時戻りの逆転人生で、初恋のやり直しを -07-
「ねえ、アケーシャ、行きたいところがあるのだけど、一緒に行ってくれない?」
「はい! もちろんです」
二人は、アイリーンとハンナの話が盛り上がる中、お気に入りだったあのアカシアの木の下にある祠に向かった。
「ただいま」
ミモザがそう呟くと、風がぴたりと止んだ。ルツィフェは“ミモザがただいま”と告げたことに、違和感を感じて驚いたから。
「あ! あの時の男の人だ!!」
祠の前に立つルツィフェを見たアケーシャは、すぐにあの時ーーエイデンに殺された時、アケーシャになりたいと願った時に、目の前にいた男性だと気がついた。だけど、
「ねえ、アケーシャ、何言ってるの? 誰もいないわよ?」
「ええっ!?」
ミモザには見えなかった。
間違いなく自分のことを認識しているアケーシャに、ルツィフェもまた驚きを隠せない。
『……もしかして、君には俺が見えるのか? それに、君はアケーシャだけど、俺の知っているアケーシャじゃない』
そして、ルツィフェはどうして自分が見えるのかを理解した。今のアケーシャがミサナの生まれ変わりだと。
「はい。わたしにはあなたのことがはっきりと見えます。あの、あなたは誰ですか? どうしてミモザには見えないのに、わたしには見えるんですか?」
『ミモザ? あっちの子が、今までのアケーシャだね?』
「分かるんですか? そもそも、わたしたちが入れ替わったのは、あなたが願いを叶えてくれたからじゃないんですか?」
『俺が、願いを叶えた?』
願いを叶えた覚えはない。やり直す前のことはルツィフェの記憶にはないから。
「はい。空がピカっと光った時に、わたしにあなたが言ったんです。『それが君の願いだね、叶えてあげる』って。そしたら時間が巻き戻って、わたしたちは入れ替わっていたんです」
『時間が巻き戻った? 君たち、まさか人生をやり直してるのか?』
「はい」
どうしてそんな馬鹿なことをしたのか、とルツィフェは自問自答する。
アケーシャが明らかに誰かと話しているのを見て、ミモザが思わず声を掛ける。
「ねえちょっと! 私を除け者にしないで。一体何が起こってるの?」
「やっぱりミモザには見えないんだ。ここに男の人がいるんです!」
アケーシャの指す方を見ても、やっぱり誰もいない。
「え? また? 教会でもおばあちゃんが見えるって言っていたわよね?」
ミモザの言葉に、血相を変えたようにルツィフェが驚いた。
『アーシャを知っているのか? アーシャのことも見えたのか!?』
「え? 教会のおばあちゃんのことですか? 知っているというか、わたしが教会に行くと、必ず眠っているおばあちゃんに会うんです。あの方がアーシャさんって言うんですか?」
それから三人は今まで二人の身に起きた出来事を話した。ルツィフェの言葉はミモザには聞こえないから、アケーシャが仲介をして。
「え? 何それ? 王太子様の呪いって何?」
「え? 逆にどうして知らないの? 王太子妃になったのよね? 印の話をされなかった?」
「印? もしかして、王妃様が身体を確認するやつ? 王妃様に『服を脱ぎなさい!』ってすごい剣幕で言われるの」
「たぶんそれよ。それなら聞いてるわよね?」
「王妃様に、必要になった時まで教えないし、誰にも聞くなって言われたわ」
ミモザは察した。口外されることを恐れたのだろうと。
「それなら三度目は、印の持たない私が王太子妃になってしまったから、そのダレル王太子殿下の願いが発動して、国が滅びようとしていた、と。それを防ぐために、アーシャ様が、時間を巻き戻した、と言うことなんですね」
『ああ』
「そのアーシャ様は、どうして眠っているのですか?」
『ダレルの願いが発動するまで、アーシャの時間を止めてるんだ』
「そっかあ、アーシャさんは眠ってるわけじゃなくて、時間が止まってるんだ」
どおりでいつ行っても同じ格好で微動だにせずあそこにいたのか、と納得をした。
「ルツィフェさんは、アーシャさんに会いに行かないんですか?」
『……』
ルツィフェは答えられなかった。会いに行くのが怖い、だなんて、10歳の女の子たちに言えなかった。
「きっと、アーシャさんは絶望なんてしないと思います。もし絶望したとしても、ルツィフェさんに会えたことで、その気持ちが癒されると思います!!」
『……』
「わたし、やり直しの人生で、実は目を覚ますたびに絶望しました。だけど、起きたらすぐにお母ちゃんがいてくれたおかげで救われました。やり直しの何が嬉しかったかって、お母ちゃんに会えたことが本当に嬉しかった。きっとアーシャさんも同じだと思います。だから、もしも今度アーシャさんが目を覚ます時には、アーシャさんの隣にいてあげてください!!」
アケーシャは、いつも“アケーシャ様”に対する懺悔の気持ちと共にやり直しの人生が始まった。だけど、すぐにもう会えないと思っていたハンナの笑顔に出会えたことで、もう一度頑張ろうと思えたのだから。
『目を覚ました時、俺のことを忘れてるかもしれない』
「きっと忘れません。もし忘れていても、ルツィフェさんみたいな格好良い人が目の前にいたら、きっと喜びますよ! 一目惚れだってしちゃうかもしれません」
『一生このまま目を覚さないかもしれない』
「もうっ、隣で一緒に寝てればいいじゃないですか! 何なら膝枕をしてもらっちゃえばいいんですよ。役得ですよ! まあ、それはそれで、起きた時にびっくりするだろうけど、きっと笑ってくれますよ!」
『……ふっ』
アケーシャの提案に、ルツィフェは笑みを漏らした。
『はは、まさかあのミサナに背中を押されるとはな。しかも、一緒に寝ろだなんて』
(そうだよな。何を怖がってるんだろう。心が傷付いていたら、癒しの魔法をいくらだってかけてあげられるのに)
今さら何に怯えているんだろう、と。
(きっと、アーシャが絶望するかもしれないと言い訳をして、本当は自分が傷付くのが怖かっただけなんだ。アーシャなら初めて会った時のように驚くかもしれない。膝枕してくれたあの時のように、恥ずかしがりながらも俺にだけ分かるように笑ってくれるかもしれない。隣にいるのが当たり前に感じてくれるかもしれない)
次にアーシャが目覚めた時は隣にいたい。どんな反応をするのか、想像して待つのも楽しいかもしれない、そう思ったルツィフェは決心した。
『今から教会に行ってくる。アーシャに会いに行くよ』
「はい! きっと喜ぶと思います」
アケーシャは満面の笑みで送り出す。
『勇気づけてくれたお礼に、それぞれひとつだけ願いを叶えてあげるよ』
お礼とは言っているけど、本当は初めから叶えるつもりではいたけれど。
ミモザはその言葉をアケーシャから伝えられ、ずっと思っていたことをルツィフェに尋ねる。
「……あの、今まで私のお願い事を聞いてくれていたのは、やっぱりルツィフェ様ですよね?」
『たぶん……俺は覚えてないけど』
「今まで本当にありがとうございました。私、あなたのおかげでたくさん救われました。お願い事を叶えてくれただけじゃなくて、あなたがずっとここにいてくれたことで、私は救われたんです。あなたのことを本当の家族みたいに思っていたから」
ずっと孤独だったけど、祠に来ることで、救われていた。たくさん話を聞いてくれて、言葉ではないけれど、いつも風を吹かせて答えてくれていた。
『俺も、君に会えるのが楽しみだった。生きる希望がなかった俺が、君のおかげで、再び、願いを叶えてあげたいという思いを持てたのだから』
アケーシャからルツィフェの言葉を聞いたミモザは、三度目の人生で願うことができなかったもう一つの願いを口にしようとした。
「あの、私のお願い事なんですけど、もし叶えてもらえるのなら、ルツィフェ様のお願い事を叶え……」
『待て、そこまで!! 今は言うな!!』
「ミモザ、今は言わないでって」
「えっ?」
ミモザはルツィフェの願いを叶えてあげたかった。今までの感謝の気持ちのかわりに、ルツィフェの願いを叶えてあげたかった。
『俺は、君たちの願いを叶えてあげたいのは本当だ。だけど、今までの話を聞く限り、また君たちが自分の力だけではどうにもできないことが起きるかもしれない。俺はひとつしか願いを叶えることができないから、今その願いを俺のために使わないでくれ』
「でも……」
『もしも君たちが、願うことなんてないくらい心から幸せだと思えた時に、その続きを聞かせてもらうよ』
「それで本当にいいんですか?」
『ああ、だって俺は愛の神様だから。まずは君たちが愛する人と結ばれてもらわなきゃ。もう長いこと待ってるんだから、それが少しくらい延びても大丈夫だ。だから、それまでは俺もアーシャに膝枕でもしてもらって待ってるよ』
「ふふ、じゃあ、今度こそ必ず幸せになって報告しに行きますから」
教会に向かうルツィフェを二人は見送った。
ルツィフェは最後に、癒しの魔法を二人にかけた。ふわりと二人を優しい風が包み、幸せの報告を楽しみに待ってるよ、と返事をした。




