第七十一話 速度はさらに上がる
……なるほど、道理で攻撃に手ごたえが無かった訳だ。ぱっと見は胴体部分の装甲が崩れ落ちたように見えるが、よく見ると全身の装甲が崩れ落ちて新しいものに変わっている。言ってみれば第二形態みたいなものかな。
「……驚いたな、アタシのイルヴィアの秘密にこんなにも早く気付かれるとはね。正直驚いたよ」
イルヴィアと言うのはハイブリジが搭乗している機体のことである。この機体は装甲がある程度削られれば外付けの装甲を取り外すと言う珍しい特徴を持ったE・L・Kである。弱点はその外付けの装甲の中で一番薄めである胴体部分であり、聞こえて来る音から判断したクロードの読みは正しかったと言えよう。
そして装甲が取り外されたと言う事はある程度までは装甲を消耗させていると言う良い面もある。しかしながら注意しなければいけないことも増えた。
1つは唯一と言って良い機体の弱点部分が取り外されたことで弱点が消えたと言うこと。そしてもう1つは外付けの装甲が無くなったことで機体が軽くなったために速度が数段上がったと言うことである。
さて、第二形態って事は装甲は結構削れているってことだな。先程同様突撃が来るのを……! 速いぞ⁉︎
突撃の速度が上がったことに対応出来ずに至近距離まで迫られるとハイブリジはロングソードを構えた。せめてガードで消耗を最小限にしようとクロードは試みた。
が、逆にそれを見透かされたかハイブリジはロングソードを下からかち上げるように振り上げ、クロードが宙に浮いたところを鋭い剣先で突き刺した。その打突は凄まじくクロードは一気に壁まで吹っ飛ばされたのである。
……結構重たい攻撃を貰っちゃったな。搭乗しているのがルブール改で良かったよ。ヴァッシュだったら一発撃墜も有り得たな。
……しかし厄介な相手だよ。持っている武器パーツは見た感じパディンが使っていたものと同じに見える。もし同じだとすれば単純な突撃攻撃に加えてスキルがさらに3つ飛んで来る可能性があるって事だ。
「……中々の装甲だな。イルヴィアが第二形態になってからのアタシの攻撃を受けて立っていた者はボスくらいだ。ふふ、パディンが撃墜されたと言う噂もあながち嘘では無さそうだ。その実力に敬意を表してアタシのとっておきで撃墜してやろう」
……とっておき⁈ いったい何を仕掛けて来るんだ⁈
クロードはハイブリジの言うとっておきに対処するためにハイブリジの一挙手一投足を目で追った。ハイブリジはロングソードをすぐに斬りかかれるように構えた。そして次の瞬間手にしたロングソードが光に反射したように煌めいた。
「……【ファストステップ】」
「なっ!」
「クロード! 装甲の限界が近いよ! 気をつけて!」
気が付けばクロードは再び壁に叩きつけられていた。何が起こったのかしっかりと見ていたはずなのにクロードには理解が出来なかった。ロングソードが煌めいた次の瞬間には目の前でイルヴィアがロングソードを構えていたのである。その移動速度は最早瞬間移動と言って良いレベルであった。
「【ファストステップ】はただの高速移動スキル。その勢いに打突を組み合わせるのはアタシのオリジナルだけどね。……しかしそれを受けてまだ立てるとは。余程機体の性能が良いらしい。と言ってももう攻撃を受けられないほど消耗しているんじゃない?」
……確かにハイブリジの言う通りだ。初めてルピウスからの警告を聞いたよ。つまりこれ以上ダメージは受けられない、絶体絶命って訳だ。……ただ言い換えれば装甲は消耗し切られずに残っているって事でもあるんだよね。つまりここからひっくり返すことも可能ってことだ。
必要なものは相手の装甲を削り切るほどの大ダメージとそれを実現させるまで相手の攻撃を全て完全に回避すること。どちらも実現させなくては勝てっこない。とんでもない無理ゲーだな。
失敗したら撃墜……か。撃墜したらペナルティはどうなんだろう? 知りたくも無いな。……なら最後まで足掻くとしますかね。
覚悟を決めたクロードはイルヴィアの胴体部分を狙って弾丸を放った。当たりはしたもののガードされてしまったので大したダメージにはなっていない。リロードに時間がかかる故にこの間は回避に徹しないといけない。
速度が上がってからの攻撃は相手の出方を伺ってからでは間に合わない。予備動作が始まった瞬間からクロードは回避に全力を注いだ。これにより単純な突撃攻撃に対する回避は間に合うようだ。
突撃を回避した後の方向転換は射撃の隙である。クロードはその隙を狙って弾丸を放ち続けた。その様子を見てハイブリジは呆れた声を上げたのである。
「チマチマと装甲を削る気か? 確かにその方法なら回避も攻撃も出来るかもしれないが、これに対しては対処が出来ないだろう? そろそろクールタイムが終わる。それがあんたの制限時間だ。……【ファストステップ】」
凄まじい炸裂音が辺りに響いた。【ファストステップ】の移動は高速であり目で追う事は不可能な程である。故に使用者のハイブリジもまた移動中何が起こっても把握出来ない。彼女は困惑していた。
なぜなら自身の視界に映っているのが撃墜した帝国の騎士の姿では無く洞窟の天井だったからである。いつの間にか自分が弾き飛ばされていたことに気付いたのは数秒後の事であった。
読んでくださりありがとうございます。そしてあけましておめでとうございます。
ハイブリジのE・L・Kはイルヴィアと言う名前のようですね。装甲が落ちたことによる速度上昇に加え【ファストステップ】はかなり強力です。この勝負一体どうなるんでしょうか。




