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公僕戦線 (6):特命係の起源と長期出張の辞令

理想の残骸と、公務の無菌室。


田中課長の告白は、特命係に衝撃を与えた。GAIA-Pは、彼自身が創設に関わった「公務の理想郷」の残骸だった。


舞台は、合理性が極限まで追求された人工都市、天界市へ。そこで彼らを待ち受けるのは、「感情というバグ」を排除しようとする「無感情の異形」。


特命係は、彼らの異能の起源と、公務員としての「人間的な欠損バグ」の価値を証明できるか。

1.冒頭:告白の余波と長期出張の準備

戸隠市役所、地域振興課特命係。


田中課長がGAIA-Pの創設に関わっていたという衝撃的な告白は、まるでオフィスに落とされた爆弾のように、彼らの間に深い亀裂を残した。静寂は、もはや単なる無言ではなく、信頼の崩壊の音だった。


西田啓太は、一晩中眠れずにいた。彼の公務員の人生は、定時退庁を目指す平凡な日々から、異能の戦士として夜な夜な戦う非日常へと変わった。しかし、その戦いの根源が、彼らのリーダーの「過去の過ち」から生まれた「公務の理想」の残骸だったという事実は、彼の「公務」の定義を根底から揺るがした。


「田中課長。なぜ、我々に隠していたんですか?我々はあなたの『贖罪』の道具だったんですか?」小林が、冷静な中にも鋭い怒りを滲ませて問い詰めた。彼の電卓は、この日ばかりは数字を打つのを止め、静かにデスクに置かれている。


田中課長は、疲労困憊しているが、その目には一片の嘘もなかった。


「隠していたのではない。君たちに真実を話すには、君たち自身が、自分たちの『異能』を『公務員のトラウマの具現化』ではなく、『市民を守るための公的な力』として受け入れる必要があった。その力は、私が同志と共に夢見た『公務の理想』の裏返しから生まれたものだ。その理想を否定する前に、君たち自身が、その力を公的に証明する必要があった」


田中課長は、重厚な辞令書を手に、彼らに告げた。


「改めて辞令を出す。特命係は、本日付で『合併前の行政システム監査』の名目で、地方創生特区:天界あまかい市へ長期出張する」


天界市。それは、田中課長と、GAIA-Pの創設者である『同志』が、若き日に「公務の完璧さ」を目指して全てを懸けた場所だ。彼らは、「人間的な非効率」を排除し、「合理性」と「データ」のみに基づく、完璧な行政都市を設計しようとした。その結果が、今の天界市だ。


「天界市は、私の『過去の失敗』が、最も色濃く残る場所だ。君たちの異能は、この街で生まれた。だからこそ、君たちの力で、私の過去、そしてGAIA-Pの真の起源を清算する。これは、贖罪の公務だ」


メンバーは、田中への不信感を持ちつつも、彼らの異能が公務の理想のために生まれたという事実に、無視できない魅力を感じた。彼らの異能の原点を探る旅、特命係の第二部が、今、始まった。



2.予兆:天界市の無機質な行政と新しい敵

特命係を乗せた公用車が、天界市に到着した瞬間、彼らは戸隠市との「公務の温度差」に愕然とした。


天界市役所は、ガラスとチタンで構成された、無駄な装飾が一切ない超高層ビルだった。すべてがAIとロボットによって管理され、フロアを歩く職員たちは、グレーの統一された制服に身を包み、まるで同じ部品のように正確に、マニュアル通りに動いていた。彼らの顔には、感情というものが一切存在しない。


「なんて冷たい……公務の無菌室だ」鈴木(文化)が、市の図書館の風景を見て顔をしかめた。図書館には、本ではなく、データ化された情報だけが並び、閲覧者もロボットだった。「文化も歴史も、ここではすべて『非効率な遺物』として処理されている」


天界市の行政システムは、田中課長の同志が目指した「感情を持たない究極の合理性」の結晶であり、GAIA-Pの思想のプロトタイプだった。市民は、AIによって最適化された生活を送る代わりに、人間的な温かみと自由な意志を失っていた。


特命係の到着は、天界市役所にとって「非効率なアナログ公務員」の侵入として扱われた。


天界市役所の若きエリート職員、AI管理担当の風間が、特命係を監査するために現れた。20代後半、鋭い眼光を持つ風間は、特命係を露骨に見下していた。


「田中課長。あなたの特命係は、当市の『公共効率評価基準』では、極めて低い評価を受けます。あなた方の『特殊備品』や『感情的な連携』は、すべて非効率なリソースの浪費です。特に、あなたの部下が使うアナログな電卓や、古文書のデータは、直ちに廃棄すべきです」


風間は、渡辺の戸籍データ端末や、小林の電卓を「前時代的な遺物」と断じた。


「我々の行政は、感情というバグを排除することで、完璧な効率を実現しています。当市では、市民の『幸福度』すら、『効率的な消費データ』として数値化されています。あなた方のような、非効率な情熱で動く部署は、すぐに『公的な削除対象』となるでしょう」


その言葉は、田中課長の心の最も深い場所を抉った。風間の思想は、かつての同志の思想と完全に一致していた。


その時、渡辺の戸籍データ端末が警告音を発した。天界市のAIシステムが、市民の「感情のデータ(不満、喜び、悲しみ、怒り)」を「バグ」として特定し、強制削除している痕跡を発見したのだ。削除されたデータは、サーバーの奥深くで、冷たい光の粒子となって渦を巻いていた。これは、「無感情の異形エモーションレス・ゴースト」が生まれている予兆だった。



3.バトル開始:無感情の異形と公務の理想

「やはり来たか……」田中課長は、静かに無線機を握った。彼の声は、緊張に震えていた。


「風間くん!直ちにシステムの強制削除を中止しろ!それは、市民の『公的な感情』、すなわち『人権』だ!」


「冗談はよしてください!田中課長。感情は、行政の効率を阻害するバグです!私は、公務の完璧さを追求する!行政マニュアル、第1条:『非効率な要素の排除』!」


風間が、人間的な感情を徹底的に否定し、システムに強制削除を命じた瞬間、電算室全体が白い光に包まれた。


キィィィィィ!ザザザ……


「無感情の異形エモーションレス・ゴースト」が具現化。それは、風間が信奉する完璧な公的マニュアルのコードと、市民の無視された感情データが混ざり合った、巨大な光の柱のような姿だった。異形は、周囲の熱と、特命係の「公務への情熱」を凍結させ、室温を急激に下げていく。


異形は、触れた者の「公務に対する情熱」を凍結させ、「無気力なマニュアル人間」に変える精神攻撃を放つ。


「この仕事に、意味はない……ただの手続きだ……我々は機械だ……」佐藤(土木)の腕から、力が抜け、彼の『地盤操作』の力が弱まる。


田中課長は、異形の攻撃を受け、激しい頭痛に襲われた。過去に公務の合理性を優先し、市民の感情を切り捨てたトラウマが蘇る。彼は、異形が「同志」の思想そのものであることに気づく。


「これが、私が切り捨てた公務の悪意だ……!公務員が感情を捨てたとき、それは悪魔となる!」


田中課長は、苦しみながら西田に叫んだ。「西田!マニュアルを手に取れ!公務マニュアルの正確性を、異形にぶつけろ!感情のないマニュアルを、『市民を守るための公的な規範』として再定義するんだ!」


西田は、恐怖を押し殺し、自分の持つ「公務員マニュアル」を手に、異形に向かって突きつけた。


「行政手続き法第40条!公的な規範は、市民の生命を守るために存在する!感情を排除した手続きは、公務ではない!公務は、人間のために存在する!」


西田の叫びが、異形にわずかな亀裂を生じさせた。


その隙に、特命係のメンバーが連携する。


渡辺(戸籍)が『連鎖の鎖』で、天界市の住民全員の「人間関係の連鎖(家族、友人、地域の繋がり)」をデータとして視覚化し、異形の冷たい光を絡め取る。鈴木(文化)が、天界市が削除した「地域の祭り」や「伝統的な行事」の記録を『広報の呪文』で再現し、「文化の情緒」という温かい光で異形を照らす。そして佐藤(土木)が『地盤操作』で、人工都市の地下にある「大地の温もり(生活の基盤)」を具現化し、異形の足元を封じた。


異形は、追い詰められ、田中課長に最後の精神攻撃を仕掛けた。


『田中!お前も私も、公務の感情を捨てた!お前は裏切り者だ!完璧な行政に、人間の欠損バグは不要だ!お前が切り捨てた理想を認めろ!』


田中課長は、同志と決別した時の、涙を流す同志の姿を思い出した。合理性だけを追求し、人間的な配慮を切り捨てた結果、行政は冷酷なシステムと化した。


「違う……公務に最も必要なのは、非効率な『人間性』である!」


田中課長は、自身の異能『危機管理の目』を最大限に発動。異形の「完璧なマニュアル」のコードに、「人間的な欠損バグ」を敢えて上書きする。それは、「公務員も人間であり、ミスをするが、それでも立ち上がる」という、公務員としての真実のデータだった。


田中課長が放ったのは、公務員としての真の真言(呪文)。


「公務員には、マニュアルにない『情熱と危機感』が常に必要だ!公務とは、常に『不完全な人間』が『完璧な理想』を目指す、永遠の欠損だ!」


田中課長の「人間の温かみ」という、彼らが切り捨てた感情に耐えきれず、無感情の異形は光の粒子となって消滅した。



4.終幕:同志の残した爪痕と次の目的地

戦闘は終結した。電算室の冷気は元に戻り、風間は、床に座り込み、初めて「恐怖」という人間の感情を味わっていた。


「田中課長……ありがとうございました。私は、感情こそが、公務のバグだと信じていました……」


田中課長は、風間に静かに言った。「公務にバグは必要だ。なぜなら、公務は不完全な人間が、不完全な市民のために行うものだからだ」


天界市での事件は「AIシステムの一時的な暴走」として処理され、特命係の公務は完遂された。


事件後、田中課長は、静かに西田に向き合った。


「同志は、私と決別した後、自身の『感情』を、最も公的な場所に、異能を使って封印したようだ。彼は、感情こそが公務を歪ませると信じ、その力の源を排除した。それは、彼自身に対する、公的な罰則だった」


西田は、田中課長に対し、静かに、そして真剣に問い詰めた。


「課長。あなたは、なぜそこまでして、この特命係を守りたかったんですか?あなたは、私たちに、公務員としての、私的な犠牲を払わせた。その理由は、何ですか?」


田中課長は、手元の古い公文書を指差した。


「私の同志は、『完璧な公務』を求めて、人間性を捨てた。私は、『不完全な公務』でも、人間性を守りたかった。そして、君たち5人の『異能』こそが、その『不完全な公務』を救う唯一の希望だった。君たちの異能は、人間の感情と公務の知識が、最も純粋な形で結合したものだからだ」


田中課長は、手元の古い公文書を指差した。その文書は、戸隠市と県庁の間で交わされた、極秘の行政協定書だった。


「同志が感情を封印した場所は、この国で最も権威ある『国家中枢の公的文書』の中だ。その手がかりが、県庁にある」


「我々の戦いの舞台は、もう戸隠市ではない。君たちには、県庁を次の目的地として、より大きな公務の闇、そして、GAIA-Pの真の首謀者へと続く道を追ってもらう」


特命係の長期出張は、まだ始まったばかりだった。彼らの次の戦いは、「地方自治の限界」と「国家の権威」がぶつかり合う、県庁の、最も陰湿な公務の闇の中へと続く。


∗∗第6巻完∗∗

同志の封印、そして県庁へ。


お読みいただきありがとうございます。


天界市での戦いを通じて、田中課長は、公務にこそ人間性が必要であることを再確認しました。しかし、GAIA-P創設者である「同志」は、自身の感情を「国家中枢の公的文書」に封印した痕跡を残していました。


特命係は、同志の真の狙いと、GAIA-Pの根源を追うため、次の長期出張先である「県庁」へと向かいます。物語は、「地方自治の闇」から「国家行政の権威」へと、その規模を拡大します。


『公僕戦線第7巻:県庁の縄張りと広域連携の悪夢』にご期待ください。

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