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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女騎士、模擬戦で勝ってしまった同期に「お前を倒すのは俺だ」と守られるようになる

作者: nullpovendman

 大型の蜥蜴の噛みつきを避けきれずに死を覚悟した時、レジナルドが私の前に出た。

 同期で一番であり続けたレジナルドの剣術は、ここ一番の冴えを見せる。

 振り上げた長剣は抵抗なく蜥蜴の皮を裂き、あっという間に蜥蜴の首を切り落とした。


 血しぶきで視界が赤く染まる中であっても、勇敢な姿を見て、きっと恋に落ちたことだろう。私が恋物語の主人公でさえあったならば。

 あるいは――、レジナルドの台詞さえ間違ってさえいなければ。


「お前を倒すのは俺だと言ったはずだ。蜥蜴ごときに敗北は許さん」


 そうしていつも私たちの恋は始まらず、終始ライバルと呼ぶべき関係であり続けた。


 ******


 孤児院出身の私が就ける職には限りがある。

 中でも一番きつく、一番平等なのが騎士団であった。

 私は体が大きい方ではなかったが、孤児院では食料の調達のために尽力してきた甲斐があり、”暴虐のニコ”として名が広まっている。

 迷うことなく騎士団の試験を受けた。


 外れの街ガシズムは国の端にあることから、国からの手当てがほとんどない。

 おかげで騎士団とは名ばかりで、実態は単に防衛隊のようなものだ。

 命をかけるわりには他の職業と給料に大差がない。

 肉体的にきついこともあってか、担い手が少ないと言われている。危険な仕事だから合格基準が高いというだけかもしれない。


 強ければなれる、強くなければなれない。

 シンプルに腕っぷしが要求されるのだ。

 平民でも貴族でも平等に試験を受けられるし、平等に落ちる。


 女性でなろうと思って、ましてや受かると存在は珍しいみたいだ。

 同期の合格者に女性はいなかった。

 数少ない女騎士としてちやほやされる……ということは特になかった。

 他の同期と平等に扱われていた。

 ”暴虐のニコ”がお姫様扱いされていたら、それはそれで面白かっただろうけれど。


「それでは訓練を開始する。素振り百回からだ」

「「「「サー、イエッサー」」」」


 素振りや体力づくり、獣の知識や対人戦も考えて人体の知識を学ぶ座学と、訓練の日々が続いた。

 そんな、苦しくても平和な(?)日々は唐突に終わりを告げることとなる。

 基礎訓練が終わったときに、上官が告げた。


「そろそろ良い頃合いだろう。新人の序列を決める模擬戦をやろう」


 新人がくじで対戦相手を決めた。

 私は、といえば。

 同期の中でも一番の強さだと評判のレジナルドとあたってしまった。

 レジナルドはどこかの貴族の妾の子らしく、名のある武術を修めているそうだ。


 強いとわかっているレジナルドの動きを見せるためか、私たちは最初に模擬戦を行うことになった。

 私とレジナルドは一定の距離を離れて相対して、礼をする。


 レジナルドは正眼の構え(騎士団に入ってからそういう名前だと習った)に構えて、油断することなく私を見つめる。

 私は型なんて知らずに育ったので、素振りや型の稽古をしても、構えにしっくりこない。

 右手に持った剣をだらりと持つ。

 構えない方が手に馴染む。

 始まりの合図までに私は準備を整える。


 魔装。


 魔法と呼ばれるものはこれ以外使えないが、これこそが孤児院で肉担当の座を維持し続けてきた強さの秘密である。

 魔力を体全体にまとわせ、動きのキレを向上させる。


「はじめ!」


 上官の合図と同時に、レジナルドに向かって剣を投げつける。

 予想していなかったのか、上官もレジナルドもぽかんとしている。


 あ、やってしまった。

 山で獣を狩るときは、木の棒で牽制するのが初手だったから、つい。

 騎士が剣を捨てたら困るよね。


 頭では反省しながらも、体は長年しみついた習慣のままに動く。

 レジナルドが意識を取り戻して、飛んできた剣を体の右側にはじく。


 避けるという判断をとれなかったのは悪手だった。

 一瞬だが、レジナルドの意識から私の存在が消える。


 私はすでに相手の左手側からレジナルドの後ろに回り込んでいる。

 小幅の駆け足で音を立てずに近づくのは狩りの基本だ。

 意識の外から距離を詰める。全力で蹴りを入れる。

 レジナルドが気づいても、もう遅い。

 左腕がめきり、と嫌な音を立てる。


 そういえば人を蹴ったことはないな。

 大丈夫だろうか。

 騎士団には治療士もいるからなんとかなるだろう。なってほしい。


 レジナルドは痛そうな顔をしながら右手で剣を振り下ろした。

 だが、私はもうそこにはいなかった。

 蹴り終えたあとは低い姿勢で移動し、反対に回り込んでいる。

 ちょうど吹っ飛ばされた私の剣が落ちていたので、拾う。

 そのまま抱き着く形で背後を取り、剣を首にあてた。


「それまで! 勝者ニコ!」


 上官も最初こそ呆けていたが、的確な判断を忘れてはいなかった。

 木剣での模擬戦で刃はついていないため、危険ではないが。


「あのような剣術は見たことがない。どこの流派だ」

 首に剣をあてられたまま、レジナルドは私に尋ねた。


「どこといわれても。我流? しいていえば狩人の剣かな」

「我流だと。まあいい、同年代で俺に勝てる者がいるとは思わなかった。お前を倒すのは俺だ。俺以外には負けるなよ」

「そう言われても組手狼(ワーワーウルフ)にはしょっちゅう負けているよ」


 山はこわいのだ。


 騎士の剣ではなかったため、上官には怒られたが、同時に手段を選ばずに戦う姿勢は褒められた。

 騎士団が強ければ認められる場所で良かった。


 模擬戦のあと、一つ変わったことがある。

 レジナルドはことあるごとに「お前を倒すのは俺だ」といって絡んでくるようになったのだ。

 ライバル宣言というやつだろう。


 貴族出身ということもあってレジナルドは身なりがいい。顔もいい。

 金髪碧眼ですらっとしたシルエットの美形なのだから、何もないガシズムの街でなければ騎士以外の道もあっただろう。

 王都の商人にでもなれば、ファンが店に押し掛けて連日行列になったに違いない。


 そんなレジナルドであるから、週に二、三度、女性が弁当を差し入れに来ていた。

 ガシズムの大商人の娘だ。

 堂々と騎士団の敷地に足を踏み入れるので、同期の間では婚約者であろうと噂になっていた。

 レジナルドは最初こそ面倒そうに相手をしていた。


 ただ、今は状況が変わってしまった。

 レジナルドは私と一緒にお昼をとるようになったのだ。


 朝晩は寮でご飯が食べられるのだが、昼は弁当を買うか作るかする必要がある。

 孤児院出身の私の弁当は、節約のため、休息日に摘んできた野草と、手製の干し肉がメインである。

 私の弁当を見て、レジナルドは私の昼ごはんも用意するようになった。


「俺のライバルなのだ。栄養不足を理由に弱くなられては困る」


 お前を倒すのは俺ムーブが訓練のときだけではないと知った瞬間だった。

 なんなら、弁当に加えて、おやつすらくれるようになった。

 これは単純にありがたい。

 ありがたいが、婚約者と噂されるご令嬢の訪問があっても、一切相手にせず、私ばかりかまうようになったのは問題ではないだろうか。


 ほら、ご令嬢がこっちをにらんでいる。


「レジナルド様、あちらの方の相手をした方が」

「おお、来ていたのか。面倒だが弁当だけは受け取っておこう」


 そんなやりとりを何度かしたせいか、ついに令嬢は訪問すらしなくなった。

 同期の間では婚約破棄したのであろうと噂になった。

 完全に私のせいだろう。いや、レジナルドのせいのような気もする。


 うーん。

 自分のせいでレジナルドが破談になったのではないか、とベッドで悩みながら眠る。

 寝る前に変なことを考えたせいか、夢見が悪く、珍しく寝坊した。


 翌日の訓練には遅刻した。

 上官に謝り倒すと、面白いものを見るような目つきで言った。


「ニコが遅刻するとは珍しいな。規則にのっとり、貴様には夕食後に予備の剣の手入れを命じる」

「ははあ、イエッサー」


 自分が悪いので、命令は甘んじて受け入れる。


 夕食後、剣を磨いていると、レジナルドが私の元を訪れた。


「訓練で手を抜くことは許さん。明日もあるのだ、作業は早く終えたほうがいいだろう」

 どうやら、レジナルドが雑用を手伝ってくれるらしい。


「どうもありがとう?」

「礼を言う暇があるなら手を動かせ」


 二人で無言のまま剣を磨く。


「あのさ、レジナルド様の婚約者のことだけど」

「俺に婚約者などいたことはない」

「え、商家の子は?」

「あれは付きまとわれていただけだ」


 ふぅん。そっか。


「何を笑っている」

「別にー」


 安心したのは、自分のせいで破談になったのではないという、事実が確認できたからだろう。

 それ以外の他意はない。



 この日は罰則で私が担当であったが、新人は持ち回りで同様の雑用がある。

 これ以降、私の分担の日にもレジナルドは手伝うようになった。

 自分の鍛錬とかあるだろうに。


 おかげで私が入った日は一人分早く仕事が片付くと、裏では同期から私の取り合いがあるとかないとか。

 ただ、空いた時間で鍛錬の時間を強要してくるので、私だけは自由時間は増えていない。


「いい加減、様をつけるのをやめろ。レジーでいい」

「それはちょっと。レジナルドで」

「まあ、いいだろう」


 木剣で斬りあいながらのやりとりだ。

 少し仲良くなって、ただの訓練バカではないことが分かってきたから、鍛錬に付き合うのも悪くないかな、と思い始めていた。



 訓練の日々も半年が過ぎ、新人として扱われる期間が終わった。

 正式に騎士団の任務に赴けることになった私たちは、大防衛の季節を迎えた。

 冬を前に獣、特に魔物と呼ばれるものたちが、人の街を襲う。

 冬眠前の獣と人の戦争、それが大防衛だ。


 新人は討ち漏らしが街に入ってきた時に住民に被害が出ないように努めるのが仕事である。

 警戒は怠らず、かといって街に入ってくるのは小型すぎて包囲をすり抜ける栗鼠の魔物くらいで、緊張しすぎても良くない。


 同期も手持無沙汰で、あくびをしている人もいるくらいだ。

 何事もなく終わりそうだ、という段になって、街の外で大声が響き渡る。


「蹴飛ばし兎だ! 上から来る魔物に気をつけろ!」


 蹴飛ばし兎は厄介な魔物で、他の獣を大きく蹴飛ばす。蹴られた獣は放物線を描いて街に降る。

 獣はたいてい死ぬが、生命力の強い魔物なら、大けがを負いつつも着地を決め、人を襲う。

 手負いの獣ほど厄介な存在はない。

 あまり相対したくはない。


 どさ、どさ、と大きな影が三つ落ちてきた。

 一つは動かないが、残りの二つは組手狼(ワーワーウルフ)だ。

 どちらも立ち上がり、私たち新人をにらみつけた。


 実戦経験の差が大きく、とっさに動けたのは私だけだった。

「私は右、レジーは左の組手狼、他はもう一体の死を確認しろ!」

 言うと同時に駆け出す。


 一度私に負けているとはいえ、レジナルドは同期で一番強い。これは疑いようのない事実だ。

 私が勝ったのだって、単に不意打ちが成功しただけだ。

 組手狼は左の方が大きいが、レジナルドなら一人で勝てるだろう。


 問題は私の方だ。

 組手狼に勝ったことは一度もない。


 地面に落ちていた木の棒を手にした組手狼との死闘が始まった。

 組手狼の振り下ろし。

 遅い。手首を切りつける。下がる。

 突き。

 半身で避けて手の甲を柄で殴る。

 棒を落としたところで、目を突く。かわされる。


 日頃の訓練のたまもので、互角に戦えている。

 棒を拾い直した組手狼と向き合い、斬りあう。斬りあう。下がる。

 斬りあう。下がる。


 まだまだかかりそうだと思った時、「わおおん」と声が響いた。

 レジナルドが勝ったのだろう。

 組手狼が動揺した一瞬の隙を突き、全速で魔装を使って駆け、首を切り落とした。


 初めて組手狼に勝った。

 強くなったことを実感する。


 だが、気が緩んだところを天は見逃がさない。

 悪いことは続くものだ。


「ぐあああぁっ」

 同期の声がした方を見ると、死んだと思っていた影が動いている。

 大型の蜥蜴だった魔物は落下の衝撃で気を失っていただけで、ちょうどいま目を覚ましたようだ。

 一人が壁まで飛ばされた。

 追撃をかわす余裕はなさそうだ。


 壁にたたきつけられた同期の元へ走る。

 腕をつかみ、ひっぱり、蜥蜴の突進から逃れさせる。

 蜥蜴は壁にぶつかりひるんでいる。


 倒れている新人騎士を起こして下がらせる。


 剣を正眼に構えて、威圧する。

 無事だった同期たちが追い付いてきて横に並ぶ。

 しばらくにらみ合っていたが、蜥蜴はぶるりと体をふるわせたあと、横に回転し尻尾を叩きつけてきた。

「飛べ!」


 私たちは足を狙った攻撃をジャンプでかわした。

 途中で尻尾がちぎれ、私たちの後ろに飛んでいく。


 どん、という音に私の左の騎士が思わず振り向く。

「自切だ! 気を抜くな、前を見ろ!」


 だが、指示が一足遅かった。

 蜥蜴は彼に噛みつく寸前であった。

 しかたなく肩をつかんで位置を入れ替え、切りつけたが、皮が硬く、剣が通らなかった。

 蜥蜴の噛みつきを避けきれずに死を覚悟した。


 ……。

 いつまでたっても衝撃が来ない。

 かわりに、どん、という音が響いた。


 間一髪レジナルドがかけつけて、蜥蜴を蹴り飛ばしたのだった。

 私がレジナルドにあびせたような、強烈な蹴りを。


 さらに、同期で一番であり続けたレジナルドの剣術は、ここ一番の冴えを見せる。

 振り上げた長剣は抵抗なく蜥蜴の皮を裂き、あっという間に蜥蜴の首を切り落とした。


 血しぶきで視界が赤く染まる中であっても、勇敢な姿を見たのだ。

 きっと恋に落ちたのだろう。私が恋物語の主人公でなくても。

 レジナルドの台詞がただのライバル宣言だったとしても。


「お前を倒すのは俺だと言ったはずだ。蜥蜴ごときに敗北は許さん」


 そうしていつものやりとりが始まるから、私たちの恋は始まらず、終始ライバルと呼ぶべき関係であり続けた――、かと思われた。



 大防衛を終えて、騎士団が日常に戻った日のことだった。


「これをやる」

 レジナルドからアクセサリーを渡された。


 魔物討伐の功績をたたえて、レジナルドはケガを軽減するタリスマンを騎士団から授与されていた。

 効果は気休め程度だが、名誉の品にわざわざケチをつける必要もない。

 いらないのかもしれないが、私に渡す意味はない。


「レジナルドがもらったものでは?」

「惚れた女を守れるなら、そいつも本望だろう」

「は?」

「いつのまにか『お前を倒すのは俺だ』が『お前を守るのは俺だ』に変わっていた。そういうことだ」

「ちょっと。そういうことははっきり言いなさいよ」

「いや、ここではな」


 珍しく照れた様子のレジナルドの視線の先を見ると、草陰から同期全員が見守っていた。

 同期の間では、私とレジナルドがいつくっつくか、賭けられていたそうだ。


「あとでしっかり聞かせてもらうからね」


 私は同期たちをしばきに行った。




 十数年後、ガシズムの騎士団長に就任したレジナルドは、武勲で有名であった。

 国で一番の強者だとも言われているが、周囲から”暴虐のニコ”と呼ばれる奥方には、ついぞ勝つことはなかったという。


 終


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは良い後腐れのないケンカップル [気になる点] 暴虐のニコ…孤児院での二つ名、伝わっちゃったんだ…
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