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掌編置場

veilの向こうで

作者: 須藤鵜鷺

 ベッドにくったりと横たわりながら、彼が弾くギターの音を聴く。エレキだから、実際に聞こえるのはカシャカシャっていう金属が擦れるような音だけれど。

 私の頭の中に鳴るのは想像の音色。彼がつけているヘッドフォンから流れているメロディをただ夢想する。

 昔ピアノを習ったことがあるから、楽譜なら今もなんとなく読める。でもギターを弾く彼が見ているのはコード表で、それを見ながら音に変換しようとしてもタイムラグができてうまくいかない。だから私はリアルタイムで弾いてる彼の手元を見ながら、想像で音を紡ぐ。きっとそれは、実際のメロディとは別物だけれど。

 「聴かせて」なんて、気軽には言えない。

 バンド活動ももう長いから、彼にとってギターを弾いている時間は日常の一部。それをこうして息をひそめて見守るのも、日常の一部。作曲中とかは神経質になるから、できるだけ外で過ごすようにしてる。収録となればスタジオに行ったきり何日も帰ってこないこともある。これを果たして「一緒に暮らしている」と言っていいのか、たまに疑問に思うこともある。社会人同士の人たちの生活を「普通」なのだとすれば、私たちの生活は「普通」ではない。

 でも、だから、私は私なりの方法でこの時間を楽しんでいる。

 想像上の音色は、彼が過去に作った曲がごちゃ混ぜになったような、聞いたことがあるようなないようなメロディ。それをひたすら練習する彼の姿と重ねる。ふと、む、としたようにわずかに表情が変わる。弾き間違えたときの癖。その表情を見ると私の頭で流れてる音もがちゃってなる。変なシンクロ。

 これはきっと、空耳に似てる。本当は全然別のことを言っているのに、なぜかそう聞こえちゃうみたいな。変なシンクロ。それを面白がってる人たちはきっと、元の言葉が本当はどういう意味かなんて気にしないのだろう。だから私も気にしない。彼の中で鳴っている本当の音色のことは。

 だってそれは私じゃなくて、もっと遠くの人たちに届けるためのもの。だからこんなに練習して、完璧に仕上げる。その人たちの前で披露する日まで磨き続ける。だから輝く。輝けば遠くの人にも光は届く。

 ここからじゃ距離が近すぎて、まともに浴びたらきっと目が潰れてしまう。

 だから、いい。私はそれでもここがいい。

 いつかこんな生活が嫌になって、彼から離れたくなる日が来るのかもしれない。周りから見たらいつもキラキラして見えるとしても、実際はドロドロと悩んだり苦しんだりしてる姿も知ってる。その激しい苦しみと向き合うのは、今でもちょっと怖いときがある。それもいつか平気になるのか、それとも耐えきれなくなるのかは、まだわからない。

 今はただその姿を横目に見ながら、想像の音で脳内を埋めるだけ。

 ふいに彼がヘッドフォンを外し、ギターを置く。

「今日は終わり?」

 外の音を受け入れた彼に訊く。髪をくしゃくしゃに掻きながら。

「うん、やめる」

 納得してなさそうな声で言う。たいていこんな風に、ちょっと不満げに終わりを迎える。彼が満足できるときは、いつか来るのかな。

 私はただ、今の彼に言う。

「おつかれ」

 音だけを追っていた彼がふいに現実の世界へ、私の隣へ戻ってきた気がした。

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