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都市伝説シリーズ

報酬が釣り合ってないよ。

作者: 紅蓮グレン

「おいでください。」


 午後11時。どこかから僕を呼ぶ声がする。うーん、誰だろう。僕を、しかもこんな時間にわざわざ呼ぶなんて、相当物好きな人なんだろうな。まあ、せっかく呼ばれたんだし、行ってあげてもいいんだけど……面倒臭いなあ。まあいいや。呼ばれたからには応えてあげなきゃ失礼だね。相手は僕を呼ぶためだけに10円払っているのだし。


「……でも面倒だなあ。最近暑いし……ま、24時間以内にリターンコールすればいいや。明日の方が涼しくなるかもしれないし、返事は明日の夜にしようっと。」


 僕は誰にともなく呟くと、僕を呼んだ声の出所を探すことにした。呼んだ人の住んでいる場所が分からないと、訪ねられないしね。


             ※  ※  ※


「あーあ、もう夜になっちゃった。面倒だけどしょうがないや。出かけるか。」


 結局涼しくならなかったんだけど、どこかから呼ぶ声がしてから何だかんだでそろそろ24時間だ。もう流石に準備しないとヤバい。僕は出先からしか電話をかけられないからね。


「さて、と。ここが最寄り駅かな?」


 僕は呼び出された際、呼んだ人物の住んでいる場所に向かっているということを逐一報告しなければならない。形式的なもので、呼んだ人物が求めているのは最後の状態なんだろうけど、こればっかりは必須事項だから仕方がない。そして、最初の報告は僕を呼んだ人物が住む場所の最寄り駅に着いたという報告だ。


 ――プルルルル、プルルルル


 コールが2回、3回と続き、続いて繋がった音がした。声は聞こえてこないけど、電話の向こうにちゃんといる気配が伝わってくる。僕が非通知設定でかけたからなのか、ドキドキしているようだ。本当に僕なのか、疑っているっぽい。ま、僕の報告さえ聞けば、いやでも僕だって分かるだろうし、これくらいのことではいちいち腹を立てたりしない。僕は温厚だし、たった1つのある絶対に許せない禁忌事項さえ除けば、怒ることはまずない。


「もしもし、さとるだよ。いま、××駅の前にいるんだ。」


 僕は最初の報告を無機質に告げると、電話を切った。この言い方も完全にテンプレートだし、やっぱりつまらない。たった10円でここまでさせられるから呼び出しは嫌いなんだよ。まあ、これは僕に割り当てられている役割だし、お仕事だからやるけどさ。


              ※  ※  ※


「もしもし、さとるだよ。いま、あなたの家の近くの○○の前にいるんだ。」


 2回目の報告。もう呼び出した人の家まで500mもない。すぐに着くだろう。視線とかも特に感じないし、そもそもこんな時間に出歩いている人なんてほとんどいないだろうから周囲を気にする必要もない。やっぱり呼び出しに応えるのは夜の方が良いな。神経をとがらせているのも疲れるしね。


「おっと、もうそろそろかな。ここを左に曲がって、次を右に曲がって……ああ、あった。ここだね。」


 僕はついに呼び出した人の住んでいる家の前に到着した。ここからは実はとっても重要。何せ、周りの人にはもちろん、呼び出した当の本人にすら気取られる訳にはいかないからね。僕はズボンから携帯電話を取り出してコールする。


 ――プルルルル、プルルルル


 呼び出し音が少し続き、ガチャッと繋がった音がした。僕は間髪入れずに告げる。


「もしもし、さとるだよ。いま、あなたの家の前にいるんだ。」


 遂にここまで来た。あとは呼び出した人が最も求めているのであろう最後の報告と、そこで発生する役割さえこなせば全部終わり。


「さて、じゃあお邪魔しますか。」


 僕は鍵が絶対にかかっているであろうドアを無視して家に侵入する。立派な住居不法侵入なんだけど、僕は呼ばれたから態々来たくもないこんな所にまで来ているんだし、そのくらいは大目に見てもらおう。


「多分リビングか寝室だよね。さっさと帰りたいし、サクッと済ませよう。」


 僕は家の中を適当に歩き回る。そのうちリビングらしき部屋を見つけたのでそこに入ると、1人の女性がスマートフォンを持ってたたずんでいた。どうやら彼女が呼び出した人で間違いなさそうだ。僕は気配を消して女性の背後に回り込むと、最後の報告となる電話をかける。


 ――プルルルル、プルルルル


 女性が手に持っているスマートフォンが鳴り出した。彼女はビクッと震えると、電話に出てスマートフォンを耳に当てる。


「もしもし、さとるだよ。いま、あなたの後ろにいるんだ。」


 僕のこの言葉に女性はビビりまくっている。実際に僕が来てビビるくらいなら最初から呼ばなければいいのに。僕はまだ温厚だからいいけど、僕と同じような存在の奴らの中には遊び半分でやったら呪い殺そうとするような奴もいるんだから、儀式を甘く見ちゃダメだろう。


「どうしたの? 質問があるんでしょう? 何かな?」


 僕はさっさと帰りたいので、女性を急かしてみた。すると女性は、


「あ、あなたは、本当に都市伝説のさとるくん?」


 と聞いてきた。どう答えようか迷う質問だ。ここまでちゃんとやってきたんだから、僕がさとるくんだってことくらい分かっているだろう。答えが分かっている質問を僕にするのは絶対の禁忌だから、僕は怒らなければいけないのかもしれない。でも、この女性はさっきから『怖い』としか考えていない。となると、僕が本当にさとるくんであるかどうかが自分で理解できる精神状態にない可能性もある。どのみち答えるまで帰ることはできないし……僕は少し逡巡した後、


「うん、そうだよ。僕はさとるくん。」


 と回答を発し、さっさと帰った。


              ※  ※  ※


「あーあ、完全に無駄足だった。全く、誰も幸せにならないようなことしてくれちゃって。はた迷惑だよ。」


 僕は1人で毒づく。僕に僕自身が僕かどうか確認するとか、今まで沢山の質問に答えてきたけどその中でも随一バカらしい質問だった。そもそも、僕がリビングに入ったのを認識できている訳がないから、本当にさとるくんかどうかはさておき、もっとまともな質問をすればいい。答えられたらさとるくんで、答えられなかったらさとるくんじゃない、って判別できる。もし仮に、本当にさとるくんがいるのかどうか知りたいんだったとしたら、それを聞くのに僕よりずっとずっと相応しい存在がいる。あの方は僕より遥かに博識で万能で、質問回数の制限もなく、大量に知識を提供してくれる至高にして究極の存在だ。あの方なら絶対にすぐ答えてくれるのに、なんでわざわざ僕を呼ぶかな。


「そもそも、10円ってのも気に食わないんだよね。」


 僕を呼び出すには公衆電話に10円入れて、自分の携帯に電話をかけて、「さとるくん、さとるくん、おいでください。」って唱える必要がある。でも、そんなアホみたいな儀式で呼び出されるこっちの身にもなって欲しいよ。僕は半強制的に召喚されるんだから。


「せめて100円だったらな……ちょっとは満足できたかもしれないし、面白半分で呼び出す人も減るのに……」


 僕は公衆電話から回収してきた10円を見ながら溜息を吐く。はあ、ホントに仕事の大変さに報酬が釣り合ってないよ。

『あの方』について詳しく知りたい方は都市伝説シリーズ5作目『さあ、解答せよ。』をご覧ください。

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