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アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -08-

「姉様! これから一緒に通えますね」

「入学おめでとう。私もとっても嬉しいわ」


 二年生になると、エイデンが入学し、アケーシャに笑顔が増えた。


「だけど、姉様、本当にこのままでよろしいのですか?」

「ええ、エイデンも何もしなくていいわ。今だけ、きっと、今だけだから」


 入学したばかりのエイデンにも、すぐにダニエルの噂は知ることとなった。相変わらず公衆の面前で、ミモザを口説いているのだから。

 だけど、エイデンの前でも、アケーシャは笑っていた。


(エイデンに心配をかけてはいけないわ。私がしっかりするのよ)


 エイデンとの時間は思うように取れず、朝の通学の時だけ。放課後は、王妃教育のために王城へと向かわなければならなかった。


 王妃教育がなくても、成績を維持するために図書館で勉強をしなければならなかった。ただ、エイデンが何も言わず、隣に座って勉強をしてくれることが嬉しかった。


 そんな忙しい生活をしていると、あっという間に二年生が終わり、三年生になった。


 卒業試験を間近に控えたころ、気丈に振る舞っていたアケーシャも、とうとう限界を迎えてしまう。


 ちょうど、王妃教育と試験勉強とが重なって、気力体力共に消耗していた時のことだった。


 父から呼び出され、一方的に捲し立てられ、責められたのだ。


「アケーシャ、同級生を虐めるとはどういうことだ、我が公爵家の名に泥を塗るなんて、恥を知れ」

「お父様、それは……」

「黙れ、お前の言葉など、誰が信じるか」


 反論しようとするも、全く聞き耳すら持ってくれない。全て謂れのない罪なのに。


 王家側がアケーシャとの婚約を解消したいがために「アケーシャに非がある」と父に話が伝わったのだ。


 むしろ、アケーシャは婚約者であるはずの王太子に、白昼堂々の学園内で、これ見よがしに浮気をされ、虐めの首謀者に仕立てあげられた被害者とも言える立場なのに。


 あれだけ王妃の資質があると言ってくれた母でさえも、もちろん味方になどなってくれない。


「碌に、淑女の嗜みもできないくせに、そんなことだから、変な噂が立つのよ」


 嫌味を言われ、蔑まされた視線を送られた。




「何よっ、今、淑女の嗜みなんて、刺繍のことなんて関係ないじゃない!! どうして誰も私の話を聞いてくれないの?」


 自室に一人籠って、愚痴をごぼしていた。あの祠に行きたかったけれど、外出禁止を言い渡され、部屋に閉じ込められたから。


「もう嫌! もう全てやめたい!! 私だって、もっと自由に恋も遊びもしたかったのに。せめて、誰か私の話を聞いてくれる友達がいればよかったのに。エイデンに……ううん、エイデンはだめ。こんなことで、エイデンを困らせてはいけないもの。エイデンのことは、私が守ってあげなければいけないんだから」


 アケーシャは、自身の唯一の理解者であるエイデンに相談しようかとも頭を過ぎったが、思い留まった。


 エイデンを巻き込みたくなかった。エイデンにこんな惨めな自分を知られたくなかった。エイデンの笑顔を、奪いたくなかったから。




 そして、行き場のない黒い気持ちを抱えたままのアケーシャは、とうとうその気持ちが爆発してしまう。


 学園の階段の踊り場で、可愛らしい笑顔を浮かべながら、お気に入りと思われる刺繍のハンカチを手に、談笑しているミモザを見てしまったから。


(私は王妃になるために、こんなに必死で王妃教育を受けているのに)


 思い始めたら、止まらなかった。


(試験だって、良い成績を取らないといけないのに)

 

 次から、次へと


(私は、好きな人と結ばれることさえ叶わないのに)


 押さえ込んでいた、黒い気持ちが溢れ出す。


(どうせ、私は刺繍が苦手よ!)


 一度思い始めたら、もう止まることはなかった。長年蓄積されてしまった負の感情が、堰を切ったように溢れ出してしまった。


「刺繍ができるからって、いい気になってるんじゃないわよ!!」


 思わず、ミモザが手にしていた刺繍のハンカチを奪い、叫んでいた。


「えっ、アケーシャ様!? だめ、それだけは……」


 今まで、どれだけ虐められても反抗はおろか、反論さえしなかったミモザが、この時だけは、アケーシャに飛びかかってきた。


「返してっ!!」


 アケーシャの手からハンカチを取り返そうと、その手に飛びかかった。次の瞬間、近くにいた生徒の悲鳴だけが辺り一面に響く。


「きゃあぁぁぁぁ!!」


 ハンカチを取り返した際に体勢を崩してしまったミモザは、階段から転げ落ちてしまった。


 その叫び声に、自我を取り戻したアケーシャは、自分のしでかしたことの重大さに気付き、全身が震え出す。心底悔やみ、そして嘆いた。


(私は、何てことをしてしまったの!?)


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 力なくその場に座り込み、ただひたすら謝りながら、声が枯れるほど泣き続けた。


 それは、人前では決して涙を見せることのなかったアケーシャが、公衆の面前で唯一泣いた出来事だった。


 幸いにも、ミモザが大事には至らなかったと耳にして、ほっと胸を撫で下ろした。





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