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公僕戦線 (4):戸籍の絆と断たれた連鎖

絆の記録、そして断たれた連鎖。


戸隠市役所特命係。今回は、戸籍担当・渡辺義雄の戦いだ。


市役所内部に潜む裏切り者と、公的データへの不正アクセス。渡辺の異能『連鎖の鎖』は、住民の繋がりを守るため、「孤独の異形」と対峙する。


戸籍という公的な記録に込められた、私的な断絶を乗り越え、彼は公僕としての「絆」を証明できるか。

1.冒頭:サーバー室の静寂と渡辺の孤独

戸隠市役所、地域振興課特命係。


西田啓太は、革靴の音を立てないように静かに歩いた。第3話の激戦を経て、特命係のメンバーは、互いの公的な繋がり、すなわち「信頼」が、この街の結界を支える唯一の基盤であることを深く認識していた。しかし、その信頼を揺るがす「裏切り者」が、市役所内部に潜んでいる。


田中課長は、特命係のメンバーを前に、沈痛な面持ちで語った。「敵は、戸隠市の絆そのものを破壊しようとしている。彼らが次に狙うのは、この街の生命線、戸籍・住民データだ。」


今回の任務は、市役所の心臓部を守ること。西田は、渡辺義雄(55歳、戸籍担当)に同行していた。


渡辺のデスクは、常に異様に静謐だ。引き出しは鍵がかけられ、書類はすべてファイリングされ、紙一枚の乱れもない。その完璧な静けさが、長年孤独な公務を貫いてきた渡辺の「公的な孤独」を象徴しているかのようだった。彼の異能『連鎖の鎖』は、戸籍データを通じて、住民一人ひとりの「公的な繋がり」を読み取る力だが、その力は常に彼の私的な断絶の痛みを伴っていた。


「戸籍データサーバー室へ向かうぞ、西田くん。ここでは、一歩たりとも私的な感情を持ち込むな」


渡辺は、静かに言った。彼の背中は、何十万という住民の「繋がり」の重みを一身に背負っているように見えた。


サーバー室は、市役所最深部の地下にある。分厚い扉の先は、冷気と機械音に満たされた空間。整然と並ぶサーバーラックの青いランプが、渡辺の顔を不気味に照らしている。冷たい空気が、まるで彼の心の温度を表しているかのようだ。妻を亡くし、娘との関係も断たれた渡辺にとって、この静寂は「真の孤独」を際立たせる場所だった。


「渡辺さん、不審なアクセス履歴は?」西田が声を潜めて尋ねた。彼の声は、サーバーのファンノイズにかき消されそうになる。


「ああ。監査部門の端末から、市役所では存在しないはずの『不完全な戸籍データ』が大量に生成されている」


渡辺がPCの画面を指差した。画面には、本来ありえない、「氏名のみ」「住所のみ」「生年月日のみ」といった、情報が欠落した住民記録が、無数に生まれては消える痕跡が残されていた。データは、生命を断ち切られた幽霊のように、サーバー内をさまよっている。


「戸籍とは、『繋がり』そのものだ。出生、婚姻、死亡、転居……全てが連鎖している。それを不完全にすることで、街の住民間の公的な信頼を崩壊させるつもりだ」渡辺は、指先で震える戸籍コードをなぞった。彼の頭の中では、何十万本もの光の鎖が、今まさに断ち切られようとしている。これは、「孤独の異形ソリチュード・ゴースト」が、戸籍の「連鎖」を断とうとしている予兆だった。



2.予兆:断たれた繋がりと公的な顔

渡辺は、データ生成元の端末をさらに深く追跡した。その履歴は、監査部門の端末を経由していたが、発信元は市の総務部管財課の、管理職用PCであることが特定された。


「裏切り者は、特命係を追及していた下っ端ではない。組織の上層部、公的権限の中枢にいる人間だ」渡辺は歯を食いしばった。


その時、彼の異能が、PC画面に現れた別のデータに反応した。それは、彼が過去に処理した、妻の死亡記録と、娘の転居届のデータだった。戸籍という公的な記録は、私的な悲劇の証拠でもある。彼の心は、再び「連鎖の断絶」の苦痛に苛まれる。


――公務員として、感情は無用。お前の公的な記録は完璧だが、私的な人生は、完全に破綻している――


渡辺の脳裏に、異形の囁きが響く。


「渡辺くん。君のやっていることは、公的記録への不正アクセスだ。直ちに調査を中止し、データを消去しろ」


冷徹な声と共に、サーバー室の分厚い扉が開き、総務課長が入ってきた。彼は、清潔なスーツに身を包み、その表情には一片の感情も見て取れない。まさに「公的な顔」を完璧に演じている。


「あなたの行動こそ、市のデータ保護規定に違反している。あなたが、GAIA-Pの協力者だ!」渡辺は、一歩も引かずに総務課長に詰め寄った。


総務課長は、鼻で笑った。「証拠はあるかね?私は、市の予算と権限を管理する公的な存在だ。感情に流される君のような無能な公務員とは違う。戸籍とは、無数の孤独なデータが並んでいる、冷たい数字の羅列に過ぎない」


その言葉に、渡辺の体が微かに震えた。それは、彼自身が、妻と娘のデータを見るときに感じていた、自己否定の感情だったからだ。


総務課長は、端末を取り出し、データの強制消去プロセスを開始しようとする。


「田中課長!予測通りです!」西田が無線機に叫んだ。


その直後、サーバー室の扉が勢いよく開いた。小林稔(税務)と佐藤剛(土木)が駆けつけた。


佐藤は、無言でサーバーラックの床下へ潜り込む。


「総務課長、動くな!この床下には、市の重要配線が通っている。君がシステムを強制停止させれば、『公的インフラ破壊罪』で逮捕だ!」


佐藤の『地盤操作』が、サーバー室の床下の配線を、まるでチタン合金製のシールドで保護するように、強化し始めた。


そして、小林が、総務課長ににじり寄った。


「総務課長。そのデータ消去プロセスの予算は、どの『公的費目』から捻出される予定ですか?データ消去にかかる膨大な電力コスト、サーバーの物理的な摩耗費用、全て含めて公的に妥当な予算を提示しろ!公金をもって、公的データを破壊するなど、会計監査基準が許さない!」


小林の『予算の鉄槌』が、総務課長に「公的費用によるデータの不正破壊」という、公務員にとって最も強烈な論理的矛盾を突きつけた。総務課長は、その完璧な会計の盾に動揺する。



3.バトル開始:孤独の異形

「うるさい!私を数字で縛るな!公務員が、数字と規律しか語れないから、社会は腐るんだ!」


総務課長が、公務員としての感情を完全に否定し、私的な怒りを露わにした瞬間、サーバー室の冷気が氷のように凝固した。


ガシャン!キィィィィィン!


サーバーラックの奥から、「孤独の異形ソリチュード・ゴースト」が具現化。それは、不完全な戸籍データと断絶した住民記録の残像で構成された、無数の幽霊のような、青白い光の姿だ。異形は、総務課長の孤独と、彼が公務員として排除してきた「感情」の残滓そのものだった。


異形は、特命係のメンバーの「公的な絆」を断とうとする。異形に触れると、メンバーは互いの存在を忘れ、「自分一人で公務を完遂できる」という強烈な錯覚に襲われた。


「公務は、最も合理的な個人作業だ……他人の介入は、非効率だ……」小林が電卓を放り投げそうになるのを、西田が必死で止めた。


異形は、最弱の精神状態にある渡辺の前に立ちはだかった。


「戸籍のデータは、紙切れ上の繋がりだ!お前は妻にも娘にも見捨てられた、孤独なデータ処理係だ!お前の公務に意味はない!戸籍は、断絶の記録だ!」


異形は、渡辺の「私的な孤独」を精神的に攻撃し、彼の異能の源である「繋がりへの信頼」を崩そうとする。渡辺の脳裏で、妻と娘の笑顔が、消去されるデータのように点滅した。彼は膝をつき、呼吸が乱れる。


「渡辺さん!目を覚ましてください!」西田は、マニュアルを握りしめ、咆哮した。


「戸籍法施行規則、第十一条第二項!データは、公的な手続きを経なければ、いかなる場合も保護される!公務員は、記録を守る義務がある!」


西田の、公的な規範の正確性を伴う叫びが、異形を構成する「不完全なデータ」に矛盾を突きつけた。異形に亀裂が入る。


田中課長の声が無線で響く。


「渡辺!公務員は、公的な目的のために家族よりも深く結びついた『公僕の絆』で繋がっている!お前の戸籍データは、我々特命係の連鎖に組み込まれているんだ!」


渡辺は、田中課長の言葉に顔を上げた。彼は、娘との断絶を乗り越え、公務員としての「連鎖」を信じることを決意する。


「戸籍の記録は、断絶ではない!繋がりの証明だ!」


渡辺は、『連鎖の鎖』を最大限に発動。サーバーと一体化し、市内の全住民の「公的な絆」をデータとして視覚化する。無数の光の鎖が、異形を構成する「断絶データ」に絡みつく。


そして、渡辺が放ったのは、戸隠市住民の総意ともいうべき、究極の公的な繋がりを証明する情報。


「戸隠市住民登録コード:完全一致!公的連鎖、確立完了!」


孤独の異形は、市民の「公的な絆の重み」に押しつぶされ、サーバー内の不完全なデータと共に消滅した。



4.終幕:真の裏切り者と最後の砦

戦闘は終結した。サーバー室の冷気は元に戻り、機械音だけが響いている。総務課長は、不正アクセスと公金横領の容疑で現行犯逮捕され、市役所内からGAIA-Pの協力者が排除された。


渡辺は、サーバーを再起動させた後、西田に向き直った。


「西田くん。戸籍データは、単なる数字ではない。人々の生活と感情の記録だ。そして私は、この特命係の『公的な繋がり』を、命がけで守り抜く」


渡辺の顔には、長年貼り付いていた孤独の影が薄れ、公務員としての静かな決意が宿っていた。


田中課長は、総務課長逮捕の報告を受け、安堵した。しかし、彼の危機管理の目は、すでに次を見ていた。


「GAIA-Pの狙いは、我々の『公的権限の乗っ取り』から、『公金』そのものの収奪へと移行した。奴らは、市の財政システムに最後の攻撃を仕掛ける」


田中課長は、小林のデスクに、不審な監査データが記録された一枚のUSBメモリを置いた。


「小林くん。次なる任務だ。君の『予算の鉄槌』が、我々の最後の砦だ。公務員にとって、金銭の誘惑が最も強敵だ。君の会計の正確性が、この街を守る」


小林の目が、USBメモリに映る、異常な財務コードを鋭く捉えた。彼の頬に、戦闘時とは違う、「税務のプロ」としての闘志が浮かび上がる。


「承知いたしました。公金は、市民の血と汗の結晶です。一円たりとも、不正な支出は許しません」


特命係の公僕たちの戦いは、市役所の最も深い、「金銭の闇」へと向かう。


∗∗第4巻完∗∗

裏切り者の排除、残るは金銭の闇。


お読みいただきありがとうございます。


渡辺の孤独な戦いは、市役所内部の裏切り者を排除するという、重要な勝利をもたらしました。しかし、敵組織GAIA-Pの最終目標は、戸隠市の「公金」であることが判明します。


次なる戦いの焦点は、税務担当・小林稔。彼の『予算の鉄槌』が、市の財務システムに潜む「公金の悪意」と戦うことになります。


『公僕戦線第5巻:予算の鉄槌と公金の悪魔』にご期待ください。

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