表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/59

アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -07-

「今日から学園がはじまるのね、憂鬱だわ……」


 アケーシャの口から、深いため息が漏れる。


「赤点なんて取ったら、きっと私は人知れず処刑されるのよ」

「はは、姉様が赤点を取る試験って、どれだけ難しいんですか? 赤点どころか他のみんなは0点ですよ」

「エイデン、冗談ではないのよ。本気で言ってるんだから。もう私の頭は王妃教育だけで爆発しそうなのよ?」

「はい、はい」


 軽く流すエイデンの顔は、いつも以上に笑顔だ。基本エイデンはアケーシャといる時だけは、笑顔を絶やさない。そのことに、アケーシャも気付いている。


「姉様、俺は今、すごく嬉しいです。姉様の制服姿を一番に見れたのだから。本当にとてもお似合いです」

「ありがとう。少し恥ずかしいけれど、とっても嬉しいわ」


 優しい笑顔で真っ直ぐに見つめられたアケーシャの頬は、少しだけ赤く染まる。


「ただ、心配なのは、姉様に変な男が寄り付かないか、です」

「あら、私が王太子殿下の婚約者なのはもう有名な話よ? それに、そんな物好きな人いるわけないじゃない」


 ふふっと微笑むアケーシャに、今度はエイデンがわざとらしくため息をつく。


「姉様は自分が分かってないんだから。まあ、残念なのは、俺が一緒に通えないこと。早く来年にならないかな。もちろん毎日一緒に通いましょうね」

「エイデンったら、私の入学式もまだ始まってないのに、もう来年の話? ふふ、もちろん楽しみに待っているわね」


 約束の指切りをして、エイデンの絶賛の声に押されながら、学園へと向かった。


「来年はエイデンが入学か。エイデンの制服姿もきっと似合うわね」


 来年のことを思い浮かべながら、ふふっと笑う。こうして自然と笑えるようになった理由を、アケーシャは気付かないふりをする。


「エイデンの笑顔は私が守らなきゃ。だって、私はお姉ちゃんなんだもの」


 心がズキンと傷んでも、エイデンを失うかもしれない恐怖と比べたら、ほんの些細なこと。だから、絶対にそれ以上は求めようとはしなかった。




 ******




 入学式を終え、教室に戻ろうと中庭の横の通路を歩いていると、聞き覚えのある声が耳に届く。


「君の名前を教えてくれ。俺は、君にずっと会いたかったんだ」


 突然聞こえてきたその声に、辺りが騒然とする。


「この声は、王太子殿下よね?」


 声のする方におそるおそる目を向けると、目を疑うような光景を目の当たりにしてしまった。


「きゃあああっ!!」


 同時に、悲鳴にも似た声が、周囲の女子生徒から漏れる。


 ダニエルが女子生徒の手を取り、その手に口付けをしていた。


「もしかして、あの子が? でも、こんなに大勢の生徒が見ている前で、そんなことしてしまったら……」


 アケーシャの嫌な予感は的中した。その噂は瞬く間に広まり、全校生徒の知るところとなる。


「スコット男爵家の御令嬢だって。ミモザって言うらしいわよ」

「えっ? だって、王太子殿下って婚約者がいらっしゃるわよね?」

「ええ、アケーシャ様よ。お可哀想に」

「あの男爵令嬢でもいいんだったら、私もアタックしてみようかしら?」


 もちろん、アケーシャの耳にも、それらは届く。


 ただ、肝心のアケーシャは、というと、ダニエルに対する想いはすでに冷めきっていたし、好いた女性がいることにも気付いていた。


 だから、あの時の二人の姿を目の当たりにした瞬間、全てを理解していた。


「やっぱり彼女こそが、王太子殿下の想い人なのね。まるで私とは正反対のとても可愛いらしい子……」


 ミモザは、ピンクブロンドのゆるくウェーブのかかった髪に、大きくぱっちりとした瞳、ほんのり赤く染まる頬。彼女を取り巻く全てが可愛らしくて、守ってあげたくなるような女の子だった。


 アケーシャは、二人に文句を言ったり、忠告したりするなど、二人に関わろうとする気にもならなかった。それどころか、


(もっと上手くやればいいのに、そしたら、一時の火遊びだって、きっとみんなが笑って許してくれるのに……)


 学園にいる時だけの一時的なもの、と笑って許される。男爵令嬢ごときに本気になるはずがない、と。


(本気だって気付くのは、私だけで済むのに……)


 たとえ本気だとしても、学園の中だけではダニエルの気の済むように、黙っていようと決意していた。


 ところが、周りはそうは思っていなかった。


「アケーシャ様がお可哀想」

「アケーシャ様の方がお綺麗なのに」

「すぐに飽きて、アケーシャ様に戻られるわ」


 心底どうでもいい話だった。それなのに、いつしか、その御令嬢たちがミモザを虐め始めた。


「アケーシャ様のため」という大義名分の下、少しの忖度と男爵令嬢ごときが気に食わない、という思いから、始まったものだった。


 ミモザがそのような状況下に置かれたことに、もちろんすぐに気が付きはした。だけど、見て見ぬふりをした。


「私には関係のないことだわ。それに、全て自分たちが巻いた種じゃない」


 少しだけ、虐められるミモザのことを、いい気味だ、と思ってしまったが、それも一瞬のこと。


「だめね、こんな邪な気持ちでは、王妃失格だわ」


 すぐに自分を律し、懺悔した。




「あーあ、早く来年にならないかしら」


 来年、エイデンが入学してくることだけが、すでに学園生活の唯一の楽しみになっていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ