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シュレディンガーの妹~セフレになった幼馴染で義妹の美少女が、もしかしたら実妹かもしれない~

作者: 兎夢

 最上(さいじょう)望海(のぞみ)との付き合いは、もうすぐ16年になる。

 俺の誕生日が5月であいつの誕生日が6月だから……計算すると、今月で15年と9か月ってところだろうか。まだ15年と計算した方がいい気がしてきた。まぁ1年や2年くらいは誤差の範囲だし、割かしどうでもいい。


「なぁウミ。華のJKになろうって奴が春休みに男の部屋に引きこもって漫画読んでていいのか?」

「男って言ってもクウじゃん」

「俺は男なんですけど!?」

「童貞は男未満っしょ」

「なら処女は女未満なんですかねぇっ?!」

「処女と童貞が同価だと思ってるの? キモ」

「世界中の童貞さんに謝罪しろや、このクソアマ」


 中学生から高校生へと変わる春休みは、どこか不思議な期間のように思える。

 幼虫がさなぎに、或いはさなぎが蝶になるような時間。

 そんな時期に俺こと浅倉(あさくら)(そら)は、幼馴染であるウミと二人でだらけていた。


 場所は俺の部屋。

 ベッドを見遣れば、ウミが寝転がりながら漫画を読んでいる。男の部屋に来ているとは思えないラフさ。さっきからちらちらパンツが見えていることに、こいつは気付いているのだろうか?


 じぃと見つめていると、ウミは漫画をベッドに置いてから起き上がる。


「んんーっ! 疲れた」

「疲れたって……ウミはさっきからベッド占領して読書してるだけだろ」

「それでも疲れるもんでしょ。むしろ走る方が疲れないし」

「それはお前だけだ」


 気持ちよさそうに伸びをすると、ウミの小ぶりな胸がパーカー越しに僅かに強調される。

 が、いちいちそんなことを気にするほど俺はおこちゃまじゃない。何せ相手はウミだ。腐れ縁の幼馴染にエロスを感じていたら、今頃俺は童貞を捨てている。


「飲み物ほしい」

「おう、いってらー」

「客人に行かせるつもりかね、君」

「もはや同居人レベルで居座ってる奴が客人ぶるとか、むしろそっちの方が厚かましいっつうの」

「ちぇっ」


 俺が言い返すと、ウミは拗ねるように舌打ちをした。

 自分で取りに行くのは面倒なのか、またベッドに倒れ込んだ。ばふん、という音と共にふんありとスカートがめくれた。


「あのさ、ウミ。もうちょっと色々と危機感持たないとJKとしてやっていけないぞ?」

「どゆこと?」


 ベッドの上で脚をぱたつかせながら聞き返してくるウミ。

 なんともまぁ、やる気がないこと。

 俺はムッとし、それでも幼馴染として最低限の注意はしておいてやろう、と思って口を開く。


「だからな。男の家にほいほい上がり込んで、スカートなのにそんなにラフな体勢でいて、しかも童貞だの処女だのと下ネタを言いまくるのはアウトだろって言ってんの」


 ウミは美少女だ。

 中学三年生とは思えないほどに垢抜けてるし、ミディアムボブの黒髪は深夜のように妖しい。目は大きくて瞳は澄み、肌もきめ細やかで健康的な白さを保っている。身長はやや小さめだが、割と万人にウケそうな小ささだ。ネックはバストだろうが、それもウエストやヒップの引き締まり具合のおかげで、黄金比とも呼べるスタイルに――


「ねぇ。幼馴染をエッチな目で見んの、やめてくんない? キモいんだけど」

「なっ……べ、別にそんな目で見てねぇよ!」

「いやいや見てたっしょ。今も視線感じたし」

「ぅぐっ……今のはあえてだよ。ウミに危機感を抱かせるために、あえて、だ」


 ぐぬぅ、言い訳がましくなってしまった。

 ばつが悪くなって口元をもにょらせると、ウミがくつくつと笑い始める。


「くくくっ。冗談冗談。分かってるよ、クウが私をそういう目で見れないことくらい」


 相当ツボにはまったのか、ウミはばたばたと脚を動かす。

 あんまり布団を蹴らないでほしいんだが……言ってもやめてはくれなそうだな。


 それに、別に性的な目で見れないわけじゃない。

 ウミは可愛いし、スタイルいいし、男友達っぽい感覚で付き合ってるけど普通に女子らしさもある。絵に描いたような幼馴染で、ラブコメなら人気が出るタイプのヒロインだろう。俺も多感な時期だし、見えるパンツの種類の変化とかで悶々としたりする。


 しかし、


「私とクウは兄妹みたいなもんだしね。妹を性的な目で見る男がいるかよ、って話だし」

「ほんとそれ」


 俺たちは、あまりにも長く幼馴染でありすぎた。


 俺たちの付き合いがスタートしたのは、俺がまだ生後1か月頃だったとき。

 元々、俺の父さんとウミの母親は幼馴染だったらしく。俺とウミは僅か1か月のズレで産まれた。俺たちが産まれる前から親しかったらしい俺たちの両親は、当然ながら生まれたばかりのウミと俺とを引き合わせた。


 ウミの家がマンションで、子供が泣き喚くといい顔をされないこともあったのだろう。よくウミとその母親はうちに来ていた。まるで双子の兄妹かのように同列に扱われ、そのまま育てられてきたわけである。


 ……まぁ数年前からその事情が若干変わったのだけど、それでも俺とウミの関係はさほど変わっていない。


 幼稚園も小学校も中学校も同じ。

 疎遠になるタイミングを失った俺たちは、今日も今日とて俺の部屋に入り浸り、二人でだらだらしている。


 俺もウミも物心つくときには相手が傍にいたため、その感覚は幼馴染というよりも兄妹に近い。実際問題、趣味嗜好やら性格やらもかなり似ちゃってるしな。


「っていうか、俺の話をしてるわけじゃないんだよ。他の男の話だ」

「ん…他の男? いきなり彼氏面とかキモい」

「彼氏面っていうよりは兄貴面なんだよなぁってツッコミは今はやめておくとして……いいか、ウミ。お前はもうちょっと自分が可愛いことを自覚しろ」

「あ、それはしてる」

「あれ?」


 説教を始めようとしたら、あっさり出鼻を挫かれてしまう。

 ウミは漫画をぱらぱらとめくりながら続けて言った。


「だって私、この前まで告られまくってたし」

「何それ!? 聞いたことないんですけど?!」

「いや言わないでしょ……クウだってそうじゃん?」


 意味ありげな視線をよこしてくる。

 ……まぁ、その通り。俺も卒業間近だった最近までちょいちょい告られていた。卒業遠足やら卒業制作やら、卒業行事のたびに先輩後輩同級生を問わず、失恋させてしまっていたように思う。卒業式もそんな感じだったし。


「ぐぅ……否定しないけど――って待て! ウミはこっちのこと知ってるんじゃん!」

「当たり前でしょ。私はクウのこと、何でも知ってるし」

「怖ぇよ!」


 どうしてウミは俺のことを知っているのか。

 一方的に知られているのは業腹だ。


「え、じゃあ彼氏できたのか?」

「どっちだと思う?」

「なっ――!?」


 少しウミを探ろうとしたら、試すような笑みを返された。

 蠱惑的で淫靡な瞳。

 時々物凄く女を見せてくるからこいつはタチが悪い。


「…………振ったんじゃねぇの?」

「その心は?」

「ウミには彼氏を悲しませたりヤキモキさせたりするような酷い女より、喜ばせたりからかったり振り回したりするいい女の方が似合ってるから」

「…っ、ふ、ふぅん」


 俺たちは兄妹みたいな幼馴染だ。

 けれど、その感覚を万人が理解できないことくらいウミは分かっているはず。彼氏がいるのに俺の部屋でだらけていたら、そりゃ絶対に嫉妬されるに決まってる。そんな考えなしな行動をとるほどウミは酷い奴じゃない。


「ま、正解。っていうか、それが分かってるなら余計な心配しないでほしいんだけど」

「『男の家にほいほい上がり込んで~』とか、『危機感を~』とか、そういうの」


 ウミは俺を見つめる。

 それから、矢で射るように言った。


「私、別に女を安売りしてるつもりないから。クウにだけだよ、こういうの」

「――っ!? ま、まぁそうだろうな。俺たちは兄妹みたいなもんだし」

「それだけじゃないけど……ま、今はいいや」


 やっとのことで言い返した言葉に、ウミがぼそりと呟く。

 何と言ったのかが聞き取れても、どういう意味を指すのかは簡単には分からない。これだから言葉ってやつは難しい。


 ただ一つ言えることは、俺の心臓がバクバクと動いている、ということ。

 幾ら兄妹みたいだと嘯いたところで、俺たちは幼馴染だし、男と女だ。

 まして身近にいる二人のことを思えば――どうしたって、意識してしまう。


「なぁ」

「ん?」

「そろそろ話、切り出してくると思うか?」

「多分。高校に連絡しなきゃだし」

「だよなぁ」


 3月、春休み。

 中学生から高校生に、冬の終わりから春の始まりに移り変わる季節。

 しかしながらそれ以上に、俺たちの関係が変わろうとしている時期でもあった。



 ◇



「空。悪いけど、ちょっとリビングに来てくれないか?」


 3月も下旬に差し掛かった頃。

 部屋でWEB小説漁り(スコップ)をしながら氾濫する短編たちに嘆いていると、父さんが声をかけてきた。

 こうして父さんと話すのは1週間ぶりほどだろうか。

 最近は泊まりがけで仕事をしていることが多かったから、なかなか顔を合わせる機会がなかった。帰ってきても深夜で、部屋に直行してたしな。


 スマホを一瞥し、今日は掘り出し物がなかったのだ、と結論付ける。

 スコップの道は1日にしてならず。掴んだ駄作の分だけ目は肥えていくのだ、きっと。


「いいけど、父さんも一回着替えたら? 今帰ってきたばっかでしょ」

「まぁそうなんだが……今は少し気を引き締めたくてな」

「気を……?」


 何だそれ、と一瞬だけ思って、すぐにはたと気付いた。

 父さんがわざわざ俺を呼び出すってのは、なかなか珍しい。俺が父さんを呼び出す、もとい叩き起こすことはよくあるけどな。


 4年前、母さんが死んだ。

 トラックに轢かれた、なんて異世界転生モノのセオリーみたいな死に方をした。実際に目の当たりにした俺としては、そんな風に笑い話になんてできないわけだが。

 母さんが死んでからショックを受けた父さんは、仕事にのめり込んだ。逃避するようなその様は痛ましかったけれど、それだけ母さんを愛していたんだと思うと少し胸がスっとした。


 まぁ、それは過去の話。

 4年も経てば、流石の俺も母さんのことは吹っ切れる。どうか死後の世界で楽しくやってくれ、と思うだけだし、父さんも現世で幸せに生きてほしいと思う。


 で、そんな俺の願いを神様が聞き届けたかのように、ここ1年ほどの父さんはその前の3年間よりも浮ついていた。

 おそらく今日は、その浮ついていた理由についての話だろう。


「ま、いいや。行くよ」


 この春休みの間に来るだろうと思っていたが、まさかビンゴだったとは。

 我が父ながらなんと分かりやすい……と苦笑しながら一階のリビングに降りると、そこには見知った顔が二人いる。


「渚さん、こんばんは」

「ふふっ。空くんは今日も元気そうね。こんばんは」

「ま、おかげさまで……それとウミも。よう」

「私をおまけ扱いしたから減点。不合格」

「何の検定だよ」

「女心検定」

「出題範囲が限定的すぎるんだよなぁ」


 椅子に座っていたのは、ウミとその母親の渚さんだった。

 こうして見ると、よく似た親子だ。ウミをそのまま大人の女性に変えたのが渚さんって感じ。美魔女ってやつだろう。めちゃくちゃ綺麗である。


「まぁまぁ。とりあえず座ってくれ、空」

「うい」


 父さんに言われて、俺はウミの正面の席に座った。父さんが渚さんの前に座ると、()()家と浅倉家が向かい合った状態になる。


 ――そう。

 今のウミと渚さんの姓は最上ではなく、水篠なのだ。

 渚さんは5年前、ウミの父親と別れた。死別ではない。離婚だ。そこには色々と事情があったそうだが……一番大きいのは、ウミの父親の不倫である。相手の女性と再婚したいために別れてほしい、と言われたのだそうだ。


 そんなわけで水篠家と浅倉家が一堂に会した場となったわけだが、


「…………」

「…………」

「………ん」

「……はぁ」


 父さんも渚さんも、ちっとも本題に入ろうとしていなかった。

 それどころかジャブのような会話をするわけでもなく、マジで無言。気まずい空気がリビングを侵食する。

 ったく、しょうがねぇな……。

 俺はウミに目配せをする。


『なぁウミ。どうする?』

『正直どうもしたくない』

『それ』

『けど、このまま気まずい方が嫌すぎる』

『分かる。じゃあ俺たちから切り出すか?』

『それはそれで変じゃない?』

『でも普通に「話あるんでしょ?」とかじゃダメだろ、多分』

『確かに』


 ちなみに、このメッセージの送受信は俺が勝手に脳内補完しているだけである。十中八九的中してるのが15年(四捨五入すれば16年)の付き合いの成せる技だ。


『ならクウ、よろしく』

『えぇ……ウミが言えよ』

『年上に任せます』

『1か月だけだろ!?』

『言い出しっぺの役目ってことで』

『汚い!』


 俺が抵抗するような視線を送っても、ウミは受け取ってくれない。

 これはいよいよ俺が話を切り出す以外に道がなくなってきた。まぁウミのことだ。俺がトチれば助けてくれるだろうし、そのヘルプに期待しておこう。


「えーっとさ」


 くしゃっと後ろ髪を掻きながら俺は言葉を選ぶ。

 どう切り出すのが正解だろうか、と少し迷ってから、まずは父さんの方を見遣る。


「なぁ父さん。母さんが死んでから、もう4年だよな」

「あ、あぁ……そうだな」

「母さんが死んでから、父さんは酷かった。仕事命、その他のことは知らないって感じで……家のこともほとんどしなかったから、家事は基本俺が担当したしな」

「……あぁ。本当に悪かったと思ってる」


 申し訳なさそうに頭を下げる父さん。

 だが俺は別に頭を下げてほしいと思ってるわけじゃない。


「けどそんなときも、渚さんはよく家に来てくれた。仕事だって忙しいはずなのに、俺の面倒を見てくれた」

「面倒なんて……私は私ができることをしただけよ」

「締切一回落としてたけどね」

「あれはいいのよ、どうせ落としてたから」

「それはそれでどうなの……?」


 ……ま、まぁ、渚さんの仕事のことはいいとして。

 父さんが家を顧みなくなったとき、俺は渚さんに大層世話になった。そうでなくとも、昔から母さんと渚さんの二人を母親みたいに思ってたしな。


「んんっ……で、そんなダメな父さんはここ1年、だいぶマシになった。俺の受験があったからっていうのも理由の一つだろうけど――それだけじゃないよな?」

「「……っ」」


 本題に入ると、父さんと渚さんが息を呑んだ。

 推理モノの探偵はこんな気分だったのだろうか。そんなことを思いながら苦笑していると、父さんが口を開いた。


「き、気付いてたのか?」

「ま、なんとなく。な、ウミ?」

「ん。ママ、分かりやすかったし」

「うっ、そ、そうなのね……」

「そういうわけだからこっちから全部言ってもいいんだけど……どうする?」


 俺が言うと、父さんは観念したように溜息を吐いた。

 首を横に振り、いいや、と告げる。


「ここからは俺たちが話す」

「さいですか。じゃ、どうぞ」


 父さんと渚さんが話しにくいと感じる気持ちも理解できる。

 二人は頷き合い、父さんが言った。


「俺と渚は結婚しようと考えてる」


 つまりは、再婚。

 予想通りだった。


「うん、まぁいいんじゃない?」

「そんなに軽くていいのか……? いや、軽いって言い方は違うかもしれないが」


 俺があっさりとした反応を見せると、父さんが後ろめたそうにした。

 俺は肩を竦め、答える。


「母さんが死んだ直後に言われてたら、流石にふざけんな、って思ってたよ。けど渚さんは俺にとってもう一人の母親みたいなところあるし……父さんを立ち直らせてくれたのも渚さんだしさ。全然いいと思うよ」

「空っ!」「空くん……!」


 父さんと渚さんの感激したような声が重なる。

 ちょっと鬱陶しい。

 視線でウミにバトンを渡すと、面倒そうにウミが言った。


「私も二人の再婚には賛成。ママには幸せになってほしいし……幼馴染が結ばれるのって、素敵なことだと思う」

「望海ちゃん!」「望海……っっ!」

「その焼き直しみたいな反応、鬱陶しいからやめて」

「「冷たい!?」」

「息ぴったりすぎるだろ」


 流石は幼馴染と言うべきか。

 ウミと見合って苦笑いを浮かべつつ、こんこん、とテーブルを叩く。


「ま、そんなわけだから再婚の方はいいとして。問題はこれからどうするかでしょ。どうするつもりなの、父さん」


 このまま幸せなムードに入って話ができないのは困る。

 これからどうするか、っていうのはもちろん、これからの生活に関することだ。


「あぁそれなんだが……渚と望海ちゃんには、うちに引っ越してきてもらうつもりだ」

「あっ、じゃああっちのマンションは解約するんだ」

「そうね。あんまりいい思い出はないし、望海もこっちの家なら問題ないでしょ?」

「ま、ね」


 ウミと渚さんは、これまでマンションの一室で暮らしていた。まぁここから徒歩数分だし、それほど利便性は変わらないだろう。


「あとは苗字だけど……私は浅倉姓にするつもり。ただ望海はどっちでもいいわ。通称名を使ってもいい。どうする?」


 渚さんがウミに言う。

 が、ウミはけろっと答えた。


「私も浅倉でいいや。入学したばっかりならそっちの方が楽そうだし」

「分かったわ。じゃあそういうことで。あとは――」


 それから、今後の生活について色々と話が進む。

 とはいえ、以前からかなり繋がりが強かったこともあり、特別大きな変化があるわけではない。家に泊まっていったことこそほとんどないが、最上家と浅倉家で旅行やらBBQやらに行ったことは何度かあったしな。


 まぁそんなわけで。

 16年弱続いた俺たちの幼馴染という関係は、この春、義兄妹へと変わった。


 しかし、変わったと言ってもあくまで追加されただけ。

 俺たちが幼馴染であることは変わらないし、義兄妹になった程度では何も変わらない。




 ――このときはそう思っていた。



 ◇



 4月になった。

 あと数日で高校の入学式である。制服もようやく届き、新たなる青春に胸を高鳴らせる今日この頃。

 俺は例の如く部屋でだらけて漫画を読んでいるウミを見て、はぁ、と溜息を吐いた。


「なぁウミ」

「ん?」

「は・た・ら・け」


 がしっと頭を掴むと、上目遣い混じりで睨まれる。

 うわっ、マジで眼力凄っ……しかし怯んでもいられない。正義は我にある。


「なにすんの、離して」

「離して、じゃねぇよ! 今日が何の日か分かってんの?」

「エイプリルフール?」

「昨日終わったわ!」

「トゥルーエイプリルか」

「それ、エイプリルフールにかこつけた嘘だけどな」

「世界に嘘が溢れているなら、嘘こそが真実だと思わない?」

「それっぽいこと言って誤魔化そうとしてもダメだから」


 こういう余計なところで口が回るのは厄介極まりない。

 俺がギィと睨むと、ウミは漫画を置き、伸びをしながら体を起こした。


「うっさいなぁ……じゃあ何なの?」

「なんと白々しい。今日は引っ越しの日。つーか、ウミは荷物と一緒にうちに来たんだから分かってるだろ」

「ちぇっ」


 煩わしそうに舌打ちするウミ。

 ぶっちゃけ、舌打ちしたいのはこっちである。俺は昨日までせこせことウミ用の部屋を片付けてすぐにでも部屋に荷物を運べるようにしておいたのに、張本人がいきなり俺の部屋でだらけてるとか、マジで努力が台無しだ。


「ってかさ。クウと一緒の部屋でよくない?」

「ぶふっ!?!?」

「ちょっ、いきなり噴き出さないでよ……汚い」

「悪ぃ」


 いや、これって俺が謝る必要あるんか……?

 不服の意を視線で伝えると、ウミはニヤリと笑う。


「なに、そんなに私と一緒の部屋が嬉しいの?」

「…そんなわけないだろ。今のはただ、お前がとんでもないことを言い出したからびっくりしただけだ」

「そ。けどそこまで変なこと言ってるわけじゃなくない? どうせ私たちは幼馴染だし、ついでに言うと義兄妹でもあるわけだし」


 そう言われると、返答に困る。

 兄妹のようだった俺たちが、実際に義兄妹になった。だったら普通の兄妹みたいに接してもおかしくはないのかもしれな――


「ってちょっと待て! 普通の兄妹だって高校生にもなりゃ部屋分けるからな!?」

「当たり前じゃん……何言ってんの?」

「うん。俺は今物凄く理不尽を感じてるけど、いちいち言ってると疲れるからやめておくことにするよ」


 危ない危ない、変なことを口走るところだった。

 ウミと一緒の部屋になるのは流石に困る。悶々とした日々を送るのはごめんだ。


「ともかく。いいから荷物整理するぞ。さもなくば俺が勝手にやるからな」

「ふぅん……やってくれんの?」

「下着とかも好き勝手に物色するけど、それでもいいならやってやろう」

「…………興味あるの?」


 妙に色っぽい声で問われる。

 誘うようなその声のせいで、言葉が詰まってしまった。

 ウミの下着に興味があるかないかで言えば……あるに決まってる。たまにチラチラ見えるだけでも悶々とするのだ。気にならないわけがない。


「ね、ねぇし」

「声が上ずってる」

「……気のせいだろ」

「ま、そういうことでもいいけど。ふぅん。クウは私のこと、エッチな目で見れるんだ」

「だから今のは違うって」


 ぶんぶんと全力で否定すると、ウミはにやーっと意地悪く笑った。

 ベッドから立ち上がって俺を見上げると、ぺろりと舌なめずりをする。


「お兄ちゃん?」

「――っ……!?」


 ぞくぞくっ、と何かが背筋を駆け抜けた。

 変な声が漏れないように唇を噛む。

 ウミは俺を見つめ、そしてぷっと吹き出した。


「くくくっ……クウ、『お兄ちゃん』って言われるの、いいんだ?」

「なっ、ち、違うから。急に呼ばれてびっくりしただけだから」

「そういえばクウが揃えてるラノベって、割と妹ヒロインが出る率多いよね」

「……百歩譲って、ラノベに妹ヒロインが出るのは割とテンプレートなんだよ。俺の趣味嗜好とは無関係だからな?」


 まぁ最近は妹ヒロインってのも少なくなってるんだけどな。妹ヒロインはあくまでハーレム系だからこそ成り立つものだ。ハーレム系ではなく純愛系が増えてきている昨今、妹ヒロインは絶滅危惧種だと言っていい。

 義妹モノの妹はどうだって? ああいう妹はただの擬きだ。本当の妹じゃない。真の妹ヒロインとは、血の繋がりがあろうとなかろうとヒロインをやるのだ。


「クウ、目が怖い」

「おっと悪い……ついつい脳内で妹について語ってしまった」

「妹好きじゃん。趣味嗜好と関係ありありじゃん」

「………………二次元の趣味と三次元の趣味は別だから」


 妹ヒロインが大好きなことは否定できなかった。

 だってほら、主人公が無条件で心配できて、主人公と無条件で一緒にいてくれる存在って最高じゃん? 結ばれなくとも家族でいるヒロインとか最強じゃん?


「っと、話が逸れた。とにかく、荷物やるぞ」

「はいはい、分かりましたよ、クウ(にぃ)

「…………」


 悪くないな、この呼ばれ方。


「今、『悪くないな、この呼ばれ方』って思ったっしょ」

「うん俺が悪かったから人の心を読むのはやめてぇぇ」



 ◇



「でもさ。真面目な話、呼び方変えた方が面白くない?」

「関係性の変化をおもちゃのように扱うな」


 荷物の整理を手伝っていると、ウミが頭の悪いことを言い出した。

 ウミの方を見て、ちょうど下着を箪笥に仕舞っているところだと気付き、すぐに顔を逸らす。


「ま、そうだけど。でも関係に従って呼び名を変えるのは健全な日常生活を送るうえで大切だと思う」

「よく分からん。たとえば?」

「他人なら苗字でさん付け。恋人なら下の名前で呼び捨て。悪友ならあだ名。そんな感じで何となくカテゴライズがあるじゃん」

「まぁそうだな」

「で、私たちの場合は傍から見れば兄妹なわけ。義理のだけど」


 それでさ、とウミが続ける。


「学校とかで『クウ』『ウミ』って呼び合ったらどうなると思う?」

「あー……なんとなく情景が想像できた」


 今までであれば、『クウ』『ウミ』呼びはそれほど問題ではなかった。

 小学校の頃から持ちあがりだったこともあり、俺とウミが腐れ縁だってことを知ってる奴ばっかりだったしな。そりゃ長い付き合いってだけでからかわれることはあったが、あくまでその程度だ。


 しかし同じ苗字で、義兄妹で、しかも『クウ』『ウミ』なんて馴れ馴れしいあだ名で呼び合ってるときた。

 今まで以上にからかわれる可能性は高かろう。


「空気って割と強力だしね。入学して早々に私とセット扱いされたら面倒だし……クウの場合、恋愛対象外認定されるんじゃない?」

「何故に?」

「私がいい女すぎるから、争うのが馬鹿馬鹿しく感じるかなって」

「その論理だとウミも恋愛対象外に認定されるんじゃねぇの?」

「クウの良さは分かる人にしか分からないから問題ない」

「ひでぇ」


 これでも告白されたことは何度もあるんだからな? 身だしなみにだって気を遣ってるんだからな?

 ……とか思ってもしょうがない。

 ウミが言ってることは割と間違ってない。空気は強力だ。別にモテたいわけではないが、からかわれて高校生活をスタートするのは避けたい。


「だから兄弟感がある感じで呼び合おう、ってか?」

「そ。その方が二人も安心しそうじゃない?」

「あー、確かに」


 あの二人は、義兄妹って関係に馴染んでることではなく、その関係の変化をネタにすることに安心する気がする。

 父さんと渚さんが心配してたのは、おそらく俺とウミの関係が変わっちゃうことだろうから。


「ということで、クウ兄でいい?」


 一度手を止めたウミが俺に尋ねる。

 俺はなるべくそちらを見ないようにしつつ、こくりと頷いた。


「……やっぱり『クウ兄』呼び、気に入ってるんじゃん。やーい、やらしいんだー」

「うっ、うるせぇ! 言い出しっぺはウミだろうが!」


 俺の反論を気にも留めず、ウミはけらけらと笑う。

 ぐぬぅ……不服だ。

 不服だが、反撃の糸口が見つからない。


「なぁ。妹を呼ぶときって、どうすればいいんだ?」

「普通に名前とかでしょ」

「それ、ネタにならなくね……?」


 妹よ、なんて呼び方をするのもおかしい。


「じゃあ俺は『ウミ』呼びのままか」

「――から」

「ん、今なんつった?」

「…………何でもない。難聴主人公ぶるとか痛いからやめときな」

「え? あ、あぁ……?」


 なんか言ってたとは思うんだが。

 何故か顔が赤いウミに違和感を覚えつつ、俺は作業を進めた。



 ◇



「『ウミ』呼びは特別だから、って言ったんだよ。ばーか」



 ◇



「「「「ごちそうさまでした」」」」


 リビングにて。

 四人分の声が重なった。

 今日の夕食はピザの出前を取った。引っ越し祝い兼家族になった祝いってところだ。作業して疲れてるから誰も料理を作る気になれなかったしな。


 食い終わってまったりしていると、ウミがツンツンと突いてくる。


「クウ兄、お茶入れてくんない?」

「お前、その呼び方にしたら俺を自由にパシれると思ってないか?」

「違うの?」

「違ぇよ……舐めとんのか」


 俺はそこまで妹属性に目がないわけではない(二重否定文)。

 俺がきっぱりと答えると、傍で俺たちを見ていた渚さんが言ってきた。


「あら……望海は空くんのこと、お兄ちゃんって呼ぶことにしたの?」

「お兄ちゃん、じゃなくて、クウ兄、ね。クウをからかうのにはちょうどいいかな、って」

「理由がからかいなのがアウトなんだよなぁ……」


 俺が苦笑して見せると、渚さんがくすくすと笑う。

 しかし――その表情は、どこか陰りを孕んでいた。


「まあ真面目な話、俺とウミの関係を分かりやすくしておくした方がいいかな、って思ったんですよ」

「そ、そうなのね」


 なんだこの違和感。

 ウミに目配せするが、ウミも分からないようだった。

 父さんもそれは同様らしい。

 曖昧な空気を打破すべく、俺は席を立つ。


「ウミ、いつも通り緑茶でいいんだよな?」

「熱々の、よろしく」

「うい。父さんはコーヒーか?」

「あっ、いや。父さんは部屋に戻るからいいよ」

「了解。渚さんはどうします?」

「私もいいわ。少しは書かないと担当さんが泣いちゃうから」


 俺の提案を父さんと渚さんが突っ返してくる。

 まぁ二人とも仕事が忙しい人だしな。元々俺もウミも親にべったりってタイプじゃないし、家族団らんが終わったところでさほど哀しくはない。

 部屋に行く二人を見送りながら、俺はウミの緑茶と自分のコーヒーを入れた。


「ほい、これ」

「ん、さんきゅ」


 熱々の緑茶を渡すと、ウミはふっと微笑んだ。

 ふぅふぅと息を吹きかけて覚まし、ちびちびとお茶を飲む。猫みたいなその所作を見て、ウミらしいな、と苦笑した。


「テレビ、何見る?」

「この時間だと映画だな。今日は何やってる?」

「んっと……あ、よく分かんないハリウッド映画じゃん。見る?」

「見ない」


 ハリウッド映画が悪いわけじゃないが、社会派っぽい映画は好みじゃない。そういうのは本だけで充分だ。


「テキトーにバラエティーでも見るか?」

「んー。それくらいなら部屋で漫画読んでた方がいい」

「それ、俺の部屋来ること前提だよな? 絶対そうだよな?」


 ウミは漫画をほとんど揃えない。代わりに俺よりもラノベや一般小説を多く買っているため、普段から貸し借りしているのである。俺の方がややギブは多いが、女子は色々とお金がかかる、と言われてしまえば反論できなかった。

 ま、それはどうでもいいとして。 


「ダメなの?」

「……ダメじゃないけど」

「ツンデレ?」

「ツンツンした覚えも、デレた覚えもねーよ」

「あっそ」

「自分で言い出したくせにその反応はどうなんですかねぇ」

「男のツンデレとか需要ゼロだし」

「さいですか」


 男のツンデレだって割と需要あるぞ、とはツッコまないでおく。

 けど男のツンデレキャラもBLとかとは別の次元で萌えるとは思う。素直になれない男の可愛さってよくない?

 ま、それはそれ、これはこれ。


「んじゃ、部屋行くか」

「なに、誘ってんの?」

「次それ言ったら暫く部屋入れねぇからな」


 美少女(義妹)が隙を見つけては下ネタ攻撃してくるの、マジでアウトだと思います。



 ◇



 ぱら、ぱら、ぱら。

 ぺら、ぺらり、かた。

 ん、ふぅ、はぁ。


 排泄される日常音が、たまらなく心地いい。

 俺は昨日発売したばかりの新刊ラノベを一冊読み切り、ぐぐーっと伸びをした。


 ラノベ読みにとって、毎月1日、10日、18日、25日前後は割と忙しい。だいたいどのレーベルもこの四日のうちのどこかで新刊を発売するからだ。もちろん曜日によって多少は前後するけれども。


 俺は一つのシリーズを何度も読み返すタイプなので、当然新刊の発売前には既存の巻を全て読み返す。今読んでいるのは割と生々しくてエロい描写も多い青春ラノベだった。これを『ラブコメ』と呼ぶのは少々躊躇われる。


 今回もなかなか面白かった。心理描写が繊細なので胸が抉られたが、めちゃくちゃ濃くて読み甲斐もあった。やはり青春系はシリーズが長くなればなるほど面白くなる。

 さて次は――と思ったところで、既に日が変わってることに気付く。

 没頭しすぎて時間を忘れていたらしい。


「なぁウミ。流石にそろそろ部屋に戻った方がよくないか?」


 幼馴染と言えど、一線は守るべきだ。

 どれだけ兄妹だと嘯いたところで、俺たちは男と女。()()るし、性欲だってある。理性が及ばない範囲で何をするか分からない。だからこそウミは思春期になってからというもの、うちに泊まらなくなった。


 しかし、


「すぅ…すぅ。んぅ」


 返ってきたのは寝息。

 天使みたいな吐息が、チリチリと頭の奥を焼く。

 ベッドを見ると、そこには目を瞑り、眠りこけたウミがいた。


「ったく……人のベッドで寝落ちかよ」


 寝落ち自体は珍しいことじゃない。休みの日に来て、うっかり昼寝、なんてことはそれなりにあった。

 問題は今が昼ではなく夜で、俺も眠いということ。

 ウミは小柄だが、シングルベッドのど真ん中を占領されてしまっている以上、どうしようもない。かといって床で寝るのも嫌だし……うーむ。


「この顔見てたら、起こすのも気が引けるんだよなぁ」


 ウミの寝顔を見ながら、ぽつりと独り言ちる。

 正直に言えば――ウミは俺のタイプど真ん中だ。

 

 声も、顔も、背丈も、スタイルも、性格も。

 全部が俺のタイプだし、ウミという女の子に合わせて俺の女のタイプができたと言っても過言ではない。


 初恋、とまでは言わないけれど。

 これを『好き』と認めるには早いけれど。

 寝顔をずっと見ていたいって思えるくらいにときめいているのは事実なのだ。


 出来心で、つん、と頬を突いてみる。

 返ってきた柔らかな感触に頭の奥が痺れた。


 背徳感? 罪悪感? 欲情?


 多分どれでもなくて、どれでもある。

 ぷるんと色のいい唇が目について、そっと指で触れる。

 すると、ウミがむにりと食んできた。


「んぅ……んむ」


 ちろりとウミの舌が指先を濡らす。

 人差し指から全身に走る甘い稲妻に、かはっ、と息が零れた。

 慌てて手を引き、濡れた爪をじっと見つめる。

 幼馴染だから間接キスに該当する行為は何度もしている。気持ち悪い言い方だが、ウミの唾液くらい何度も飲んでいるのだ。だからウミの唾で爪が濡れたところで、どうってことない。


「ぅん……クウ?」


 ――なんて、どこまで行っても言い訳で。

 寝言で呟かれた自分の名前に、どうしようもなく脳が反応した。


 めっちゃ性的な目で見てる。

 一番身近に一番長くいてくれる異性にドキドキしないわけがない。蕾は膨らみ花が咲くまでの過程をすぐ傍で見てきて、それで女を意識しないんだったら、多分そいつは変わった性癖の持ち主だ。


「ちっ、しょうがねぇな」


 このまま部屋にいたら絶対におかしくなる、と確信した。

 だから部屋を出ることにする。リビングのソファーで寝ればいい話だ。幸いなことにもう4月で、温かくなってきている。手近なブランケットでも持っていけば、風邪を引くこともないだろう。


 そう思って立ち上がろうとして、


「このヘタレ」


 俺は、ベッドに倒れた。

 あえて表現するのであれば、押し倒された、ならぬ、引き倒された、といったところだろうか。


「は?」

「いかせるわけないじゃん。ばーか」


 天井を見上げる。

 頭の中がパンクする。

 ただ一つ言えることは、


「……起きてたのか、ウミ」

「まーね」


 ウミのさっきまでの行動が全て演技だった、ということだけだ。



 ◇



 ベッドに引き倒された俺を、ウミが見下ろす。

 いつの間にか起き上がっていたらしい。膝を使わない膝枕のような体勢になると、ウミは上からにししと笑った。


「やっと捕まえた。何気に空って逃げるの上手いし、一芝居打ってよかったよ」

「一芝居って……何言ってんだよ。っていうか呼び方――」

「今はクウ兄って呼ぶ気分じゃないから、サービスしないよ。そういうプレイもいずれはアリだけど」

「は? 何言ってんだよ」


 どうにも、今のウミはいつもとは違うように見える。

 淫靡で、色香がヤバくて、理性がどんどん溶かされていく。夜に溶けるようなその瞳に絡めとられそうになる。


「ウミ、一体何を――」

「言わなきゃ分かんない? それと言わせるプレイをご所望?」

「…っ、……!」


 ここまで言われれば、誰だってウミの目的は理解できる。

 但し、分かるのは直接的な目的だけだ。その他の意図も、脈絡も、一つも理解できない。


「はぁしょうがないなぁ……」


 ウミは溜息を吐いてから、



「私とエッチしよ」



 と、言った。


「……ッ」


 ウミの目を見れば、経験がない俺でもスイッチが入っていることは分かる。

 けど、こんなウミを見るのは初めてだった。


「海ってさ、昼間と夜で全然見え方が違うじゃん?」

「……それが今、関係あるのか?」

「私もそうだ、ってこと。空は知らないだろうけど、私って性欲強いんだよね」

「…………っ」


 唐突な告白だった。

 16年弱一緒にいた幼馴染の、衝撃の告白。

 どう解せばいいのか分からないその一言にドギマギしていると、ウミはふっと微笑む。


「ママと二人で暮らしてるときは一人でシてたけど、隣の部屋だと声が聞こえるじゃん?」

「……そうかもな」

「だったらいっそ、シちゃおうかな、って」


 無茶苦茶だった。

 だが、ウミがこういう奴であることは知っていた。

 こいつは自分の欲に素直なのだ。食欲にも、睡眠欲にも、その他の欲望にも、決して嘘を吐かない。欲しいものは欲しいと言う。

 だからきっと、性欲に対してもそうなのだろう。

 今まで俺が考えてなかっただけで。

 

 しかし、


「『いっそ』とかおかしいだろ」


 それは俺とセックスをする理由にはならない。


「安心しろ。ウミが言ったらイヤフォンを着けて聞かないようにする。この前ノイズキャンセリングのを買ったばっかりだから大丈夫だ」


 一人でシている声を聞かれるのが嫌なら、それだけで事済む。

 幼馴染とか義兄妹っていう関係を逸脱して、こんな強引に一線を越える必要はどこにもない。っていうか、同居初日からそんなことをするなんて、どう考えても間違っている。


「もしかしたら世間体を気にして初めてをさっさと済ませよう、とか思ったのかもしれない。けどそんなのは馬鹿な考えだ。この前ウミ自身が言ってただろ。処女は童貞とは違うんだよ」

「そんなの知ってる。その話をしたとき、言ったじゃん。女を安売りするつもりはない、って」


 ウミの声が頭に響く。

 じゃあどうして、と期待する自分が顔を出す。



「俺のこと、好きなのか……?」



 本当はこんなこと、聞くべきじゃない。

 幼馴染で、今日義理の兄妹にもなった。

 父さんと渚さんがようやく手にした平穏を壊すような問答をすべきではない。

 それなのに尋ねたのは、頷いてほしかったからで。

 頷かれたら、この気持ちが恋だと確定できそうで。



「どっちだと思う?」



 けれどウミは、答えを口にはしなかった。

 試すような笑みと共に、問いを返してくる。


 シュレディンガーの猫のようだった。

 答えを確認しなければ、ウミとは今のままでいられる。

 この行為が恋ゆえか、性欲ゆえか。

 確かめさえしなければ、どちらの可能性もなくならない。


「………っ」


 確かめるべきだってことは言うまでもないのに、口が動かない。

 ウミは舌をぺろりと舐めると、着ていたトレーナーを脱ぎ捨てた。


「なっ――!?」

「どうよ。スタイル、自信あるんだけど」


 キャミソールを脱ぐと、藍色の下着が顔を出す。

 あしらわれたレースと鈍い色、そして僅かにできた谷間が全身に電流を流す。白く手瑞々しい胸から目を離せない。


「ふっ、なんだ。めっちゃエロい目で見てきてるじゃん」

「それはっ、だって――」

「いいよ、言い訳しなくて。起き上がってじっくり見たら?」

「そんなこと――」

「しない、わけないよね? おっきくなってるし」

「うっ…っ」


 しょうがないだろ、それは。

 このシチュエーションで反応しないわけがない。


 俺は起き上がる。

 じっくり見るためではなく、反応してしまったことを隠すために。


「脱がされたい? それとも脱ぎたい?」

「……シないっつーの」

「そんなに反応してるのに?」

「生理反応と感情と理性はそれぞれ別の領域なんだよ。あいにく、今は反対多数だ」

「感情も反対派なんだ……女として割とショックなんだけど」


 議題は我慢するか否か。

 我慢することに反対多数なのだけれども。

 理性(議長)が可決を認めない。


「なぁ教えてくれ、ウミ。もしも他の奴と同居することになってたら……それでも、同じことをしてたのか?」

「それはない。言ったじゃん、空は特別」

「……好き、ってことか?」

「どっちだと思う?」


 同じ問答の繰り返しに収束してしまう。

 箱を開けなきゃいけない。確かめなきゃいけない。

 答えを確かめるべきだ。

 逃げてはいけない。

 なあなあの関係が許されていないことなんて、自明の理だ。


 なのに、


「…………」


 答えが出なかった。

 だって、どう反応するべきなのか分からない。


 肯定されたら付き合うのか?

 否定されたらどうするんだ?


 そんな受け身でしか自分の気持ちを確かめられない状態で、相手の気持ちを確かめていいのか?


「据え膳食わぬは男の恥。据え膳が極上の一品であることは保証してあげるよ」

「どうして、そこまで……?」

「欲しいものを手に入れるためなら何でもする。それが私だから」


 そんなに性欲を満たしたいのか?

 それとも俺のことが――



「ねぇ早く、シよ?」



 理性を吹き飛ばすように、ウミが言う。

 男に媚びるような、快楽をねだるような、そんな声。

 反対三票。

 我慢しない方に、思考が動いてしまう。


「分かった。けどゴムは――」

「持ってる。シたくて、買っておいた」

「……っっ!?」


 ウミが避妊具を買っていたという事実が、理性にトドメを刺した。

 がっと血が頭に上る。

 今度は俺が、ウミをベッドに押し倒した。


「んっ……やらしー」

「誘ったのはウミだろうが」


 ウミはそっと遅い腕を俺の下腹部に伸ばす。

 腹、太腿と這う指は、やがてそこに触れて、


「……調べてたのより、おっきいんだけど」

「知らねぇよ。つか、そんなこと調べんな」

「このサイズに慣れたらディルドじゃ満足できなくなりそう……責任、取ってよ?」


 ズボンを、服を、下着を、脱ぐ。

 お互いに裸になると、ウミはちゅっと体のあちこちに口づけしてきた。

 くすぐったくて、ムズムズする。


「ちょ、何やってんだよ」

「キスってする場所によって意味があるんだよ。髪は思慕、瞼は憧憬、喉とか鎖骨が欲求で、胸が所有、みたいに」


 聞いたことがないわけじゃない。

 腰に、太腿に、脛に、足の甲に、裏に。

 体中を唾でべとべとにするみたいにウミはキスをしていく。


 確か意味は順に、束縛、支配、服従、隷属、忠誠だったはず――。


「だから、唇以外は全部あげる。ここにも、ね?」

「あっ……」


 体をキスでべとべとにしたかと思うと、反応した部位にも口づけをした。

 汚いのに。

 女子は嫌がると思ったのに。

 ウミはむしろ愛おしそうに、ちろちろと舌を絡める。


「慣れすぎ、だろ……っ」

「初めてじゃないからね」

「はっ!?」

「うそに決まってんじゃん、馬鹿なの?」

「っぐ……お前、なぁ?」


 おかしくなりそうだった。

 快感とは別の“何か”がせりあがってくる。

 息が止まる。

 止めなきゃ、溢れそうだった。

 何を? そんなの分からない。


「そんなのに気になるなら、確かめてみなよ」


 ウミは俺の頬を撫で、鼻をはむはむと食んでから、言った。



「初めてか、初めてじゃないか。

 どっちだと思う?」



 ◇



「ヤバ……気持ちよすぎる」

「初めてなのに感じすぎだろ……変態」

「初めてなのに三つ使った変態がなんか言ってる」


 …………一つは激しくしすぎて外れたから、やむを得ず着けかえただけだ。

 持ちがいいのは生まれつきだし、別に俺が変態なわけじゃない。

 あえて言うなら、ウミのせいである。


「っていうか、もう朝近いし……眠い」

「絶対にそこで寝るなよ? シーツとか上手く偽装しないといけないんだから」

「抱いた女に冷たい。そういうところがモテない理由なんじゃない?」

「モテないわけじゃないからな?」

「あっそ。どうでもいい」

「言い出しっぺはウミなんだよなぁ」


 窓からは朝陽未満の光が差し込んできている。

 季節次第では夜が明けている時間帯だ。

 しかし父さんと渚さんが起きる前に色々と処理を済ませなければならない。


「ね、クウ兄」

「呼び方戻るのか」

「シてるときは(そら)の方がしっくりくるから。兄妹プレイはまた今度シよ」

「シねぇよ――っていうか、またするつもりなのか?」


 俺が言うと、ウミは真顔で答える。


「ヤリ捨て?」

「……人聞きの悪いことを言うな。襲ってきたのはウミだろ。っていうか、捨てないんだったら何なんだ? 付き合うのか?」

「そんなノリで告られて付き合うわけないじゃん。クウ兄は私のこと好きなの?」

「それは、」


 好き、だとは思う。

 でも今この場で言うのは体に絆されているみたいだし、不確かなまま気持ちを口にしたら嘘になってしまう気がする。


 渚さんが離婚したとき。

 ウミがどう思ったのかは俺には分からない。

 ただ俺は、身近な人が離別する様を見て、愛に懐疑を抱いた。


 この気持ちが本物か、偽物か。

 青い箱を開ける勇気が、ない。


「すまん、分からん。……けど少なくとも、世界で一番の大親友だとは思ってる」


 愛情と友情は矛盾しない。

 自分の胸にあるウミへの気持ちのうち、はっきりとした部分だけを抽出して伝えると、ウミはふっと笑んだ。


「ならいいじゃん。エッチをするくらい仲がいい友達、ってことで。いわゆるセフレか」

「…………」

「嫌なら他の男とするかも、って言ったら、どうする?」

「………………ズルいだろ、そういうのは」


 幼馴染で、妹みたいな相手で、義妹だから。

 あえて俺の嫉妬を煽るために言ってる台詞だと分かっても、胸がざわざわしてしょうがない。


「分かった。なるよ、セフレに」

「ん。」


 こうして幼馴染だった俺たちは義理の兄妹になり。

 その日のうちに、セフレになった。


 変わらないと思っていた関係が、明確に変わってしまった。







 しかし、ここまでの話はまだプロローグにすぎない。

 本当の本当に致命的な変化が訪れるのは、この1年後の春のこと。

 少し長いプロローグになってしまって申し訳ないけれど、どうか許してほしい。俺の感じた衝撃を理解してもらうには、そしてこの箱を開けることの難しさを分かってもらうには、きちんと説明する必要があったんだ。


 幼馴染で、兄妹みたいに育って、義兄妹になって、セフレにもなった。

 そんな相手と✕✕かもしれないと知ったとき、あんたはどうする?



 それでもあんたは、箱を開けられるか?





 ◇  ◇  ◇





 高校生になって二度目の4月がやってきた。

 ちろちろと舞う桜の花びらは、妖精のキスマークみたいに見える。

 朗らかな空気と澄み渡る青空。

 正しく、高校二年生の春だった。


「あー、今年も同じクラスだったか。苗字で呼ばれるとクソめんどいのになぁ」

「しょうがないでしょ、特進クラスが一つしかないんだから。嫌なら普通のクラスいけばよかったじゃん」

「嫌に決まってんだろ……一年生の頃に特進クラスだった奴って、二年生になって別のクラスに行くとめっちゃ浮くって言うじゃん」

「ま、ね」


 俺こと浅倉空は、義妹である浅倉望海ことウミと一緒に新しいクラス表を見つめていた。

 今日は始業式。

 1年間、授業で指名されるたびに「浅倉ってどっちの浅倉ですか?」と聞き返さねばならなかったストレスからようやく解放されると思っていたのだけれども、人生ってやつはなかなか上手くいかないらしい。


 まぁウミの言う通り特進クラスは文系理系それぞれ一クラスしかないし、俺とウミは両方とも文系だからしょうがないんだけどさ。

 双子の場合は諸々の配慮をしてくれる、みたいな話を聞いたことがあるが、ただの義兄妹ではそうもいかないのだ。


「とか言いつつ、愛しの義妹(いもうと)と同じクラスになれて嬉しそうにしてるクウ兄なのでした」

「誤解を招く発言はやめろ。嬉しそうにしてねぇから」

「鏡見たら? 頬、緩んでるよ」

「その言葉、そのまんま返してやるよ」

「ん。普通に私は喜んでるの自覚してるし。クウ兄と同じクラスを喜んでるけど?」

「……っ」


 こういうところ、ウミは本当にズルい。

 俺たちの関係に義妹とセフレが加わってから1年。

 俺たちの関係は変わったとも言えるし、変わっていないとも言える。

 こんな風に義妹ネタでからかってくることは、厄介な変化の一つと言えよう。変なところに刺さるので反論しにくいのが堪える。


 思考を逸らそうとしてクラス表に再び目を遣る。

 二年A組。

 出席番号は俺が1番でウミが2番だ。

 他に知ってる奴はいないだろうか……と確認し、友達の名前を見つける。


「どうしたの?」

「陽介と鈴も一緒だな、と思って」

「なるほど。ま、二人の場合はクラスが別でも絡んできそうだけどね」

「それな」


 高校二年生と言えば青春ど真ん中。

 行事も盛り沢山なので、仲が良い奴が同じクラスなのは素直に嬉しい。


「んじゃまぁ、教室に行きますか」

「だね」


 だからまぁ、なんだ。

 ウミと同じクラスなのも嬉しいに決まってる。


 ただそれでも。

 これが恋なのかはまだ分からない。

 本物なのか、偽物なのか。

 その答えを切り分けるように、空に飛行機雲が画かれていた。



 ◇



「おーっ! クウ、おはよーっす!」

「朝からうっせぇな……口にホチキスすんぞ」

「朝から物騒な方がダメじゃない!?」

「亀田くんがうるさい方が悪いのに一票」

「私もそっちに一票!」

「なら俺は陽介に一票で……引き分けだな」

「なんでクーくんがそっちにつくの?!」


 二年A組の教室に入ると、いきなり仲のいいメンツが話しかけてきた。

 くつくつと笑いながら席に向かいつつ、教室の視線が集まっているのを自覚する。ウミも他の二人も、めちゃくちゃモテる。だからどうしたって目立つのだ。


 陰キャメンタルをラノベによって培っている俺は、否が応でも視線に敏感になるし、自分の立ち位置とかを過剰に意識してしまう。

 少し居心地悪いけれど、1年ほど一緒にいるのでもう慣れた。中学の頃はウミもこんな感じだったしな。


「そりゃ、クウと俺は魂のソウルメイツだし!」

「まぁそうだな。俺はいつだって陽介の味方だ」

「クウ!」

「さっき口にホチキスとか言ったのクウ自身だけどね」


 ウミの苦笑交じりの呟きを耳に入れず、俺に抱き着いてくる爽やかイケメンが亀田陽介だ。髪は茶色いがあくまで地毛で、チャラく見えるが彼女がいたことは今までないらしい。

 但し気になる相手は――っと、それは今はいいか。


「ヨースケはおバカだからね」

「はぁ? 俺、鈴よりも成績よかったんですケド?」

「ちっちっちー。そこですぐ成績を出す辺り、ここが足りないのだよ、ヨースケくん」


 とんとん、と自分のこめかみを叩きながらドヤ顔をするポニーテールの少女。

 彼女は宮島(みやじま)(すず)。飛びぬけて明るい性格が女子にも男子にも受け、ついでにウミよりも凹凸が激しい体型や距離の近さのせいで数多の男子を骨抜きにしている、うちの学年一のモテ女である。

 『クウ』ではなく『クー』に近い発音と()()付けで俺を呼ぶのは、単に呼びやすいかららしい。


 ちなみに、裏では“太陽の女神”って呼ばれているとか、呼ばれていないとか。


「はぁ……鈴ちゃん、亀田くん。どっちもどっちだよ」

「それな。どんぐりの背比べ」

「クウもだけどね」

「俺をこいつらと括らないでね? 俺は二人ほど馬鹿じゃねぇから」

「クウ!?」「クーくん!?」


 まぁそんなわけで。

 俺とウミ、陽介と鈴は去年から四人でよろしくやっているメンバーだったりする。

 自分で言うのもなんだが、割と正しく青春をしていると思う。

 まぁ、そこに『清く』を加えるには、俺とウミの関係が少し不純すぎるけれども。


 俺とウミは、この1年で何度もシた。

 お互いの気持ちいいところも、性癖も、ほくろの数も位置も、俺たちは知っている。

 幼馴染のままでは知る由がなかったようなことまで知って、それでもなお、関係を変えられないままでいる。


「クウは馬鹿でしょ。この前のテストだって私に負けたじゃん」

「そりゃ学年1位と比べたらな!? 俺だってウミ以外には負けてない」

「負けてることに変わりはないし。悔しかったら私に勝ってみるんだね」

「こんにゃろ……分かってんだよ、んなことは」


 ウミが挑発的に笑う。

 なんと憎たらしい。けど実際、去年の定期テストは全部ウミに1位をかっさわれたんだよなぁ……。

 今年こそ勝ってやる、と思っていると、陽介と鈴がこそこそと囁き合う。


「この兄妹漫才を今年も見ることになるとはなぁ」

「ほんとにね。仲良すぎでしょ、この兄妹」

「兄妹っつーか、もはや夫婦?」

「夫婦まんざ――痛っ?!」

「天罰だな、許せ」

「俺だけやられるのは納得いかねー」


 そんなこと言われても、女子に手を出すのは気が引けるんだからしょうがないだろ。

 この手の話題、俺はツッコむけどウミは全然ツッコまないし。場合によってはむしろノリノリで便乗してくるから困る。


「こほん……まー、それはそれとして。なぁクウ、今日って部活あんの?」


 四人で笑い終えた後で、陽介が真面目なトーンで聞いてきた。

 俺は頭の中のスケジュール表を確認し、ふるふると首を横に振った。


「いや、今日は部活。新入生歓迎会に向けて準備しないとまずい」

「それ、まだやってねーのかよ……」

「うちは今年、二年生しかいないからな。去年は色々と部活回って今までのことを聞くので精一杯だったんだよ」

「それね……」


 俺と同じ部活に所属しているウミが苦笑う。

 いやうん、ほんとに三学期と春休みは大変だった。何も残していかなかった先輩を何度恨んだのかも分からんしな。


「そっか。俺たちは部活ないからどっか行けたらって思ってたけど、それならしゃーないな」

「悪い、また誘ってくれ」

「もち! ま、明日からは俺たちが部活大変なんだけど」

「ヨースケ、思い出させるの禁止」


 部活のことを思い出したらしい陽介と鈴がげんなりする。

 こいつらは二人揃って演劇部に属している。演劇部では基礎トレーニングと称してかなりキツめの肉体トレーニングをするらしい。入らなくてよかったな、と思う。


 ――きーんこーんかーんこーん


 あれこれと考えているとチャイムが鳴った。

 陽介と鈴がそれぞれ自分の席に戻ると、周囲が一気に静かになる。


 入口すぐ傍の最前列。

 出席番号1番の生徒の定位置に座った俺は、何となく教室を見渡す。


 教室は、そして学校は、青い箱だ。

 ここには色んな青春が詰まってる。孤独で灰色の青春も、人に囲まれて虹色の青春も、独りで満たされた青春も、誰かと一緒だから色を失くした青春もある。

 緑を青と呼ぶように、青春の青さも様々だ。


 俺の青春はどこに向かうのだろう。

 箱の中の猫が死んでいるのと同時に生きているように、箱の中身を確かめるまで、可能性は並立する。

 箱を開けずに済めばいいのに。

 そんなことを、思った。



 ◇



 家に帰り、夕食を済ませた俺は、珍しく部屋で一人になっていた。

 ウミが部屋にいないってのもなかなか稀有なことだ。同居生活を始めてからというもの、読書をするときも勉強をするときもゲームをするときも、ウミは基本的に俺の部屋に来てたからな。……もちろん、行為のときも俺の部屋だし。


 そう考えてみると、本当にウミは傍にいるのが当たり前の存在なんだな、と思う。

 元から幼馴染で、双子みたいに育った。

 でも1年間一緒に暮らして、本当の意味で傍にいるのが当然になった。

 だって家族だから。


 一緒にいるのが当たり前。

 けれど、ずっとは続かない。

 いつかウミが誰かと結ばれて家を出たら、もう俺は――。


「ウミ……」


 小さく、彼女を呼ぶ。

 だが反応はない。

 夕食中にウミが、


『ママ、この前のことでちょっと話したいんだけど』


 と、やけに真剣な声で言った。

 『この前のこと』とやらが何なのかは分からない。春休みに二人で話してるのを見かけたからおそらくはそれ繋がりだと思うんだが……分かるのはそれだけだ。

 今はその話をしているらしく、部屋に来ていない。


 こうして一人になっていると、どうにも寂しいな。

 そんなことを思っていると、


 ――こんこん、こんこんこん


 ドアがノックされた。

 二回と三回に区切られたノック。

 癖のあるその音に、息が止まる。


 流すように行っていた友達とのRINEのやり取りを打ち切る。

 普通のノックであれば、そんな風にやり取りを終わらせる必要はない。

 ウミは許可なしにスマホを覗くような奴じゃない。勝手に弄ったとしても遊びの範疇で、俺以外も関わるようなSNSのやり取りを覗き見たりは絶対にしない。

 それでもやり取りを終わらせたのは、今のノックが普通ではないからだ。


「いいぞ、入って」

「ん。」


 入ってくるのは、もちろんウミ。

 空色のトレーナーと、トレーナーの丈に隠れてしまうほど短いホットパンツ。

 つるんと瑞々しい生脚が伸び、爪先がフローリングの上にちょこんと乗っている。


「するときはメールで合図を送るって約束じゃなかったか?」

「……するつもりじゃなかったけど、我慢できなくて」

「…………っ」


 俺が言葉に詰まっていると、ウミがドアを閉め、ぱちんと室内灯を消した。

 薄暗い部屋。

 カーテンの隙間から入ってくる月光だけが頼りだった。


 俺とウミがセフレとして結んだ約束(ルール)は、四つ。

 まず第一に、口外しないこと。

 第二に、マウストゥーマウスのキスはNG。それ以外なら何をしてもいい。

 第三に、シたいときは予めメールで合図を送ること、RINEだと暗号にしてもバレる可能性があるからメールだ。

 第四に、行為のために部屋に入ってくるときには二回と三回で区切ったノックをすること。


「シたい、のか?」

「空はシたくないの? 昨日、シてないじゃん」

「…………一昨日、多めにシただろ」

「足りないくせに。私と同じくらい性欲あるくせに、誤魔化せると思ってるの?」

「…っ、それは……そうだが」


 昨日は父さんと義母さんが二人で酒を飲んでいたから、バレる可能性を考えてシなかった。俺たちがシない理由は大抵が、バレるかもしれないから、だ。

 勉強や行事が忙しいときは控えていたが……それでも365日のうち、300日はシたと思う。盛りのついた猿だと言われても自己弁護できないほど、貪り合った。


 逆に言えば。

 だからこそ、踏み出せないという部分もある。

 それだけ交わったくせに気持ちを確かにできない奴が、ウミの体を貪った奴が、ウミに純愛を抱けるのだろうか、と疑問に思ってしまうのだ。

 ウミにとって俺は、性欲を満たすのにちょうどいい幼馴染ってだけなんじゃないか。

 そう思ったら、どうしても踏み出せなくて、


 ――こういうの、やめにしようぜ


 と口から出かかった。

 そのとき、


「する前に、話したいことがあるんだよね」


 ウミが言った。

 薄暗がりのなかで妖しく笑い、ベッドに腰かける。

 部屋の鍵を閉めてから隣に座ると、ウミが俺の太腿に手を置いた。


「ウミ?」


 呼ぶが、ウミは聞こえなかったかのような態度を取る。

 こつんと肩がぶつかった。ウミは俺に少しもたれかかると、太腿に置いていた手をすーっと這い上がらせる。

 腹に、胸に、鎖骨に、首に、頬に。

 夜闇で煌めくウミの瞳は、空に浮かぶビー玉みたいだった。


 顔が近い。

 すぅ、んぅ、ふぅ。

 吐息が聞こえる。

 指先は耳たぶをくすぐり、耳穴をもぞもぞと探り、そうして今度は唇に触れてくる。


「やっぱ、似てるかもなぁ」


 小さくウミが呟く。

 どんな表情をしているのか、この距離だから見えているはずなのに、分からない。

 ぞくぞくと淡く甘い感覚がこみ上げてくる。

 今日はゆっくり、ねっとりシたいのか……?


 そう思った刹那、ウミは口を開いた。


「ねぇ空。今から、私たちの関係が変わるかもしれないことを告白したいんだけど……いい?」

「えっ」


 心臓が止まった。

 俺たちの関係が変わるかもしれないこと。

 決定的なその“何か”が、腫瘍のように感じられる。


 幼馴染歴17年弱。義兄妹歴、セフレ歴共に1年。

 おおよそ考えられる関係を経験している俺たちが変わるとすれば、可能性は二つある。


 一つは、ウミが俺に恋心を打ち明ける可能性。

 俺たちの関係に恋人を付け加える、という選択肢。

 ウミにそれを言わせるのは情けないけれど、理想的ではあるかもしれない。

 もしもそう言われたら……きっと頷く。

 頷いて、その代わりにウミにできることをたくさんするだろう。


 けれどもう一つの可能性がある。

 それは、この関係を終わりにしたい、というもの。

 好きな人ができたから、セフレをやめたい。幼馴染として馴れ馴れしくするのもやめたい。そんなことを言われてしまうかもしれない。

 俺にはそれを引き止める資格がない。


 いずれにしても、変化をウミに委ねてしまうことは事実だ。

 


「待ってくれ」



 嫌だった。

 ウミの手を掴んでいる努力をしよう、と決めたばかりなのに、こんなあっさりと委ねてしまうのは嫌だ。

 最後の、みっともない抵抗かもしれない。

 でも、


「先に俺に、言わせてくれ」

「別に、いいけど」


 足掻かないわけにはいかない。

 俺はウミの幼馴染だ。義兄だ。セフレだ。

 資格がないとしても、関係はあるはずだから。



「ウミのことが好きだ」

「へ?」



 はっきりと言おう。

 今のありったけを込めて。


「すまん。まだこの気持ちが恋なのかは分からない。恋に近いとは思う。でもたまたま傍にいた異性に依存してるだけなのかもしれないし、ただの親愛なのかもしれない。そんな状態で付き合ってくれなんて言えない。だって――それじゃあ、お前の父親と同じだから」

「~~!? そ、そ…か。で?」

「えっと、だから……あのさ……もう少しだけ、この関係を続けさせてくれよ。好きな奴ができたなら、振り向かせる。もし俺のことを好きでいてくれてるなら……いつか、気持ちが固まったときに俺から言うから」


 大切なことだから、時間をかけて考えたい。

 みっともないかもしれないけど、

 情けなくてヘタレかもしれないけど、

 人生のほぼ全てをウミと過ごしてきたから、

 人生の全てを一緒に過ごすかもしれないから、

 もう少し、時間が欲しい。


「ふ、ふぅん……そか。空はそう思ってるんだ」


 隣で、ウミがぼしょりと呟く。

 ああ、と頷くと、ウミは俺の手を握ってきた。

 

「ウミ……?」


 ウミは俺の耳に口元を寄せる。


「大丈夫だから、聞いて」


 魔法のような言葉。

 もしくは、呪文。

 動けなくなる。

 ウミは言う。



 

「私たち、実の兄妹かもしれない」




 時と音とその他全ての概念が消え去ったような錯覚を受ける。

 或いは、それは錯覚ではないのかもしれなかった。

 少なくとも俺の思考はフリーズしていて、時も、音も、他の全ての感覚も、まともに受容していない。


 ――ワタシタチ、ジツノキョウダイカモシレナイ

 ――私たち、ジツノキョウダイかもしれない

 ――私たち、実のキョウダイかもしれない


 三度反芻して、ようやく言葉の輪郭を確かめることに成功する。

 それでも肝心の言葉だけは上手く咀嚼できない。


 ――実の兄妹


 その言葉の意味は分かる。

 義理の兄妹ではなく、血の繋がりがある兄妹ってことだ。

 けどその先が理解できない。


「どういうことだ? 意味が分からないんだが」

「んー。面倒だけど、順を追って話すよ。私だけの問題じゃないし」

「お、おう」

「声上ずってるし。なに、ドキドキしてんの?」

「……急すぎて頭がパンクしそうなんだよ」


 この状況でドキドキするとか、そんなのあるわけがないだろ……っ。

 ぐっと唇を噛み、深く息を吸う。

 鳴りやまない鼓動の音から意識を遠ざけて、代わりにウミの話に耳を傾けた。


 暗闇のなか。

 ウミは俺の手を握り、体温を確かめるようにしながら話す。


「まず前提として。これはこの前、ママから聞いた話。どうして聞くことになったのかは……ちょっと今は言えない」

「お、おう……? どうして顔が赤い?」

「暗いのに気付くのやめてくんない? 私のこと好きすぎるでしょ」

「好きっていうか……普通に気付くだろ、なんとなく」


 声とか、雰囲気とか、そういうので顔が赤いのは分かる。

 特に今は体も火照ってるし。


「肉体言語ばっかり達者になって……変態」

「ウミにだけは言われたくねぇ――っと、話が逸れてる。本題に戻ってくれ」

「あ、そうだった……空のせいだから」

「さいですか」


 別に俺のせいでも何でもいいけど。

 いつもの雰囲気が戻ったことに少し安堵していると、ウミが改めて話し始めた。


「ママ曰く……私はもしかしたらお義父さんとママの子かもしれない、らしい」

「俺と腹違い、ってことか?」

「そゆこと」


 実の兄妹は実の兄妹でも異母兄妹ってことか。

 ……だからなんだ、という話である。ちっとも落ち着ける要素ではない。


「空のお母さんとお義父さん、私のママとパパは私たちが生まれる前から仲がよかった。お義父さんとママが仲良かったのと同時に、空のお母さんとパパも大学が同じだったらしいから」

「うん」

「で、空のお母さんとお義父さんがシて、空のお母さんのお腹には空が産まれた」

「……その後、父さんと義母さんがシた、って言うのか?」


 もしもそうだとしたらそれは、紛れもない不倫。

 背徳とか、非倫理とか、そういう次元の話ではなくて、紛れもない罪。

 ウミは小さく頷いた。


「出来心だったらしい。四人でお酒を飲んで、酔って……シたんだって。ほら、お義父さんってお酒弱いでしょ?」

「そう、だな」

「ママはお酒強いから意識があって……でも、ほんとは昔からお義父さんのことが好きだったらしくてね。今しかない、一度だけでいいから、って思って、シたんだってさ」

「それは……」


 何とも、エグい話だ。

 言葉に詰まっていると、ウミが続ける。


「もちろんお義父さんはそんなこと知らない。パパも空のお母さんも知らなくて、ママだけが知ってること。黙っていれば誰も不幸にはならない。だから、ママは黙ってることにした」

「でも、完全じゃなかった、と」

「ん。避妊、しなかったんだって。避妊しない代わりに、パパとシた。その後に妊娠したから、私がどっちの子なのかは分からない。パパもお義父さんも血液型同じだしね」


 避妊しなかった気持ちは、少しだけ理解できた。

 肯定するつもりはない。

 ただもしも幼馴染が誰か別の相手と結婚して、子を作ったとしたら。

 せめて相手の名残が欲しい、と思ってしまうかもしれない。


「ま、過去の話は、どうでもいいよ。空のお母さんはもういないし、パパはママと同じ……ううん、もっと酷いことをした」

「……そうだな」


 俺とウミと義母さん。

 三人しか知らないことなのだとしたら、わざわざ掘り返す必要はない。

 というか、掘り返せない。

 そんなことをすれば、今の幸せが壊れてしまうかもしれないから。


「ただ、ね」


 言うと、ウミは俺を押し倒した。

 されるがままにベッドに倒された俺に、ウミの体が重なる。

 服越しに伝わってくる熱、甘やかな重み、艶めかしく香るシャンプーの匂いが神経を麻痺させていく。


 暗がりのなか、ウミとの距離がほぼゼロになる。


「…っ、きゅ、急に何やってんだよ」

「何って……するんだよ。入ってきたとき、合図したじゃん」

「い、いや、この話を聞いたあとにできるわけないだろ…っ」


 だって俺たちは、血が繋がっているかもしれない。

 これはただのセックスではなく、近親相姦かもしれない。

 そんなこと、できるわけが――




「ならどうして硬いの?」

「――ッ……!?」




 ウミの声が、身動ぎが、匂いが、雰囲気が、性の部分を直接刺激する。

 ダメに決まってるのに、余計に心がざわつく。


「ねぇ()()()。私が実妹だったら、シない?」

「っ……それは、」

「なっ――?!」

「実妹か、義妹か、確かめたら何もかもが変わるわけだ」


 ウミが、トレーナーとキャミソールをいっぺんに脱ぐ。

 すぐに膨らみが顔を出した。下着は……なかった。


「ねぇクウ兄。それとも、空?」


 黒薔薇みたいにウミが笑う。

 黒薔薇の花言葉は――『貴方はあくまで私のもの』『永遠の愛』。

 但し黒薔薇は、一般に自然界に存在しないという。

 品種改良の末に漆黒の薔薇が生み出されたのだ、と。


 だとしたら、


「私は実妹か、それとも義妹か」


 生物の本能に反するかもしれないこの気持ちも、不自然極まりないこの感情も、長い歳月を経て生み出されたものなのかもしれない。

 ねぇ、とウミが言う。




「どっちだと思う?」 




 息が止まった。

 まさにシュレディンガーの猫。

 観測するまで、どちらなのか分からない。

 実妹()義妹()か。

 この気持ちの行方は、蓋を開けない限り分からない。




「どっちがいい?」




 血が喘ぐ。

 息が漏れる。

 劣情が顔を出す。


「俺は、」


 服をめくり、ウミがキスをしてくる。

 腹に、胸に、脇に。


「のぞ、み……?」

「嫌なら暴れたらいいんじゃない?」

「んなこと、できるわけねぇだろっ」


 ズボンを脱がして、太腿に、膝に、爪先に。

 それが終われば、首筋に、耳に、顎に。

 セフレ関係が始まった日のように、ウミが全てを捧げてくる。


 思慕、憧憬、欲求、所有。

 束縛、支配、服従、隷属、忠誠。

 そして、


「んんぅっ!?」


 彼女と俺の唇が、重なった。

 意味するのは愛情。

 青い夜の箱が一つ、開いた。


 とくとくと流れ込んでくるのは、甘い毒のような唾液。


「んっ?!」

「んむっ、んっ、ん」


 たかが唾液のはずだった。

 今更のはずだった。

 なのに全部が、壊れた。


「ぷはぁっ」


 ウミが離れていく。

 つーっと俺とウミの間に唾液の糸ができて、垂れるように俺の口に落ちた。

 ウミは蛇のように長い舌でぺろりと唇を舐めると、妖しく笑う。




「実妹かもしれない相手とのファーストキスは、どんな味?」

「――っ…っ、おま、えっ!!」




 幾らでも罵ってくれて構わない。

 四回、果てた。



 ◇



 春は青く、空も青い。

 けれど血はどこまでも赤く、ついでに首筋も赤らんでいた。


「ん……激しすぎでしょ、変態」

「お前にだけは絶対に言われたくない」

「他の女が言うような状況にはそもそもさせないから」

「……そうかよ」


 冷静になった頃には、もう朝が近かった。

 仮眠できて二時間ほど。ただ諸々の処理を考えれば、仮眠する時間はないだろう。つーか、寝たら半日くらい起きられない気がする。

 色んな体液でドロドロになったウミは満足そうに笑った。


 徹底的に間違って、ようやく気持ちが確かになる。


 実妹かもしれない。

 そう分かっていてもなお、俺はウミのことを愛おしく思っている。

 だとすればこの気持ちはきっと――。


「なぁウミ」

「ん?」

「どっちでもいいわ。実妹でも義妹でも、どっちでもいい」


 もちろん、子供を産んだりするうえでは大切だろう。

 だからいずれは確かめなきゃいけなくなる。

 でも今抱いている気持ちとは、何ら関係ない。


「どっちでもいいから……俺の恋人になってくれ」

「ふぇ?」

「ぷっ……なんだよ、その声」

「…っ、うっさい! 空が急に変なこと言うからいけないんでしょ」


 ウミがムッとする。

 けど、頬はほんのり赤い。


「てか、急になんなの……?」

「急、でもないだろ。この展開になるよう1年前から糸を引いてたくせに」

「はっ、はぁあっ?! な、なんで気付いたの??」


 珍しい間抜けな顔。

 俺はぷっと吹き出した。


「1年前。急にセフレになろうって誘ってきたのは、今日この日のためだったんじゃねぇの? もしも血が繋がっていたとしても、俺がウミを女として見続けられるように」

「なっ――!?」

「義妹ぶってたのも、妹のウミと女のウミが俺の中で共存できるかどうかを確かめるためだろ。そうじゃなきゃ、幼馴染に義妹とセフレなんて重い関係を持ってきて渋滞させる必要はなかった」

「うっ……」


 幼馴染は不安定だ。

 兄妹にも、恋人にも傾く。

 その天秤が前者に傾いてしまわぬように、ウミは関係を積み上げたのだろう。


「ま、その辺を分かったうえで――愛してるよ、ウミ。血が繋がってるかもしれないし、関係ないかもしれない。けどどちらにせよ、俺の血はウミを求めてる」

「~~っ!?」

「だから恋人と……あと、夫婦もいつか、俺たちの関係表に加えてほしい」


 果てて、果てて、果てて、果てて。

 くたくたな賢者モードの中でそれでも抱くこの気持ちは、きっと劣情ではない。

 俺が言うと、ウミはぷいっとそっぽを向いた。


「裸で、しかも体液ドロドロの状態で告白とか最低。こんなプロポーズ、ありえないし」

「とか言う割に声が悦んでるけど?」

「声だけじゃなくて体も悦んでるから困ってるんじゃん」


 ぼしょりと呟かれたその言葉は、あまりにも強烈で。

 俺は堪らず、ウミを抱き締めた。


「んっ……まだするの?」

「シてほしいのか?」

「…………恋人として一回シてくれなきゃ、信じてやんない」

「学校、休むか」

「ん。」


 この日、俺たちの関係は変わった。

 致命的に、劇的に、不可逆に。

 どうしようもない程どうしようもなく、変わった。


 感情は、好きに確定して。

 恋心は、本物に確定して。

 

 じゃあ俺とウミの血の繋がりは――。


 それはまぁ、シュレディンガーの妹ってことで。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

面倒くさい性格だけど絶対に主人公を好きでいつづける。

そんなヒロインが好きです。


面白いと思っていただけましたら、下記の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしていただけると嬉しいです。



また、この作品の前身(後身?)となる作品もお読みいただけると嬉しいです。

『腐れ縁のセフレと小悪魔な後輩が義妹になったんだが、どうすればいい?』です。

https://ncode.syosetu.com/n8241hm/

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