プロローグ
【神聖歴1789年4月某日:帝都リュテス=パリシオルム】
華の都、そう呼ばれるこの街は春の陽気に包まれて朗らかな雰囲気で満ちていた。晴天の空に鎮座する太陽からの温かな光に照らされた通りは活気に満ちあふれ、街を漂う匂いを嗅げば、視線を向けなくても花々が咲き誇っていることがわかる。人々の銀髪は照り映え瞳は青く輝いている。来週に迫った新皇帝即位の儀が既に始まっているようだ。そう思いながら一人の女性が歩いていた。青みがかった銀髪と碧眼、透き通るような白い肌の彼女が身に纏うのは純白の軍服。白百合の紋章をあしらったスモールソードを帯剣する彼女は近衛軍所属の士官であった。彼女の名はマリオン・カッセル。若き近衛大尉である。
若くしてその能力を評価されたマリオンは情報局に配属されている。情報局員として入手した情報を脳内で整理しつつ、マリオンは楽観していた。現状では危険な要素は何一つとして発見されていない。すべての儀式は平穏に終わるだろう、と。
今上帝の退位に若干の寂しさを覚えつつも、マリオンは目的地に向けて軽やかに歩みを進めていた。目指す先は第七区、官庁街に存在する近衛軍本部である。情報局長とともに、譲位に伴う一連の儀式に関する会議へ出席するのだ。と言ってもマリオン達の仕事は万事順調と報告することだけである。儀式が終われば少しは休暇も取れるだろうし、カフェで紅茶でも飲みたいなあ。マリオンは来週以降の展望に希望を抱きつつ華やかな街並みを歩く。