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エッセイ

梅シロップは甘くない

作者: 仲山凜太郎

 今年、新型コロナの影響で駅からハイキングが3月以降全コースが中止となり、なんか寂しくなった。この時間を執筆に当てれば良いとも思うのだが、気分が乗った時には何時間も書き続けられるのに、そうでないと30分と持たない。甘い考えだったと思う。

 そんな5月下旬、スーパーの一画で青梅と氷砂糖、ホワイトリカーにガラスの瓶が並んでいるのを見た。そう、世間では梅酒を漬ける時期である。

「そうだ。梅シロップを作ってみよう」

 私は酒がまるで駄目だが、いわゆる「ノンアルコール梅酒」はよく飲む。梅酒は作っても飲む機会はないが、梅シロップならば。

 それにゴールデンウィークも非常事態宣言のおかげでどこへも行けず、旅行代金が使われることなく浮いている。よし、決めた。

 私は梅シロップを作ったことがない。しかし、誰でも何でも最初はある。

 ネットで何件か梅シロップの作り方を選びプリント。

 いきなり大量は何なので、とりあえず青梅と氷砂糖を1キロずつ、4リットルの瓶、竹串を買ってくる。


 まずは下準備。瓶をきれいに洗ってベランダに干す。ちょうど良い天気だ。

 青梅はきれいに水洗い。お年賀のタオルを卸して水気を拭き取り、敷いたキッチンペーパーに並べる。

 竹串を使って梅のへたとり。へたの周囲に竹串の先端を軽く押し当て、えぐるようにくるりと回るとへたがぽろっときれいに落ちる。

 ぽろっ、ぽろっ、ぽろっ、ぽろっ。

 へたの取れた跡は白いおへそのような穴になり、周囲の青緑とは対照的できれいだ。

 ぽろっ、ぽろっ、ぽろっ、ぽろっ。

 やばい、楽しくなってきた。きれいに取れたへたが山になっていくのを見ると気分が浮かれてくる。梅の中には表面が染みみたいになっているものもあるが気にしない。しかし、さすがに目立つ傷がいくつもあるのは何だかなぁと思って取りのけた。

 へたを取った梅をフリーザーパックに入れて冷蔵庫の冷凍室へ。

 干したガラス瓶も回収。触ると壜はほんのり暖かかった。よしよし、お日様の力を充分取り込んだようだ。


 翌日。もう一度軽く壜を水洗いするす。冷凍庫に入れた梅は凍っている。パックの中の氷は梅の水分か?

 いよいよ壜に梅を投入。穴を開けると梅のエキスが出やすいというので、壜に入れる前に梅をフォークで刺す……固い! びくともしない。しまった、穴を開けてから凍らせれば良かった。

 力を入れてなんとかフォークの先端を食い込ませることに成功。梅は金毛を嫌うので金属のフォークは使わず竹串で開けることとネットのレシピにはあったが、凍った梅に竹串は刃が立たない。やむなく金属のフォークで穴を開けては壜の底に並べていく。

 そこに梅を並べたら氷砂糖投入。その上にまた梅を並べて氷砂糖、梅を並べて氷砂糖。

 レシピには、最後に氷砂糖で蓋をするような感じでとあったが、そこへ行く前に氷砂糖が尽きた。一応、氷砂糖が上にはなったが、蓋と言うにはほど遠い。氷砂糖の量が足りなかったかと思ってレシピを見直したが、梅と氷砂糖1キロずつで間違っていない。

 レシピの写真では、氷砂糖は私が買ったものよりもずっと大きい。それのせいかなと思いつつ。とりあえず蓋を閉めて冷暗所……ってどこだよ。迷ったあげく流し台下の棚に置くことにする。

 その日の夜。壜を見てびっくりした。壜の表面には水滴がびっしりとついている。慌ててレシピを見直すと、梅を凍らせて作った場合、壜の表面に水滴がつくとのこと。問題ないようで一安心。

 レシピを見ると、氷砂糖が溶けるように、1日1回壜を揺すって、一番上の梅が乾かないようにするとある。円を描くように軽く揺する。


 シロップができあがるまで1ヶ月とある。レシピの写真を見ると、1週間後には氷砂糖が溶けて、エキスの抜けた梅がシワシワになっている。

 こうなれば良いなと思いつつ、毎日壜を揺すっては流し台の下へ。

 そして1週間後。梅シロップの壜は、写真のように……なっていない!

 氷砂糖が全然溶けていない。なぜだ? 凍ってから開けたから穴が浅かったのか?

 改めてレシピを読み直してみると、壜を揺する時には、きれいな菜箸を使って1番下の梅をかき混ぜるような感じでとある。揺すり方が足りなかったのか?

 思い切って壜を60度ぐらい傾けて中の梅が1度崩れるぐらい揺すってみる。傾けたら、今度は反対方向に傾けて……これを2、3度続けてから崩れた梅をある程度均一に並ぶように揺すって調整。

 翌日見ると驚いた。驚くぐらい氷砂糖が溶けている。やはり揺すり方が足りなかったようだ。前日と同じように梅が転げ崩れるぐらい揺さぶる。

 これを1週間ほど続けると、氷砂糖はきれいに溶けた。

 ひと安心である。


 漬け始めて1ヶ月後。氷砂糖はもう影も形もなくなり、壜にたまったシロップは梅を漬け込み、色づいている。ちょっと色合いが薄い気もするが。

 中の梅もすっかりレシピの写真のように……なっていない。

 おかしい。エキスの出た梅はシワシワになっているはずなのに、壜の中の梅にはシワ1つ無い。上のはもちろん、下の梅もである。

 変だなと思いつつ、何度目かも解らないネット検索。「梅シロップ、シワにならない」で検索すると、シワにならない梅の作り方というのがあった。

 見ると、その方法は簡単。

「漬ける前、梅を冷凍室で一晩凍らせる」

 なんだ。私がやった方法じゃないか。どうやら心配無用らしい。


 そろそろ飲んでみても良いかなと思ってスーパーへ。

 私はシロップを炭酸で割って飲むのを楽しみにしていたので、炭酸水を求めてお酒売り場へ。サワーを作るのに炭酸水が置いてあるのだ。

 だが、ここでまた私は難問にぶつかる。

 どれもこれも強炭酸を歌っている。これはまだいい。問題は、どれも500ミリリットル近い量だということ。軽く楽しむ私としては、200ミリぐらいので良かったのだが。

 どうしようかと思っていたら、小さな缶飲料の安売りがあった。見ると炭酸水がある。神はまだ私を見捨てていないぞ。炭酸水の他に、ラムネ缶があったのでこれも買う。

 シロップ自体が甘いので、ラムネやサイダーで割る気はない。これらで割ったら無茶苦茶甘いものができあがりそうだ。

 ではなぜ? シロップを入れるのではない。漬けた梅を入れるのだ。

 ネットでは漬けた後の梅を使ったレシピとして、梅ジャムや甘露煮などが紹介されていたが、私は1人暮らしである。面倒くさいし、できあがる量が多すぎる。

 そこで梅の実も一緒に食べることにした。梅の入った梅ジュースがあるが、イメージとしてはそんな感じである。梅シロップ割りの前、梅自体はどんな感じなのかと、ラムネやサイダーに入れて試すことにしたのだ。

 できるだけ漬かった下の方の梅を取り出しコップに入れる。冷蔵庫で作った氷(ロックアイスを買うなどと言う贅沢は出来ない)を2つ3つ入れ、ラムネを注ぐ。

 梅の実を炭酸の泡が包み込む。泡は次々と生まれては梅の表面を流れ上っていく。不思議である。この泡はどこから生まれたのだろうか? 梅の中にある空気が少しずつ出てきたのか? いや、それならば炭酸でなくても泡は出るはず。

 これに限らず、炭酸の泡はなんで生まれるんだろうか? これについてはあえて調べずにいる。正解を知るよりも、これは何だろうとあれこれ考えを巡らせることの方が楽しそうだから。

 泡を目で楽しみつつ、梅入りラムネを口にする。私の予想としては、残った梅エキスが流れ出し、微かな梅の味を持つラムネになるはずだ。

「あれ?」

 ただのラムネである。梅の味など無い。軽くかき回して飲み直すがやっぱり梅の味はしない。わずかすぎて私の貧弱な味覚では感じられないのか? それとも1分程度ではとても味がつかないのか? そもそもエキスが出尽くして、もうほとんど残っていないのか?

 物足りなさはあるが、今回のメインは梅自身だ。飲み終えた後、梅の実を口に含んで歯を立てる。シャリっという心地よい歯ごたえ。程よく酸味の抜けた実が舌の表面を滑るように流れる。

「あ、うまい」

 この触感は私の期待に充分応えてくれた。先述した商品の梅は柔らかかったが、歯ごたえのあるこの梅の方が好きだ。

 実を少しずつ歯で削り取っては味わっていく。最後に種が残るが、さすがにこれは食べられない。梅のエキスは味わえなかったが、実自体は楽しませてくれた。満足。


 最後の仕上げ。シロップは程よい色合いになり、泡も立っていない。レシピには、ここでシロップに泡が立っていると酸化の証拠だから、熱処理して早く飲むようにとあったが、その心配は無くなった。

 ただ、見た目がオシッコみたいだ。オシッコが泡立つのは酸化していると言うことなのだろうか。

 話を戻そう。

 買ってきた1リットル用耐熱ガラスのピッチャーにシロップを入れる。

 思ったより量が少ない。2/3ほどだ。しかし、これは言わば濃縮シロップ、カルピスの原液。割って飲むのが前提だから、いざ飲むとなると大変かも知れない。

 シロップを入れたピッチャーを15分ほど湯煎する。これで完了。なんか思っていたよりも色が薄いが別にいいだろう。常温まで冷ましたら冷蔵庫へ。残った梅は冷凍する。先のように飲む時に入れるのだ。

 翌日、いざ試飲。

 コップに凍らせた梅と氷を入れ、炭酸水を入れる。梅にまとわりつくように生まれては立ち上る炭酸の泡が幻想的だ。そう、どこかで見たことがあると思ったらあれだ。子供の頃見たテレビで、海の底にある怪獣の卵が孵化するシーン。あれとそっくりだ。

 そこへ冷えた梅シロップを注ぐ。初めてなので量の加減がよくわからない。だいたいこんなものだろうと自分で納得した上で、軽くマドラーでひと回し。

 期待半分、不安半分で飲むと、思ったよりも悪くない。色は薄いが梅の味はしっかりある。少し甘いので、次からは量を少なめにしよう。

 割と満足できたのは手作り補正のせいかもしれない。最初は量が少ないと思ったが、1回に使う量を考えれば、一夏は楽しめそうだ。


 こうなると、次は梅以外でもシロップを作ってみたくなる。でも梅以外はあまり聞かない。梅以外はシロップに向かないのか。あるいはあまり美味しくないのか。

 しかし、何にしろ挑戦できることがあるのは楽しいことだ。来年の楽しみが出来たとにやにやしつつ、コップの底にある梅を口にふくんで歯を立てた。

 シャリっ。



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[一言] こんにちは。以前も同じことを書いた記憶がありますが、作者さんのエッセイがとても好きです。いつも手に取るたびに、「そうそう、求めているのはこういう文章、これがエッセイ」と気持ちよくなります。 …
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