第二十九話 忍び寄る影……
しかし進まない選択肢はクロードには無い。慎重に前に進もうとペダルを踏み込んだ……、その時寒気の正体に気付いた。いくらペダルを踏み込んでも前に進まなくなったのである。
足元を見ればツタのようなもので完全に足を固められている。前には進めないが方向転換は辛うじて出来るようだ。少し機体を横へ向かせ初めてクロードはしっかりと周囲を確認した。
ゆっくりと、しかし着実に、壁に絡まっていたツタだと思っていたものは徐々に変化していきやがてヴァッシュ全体を軽く覆い隠せるほどの巨大な口を形取った。
すぐさまクロードはコックピットの左上に手を伸ばした。先に形取られた口のようなものに狙いをすませてカバーを外すと黒く輝くスイッチを押し込んだ。時間にして約2秒、しかしゆっくりと着実に間近に迫るそれを見ながらの2秒は長く10秒以上にも感じられた。
凄まじい炸裂音と共に目の前にあったはずの巨大な口が弾け飛んだ。同時に足元を固めていたツタのようなものもどこかへ去っていく。クロードはそれを見て安心したが次の瞬間にはその考えを改めていた。
「……ルピウス! 今のツタみたいな奴はなんだ?」
「びっくりしたぁ……。もうやられちゃうんじゃないかと危うく通信から離れて助けを呼ぶところだったよ」
やられちゃうと思ったなんて失礼な。……と言うかその段階から助けを呼んで果たして間に合うのか?
クロードがルピウスの言葉に対して心の中で毒づいているとルピウスはさらに続けた。
「あれはエリーダ高原の夜に潜む雑食植物のエルダートレントだよ。足を固められていたとは言え方向転換が出来て良かったね。出来ないほど固められていたら一巻の終わりだったよ」
エルダートレント? ……じゃああれはやっぱり植物だったのか。夜に見る意思を持って動く植物がこうも怖いものとは思わなかったよ。……ただ、
「名前が付いてるってことはモンスターって事で、……倒せるんだよね?」
当然のことのようにルピウスにそう尋ねるがルピウスは相当驚いている。ホログラムの表示が揺れているのはきっと気のせいでは無い。
「……えぇ⁉︎ あれ倒しに行くの? 立ち去ってくれたんだから追わなくても良いと思うんだけど……」
ルピウスの言うことはもっともである。エクスプロージョンを間近で発動したことでほぼ全ての弾数が当たったはずである。巨大な口のようなものは弾け飛びはしたが消え去ってはいない。これはすなわち倒し切れていないことを意味し、今出せる最大火力で攻撃して倒し切れなかったと言う事である。
しかしだからと言って素直に撤退を許すなどは有り得ないのだ。向こうは確実に勝てると思ってこちらに吹っかけて返り討ちにあったのである。ならば今度はこちらが勝負をしかけたって良いはずだ。
「行くよ、もちろん。この奥に進めばそのエルダートレントって奴がいるんだろう?」
「……危ないと思ったらすぐに撤退するんだよ?」
心配そうなルピウスの声が右横から聞こえてくる。しかしクロードはそれを聞かなかった事にした。撤退あり気の攻撃で倒せるのならさっきのエクスプロージョンで倒せるはずだ。今まさに必要なのはそんな撤退を考える弱気な心では無い。強き覚悟である。
ペダルを踏み込みエルダートレントが去っていった場所へとさらにさらに進んで行った。袋小路になっている場所で先程のツタのようなものがうごめいている。さらに踏み込むとそのツタは集まっていきやがて巨大な樹木を形取った。恐らくこれが本体なのだろう。
エクスプロージョンは発動してから約40秒のリロードが発生する。そのため無闇にやたらに連発は出来ない。出しどころは気にしなければならない。そう考えながらクロードはまずレバーを握りしめて思い切り引き下げた。
バァン!
乾いた音が響き真っ直ぐ飛んだ弾丸がエルダートレントを貫く。うめき声のようなものが聞き取れる故に攻撃が確かに効いているのが実感出来る。しかしエルダートレントもやられっぱなしではない。ツタのようなものをこちらへ急速に伸ばして来る。狙いは恐らくヴァッシュの拘束である。
拘束されまいと避け続けながらエルダートレント目掛けてさらに弾丸を放った。命中した瞬間かなり大きめのうめき声が聞こえた。やはり攻撃が効いている、この調子ならこのまま避け続ければ体力を削り切れるはずだ。
……そう思った瞬間後ろから回り込んで足元目掛けて伸ばされたツタに気付いた。回避は間に合わない、咄嗟に構えたメテオライフルは銃口こそエルダートレントに向いているが発射した直後のためリロード中である。
エルダートレントは先程から学んだのかゆっくりとは迫って来ない。かなりのスピードで先程も見た巨大な口を形取った。口の奥には宝石のように輝く石が見える。これはもしかするとエルダートレントの動力源なのではとクロードは冷静である。
なぜクロードはこの状況でも冷静なのだろうか。それはこうなることを見越していたからに他ならない。何のためにメテオライフルをリロード中にも関わらず構えたのか、それは銃口を相手に確実に向けておきたいからなのだ。メテオライフルの長い銃口が赤いオーラを纏った。約2秒後、エルダートレントにとっては2度目となりもう聞くことは無い凄まじい炸裂音が響いた。
読んでくださりありがとうございます。
エルダートレントはエリーダ高原の夜に出てくるモンスターの中では別格に強いです。……良く勝てたな。




