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公僕戦線 (2):アスファルトの下の叫び

土木課の意地と、アスファルトの下の叫び。


戸隠市役所特命係のおじさんたちは、今日も市民の日常を守るために、公用車に乗り込む。


しかし、今回の敵は、長年の公務が抱えてきた「過去の不正」が生み出した怨念だった。


土木担当・佐藤剛。彼は、自らの公務員としての技術に込められた「罪」と向き合うことになる。


アスファルトの地盤に響く、後悔の悲鳴。定時を過ぎた公僕たちの戦いは、より深く、重いテーマへと突入する。

1.冒頭:特命係の日常と佐藤の憂鬱

戸隠市役所、地域振興課特命係。蛍光灯は相変わらず半分しか点いておらず、漂う空気は湿っぽい。


第1話の激戦から数週間。西田啓太(28歳)は、特命係の日常――「公文書の山に埋もれる日常」と「誰にも知られずに街を守る非日常」の奇妙なルーティンに慣れ始めていた。彼のデスクには、「異臭調査報告書」と「古文書の真言のメモ」が隣り合わせに置かれている。


田中徹課長(58歳)は、あの時の負傷から回復していたが、その目の下の隈は以前にも増して濃くなっていた。彼は、デスクで市の財政状況を示すグラフを睨みつけ、微かにため息をついた。


特命係の面々も、それぞれの業務に没頭している。小林稔(51歳、税務担当)は、誰かに聞かれるでもなく「今年の公用車維持費の削減目標は3%だ」とブツブツ呟きながら電卓を叩いている。渡辺義雄(55歳、戸籍担当)は、今日も孤独死予備軍のデータと住民台帳の「絆の連鎖」を照合していた。


そんな中、特に西田の目を引いたのは、佐藤剛(49歳、土木担当)の様子だった。


佐藤は、デスクに広げられた古びた橋の図面と、分厚い地盤調査報告書を睨みつけ、そのたびに、まるでアスファルトの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしている。その指先は、頑丈な体躯に似合わず、僅かに震えていた。


「佐藤さん、その図面は……」西田が声をかける。


「戸隠第二橋だ」佐藤は無愛想に答えた。


戸隠第二橋。市街地から少し離れた渓谷にかかる、交通の要所となる橋だ。地図で見ればただの建造物だが、佐藤の目には、その橋の周辺の地盤が、まるで生き物のようにうごめいているのが見えているようだった。


田中課長が立ち上がり、空気を変えた。


「佐藤くん。緊急の辞令だ」


田中課長は、手に持っていた一枚の書類を佐藤に渡した。


「戸隠第二橋の緊急地盤調査。地脈の歪みが基準値を超えた。直ちに出動せよ」


佐藤は書類を受け取った瞬間、一瞬呼吸を止めた。その強面の顔が、苦痛に歪んだように見えた。


「……承知しました」


佐藤は低い声で答えたが、その目は、怒りとも、恐れともつかない複雑な感情に満ちていた。西田は直感した。あの橋には、佐藤の、そしてこの街の「過去の負債」が埋まっている。



2.予兆:地盤の悲鳴と監査の影

佐藤と西田、そして後方支援のために小林が同行し、特命係のワゴン車は戸隠第二橋へと向かった。


橋の周辺は、規制線が張られていた。名目は「老朽化による点検整備」だ。


「西田、計測器をセットしろ。小林、無線周波数を監査部門のチャンネルに合わせろ。奴らが嗅ぎつけてくる」佐藤は指示を出すが、その声には苛立ちが滲んでいる。


西田が計測器を地盤に差し込むと、機器は異常なノイズを発した。


「佐藤さん、これは……ただの地盤の緩みじゃない」


佐藤は何も答えず、目を閉じ、両手を地表に押し付けた。彼の体から、長年の現場仕事で培われた『地盤操作』の異能が、地中深くに浸透していく。


――キイイイ……ドロリ……チクショウ……。


佐藤の脳裏に、地中から響く無数の声が届く。それは、「悲鳴」だった。工事中に粗悪な資材を使われた作業員の憤怒、不正入札で手抜き工事を見過ごした行政への呪詛。そして、その不正を知りながら、「市の安定」のために沈黙した過去の佐藤自身の「後悔」。


「くっ……」


佐藤は呻き、額に脂汗を浮かべた。彼の異能は、地盤の構造だけでなく、そこに封じられた負の感情を読み取ってしまうのだ。


「地盤の深層に、怪異の核がある。これは、過去の不正工事が原因だ。俺が……俺が見過ごした罪だ」


その時だった。


「その通り!実に無駄な公金支出だ!」


鋭い声が響き、二人のスーツ姿の男が規制線を突破してきた。市役所監査部門のエリート職員と、彼らに同行する外部コンサルタントだった。彼らはGAIA-Pの協力者だ。


「佐藤剛!君の部署、特命係には、極めて不透明な『特殊備品費』の計上が確認されている。この緊急調査も、その隠蔽工作の一部と見なす!直ちに業務を中止しろ!」監査員が詰問する。


「黙れ!これは市の地盤を守る公務だ!」佐藤は怒鳴るが、監査の圧力に体が硬直する。彼の心は、過去の不正の罪悪感に苛まれていた。


「いいや、無駄な支出だ。この橋は老朽化で撤去するのが最も合理的な行政判断だ!」


その瞬間、小林稔(税務)が、監査員とコンサルタントの間に割って入った。


「その判断は、合理的ではない」小林が、電卓を構え、メガネを押し上げた。「この橋を撤去し、新しく架け替える費用は、現在の市の財政再建計画における『固定資産除去費』の予算を大幅に超過する。この地盤調査は、将来的な公金支出を抑えるための、最も賢明な『危機管理費』の投資であると、ここに公的に証明する!」


小林の放った『予算の鉄槌』。論理と数字で武装した彼の言葉が、監査員の予算計上コードを混乱させ、時間を稼ぐ。


しかし、その攻防が、佐藤の精神的な負担を限界に達させた。



3.バトル開始:遅延と後悔の異形

「うぐぁあああ!」


佐藤が呻き声を上げた瞬間、橋の地盤が激しく震動した。


ズドドドド!


アスファルトがひび割れ、タールと泥が混ざり合った巨大な異形が噴出した。それは、不完全な工事の痕跡と、不正入札の書類の残骸を体中に纏った「遅延と後悔の異形ディレイ・リグレット」だ。


異形は、轟音と共に、橋脚の根本を破壊しにかかる。


「監査だぁ?予算だぁ?貴様ら公務員の欺瞞こそが、この街を腐らせた!」


異形は、攻撃のたびに「工事遅延の報告書」「不正入札の記録」のような書類の破片をまき散らし、おじさんたちを精神的に追い詰める。


「佐藤!動け!」田中課長の無線が叫ぶ。


だが、佐藤は動けない。彼の心に、異形の声が直接響く。


「お前が目を瞑ったせいで、あの作業員は死んだ!この橋は、お前の罪だ!」


佐藤が『地盤操作』を使おうとすると、地盤から「お前は裏切者だ」という声が聞こえ、逆に地盤が佐藤の足を拘束する。


「くそっ、公務員が、公的な技術で過去を償わねばならんのに……!」


「動揺するな、佐藤くん!」田中課長が声を張り上げる。「鈴木、情報だ!異形を鎮める方法を探せ!」


ワゴン車の中にいる鈴木啓介(文化)が、古文書のページを猛スピードで繰る。


「課長!この地域の地盤には、古代の鎮魂儀式が必要です!儀式に必要なのは、『公的権限で承認された、特定の場所の土砂』です!昔の行政文書に記載がありました!」


「よし!西田、渡辺!公用車で指定された場所へ急行!土砂を調達しろ!渡辺、『連鎖の鎖』で正確な場所を特定しろ!」


田中課長は、躊躇する佐藤に対し、無線機越しに最後の指示を出した。


「佐藤剛!聞け!お前の技術は、この戸隠市の公的な技術だ。私的な後悔で公務を放棄するな!お前の罪は、市民への献身でしか償えない!」



4.クライマックス:公務の贖罪

田中課長の言葉に、佐藤の顔に血の気が戻る。彼は、過去の不正への後悔と、公務員としての責任を天秤にかけた。


「……公務員が、公的な技術で償う。それが、俺の道だ」


佐藤は、足元を拘束する地盤の抵抗を、筋力と意志の力でねじ伏せた。彼の異能が、橋脚の地盤構造を深く読み取る。


「異形よ!貴様の不正は、この橋の技術が許さない!」


佐藤は、異形が破壊した橋の部材を『地盤操作』で瞬時に再構築し始めた。彼の異能は、単なる地盤操作ではない。それは、完璧な土木技術と、公的事業の正確さを具現化したものだった。異形は、自らが憎む「行政の正確性」に四方から挟み込まれ、動きが鈍る。


その頃、西田と渡辺は、指定された場所――市の文化財指定を受けた小さな古墳のそば――に到着していた。


「渡辺さん、ここですか!?」西田が叫ぶ。


渡辺は、端末で地脈の流れを読み取りながら、戸籍情報と土地台帳を重ねる。


「そうだ!ここの土砂は、この地域の人々の生活と結びついた、最も穢れのない場所だ!西田くん、公用車に積んであるシャベルで、急げ!」


二人は土砂を公用車のトランクに詰めた。


現場に戻ると、佐藤が異形を橋脚の間に完璧に挟み込んでいた。


鈴木が、橋の最も安定した場所に土砂を撒き、古文書の真言を唱え始める。その言葉は、「手抜きを許さない職人の魂」を地盤に呼び戻す力を持っていた。


「我が公務をもって、汝らを鎮めん!」


異形は、「公的技術の結晶」である橋の再構築と、「職人の魂の鎮魂」という二重の公的権限の行使により、浄化されていく。異形の体から、過去の不正の書類が塵となって舞い上がり、静かに地盤へと還っていった。



5.終幕:橋の補修と次の辞令

戦いが終わった。橋の被害は「老朽化による突発的な崩落」として処理され、佐藤主導で緊急補修工事が組まれることになった。


監査員は、小林の「予算の鉄槌」により、特命係の追及を諦めるしかなかった。小林は、監査員に「この土砂の購入費は『文化財保護』の予算から、清掃費用は『廃棄物処理』の予算から捻出する。全て公的に処理可能だ」と、完璧な会計処理を示したのだ。


橋の補修現場。佐藤は、西田に対し、珍しく感謝の言葉を口にした。


「すまなかったな、西田。俺の過去の過ちを、お前たちに背負わせた」


「佐藤さん……」


「公務員が、公的な技術で過ちを償う。それが、俺たちのやり方だ」


彼の表情は、以前よりいくぶん晴れやかになっている。橋の補修作業は、彼にとっての贖罪でもあった。


田中課長は、橋を見下ろしながら、厳しい表情を崩さない。


「今回の異形の核は、『不正入札』という人間の悪意だった。我々を追う別の人間組織が、確実に力をつけている」


田中課長は、特命係全員に警告した。


「気をつけろ。戦いは激化する。我々は、公務員として、決して感情に流されてはならない」


田中課長は、次の辞令を口にした。


「鈴木、次の業務だ。市の文化財指定を受けた古い神社の安全点検だ。文化財の裏側には、必ず強力な地脈の防御システムがある。そして、それを狙う悪意もな」


鈴木の目つきが変わった。文化振興。彼の専門分野が、ついに戦いの舞台となる。


∗∗第2巻完∗∗

技術の贖罪、そして次のターゲット。


お読みいただきありがとうございます。


佐藤の過去は清算されましたが、今回の敵が「不正入札」という人間の悪意から生まれた事実は、特命係に新たな危機を予感させます。


平和を守る公務員たちを、外部の人間組織が追っている。そして、次の戦いの舞台は、鈴木の専門領域である文化財へ。


『公僕戦線第3巻:古文書の真言と観光の悪魔』にご期待ください。

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