5.シエラの望み
「痛てて……はぁ……はぁ…………助かったぁ……」
「えっと、あの……大丈夫?」
「大丈夫って、あんたなぁ――」
彼は立ち上がると、凛々しい眉をキリッと上げて私を睨みつけた。美形だと怒った顔も綺麗なんだなぁと感心する。
「まったく、なんて女だ。酷い目にあった……」
「シエラよ」
「は? 何だ?」
「シエラ。私の名前よ。あなたは?」
「……俺はこの城の城主である、魔王ガルトマーシュだ」
――魔王。まさかこんな綺麗な顔をした青年が、人々から恐れられている魔王ガルトマーシュだなんて。さすがに嘘でしょ。
「本当に魔王なの? 全然そう見えないんだけど」
「失礼なやつだな。その証拠に指輪が反応してただろ。それに聖女なら、俺が魔王かどうかなんてわかるはずだが?」
私の右手が呼応するように淡く光を放つと、彼はため息をついた。
「はぁ……長い間封印されてて、やっと自由になれたと思ったのにまたあのクソみたいな空間に送られるとか、本当勘弁して欲しいんだが」
「クソみたいな空間?」
「あぁ。その指輪の力で封印されると、なんかこう、暗くて何も無いどこかの空間に転送されるんだ。何もしてないのにそんなことされるとか最悪だろ……」
子どもみたいなふてくされた表情で愚痴を言い始めた彼は、魔王の威厳なんてかけらもない。
最初に見た時は綺麗で神秘的だなぁと思ったのに、この落差は何だろうか。
「……あなた、なんだか最初と雰囲気違わない?」
「だって、情けないとこ見られちまったからな。今更、魔王らしく振る舞ったってしょうがないだろ?」
彼は照れ臭そうに眉を下げて人懐っこく笑う。
確かに、さっき指輪に吸い込まれそうになっていた時の彼は少々情けない感じではあったけども。
こうしていると、まるで友達と話をしているかのような空気だ。
魔王ってもっと恐ろしい存在だと聞いていたんだけど、実はそうでもないんだろうか。
私は表情を緩めた。
だが、あまりにも親しみやすいからうっかり警戒を解いてしまったけど、やはり彼は油断のならない男だった。
「――それでさぁ。シエラは、俺のこと封印しちゃうのか?」
「きゃっ!」
「それは勘弁してほしいなぁ」
急にガルトマーシュに至近距離で腰を抱きかかえられ、指先で頬を撫でられた。
「シエラ、俺の目をよく見て……俺達は争う必要なんかない。そうだろう?」
まるで愛をささやくかのような、しっとりとした甘い声にゾクゾクする。
庭園のわずかな灯りでも、彼の瞳が琥珀色であることがわかるくらい顔が近い。
「えっと……あの…………そう、私は別にあなたと争うつもりなんて無くて……」
「うん、良い子だ」
私がドギマギしながらも答えると、形のいい唇が、ニヤリと弧を描いた。あっ、ちょっと悪い顔してるのも綺麗。
「……だったら、指輪を外して俺に渡してくれるよな?」
――は?
ガルトマーシュは艶かしい瞳で私を見つめたまま、指輪のはまっている右手に触れようとする。
しかし目測を誤ったらしい。
彼の指先は私の右手では無くお尻を掴んだ。
「い、イヤぁっ~!!!! 痴れ者!!!! 無礼者!!!!」
私はガルトマーシュを突き飛ばした。彼は地面に思いっきりしりもちをつく。
「痛てて……くそっ、誘惑の魔法がきかねぇのかよ! とんでもねぇ女だ!」
「なんですって! そんな卑怯なことをするなんて最低! バカ魔王!!」
彼と私はジッとにらみ合った。すると彼は急に笑い出した。
「――アハハ、降参。俺の負けだよ」
「えっ?」
「いやぁ、まさか痴れ者だとかバカ魔王なんて言われちゃうとはなぁ。俺にそんなこと言う女はシエラが初めてだ」
彼はあっけらかんとそう言ってのけ、急に真面目な顔になった。
「……いいぜ、俺を封印しても。だが、その代わりひとつだけ頼みがある」
「頼み?」
「この森や城に居る魔物たちのことは見逃してくれないか」
「あなた、さっき城主って言ってたけど、この城に家来たちと住んでいるの?」
「あぁ。皆、とても良い奴らだ。だから俺はどうなってもいいから、家来や周囲に住む魔物たちのことは助けてやってほしい」
彼は本気で家来たちの助命を嘆願しているらしい。
私はお城を見上げた。
王宮ほどは広くなさそうだが、なかなかに美しいお城だ。それにこんなに綺麗な薔薇の咲く庭園もあるし。
こんなところに住めるなんて良いわねぇ――。
そこで私はひとつの考えに行き着いた。
「ねぇ、ガルトマーシュ。私の言うことを聞いてくれたら、家来たちのことも助けるし、あなたを封印しないでおいてあげるわ」
「……何が望みだ?」
「私をこのお城に住ませて。それが望みよ!」
さっきまであんなに艶やかだった彼の目が、まん丸になった。