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公僕戦線 (5):予算の鉄槌と公金の悪魔

会計の盾と、血税の悪魔。


戸隠市役所特命係、最後の戦場は市の財務システム。今回は、税務担当・小林稔の戦いだ。


GAIA-Pの最終目標は、公金強奪による都市機能の完全麻痺。小林は、過去のトラウマを乗り越え、『予算の鉄槌』を振るう。


公務員にとって最も強敵な「金銭の欲望」と、市民の「血税」を懸けた、論理と数字の最終決戦。

1.冒頭:財務システムの異変と小林の公憤

戸隠市役所、地域振興課特命係。


蛍光灯の切れた箇所はそのままに、この部署の空気だけは、まるで電流が走っているように鋭利になっていた。第4巻で内部の裏切り者を排除した安堵感は、すぐに次の危機によって打ち消された。田中課長の予測通り、GAIA-Pの最終的な攻撃目標は、戸隠市の「財政システム」。公務員が扱う最も実体的で、最も誘惑に満ちた闇、公金である。


西田啓太は、一連の戦いを通じて、公務員としての彼ら「おじさんたち」の持つ専門知識と、それが具現化する異能の深淵を理解していた。だが、今回の標的は「金」。公務員にとって、最も生々しい欲望が絡む領域だ。


「西田くん。今回の敵は、物理的な力だけではどうにもならない」田中課長は、厳格な表情で言った。「公金とは、数字という論理と、欲望という感情の間に存在する。それを制御できるのは、小林くん、君しかいない」


今回の任務は、特命係の知性と論理の柱、小林稔(51歳、税務担当)に託された。小林は、常に電卓を叩き、公金の一円たりとも無駄にしないことを信条とする。彼のデスクは、分厚い予算書と、緻密な収支計算書で埋め尽くされている。彼の異能『予算の鉄槌』は、公的予算の論理と数字を具現化し、敵を論破する力だ。それは、彼が人生の全てを懸けて築き上げた、会計の絶対的な正確性の証だった。


「小林くん。このUSBメモリを解析しろ」田中課長は、渡辺が回収した不正な監査データを小林に手渡した。「敵は、市の公金を奪い、市の機能を完全に麻痺させようとしている。これは、市の心臓を止める行為だ」


小林は、静かにPCの前に座り、USBメモリを接続した。画面に映し出されたデータは、単なる不正アクセス記録ではない。それは、過去の公金横領事件に関わる人物のコードと、架空の取引記録が、巧妙に組み込まれた「悪意の会計帳簿」だった。


「これは……十年前の架空事業詐欺事件の残滓だ」小林が珍しく声を荒げた。メガネの奥の目が、激しい「公憤」に燃えている。「あの時、私が監査で見抜けなかった、『公金横領の痕跡』が、データとして復活している……!」


小林は、市の財政再建を任されていた際、不正な公金横領を見抜けず、市の財政を危機に陥れた責任を負って、特命係に異動した過去を持つ。「公金の悪魔」は、彼のそのトラウマに直結している。


「異形の核は、市民の『納税への不満』と、我々公務員の『金銭への欲望』が結びついたものだ」田中課長が断言した。「これは、『公金の悪魔パブリック・マネー・デーモン』だ。市役所最大の闇が具現化する。小林、お前の過去の過ちを、ここで清算するんだ」



2.予兆:公金横領の影と数字の論理

小林は、財務システムのメインサーバーに接続し、侵入した不正データの深層解析を開始した。


彼の周りの空気が、数字の粒子で満たされていく。彼の異能は、数字を感情として読み取る。画面に流れる不正な会計コードは、彼にとって「裏切り」の言葉として響いていた。


彼は、不正な監査データの中に、「架空の備品購入費」「業務委託費の水増し」「職員の不正な旅費精算」といった、公金横領の典型的な手口を発見。そのすべてが、市の財政を破綻させるために、完璧な論理をもって組み上げられていた。


「この数字は、市民の一時間あたりの労働対価に相当する……!この一円たりとも、不正に流用されてはならない!これは、市民の血と汗の結晶だ!」小林の電卓を叩く指が、怒りで震える。その怒りは、単なる個人の感情ではない。それは、公務員として公金を預かる者としての、純粋な「公憤」だった。


財務システムを通じて、小林に対し、異形からのメッセージが送られた。文字は、市の予算書のフォントで表示され、彼の心臓を抉る。


『小林稔。お前の公的な計算は完璧だ。だが、人間の欲望という最も大きな変数を計算に入れない限り、お前は常に敗北する。公金とは、欲望のエネルギー源だ。お前の過去のように、何度も裏切られる運命だ!お前の計算ミスで、何人の市民が生活保護を受けられずに苦しんだか、計算してみろ!』


小林は、椅子から立ち上がった。彼の目に、十年前、不正を見抜けなかったことで自殺に追い込まれた元同僚の顔が浮かんだ。彼の『予算の鉄槌』は、その時の「無力感」と常に表裏一体だった。


その時、渡辺(戸籍)が静かに小林の隣に立った。


「小林さん。公金が市民の血税であるなら、その納税記録こそが、彼らの公的な絆の証です」


渡辺は『連鎖の鎖』で市の全住民の「納税記録」を抽出し、小林のPC画面に、「市民の血税が納められた公的な証拠」のデータを、光の鎖として展開。


佐藤(土木)は、すでに電算室の床下へ潜り込み、『地盤操作』で財務システムの物理的な配線を、まるで鉄骨の結界のように保護し、外部からのハッキングを遮断していた。


鈴木(文化)は、『広報の呪文』で、市民への「緊急財政状況報告」の広報文書を即座に作成。市民の信頼が崩壊する前に、正確な情報を届ける準備を整えていた。


「小林さん!我々特命係の公務の連鎖が、あなたの公的論理を支えます!一人ではありません!」西田が叫んだ。



3.バトル開始:公金の悪魔

小林の公憤が、臨界点に達した。彼は電卓を強く握りしめた。


ゴオオオオオオ!


異形は、「公金の悪魔パブリック・マネー・デーモン」として、市の電算室に具現化。それは、札束の残像と不正な契約書で構成された、巨大で禍々しい怪異。その周囲には、「特別報酬」「昇進確約」「退職金の水増し」といった、公務員の最も弱い心を揺さぶる欲望の言葉が、数字の波動となって飛び交う。


異形は、特命係のメンバーに「私的な利益の誘惑」を与える精神攻撃を仕掛ける。


『若者よ、西田。この不正を見逃せば、君には即座に昇進が確約される!公務の効率が上がるぞ!定時退庁が可能になる!』


『佐藤!二倍の退職金を手に、すぐに家族のもとへ帰れるぞ!もう、夜間の緊急出動は不要だ!』


『鈴木。豪華な海外視察旅行だ!文化振興のための公的な報酬だ!君の好きな古文書を、好きなだけ手に入れられる!』


メンバーは一瞬、誘惑に体が硬直する。それは、彼らの心の奥底に潜む、公務員としての犠牲に対する報酬への渇望だった。


異形は、最後に小林に狙いを定めた。


「小林稔!お前は、市民の税金を守れなかった無能な公務員だ!お前の計算には、『人間の欲望』という最も大きな変数が欠けている!お前は、この公金の悪魔には勝てない!過去の失敗を認めろ!」


異形は、小林に過去の公金横領事件のトラウマを突きつけ、計算の論理を崩壊させようとする。小林の目の前で、不正に流用された公金が、数字の嵐となって渦を巻いた。彼は、十年前の無力感に押し潰されそうになる。


田中課長の声が無線で響いた。


「小林!公務員が負けるのは、公的な論理を捨てた時だ!お前の公憤は、私的な怒りではない!それは、市民の信頼だ!お前の公憤こそが、この街を救う唯一の資産アセットだ!」


小林は、震える手で電卓を強く握りしめた。彼の目に、炎が灯る。


「田中課長……いいえ、人間の欲望も、公的な数字の前に、管理されるべき変数です!欲望は、不正な支出として、公的な論理によって裁かれる!」


小林は、西田に指示を出した。「西田くん!渡辺くんの納税記録を、『市民の公的な絆』という名目で、公的価値として算入しろ!公金は、単なる金ではない!市民の意思だ!」


西田は、渡辺の提供した納税記録データを、異形のデータに上書きする。それは、「市民の公的な絆」という、金銭に換算できない重みを、異形に突きつける行為だった。


小林は、電卓を操作し、市の全公的支出の記録を、「予算の鉄槌」として具現化。それは、過去の不正を許さない会計監査基準そのもの。


ゴオオオオオ!


巨大な「予算の鉄槌」が、異形に向かって振り下ろされる。


小林が放ったのは、究極の論理的否定。


「公的資金使用における費用対効果分析:不適合(無効)!この存在は、公的に存在価値なし!税務会計監査基準をもって、公金悪用の連鎖を断つ!」


公金の悪魔は、「正確な数字と公憤の論理」の力に耐えきれず、完全に消滅。不正データは全て消去され、市の財政システムは守られた。


特命係の5人は、それぞれの「公務員としてのトラウマ」を克服した瞬間だった。



4.終幕:第一部の完結と課長の秘密(第二部への移行)

戦闘は終結した。電算室には再び静寂が戻り、サーバーの稼働音だけが規則的に響いている。小林は、電卓を静かにデスクに置き、深く息を吐いた。


「市の財務システムは、完全に保護されました。不正なデータは、公的に無効化されました」小林の声には、長年の重荷が降りたような安堵が滲んでいた。


特命係のメンバーは、互いに顔を見合わせた。佐藤は、静かに床下の配線保護を解除し、渡辺はサーバーの最終チェックを終えた。鈴木は、市民への「財政健全化報告」の広報文書を完成させていた。


西田は、特命係の一員としての「公務員」の誇りを獲得していた。彼は、一連の事件の黒幕であるGAIA-Pの真の狙いを、田中課長に問い詰めるために、一歩前に進み出た。


「課長。これで終わりではない。GAIA-Pの真の狙いは何だったんですか?なぜ、この戸隠市を狙ったんですか?」


田中課長は、その言葉を待っていたかのように、椅子から静かに立ち上がり、深く息を吐いた。彼の顔には、安堵の裏に隠された、二十年分の疲労が浮かんでいた。


「GAIA-Pの最初の攻撃は、これで収束する」田中課長は静かに言った。「しかし、奴らの真の狙いは、戸隠市そのものの破壊ではない。君たち、特命係メンバーの『異能』を奪い、それを『公的な悪意のシステム』に組み込むことだった。君たちの専門知識は、彼らにとって最も強力な公的資源だったのだ」


そして、田中課長は、衝撃的な真実を口にした。


「GAIA-Pは、元々、私と『ある公務員』が、『公務の理想郷』を作るために立ち上げた組織だ」


その告白に、特命係のメンバーは絶句した。空気の密度が一気に増した。


「理想郷?」西田が問い返す。「こんな破壊的な組織が、どうして公務の理想郷だと?」


田中課長は、壁にかかった古い市の地図に近づき、指でその中心をなぞった。


「その『ある公務員』は、私のかつての同志であり、『公務員の感情』を排除することで、完璧な行政を築こうとした。その思想が、異形を生み、組織を歪ませた。私は、それを止めるために、この特命係を創設した」


田中課長は、自分の過去を清算するための「長期出張」の辞令を、彼らのデスクに置いた。書類には、戸隠市から遠く離れた、「地方創生特区」への出張命令が記されていた。


「第5巻をもって、戸隠市での戦いは一段落だ。第6巻から、君たちには、私自身の過去と、特命係の創設秘話に迫る、新たな公務に就いてもらう。これは、公僕としての、私的な贖罪だ」


第二部:課長の過去と特命係の起源編。戸隠市の「公的負債」を克服した特命係の物語は、国家レベルの「公務の闇」へと、その舞台を移す。


∗∗第5巻完∗∗

第一部完結、そして明かされる起源。


お読みいただきありがとうございます。


小林の『予算の鉄槌』により、特命係は戸隠市での戦いを制し、主要メンバー全員が公僕としてのトラウマを克服しました。


しかし、戦いの終結と同時に、田中課長から衝撃的な告白が。敵組織GAIA-Pは、彼自身が「公務の理想郷」を目指して創設した組織だった。


次巻(第6巻)より、『公僕戦線 第二部:課長の過去と特命係の起源』が始動。特命係は、課長の過去を清算するための「長期出張」に出ます。壮大な物語の新展開にご期待ください。

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