ」
「え?」
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後日。
週が明けて、数日後。
50メートル走以降の全ての競技を先生と計り直した私は、過去の苦い経験と、一人でのびのび各種目に取り組むことができたが故か、無事、改めてすべての種目で10点を獲得することができた。
全種目で10点は流石に全国でも片手で数えるほどしかおらず、これでいかに私の運動能力が完璧であるかを、学校中に知らしめることができたと言っていいだろう。
しかも怪我という苦難を乗り越えての、全種目満点。
これはもはや全国一位と言っても過言ではないのではないだろうか。
ふふ。我ながら完璧すぎる。背中がたたり神になった甲斐があったというものだ。
――だから。
ここで改めて宣言しておくとしよう。
読者の皆様に。そして私を支えてくれたギャル委員長に!
そう。たたり●みに限らず、この章でこすりにこすってネタにしてきたあの大ヒットアニメ。
イケメン、優しい、運動神経抜群と、私並みに完璧な少年を主人公に据える、私が愛してやまないあのジブ●アニメの主人公風に。
私は言った。
「我が名は完璧美少女JK諸刃剣!私は怪我という困難を乗り越え、ここまできた!ギャル委員長は、私が完璧美少女JKだとご存知か!?」
「黙ってください小僧」
「…………」
どうも、完璧美少女JK、諸刃剣です。ご一読、ありがとうございました。今回も楽しんでいただけましたか?
いやあ、流石私。今回も見事、華麗に目標を成し遂げました。勉学だけではなく、運動も完璧なんて、ほんと私って――ん?何?ギャル委員長?今、失態を晒してしまったことによる、私のイメージダウンの改善――じゃなかった、シンプルに今回の振り返りをしているところなんだけれど。え? 捏造? 華麗な要素なんて一つもなかった? はは、そんなわけないでしょ。何言ってるんだか、ギャル委員長は。自分がシャトルランで十点取れなかったからって嫉妬……ちょ!何で!何でモノ●ケ姫に出てくる、エボシが使う火縄銃をこっちに向けるの!? やめて! 私とギャル委員長が争わずに済む道はないの!? 本当にこれでいいの!? これ以上憎しみに身をゆだねるな! 私たちは共に生きることが――




