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「はぁ……」
「どうしたの、諸刃さん。先生の授業が始まった瞬間から溜息を吐いて。体調でも悪いの?保健室送りにしてあげようか?」
五時限目の家庭科の授業が始まった、その直後。
未だにらのに何を作ってあげるかを決めかねて悩んでいた私に、家庭科のマリー先生は、数学の神済先生同様、教師のくせに平然と生徒を気遣う振りをした体罰を予告してきた。
彼女の名前は水無月マリ。
通称、マリー先生。
二十代後半の糸目で、スタイルの良いおっとりとした美人家庭科教師だ。
ちなみに何故本名のマリ先生ではなく、マリー先生と呼ばれているかと言うと、単なるあだ名、というわけではなく、私がふざけてそう呼んでいるわけでもなく(私は完璧美少女JKなので、人が嫌がるあだ名で人を呼ぶことなどない。ギャル委員長?らの?あれは呼ばれたがっているから呼んでいるだけだ)それは彼女が二十代後半の女性でありながら、いまだに未婚であることに由来する。
マリーは英語で結婚するという意味なので、それを皮肉った、どこかの馬鹿な男子生徒が言い出したあだ名というわけだ。考えた奴、人の心が無さすぎる。
ああ、それと、更にちなみなんだけど、何故私がそんなことを知っているかと言うと、クラスメイト全員と友達だからとか、私が家庭科の成績も完璧で優秀故に先生から気に入られているからとか、残念ながら、読者の皆様が想像するような、そんな理由ではなく、そうであってほしかったのだけど、実際のところは、彼女は私の担任の先生であるというだけの、つまらないシンプルな理由だ。
むしろさっきみたいに彼女は、一切問題がない、むしろ+要素しかない生徒である私でも、容赦なくケチをつけて成績を落としてこようとするので、実のところかなり困っている。
こんな優秀で完璧な生徒を褒めて伸ばそうとしないとは……やれやれ教育委員会は何をやっているのやら……。
「うーん。諸刃さん、何かとんでもなく自意識過剰な勘違いをしていない?何故かしら。先生、無性に気が立ってきたのだけれど」
「気のせいですよ、先生。いえ、実はまだ何を作るか決めかねてて……ブックカバーとか作っていいですかね?この作品がコミカライズモーションコミック化映画化アニメ化したらまず間違いなくモザイクがかかる、美少女二人がえっちいことしているイラスト付きのブックカバーなんですけど。二組の神戸さんに、どうしても作っててきてくれって泣いて頼まれまして」
「コミカライズモーションコミック化映画化アニメ化云々は置いておいて、もちろんいいわよ。その代わり、あなたの家庭科の成績が1になることはカバーできないけれど……神戸さんの成績も一段階落としておくわね」
うーむ。やっぱり駄目か。まぁ最初から作るつもりはさらさらなかったが。というか、さりげなくらのの成績が一段階下がってしまった。何でだろう。報告したらなんとなく脛を折られそうなので、らのにはとりあえず黙っておくか。
「うーん。じゃあ何作ったら5くれます?」
「そんな真摯な顔で、人を馬鹿にしてるとかしか思えない質問されても……馬の餌にしてあげようかしら……うーん、まぁ、そうね。ヒントをあげるなら、プレゼントとかかしら」
「プレゼント?」
「そ。てきとーなものじゃなくて、相手のことを本気で考えた上でのプレゼントね。相手のことを真摯に思っているからこそ、作ることができたと思われるようなプレゼント。それができた理由や過程が説明できれば尚ベスト」
「なるほど、先生にプレゼントするなら運命の赤い糸とかですか」
「目ん玉縫っちまうぞこのガキ」
「いたたたた!目が!目が真っ赤で既にもう何も見えません!」
何でだ!
何で私は担任の教師に左右のこめかみを掴まれ吊り上げられているんだ!
せっかく先生に良い相手ができるように、プレゼントしてあげようと思ったのに!
二十秒ほど吊り上げて、やっと怒りが収まったのか(割とマジで死にかけた)、先生は私を雑に椅子に放り投げ、落とすと、何故か大きく溜息を吐いた。
「はぁ……ま、私の例はともかく、そういうことよ。あなた、本当に、全世界の不器用な人に土下座してほしいほど、手先が無駄に器用なんだから、きちんと考えて作ってあげなさい」
「無駄て」
「ちなみに私はブランドものっぽい見た目のバッグが欲しいわね。よろしく諸刃さん」
「家庭科の先生なのに、全く家庭的じゃないですね。そういうところが結婚できない理由……っていたたたたたたたたたたたた!潰れる!潰れちゃいますう!私の腹黒ならぬ真っ白なお腹が!」
「あら、ごめんなさい。私、未だに結婚もできていないおばさんだから若さを吸収したくて抱きしめちゃったわ。ごめんね、未だに結婚もできてないお、ば、さ、ん、で」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!ごめんなさい!ごめんさない!私は真っ白でもなんでもない、ただ色がついてないだけの、無色透明無味無臭の面白味のない未熟な人間です!結婚も全然気にする必要ないですよ!気が熟してないだけです!」
「あら。流石は優等生の諸刃さん。正直な意見を言ってくれて先生嬉しいわ」
おそらく帰りに整形外科に寄らなくてはならない体になったあたりで、先生は聖母のような笑みを浮かべて、クリンチしていた私の体を椅子に下ろした。細い目の奥から覗く紫紺の瞳が死ぬほど怖い……。
……はぁ。
まったく……体罰が社会問題として明るみになり、厳罰化されるこの時代、何故まだこんな昭和な生物が生き残っているのか。
いや、先生はギリ平成生まれだろからその比喩は少し違うのかな?とか言ったら今度こそ殺されそうなので発言は慎むけれど。あと、今は家庭科の授業中ということで、つまり私以外の生徒も創作に励んでいる最中のはずなのだけれど、何で誰一人、先生の蛮行を止めようとするクラスメイトが出てこないのか。おかしいだろ。私の方は何も先生に失礼なことも間違ったことも言っていないし、していないのに。ギャル委員長はどこにいったギャル委員長は。
………………。
「ん?どうかした?諸刃さん。またぼーっと私の顔を見つめて。ほんとに体調でも悪くなった?大丈夫?誰かに暴力振るわれたりしたのかしら?」
「あ、いえ。大丈夫です」
体調が悪いのは事実で、それはあんたのせいなのだが、それは一旦置いておいて、私は見ていた先生の全身から目を逸らして考える。
うーん。
やっぱり先生、無駄にしゃべったりさえしなければ、普通に美人なんだよなぁ。
顔だけじゃなくて、実際、安定した職にもついてるし、おっぱいでかいし、挙句の果てにはおっぱいでかいし。
黙ってさえいれば、先生はすぐにでも相手は見つかりそうなものに思えるのだけれど。なんで、良い相手が見つからないのか。
……まぁ、私ほどじゃないが、高スペックな人間ほど、相手に妥協がなかなかできない、というもあるのかもしれない。
自分が高スペックだから、相手にもそれ相応のものを求めてしまうという価値観。
うーん。一見完璧で、悩みがなさそうな人間に見えても、人にはそれぞれ、相応の悩みがあるということか。
頭脳だったり、運動だったり、スタイルだったり、結婚相手だったり。
人間ってやつは悩みがあるからこそ、人間なのかもしれないな。
…………。
……ああ。
そういえば。
そういえばあの子も、一つ、悩みを抱えていたな。
明言はしていないけれど、時々、『ソレ』が豊かな先生や私を気にしてか、無意識にそんな視線を私に注いできていたのを覚えている。
ふむ。
だったらそんな、そんな彼女の悩みを解消してやるのは、アリかもしれない。
色の好みも分かっているし、おそらく見た感じ『大きさ』も中学校の時から変わっていない感じだし、サイズの方も問題ないだろう。
……あと必要なのは、モデルと、作り方だけか。
例の物のデザインにも精通していて、作り方も熟知している人。
私たちはまだ高校生だ。
如何に裁縫に興味があろうとも、デザインの方はともかく、自らソレを作ったり、ましてや、ソレによってアレを大きく見せる技術などを習得しているクラスメイトは中々いないんじゃないだろうか。
……いや、違う。
そうだ。
目の前に、いた。
そうだ。今までの蛮行で、つい忘れていたけれど、そうだった。
学校で分からないことがあれば、物を尋ねる相手は一人だけだろう。
そう。目の前のこの人は、家庭科教師なのだった。
「先生」
「なぁに?私が家庭科教師であることを忘れていた諸刃さん」
私は、何故か家庭科教師なのに、笑顔で拳をパシパシと掌に叩きつけているマリー先生にお願いすることにした。
モデルになりそうな、つまり、おそらくは、男の目を意識して普段からそういうのをつけていて、作り方も熟知しているであろう、先生に。
裁縫だけに、救いの糸を先生が垂らしてくれることを、期待して。
「おっぱい見せてください」
ご一読ありがとうございました。皆様お待たせしました。本当っにお待たせしました!皆の完璧美少女JK諸刃剣です。
いやあ、最近ギャル委員長やらのに出番を譲ってあげてたから、本当に出れて良かった!……い、いや、ほんとに譲ってたんだよ? 決して彼女たちの方が人気だから出番を奪われてたとかそんなんじゃないんだよ? 実際、人気があるから今日もこうして出番もらえてるわけだし? ね? 私のことが大好きな皆なら信じてくれるよね?
「あ、すいませーん、諸刃さん。蝶園さんって人が「諸刃さん、私のマネージャーを買収しないでください!って録音ブースの外に押しかけてきてま――」
「スタッフシャラップ!」




