12.飛竜の小屋
しばらくするとハッピーが呼びに来て、朝食をとる為に一緒に食堂へと向かった。
「皆さん、おはようございます。昨夜はありがとう」
「……あっ、シエラ様。おはようございます」
「シエラ様だ~! おはようございます!」
「聖女様、おはようごぜぇますだ!」
途中で何度か魔物たちと出会ったので挨拶をすると、皆驚きながらも挨拶を返してくれる。
昨夜のディナーでの出来事で、多少は警戒心を解いてくれたようだ。
食堂が近づくにつれ、パンが焼ける良い香りがしてくる。
「おはよう、シエラ」
食堂に入ると、先に席に着いていたガルが声をかけてきた。
本当にこうやって見ると、角が生えている以外は普通の青年と何ら変わりはない。もちろんすごい美形ではあるけども。
案内された席は、ガルのすぐ傍だった。
彼と食事をしながら気軽に話せる距離なのがうれしい。
「昨日はよく眠れたか?」
「えぇ、疲れてたのか泥のように眠っちゃったわ」
私が苦笑すると、ガルもつられて微笑んだ。
テーブルには焼きたてのパンに、野菜を細かく刻んで煮込んだスープ、香辛料をまぶして焼いた肉と野菜、そして色とりどりの果物が飾り切りでお花の形にカットされて並んでいる。
昨日とは逆に、少しでも華やかに見えるように工夫されているみたいだ。
「うわぁ~! とても美味しそうね!」
素敵な見た目といい香りに誘われて、自然と食が進む。この城の料理人は本当に料理上手だなぁ。
「シエラ様、お水どうぞ」
メイド服を着た犬のような姿の獣人が、あまり慣れていないのか、たどたどしい手つきでコップに水を注いでくれた。
そういえば、昨夜はキールさんがガルの傍に立って給仕してたんだっけ。
今朝は彼の姿が見えないけど、どうしたんだろう。
「ねぇ、ガル。キールさん、今日は一緒じゃないの?」
「キールは下着泥棒の罪で今日一日、自分の部屋で謹慎中だ」
「そんなおおごとになっちゃったの⁉」
「あの後キールの言い分は聞いたが、それでも女性の下着を漁るなど言語道断だろ。一日程度ではぬるいかもしれんが――」
「ううん、それで許してあげて。私、怒ってないし。もうしないって約束してくれるなら問題無いから」
「シエラがそう言うなら、許してやらないこともないが……もちろん、もう二度とあんなことはさせないから安心してくれ」
そう言ってガルは果物をひとつまみ食べると、獣人に紅茶を持ってくるように命じた。
しばらくして、上品な香りの紅茶が二人分、運ばれてくる。
獣人が小さなシュガーポットを追加で持って来て、ガルの紅茶にたくさんの砂糖を入れた。どうやら彼は甘党らしい。
「それで、この後の予定なんだが……もしよかったら俺が城の外を案内しようと思うけどどうだ?」
「ガルが案内してくれるの?」
「あぁ。昨日言ってた飛竜にもシエラを紹介したいからな」
魔物の中に、翼を生やした巨大なトカゲのような姿の飛竜と呼ばれる生物がいることは書物で知っていたが、まだ見たことは無かったので楽しみだ。
紅茶を飲み終わった私たちは一緒に城の外へと向かった。
「あら、そっちにも出口があるの?」
「……あぁそうか。昨日、シエラは裏門から入ったんだな。こっちが正面玄関で、城下町と飛竜の小屋があるんだ」
「城下町もあるの?」
「城下町と言っても規模は小さいけどな。そっちも後で案内するよ」
装飾の施された重厚な雰囲気の扉の前には、剣を腰にぶら下げ額に小さな角を生やした魔物が立っていて私たちに声をかけてきた。
「ガル様、お出かけでございますか?」
「あぁ、シエラに城の周囲を案内しようと思ってな」
「いってらっしゃいませ」
城の外に出ると正面に森に囲まれた小さな集落が見えた。きっとあれが城下町なのだろう。
すぐ右に馬小屋のような建物も見える。
「あの小屋が飛竜たちの住まいだ」
小屋の中に入ってみると、新緑のようにみずみずしい緑色をした大きなトカゲに似た生き物が二頭、寄り添うように干草の上に寝そべっていた。
サイズは馬よりは一回り大きいくらいだろうか。どちらも背中に大きな翼がある。
「これが飛竜……初めて見たわ!」
「角が大きい方がオスの『グラス』で、小さい方がメスの『ライム』だ」
名前を呼ばれたことに気づいたのか、ドラゴン達は起き上がってクオォォォと鳴き声をあげた。
「グラス、ライム。はじめまして」
声をかけるとこちらに興味をもったようで、二頭の視線が私を見つめている。
「グラスもライムも言葉は話せないけど、こっちの言ったことはちゃんと伝わってるから」
「そうなのね。――グラス、ライム。あなた達に触ってみてもいいかしら?」
彼らはちゃんと私の言葉を理解したらしく、首を伸ばしてゆっくり顔を近づけてきた。
「ありがとう。私はシエラよ。どうぞよろしくね」
私は両手を差し出して、硬いうろこに覆われた二頭のあごを撫でた。
表面は少し冷たくて硬いのに、その内側は柔らかいように感じる。
見た目は少々いかつい感じだけど、撫でると子猫のように顔を摺り寄せてくるのが可愛らしい。
「どうやらシエラのことを気に入ったみたいだな。……じゃあ、飛竜に乗ってみるか」
「えっ! 乗れるの⁉」
「あぁ、飛竜に乗って空を散歩するのは楽しいぞ。じゃあ今日はグラスに頼もうか」
グラスは了解した、とでも言うかのように「クォォォン」と鳴いた。




