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アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -09-

 卒業パーティーの日が近づいてきた。アケーシャは憂鬱な表情を浮かべ、それは曇り空よりもどんよりとしていた。


 そんな中、ダニエルから一通の手紙が届いた。その手紙の内容は、読まなくても容易に想像がついた。


「卒業パーティーでは、君をエスコートすることはできない」


 その一文だけ、とても綺麗な文字で書かれた手紙だった。


「王太子殿下から戴いた初めての手紙がこれって、もう笑い話よね」


 その手紙を見ても、もう何も思わない。分かりきっていたことだから。


 両親も一言も何も言ってこなかった。この頃には、アケーシャの顔を見ることも、部屋を同じくすることもなくなっていた。


 ただ一人、エイデンだけが、アケーシャの代わりに怒ってくれた。


「何ですか、これは? 王太子殿下は何をお考えなのですか! まさか、あの男爵令嬢をエスコートするつもりじゃ……」

「いいのよ、エイデン。もう分かり切っていたことだから」

「でも、姉様……」


 婚約者のアケーシャではなく、ダニエルが寵愛する男爵令嬢のミモザをエスコートすることは、誰の目から見ても明白だった。


 婚約者がいるにも関わらず、他の御令嬢をエスコートすること。しかも、一大イベントである卒業パーティーで、だ。


 その行為が指し示すこと、事の重大性を、アケーシャは痛いほど理解していた。


(きっと、私は婚約を破棄されるわ……)


「私、卒業パーティーに行くのはやめようかしら?」


 思わず、ぽつりと呟いていた。


「……姉様、どうか、不肖な私めで我慢してください」

「……?」


 アケーシャは、エイデンのこの言葉の意味を、理解することができなかった。


(エイデンが不肖? 我慢? どこが?)


 本気でそう思った。だからこそ、続く言葉に、驚きと、喜びを隠せなかった。


「卒業パーティーで、姉様のエスコートをさせて下さい、って言っているんですよ」


 少し照れた口振りで、アケーシャに告げた。その顔は赤く染まり、少しだけ俯いている。


「エイデン、本当に一緒に行ってくれるの?」


 アケーシャの言葉に、跳ねるように顔を上げたエイデンの瞳に、アケーシャが映し出される。


「もちろんです。だから、今までで一番可愛く着飾ってくださいね」

「ありがとう、エイデン」


 思わずエイデンに抱きついてしまった。淑女として何てはしたない、と思われるかもしれないけれど、本当に嬉しかったから。今にも涙が零れそうだったから。


 そして、満面の笑みをエイデンに向けた。笑うことができなくなっていたアケーシャの、いつぶりかの、心からの笑顔だった。

 

 その時の、照れたエイデンの顔は、きっと二度と忘れない。




 ******




 卒業パーティーの日を迎えた。


 卒業パーティーに行く前に、アケーシャはあの祠へお祈りに行った。


「なかなか来れなくてごめんなさい。今日ね、エイデンが卒業パーティーでエスコートしてくれることになったの。夢のようで、本当に幸せ」


 本当に幸せだった。絶対に口にはできないけれど、幼き日の願いが叶った気がした。


 そして、次の言葉を言おうか、少し躊躇った。だけど、言霊という言葉を信じて、意を決して告げる。


「私、今日婚約破棄されると思うの。とても不安なの。だけど、私はエイデンとの思い出があれば生きていける。この記憶だけは忘れたくない。例えどんなことがあっても、絶対に。あなたに願うのも変な話だけど、でも、口にすれば叶いそうな気がしたから。どうか、これから先も大切な記憶だけは、何があっても忘れませんように」


 ふわりとそよぐ風が、アケーシャを優しく包み込んだ。そして、胸の中で何かが弾けた気がした。




 ******




 そして、卒業パーティーがはじまりを告げる。


 予想通り、ダニエルはミモザをエスコートして会場に入ってきた。お揃いの衣装を見に纏って。その瞬間、会場全体が響めき、痛いほどの哀れみの視線がアケーシャを突き刺した。


(さすがに、この視線は一人じゃ耐えられなかったわ)


 隣にいてくれるエイデンに感謝した。周囲の視線も素知らぬ顔で全く相手にすることなく、いつも通りの笑顔を、アケーシャにくれた。


 エイデンのおかげで、行きたくないと思っていた卒業パーティーも、楽しいと思えることができた。


 そして、卒業パーティーも終わりに近づいてきた頃、エイデンが少しだけアケーシャの隣を離れた瞬間に、それはやってきた。


 ダニエルが、可愛らしいドレスで着飾ったミモザを自分の後ろに隠すように立たせ、アケーシャをその瞳にしっかりと捉え、会場全体に響き渡る声で、告げた。


「アケーシャ、俺はお前との婚約を破棄する。これは国王陛下の承諾も得ている。決定事項だ。そして、お前には罪を償ってもらう。言い訳は一切聞かない。衛兵たちよ、連れて行け!」


 唐突に、婚約破棄を一方的に宣言した。罪を償えと、捲し立てた。


(どういうこと? 罪?)


 一言も言葉を発することを許されぬまま、控えていた王家の衛兵たちの手によって、アケーシャは、卒業パーティーの会場から強制的に外へ連れ出された。


「せめて、一言だけでも、最後にきちんと話させて……」


 アケーシャの最後の願いは、儚くも散った。




 

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