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公僕戦線 (8):広域無関心の異形と断たれた個人の連鎖

データに埋もれた、個人の尊厳。


特命係は、県庁の地下深くにある広域戸籍データ管理センターへ潜入。戸籍担当・渡辺義雄の戦いだ。


巨大なデータ量に圧倒された行政の傲慢さが、「広域無関心の異形」を生み出す。異形は、個人の存在を無価値なノイズとして排除しようとする。


渡辺は、『連鎖の鎖』の異能で、データ化された孤独を克服し、公的な絆の証明を取り戻せるか。

1.冒頭:巨大データセンターの静寂と渡辺の警戒

特命係を乗せた公用車は、県庁の地下深くへと滑り込んでいった。彼らが目指すのは、県庁の「広域戸籍データ管理センター」。そこは、県民数百万人分の戸籍、住民基本台帳、個人番号データが収められた、地下数階にわたる巨大なサーバー室だった。


サーバー室は、外界とは完全に隔絶された、冷たい静寂に包まれていた。冷房装置の規則的な稼働音と、青いランプの点滅だけが、そこに存在する唯一の「生命」の証だった。


戸籍担当の渡辺義雄(53歳)は、その異様な空間に立ち尽くしていた。彼の異能『連鎖の鎖』は、「人と人との繋がり」を可視化する力だが、この巨大なシステムの中では、彼の鎖は、繋がりを失った無数の青い点として散らばっていた。市町村レベルでは「顔の見える繋がり」だった戸籍が、ここではただの「巨大な数字の羅列」でしかない。


「田中課長。この冷気は、物理的なものではありません。公務の無関心が、空間そのものを凍らせています」渡辺は、全身に走る不快な感覚を言葉にした。


データセンターの管理者、「情報政策課長・篠原」は、渡辺の「戸籍への情熱」を嘲笑した。四十代前半の篠原は、データ管理こそが「完璧な公務」だと信じる、冷徹な合理主義者だ。


「渡辺さん。あなたの感情論は、ここには不要です。我々が管理するのは『県民という膨大な集合体』です。個人の悲しみや孤独といった『非効率な感情データ』に、県の公務員がリソースを割くのは公務の怠慢です」


篠原の言葉は、渡辺の心に深く刺さった。渡辺は、愛する妻を失い、そのトラウマから娘との「繋がり(連鎖)」を断ち切った過去を持つ。彼は、孤独の痛みを誰よりも知っていた。


田中課長は、その光景を静かに見つめていた。「同志が目指した『感情の排除』は、この『無関心のシステム』を生んだ。彼らは、データ量を公的な権威として利用し、個人の尊厳をデータという名の壁で押し潰そうとしている。異形の核は、『個人の軽視』、すなわち『広域無関心』にある」



2.予兆:データ化された孤独と連鎖の断絶

渡辺は、田中課長の指示を受け、広域戸籍データシステムにアクセスし、監査を開始した。彼の異能は、データの流れの中の「異常な断絶」を、鎖の切断として感知する。


「田中課長……これを見てください」渡辺が抽出したのは、恐ろしい真実だった。


「公的繋がりが失われた県民の記録」。具体的には、「孤独死の未然防止データの削除」「音信不通となった高齢者の長期放置」「災害時における要支援者のデータ優先順位の最低設定」など、「非効率な孤独」に関するデータが、意図的に「低重要度データ」として分類され、処理を放棄されていた。


渡辺の怒りが爆発した。「なぜ、これを放置するんですか!彼らも県民、公的な支援を必要としている人々です!戸籍とは、その人の生涯の公的な証明です!」


篠原は冷酷に答えた。「行政リソースは有限です。『自ら繋がりを持たない人間』にまで、県の公務員が関心を払うのは、非効率な公務です。我々が関心を持つべきは、『効率的な繋がり』と『データ上の正常値』だけだ!彼らは無価値なデータノイズに過ぎない!」


篠原の思想は、渡辺の最も深いトラウマを呼び起こした。渡辺自身、妻の死後、娘との繋がりを断ち、公的な自己を隠れ蓑にして私的な孤独に逃げ込んだ経験がある。県庁の行為は、彼の私的な孤独を公的に正当化しようとしている。


異形からの精神的なメッセージが、サーバーのノイズとして響いた。『渡辺義雄。お前自身、娘に見捨てられた孤独な男だ。お前の戸籍に、愛という非効率なデータはない!お前の公務は無意味だ!お前は、このシステムに組み込まれるべきだ!』


その瞬間、サーバー室の冷気が、透明な巨大な壁となって具現化し始めた。それは、個人の識別情報が欠落した、無数の青白いデータの残像で構成され、特命係のメンバーの「公的な自我」を分断しようとする。「個人の存在」を認識できない、無関心という名の異形の予兆だった。



3.バトル開始:広域無関心の異形との心理戦

篠原の思想が臨界点に達し、「広域無関心の異形ワイド・アパシー・デーモン」が具現化。それは、無数の「NONAME」データと、公的文書の「軽微なミス」で構成された巨大な怪異だ。異形は、メンバーに対し、「公務の無意味さ」という強烈な精神攻撃を突きつける。


『お前たちの公務は、この巨大なシステムの中では、無意味な一点のノイズだ。公務に感情など不要!お前たちが救おうとする孤独は、行政の処理対象外だ!』


西田は、異形の冷気に体が硬直する。彼の「マニュアルの正確性」が、この「無関心」という最大のミスの前で機能停止しようとしていた。


田中課長が叫んだ。「渡辺さん!あなたの私的な孤独は、公的な公務によって救われるべきものです!孤独を知る者だけが、繋がりの真の価値を理解できる!」


渡辺は、その言葉に奮い立った。彼の私的な孤独は、公的な繋がりこそが、私的な断絶を救う唯一の公務だと確信する原動力となる。


「特命係は、連携する!この無関心の壁に、個人の尊厳の証明をぶつける!」


渡辺の指示で、特命係のメンバーが、「個人の尊厳の証明」をぶつける。西田が『公務マニュアル』で「住民基本台帳法:個人の尊厳の尊重」を具現化し、異形の「NONAME」データに、「名前」を上書き。小林が『予算の鉄槌』で、「孤独な人々のための福祉予算の合理的な必要性」を論理的に具現化。佐藤が『地盤操作』で、データセンターの床下に、「個人の生活基盤の支援」を具現化。


異形は、「個人の軽視」という核を攻撃され、激しく抵抗する。異形は、渡辺に対し、再び娘との断絶の幻影を見せる。


『お前の私的な鎖は切断された!お前の公的な鎖も無力だ!』


渡辺は、涙をこらえ、己の異能を覚醒させる。「私的な断絶があるからこそ、公的な絆が必要なんだ!」



4.クライマックス:連鎖の鎖の証明と公的絆の回復

特命係の連携により、異形の「無関心の壁」に広大な亀裂が入る。渡辺は、過去の私的な孤独を認めつつ、「公的な繋がり」が、どれほど重要であるかを証明する覚悟を決めた。


「戸籍は、断絶の記録ではない!連鎖の希望だ!」


渡辺が、『連鎖の鎖』を最大限に発動。その力は、サーバー内のデータだけでなく、県民数百万人分の「繋がりを求める個人の感情のデータ」を抽出。彼の異能は、無数の青い光の鎖となって、サーバー全体を駆け巡る。


異形の「無関心の壁」に、「公的支援を待つ、個人の顔と名前」が、次々と上書きされていく。それは、孤独な人々、支援を待つ人々の「存在の重み」だった。


渡辺が放ったのは、戸籍公務員の真の真言(呪文)。


「戸籍とは、データではない!個人の尊厳を守る、公的な絆の証明だ!公務員は、個人の声に、無関心であってはならない!全ての人間の存在は、公的に重い!」


広域無関心の異形は、「個人の重み」という、彼らが軽視した公務の本質に耐えきれず、完全に崩壊し、不正データと共に消滅した。篠原は、データ管理のシステムの中で、初めて「個人の存在」の重みに打ちのめされ、膝をついた。



5.終幕:個人の救済と次のターゲット

データセンターの不正処理は停止され、孤独な県民のデータは「最重要支援対象」として再分類されることになった。渡辺は、異能の力で、娘との「私的な断絶」もまた、「公的な支援」の対象となり得ることを悟る。


田中課長は、同志が目指した「行政の完璧さ」が、「無関心」という名の悪意を生んだことを改めて指摘した。


「同志の次の封印の場所は、この県庁の『文化振興予算』に関わるはずだ。個人の無関心を克服した今、我々は『公的な思想の悪意』に立ち向かう」


田中課長は、鈴木(文化)に向き合った。


「鈴木くん。君の『広報の呪文』が、次の鍵だ。県庁の文化予算は、『政治的プロパガンダ』に利用され、公的な思想が歪められている。それは、市民の魂を食い物にする行為だ。君の『広報』で、その闇を打ち砕く」


特命係は、県庁の「データ管理の闇」を一つ破り、さらに深い「思想の闇」へと潜入していく。次の戦いは、「公的なメッセージの操作」と「市民の自由な精神」を巡る、最も巧妙な戦いとなる。


∗∗第8巻完∗∗

お読みいただきありがとうございます。


渡辺の『連鎖の鎖』は、「広域無関心の異形」を打ち砕き、個人の尊厳をデータ管理の闇から救い出しました。渡辺は、私的な孤独もまた、公的な支援を必要とする「繋がり」の一部であることを悟ります。


しかし、田中課長の同志の痕跡は、さらに巧妙な場所へ。次巻(第9巻)の焦点は、文化担当・鈴木一樹。県庁の文化予算を巡る、政治的な思想の闇へと特命係は挑みます。


『公僕戦線 第9巻:文化予算のプロパガンダと公報の呪文』にご期待ください。

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