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真実を探る者たち

作者: 夜ノ血月

 雲一つなく遮るもののない太陽が、立ち並ぶ少し色褪せたビルや人が行きかう並木通りを照らす昼下がり。そんな平穏に過ぎていく町をオフィスチェアに腰をかけて見ながらコーヒーをたしなむ青年がいた。


「こんないい天気なら外に出てみるのも、いいかもな......」


 青年はオフィスチェアから立ち上がりコーヒーカップを片手に窓際に向かう。青年の名は路標みちしるべ有途あると。自然と人が共存する町、ここ神ヶ丘につい先月から建てられた路標(みちしるべ)探偵事務所の所長である。春の暖かい風が吹く今日は探偵といえばのレンチコートやシャーロック帽ではなく、黒いパーカーと灰色のジーンズという暗めのファッションを身に纏っている。ボサボサの黒髪と半開きの青い目のせいで、やるきのなさそうな印象だ。


「コンコンッ」


 不意に応接間と有途が先程まで座っていた作業机だけの小さな事務所に扉をノックする軽い音が響いた。


「どうぞ」

「あの、依頼を頼みたいのですが……」


 有途が扉の方を向き返事をすると扉が開き、一人の女性が入ってきた。


「依頼か、ひとまずそこのソファに座ってください」

「ありがとうございます」


 スーツを着たしっかりした印象を受けるまとまった明るい茶色の髪の女性は有途に促され、応接間のソファに腰かけ、次に有途も机を挟んだ向いのソファに腰かけた。


「それで、どのような依頼で?」

「はい。私の夫が自殺した理由を解明してほしいんです」

「自殺、ねえ......そういうのは警察の仕事じゃないのか?」


 有途は訝しげに女性に訊き返した。


「ええ、私も警察にそのことを伝えたのですが、これっといった理由はわからずしいて言うなら日々のストレスなどが原因ではないかと言われましたが私は納得できませんでした。そこでここ、路標探偵事務所を発見し、藁にも縋る思いで今私はあなたに夫の自殺の原因の解明を依頼したいのです」


 女性は有途の目を真正面かた見て真剣な雰囲気で言った。


「そこまで言われて依頼を断っては探偵の名が泣く。わかった。あなたの夫の死の真相をこの路標有途が解明しましょう」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「それで、あなたの名前と事件の詳細を教えてください」

「はい。わかりました」


 その後、女性と有途は小一時間程話し合った。女性の名は林道りんどう紗耶香さやか、年齢は三十。近くの食品会社で働いている。夫の名は林道ほく、年齢は紗耶香の一個上で三十一。少し離れた携帯会社で働いている。二人は高校生時代からの付き合いで紗耶香が二十一の時に結婚。その翌年に娘である亜美あみを出産と同時に神ヶ丘の一軒家に住居を変えた。娘の亜美は現在小学二年生で九歳。北が自殺するまでは紗耶香、北、亜美の三人で特に大きなことを起こさず平穏な生活を暮らしていた。

 事件が起こった先週の火曜日はいつも通りに北は仕事に行き、休みだった紗耶香と亜美の二人で夕飯の買い物に行っていた。大体八時頃に買い物から帰ったらスーツ姿のほくはリビングで首を吊って死んでいた。警察から聞いた死亡推定時刻は仕事から帰った時間とほぼ同じで、帰宅したあとすぐにベルトをリビングにある物干し竿にかけ首つり自殺したのではないかと言われたそうだ。


「なるほど......確かに自殺の理由だけ解らないな」

「え、解らないって」

「今は、だ。まずは事件現場を見たり警察にもう一回行ってみたりしてからじゃないと流石の俺でも答えは解らない」


 焦る紗耶香を制し、有途は右手を顎に置き悩まし気にいった。


「ひとまず事件現場に行くのが一番先だ。すまないが案内してくれないか?」

「事件現場って家ですか......」

「こっちも無理にとは言ってない。ただこういうときは大抵現場に行くのが常識だろ」

「大抵、常識......あの失礼なことを訊きますが路標さんは今まで依頼を受けたことって......」

「ん? ないけど」


 有途は淡泊に返した。すると少し疲れ気味だった紗耶香の顔はより引きつっていき蒼白になっていく。


「あ、えと、その今回の話は忘れてもらって構いません。貴重な時間をもらってすみませんでした。それではまた」

「おいおい、今回が初の依頼ってのは変えようのない真実だ。だからといって、この路標有途の腕が確かなものであるという真実は消えない。それにすでに話は聞いてしまった。こちらとしても無視はできない」


 そそくさとこの場を後にしようとする紗耶香であったが有途は謎に自信があるようで彼女の依頼を受ける気満々らしい。


「さっきも言っただろ。依頼を受けなければ探偵の名が泣くと。だからどうか帰らないで俺に依頼を受けさせてくれ」

「依頼を受けてほしいと言ったのは私の方ですしね......あなたを信じて依頼を任せます」

「よし、料金とかは後々決めるとしてさっさと自殺理由の解明のために調査に行きますか。ということであなたの家まで案内お願いします」

「は、はい」


 有途と紗耶香は探偵事務所をあとにし林道宅に向かった。現在時刻は二時ごろ、平日の昼間ということですれ違う人は少ない。かれこれ二十分ほど歩いたところで少し壁に薄く汚れがある建ってからある程度年月が経ったであろう駐車スペースに一台のワゴン車が泊めてある紺色の三角屋根の一軒家についた。


「ここが私の家です」

「それじゃあ早速中に入りますか」

「あ、ちょっと待ってください」


 丁寧に説明する紗耶香をまるで気にしていないようで有途はズカズカと玄関前まで歩いていく。


「今鍵開けますね。はい、どうぞ中へ」

「お邪魔します」


 紗耶香がモダンな扉を開けると有途は家の中に入った。すると有途の目の前にきょとんと立ちすくして有途を黄色い瞳で見つめる短い茶髪の一人の少女がいた。


「お兄さん......だれ?」

「はじめまして。俺は路標有途、しがない探偵だ」

「もう帰ってたのね、えと、この子はさっき言った私の娘の亜美です」

「あ、おかえりママ! この人だれー?」

「この人は探偵さんなんだよ」

「探偵さん?」

「うん探偵さん。ちょっとお家のなかに入るけど邪魔しちゃだめよ」

「わかった!」


 亜美は安心したように頷き玄関から去っていった。


「じゃ、早速リビングまで行くか」

「こちらです」


 有途は促された通りに玄関で靴を脱ぎ右手の扉に進む。扉を抜けると机が置かれたリビングとダイニングキッチンがあった。


「ここが事件現場か?」

「はい。ここで夫は死んでいました」

「なるほど。それで自殺に使ったベルトはどこだ?」

「私もいりませんでしたし警察に受け渡しました」

「ここはもう何もなさそうだな」

「え、もうですか?」


 紗耶香は驚いたように訊き返した。


「既に警察が調べて何もなかったんなら俺がこれ以上調べても何もない。さっさと次行くぞ」

「……わかりました」

「次は職場だな」


 有途と紗耶香は家を出てさらに調査に向かった。ほくが働いていた携帯会社、ベルトが押収されている警察所などを回り、気づけばすっかり陽が落ちていた。


「結局得られたのはこのベルトだけでしたね。今日はこんな時間までありがとうございました」


 右手に茶色の革ベルトを持った紗耶香が深々と頭を下げた。


「別に頭を下げなくていい。結局、解ったことは死んだ理由が解らないという真実だけだからな。捜査はまた次だ、明日探偵事務所に来てくれ。」

「すいません。明日は仕事があるので次の調査は今週の土曜でよろしいでしょうか?」

「わかった。それじゃ今日はこれで解散だ」

「はい」


 紗耶香は一瞥し、家に帰って行った。それを確認した有途も寝床である探偵事務所に帰って行った。


「全く解らん。こう、それっぽい仮説は立てられるんだがどうもそれが真実だとは思えねえしな~......考えるのはまた明日にして今日はもう休もう」


 暫く歩き探偵事務所に着くと有途はそのままの恰好で応接間のソファに寝ころびそのまま眠ってしまった。


「......ふあぁ~もう朝か」


 有途は体を起こし目をこする。意識がはっきりしてきたところでポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると丁度八時であった。


「調査は土曜って言われたけど暇だし家にでも行くか......」


 有途はそう言うと身支度をし、探偵事務所を出て林道宅に向かった。朝ということもあり学生や出勤途中の社会人と多くすれ違った。


「紗耶香さ~ん。俺だけど入って......あれ、空いてる」


 有途は林道宅の前まで来て、冗談のつもりでドアノブに手をかけたが手ごたえが無く、どうやら鍵が開いているようだ。


「妙だな......ちょっと邪魔するぞ」


 有途はしばらく扉の前で思案したあと、決心してドアノブを捻り家の中に入った。


「おい、誰かいる......か」


 有途は玄関を通り、靴を脱いでリビングへと向かった。するとそこにあったのは宙吊りになっている紗耶香であった。


「おい、おい! 何がどうなってる!? 何でお前、が......」


 その光景を見た有途は理解が追い付かず声を荒げた。ひとまず自らを落ち着かせるために部屋中を見回すと酷く怯えた様子で震えている亜美がいた。


「っち、ひとまず依頼主だ」


 有途は急いで紗耶香を下ろし、彼女の体を床に寝かした。体は生きているものよりも少しばかり冷たく息もしていない、もう手遅れであることを物語っていた。目立った外傷はなく首を絞められたことでの窒息死であるのは明白だ。そしてその凶器、いや自殺に使われたのは──


「革のベルト......何故こいつは自殺を......おい亜美って言ったか、お前は何か知ってるか?」

「......」


 有途が問いかけても少女は答えることは無く、ただ一点を恐れたように見つめている。


「お前、どこを見てるん、だ......ん? なんだこれ?」


 亜美が見つめている方向を見るとそこには表紙が赤い本が一冊、開かれた状態で置かれていた。


「これが事件の真実......なのか?」


 有途はその本に恐る恐る近づいていく。


「っ見ちゃダメ!」

「どうし──」


 有途が開かれた本を見ようとすると不意に亜美が大声を上げて有途に駆け寄ってくる。だが、少女の奮闘虚しく有途はその本の中身を見てしまった。


「......んう、何が起こった、んだ?」


 有途は気が付くと眠ってしまっていたようだ。だが、ここは先程まで有途がいた林道宅のリビングではなく炎が広がる荒れた大地であった。


「ここはどこだ? それよりもあ、熱い」


 大地を埋め尽くす炎はどんどん有途にまで広がり体を包み込んでいく。


「熱い、苦しい。このままだと俺は炎に焼かれて死ぬ。これは紛れもない真実。そしてこれは現じ......はっ俺は何を言ってるんだ。違うだろ、これは夢だ! それだけは変わらない真実だ!」


 有途は力一杯叫んだ。まるで本当に焼かれているかのような苦しみの中で己を誇示するためにただ叫んだ。


「っはあ! はあ......はあ......今のは夢、か」

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ......あの本はどこだ?」

「わ、私が閉じた」


 亜美が指差した先を見ると閉じられた赤い本があった。おかげで表紙が良く見えるが何が書かれているのかはよく解らなかった。文字らしいものが書かれているが有途の知識の中にそれは無かった。


「なあ、お前の母さんもあの本を見て自殺したのか?」

「う、うん」


 少女は小さく頷いた。


「まあお前が無事なら良かった。とりあえず警察を呼ぼう」


 有途がスマホを取り出し警察に掛けた。その数分後に警察が林道宅に来て有途と亜美は色々と訊かれた。有途が殺したのではないかとも怪しまれたが動機が無いこと、亜美が生きていること、死体の状態から紗耶香が自殺であることが最も有力であることから有途は亜美より遅れたが何とか解放された。


「いや、その災難だったな。お前はこれからどうするんだ?」

「お前じゃなくて亜美って呼んでほしい」

「なら亜美、この後どうやって生活するんだ?」

「お兄さんと一緒にいる」

「そうか、大変だろうけど頑張っ、え? 俺と一緒に来るのか?」

「うん!」


 亜美は元気よく頷いた。


「そうか。なら亜美には俺と一緒にこの呪いの本の解明を助手として協力してほしい」

「わかった! 亜美頑張る!」

「俺はこれを今回の事件の真実が全てある本、『TheTrueAnswer(真実の答え)』と名付けた。俺は路標みちしるべ有途あると。俺はこの世の全てを知るために探偵をやってる。しばらくよろしくな。」

「私は林道りんどう亜美あみ。パパとママのために探偵の助手として頑張る!」


 二人は路導探偵事務所に帰っていった。

「真実を探る者たち」を読んでくださりありがとうございます!

今作は天野蒼空様主催「第二回空色杯」の500文字以上の部門で応募させていただいた作品です。


終わり方があれだったので近々解決編もだす予定です

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