公僕戦線 (13):財政再建の狂信と税の哲学
愛なき数字と、命の重み。
財務省編の最終章。特命係が挑むのは、財政再建の狂信に囚われた主計局長。
福祉を切り捨てる国家のエゴが、「財政再建の狂信異形」として具現化する。異形は、公的負担のみを強要し、公的支援を否定する。
小林一は、『予算の鉄槌』の異能をもって、税の哲学、すなわち国民の連帯を証明し、この狂信的な闇を打ち破れるか。
1.冒頭:財政再建の冷たいスローガンと最終舞台
特命係が足を踏み入れたのは、財務省ビルの最上層に位置する、財政制度等審議会室だった。その部屋は、霞が関の中でも、最も静謐でありながら、最も冷酷な権威に満ちていた。室内の巨大な円卓は、まるで国家財政という名の祭壇のようであり、その周囲の壁は、何層にもわたって重ねられた「健全財政の絶対的達成」「未来世代への負担転嫁の合法化」「国民の犠牲は国家の義務」といった、狂信的なスローガンが、古代文字のように刻まれていた。照明は、白く鋭利で、すべての影を排除し、「曖昧さの排除」という財務官僚の精神を体現していた。
今回の戦いは、小林一の『予算の鉄槌』の哲学、すなわち「公的負担と公的支援の真のバランス」を、国家財政の最高権威に証明する最終決戦となる。小林の鉄槌は、先の戦いで「人間性」の温かさを取り戻したが、その熱は、この部屋の冷酷な狂信の前で、「情熱の非効率性」として否定されようとしていた。
「田中課長。この部屋の空気は、もはや公務ではなく、宗教です。彼らは、数字の健全性という虚像の神を崇拝し、国民の生活を生贄として捧げようとしている。彼らの理屈は、『痛みを伴う改革こそ正義』という、人類史上最も危険な思想の一つです。彼らにとって、国民は統計データの一部に過ぎない」小林は、審議会室の重厚な円卓を見つめ、静かに警戒したが、その内側には、かつて自分が犯した過ちの反省から生まれた、揺るぎない公僕の熱を宿していた。
彼らの前に現れたのは、財務省の次官候補であり、財政再建の旗振り役、「主計局長・神谷(50代)」。神谷は、一切のシワや乱れがない完璧な制服を着用し、その表情は、感情の痕跡を完全に消し去った、計算し尽くされた冷徹さに満ちていた。彼は、「国家の健全性こそが国民の幸福である」と信じる、狂信的なエリートであり、国民の犠牲を「必要悪」として当然視していた。彼の背後には、「削減」という名の巨大な虚無が渦巻いていた。
「特命係。君たちの浅薄な地方の感情は、この国の最高位の数字の前では、無価値なノイズだ。我々の行いは、公務員としての究極の責任だ。税とは、国家の存続のために国民が耐えるべき義務であり、福祉とは、削減されるべき非効率なコストだ。貴様らの情熱は、国家の健全性を蝕む病に過ぎない。この国の未来は、非情な数字の合理性によってのみ守られる!」神谷の言葉には、一切の迷いがなく、その瞳は狂信的な理想の冷たい光を放っていた。
田中課長は、神谷の思想が、同志の「完璧な行政」という理想を、最も冷酷で非人間的な形で実現しようとしていることを見抜いた。「異形の核は、『公的負担の無責任な転嫁』、すなわち、国家のエゴにある。彼らは『我々だけが正しい』と信じ、国民の声を『ノイズ』として排除し、公的責任を未来へ転嫁しようとしている」
2.予兆:国民生活の切り捨てと税の悪意
小林は、審議会で最終承認寸前の「超緊縮財政計画」の文書を、神谷のデスクから回収した。その文書は、分厚い公的文書の体裁を装っていたが、その中身は、国民生活の破壊を目的とした、緻密な数字のテロ計画だった。
「これは、国民生活の破壊計画だ!医療費の自己負担率を限界まで引き上げ、年金支給額を事実上破綻レベルまでカット。そして、義務教育の予算まで大幅に凍結している!財政再建の名の下に、公的支援の概念を完全に切り捨てている!これは、公的負担を国民に強いる一方で、公的支援の約束を一方的に破棄する、公務員最大の背信行為だ!」小林の怒りの熱が、『予算の鉄槌』を再び赤く、激しく灯す。彼の鉄槌は、「公的契約の違反」という悪意を強く感知していた。
神谷は、その文書を指さし、小林を嘲笑する。「小林君。これが真の合理性だ。国民は、国家の数字のために耐えるべきだ。税とは、国家が国民から搾取し、自己を維持する権利であり、我々はその権利を行使する。お前の『税の哲学』など、この揺るぎない数字の前では無力だ!国家の数字が、国民の命よりも重い!そして、情熱や慈悲といった非効率なものは、行政の合理性を乱す最大の敵だ!」
神谷の思想が臨界点に達した。審議会室の空間が、「緊縮」という冷たい空気と「削減」の文字で歪み始めた。削減された福祉予算の虚無、医療を拒否された高齢者の悲鳴、そして教育を奪われた子供たちの希望の断片が、物理的な形を成し始めた。それは、鋭利な鎌と、未来の国民の生活を拘束する巨大な鎖を持つ、「国民の相互扶助」を否定する、恐ろしい異形へと具現化していく。異形の全身からは、「自己責任」という言葉が、まるで鱗のように張り付いていた。
3.バトル開始:狂信異形と『予算の鉄槌』の最終哲学
神谷の思想が具現化し、「財政再建の狂信異形(ファンatical・フィナンシャル・デーモン)」が出現。それは、「削減」と「増税」の文字が刻まれた巨大で冷たい鎌を持ち、福祉の概念を象徴するものを次々と切り裂いていく。異形の全身は、「国民の自己責任」という硬質な文章で覆われ、そのオーラは「情熱の非効率性」を主張していた。異形の足元からは、「公的支援のゼロ化」という氷塊が広がり始めた。
異形は、小林に強烈な精神攻撃を加える。『小林一!お前の情は、国家を破滅させる甘えだ!福祉はコストだ!公務員は、非情な鎌を振るうべきだ!国民の悲鳴など、ノイズに過ぎない!数字こそが神だ!お前は、公的契約の裏切り者として裁かれるべきだ!』
田中課長が叫ぶ。「小林くん!税の哲学を証明しろ!公的負担は、公的支援の証だ!税金は、国民の連帯の現れだ!その哲学こそが、この狂信を打ち砕く唯一の真実だ!」
小林は、異形の「削減の鎌」が振り下ろされる瞬間、己の異能を最大限に覚醒させる。彼の鉄槌は、過去の過ちを乗り越えた、公僕の情熱で最も激しく赤く燃え上がっていた。
「特命係は、連携する!公的支援の哲学を証明する!国家の数字に、公僕の魂を刻む!」
西田が『公務マニュアル』で「公共の福祉の確保」と「国民生活の最低保障」の条文を、物理的な公的な防壁として具現化し、鎌の軌道を狂わせる。佐藤が『地盤操作』で、審議会室の床下に「国民生活の堅固な基盤」、すなわち生活の安定と地域の連帯を具現化し、異形の足元に「市民の重み」を押しつけて動きを制限。渡辺が『連鎖の鎖』で、「国民間の相互扶助」の鎖を異形に巻きつけ、「国民の分断」を企む悪意を断ち切る。鈴木が『広報の呪文』で、「税の真の使途」という真実の言葉、「税金は、互いを支えるための希望の投資である」という広報を、異形の体内に撃ち込む。
4.クライマックス:税の哲学と公的負担の真の意味
特命係の連携により、異形の「削減の鎌」と「自己責任の鎖」に深い亀裂が入る。小林は、公的負担と公的支援の真の関係を悟り、その哲学を鉄槌に込める。彼の言葉は、税務公務員の魂の叫びだった。
「税とは、国家が国民から搾取する権利ではない!それは、国民が互いの生活と未来を支え合うための、公的な誓約金だ!公的負担の重みは、公的支援の重みと等しい!どちらか一方を否定することは、公務員ではない!国家は、国民の連帯という見えない財産の上に成り立っているのだ!」
小林が、『予算の鉄槌』を最大限に発動。その鉄槌は、「超緊縮財政計画」の文書を打ち砕き、削減された福祉予算を、「国民の連帯」という真の数字に書き換える。その数字は、相互扶助の熱と国民の未来への希望を帯びて、審議会室の冷たい空間を満たした。
小林が放ったのは、財務省公務員の真の真言(呪文)。それは、公僕の存在意義を問い直す、究極の哲学だった。
「税の哲学は、搾取ではない!国民の連帯という『愛の予算』だ!公務員は、国民の連帯を守る者でなければならない!福祉の削減は、国家の自殺行為である!公的負担は、公的支援という光でなければならない!国家の数字の健全性は、国民の心の健全性と等価である!」
財政再建の狂信異形は、「国民の連帯と愛」という、彼らが否定した公務の本質の力に耐えきれず、完全に崩壊。神谷は、「国家の健全性」が「国民の心」なくして成り立たないことを悟り、公務の数字の重みに打ちのめされた。彼の狂信的な理想は、国民への愛という、最も非効率で強力な力によって打ち砕かれた。
5.終幕:財務省編の結末と次の標的
小林が修復したデータと文書、そして特命係の証言により、神谷の不正行為(国民の生活基盤を破壊する計画の推進)は公的に暴かれ、彼はその場で逮捕された。神谷は、最後まで「私は国家を救おうとしただけだ」と主張したが、彼の救済は国民の犠牲という名の非情なコストの上に成り立っていた。
田中課長は、小林の『予算の鉄槌』が、数字の悪意を完全に浄化し、財務公務員としての真の哲学を確立したことを認めた。
「財務省編は、完結だ。君は、数字の冷たさと数字の狂信を乗り越え、公的負担と公的支援の哲学を証明した。同志がこの場所に残した最後のメッセージは、『巨大な地盤と技術の傲慢』を示している。次なる標的は、国土交通省だ。そこには、技術者の傲慢と利権の闇が、国家のインフラに絡みついている」
特命係は、霞が関の巨大な闇の、最初の壁を打ち破った。次の戦いは、土木担当・佐藤剛の「インフラの哲学」を賭けた戦いとなる。巨大な技術の力の暴走に対し、地域の地盤を守る公僕の魂が試される。
∗∗第13巻完∗∗
∗∗財務省編完結∗∗
連帯の証明と、技術の傲慢。
お読みいただきありがとうございます。
小林の『予算の鉄槌』は、「財政再建の狂信異形」を打ち砕き、公的負担と公的支援の真の哲学を確立しました。ここに財務省編は完結です。
同志が残した次の標的は国土交通省。次巻(第14巻)は、土木担当・佐藤剛が主役となり、技術者の傲慢と公共事業の利権に挑みます。
『公僕戦線第14巻:巨大建造物の虚妄とインフラの魂』にご期待ください。




