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アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -04-

(心臓が破裂しそうだわ。この後、キスをするのよね。初めてのキスを)


 両家の顔合わせが始まり、お互いに自己紹介をするなど、順調に話が進んでいるように見えた。


 向かい合わせに座っているダニエルを、ちらりと見るも、この後のことがどうしても頭をよぎり、恥ずかしすぎて直視ができない。


(無理、無理!! 私、まだ王太子殿下のことを何も知らないもの。そりゃ、とても美しい方だと思うけど。……でも、これからお互いを知って、少しずつ好きになればいいのよね。そうすればきっと幸せになれるわ)


 とうとう別室で二人きりになり、キスをするために向かい合った。緊張しすぎて、どうしても顔を上げることができない。


(本当にキスをするのよね? まだ私たちは知り合ったばかりだけど。冗談ではないのよね?)


 冗談だと思いたい、だけど冗談を言うはずがない、と頭の中では酷く混乱していた。


 初恋も、まだだったから。


 いざ、覚悟を決めて俯いていた顔を上げた瞬間、目の前にいる本物の王子様に、一瞬にして目を奪われた。


 呼吸を忘れてしまうほど見惚れてしまい、みるみるうちに、透き通るほど白い肌は紅潮し、爪の先まで熱を帯びているのが分かった。


 あり得ないほどの速さで早鐘を打つ胸の鼓動が、しんと静まり返っていた二人きりの部屋に、ドクンドクンと鳴り響いているように思え、今にも悶え死にそうだった。


(もう無理っ、絶対に聞こえてるわっ、恥ずかしい!!)


 隠しきれないそれらを必死で覆い隠し、死ぬ思いでダニエルと向かい合わせに立った。


 だけど、気付いてしまった。


(私のことを、少しも見てくれないのはどうして?)


 美しいはずの金色の瞳は、ずっと伏し目がちで、その瞳が無言で語る現実に、得体の知れない不安に襲われた。


(き、きっと、王太子殿下も緊張してるのよね、そうよ、私だってこんなに緊張してるんだもの)


 不安を煽るように、沈黙が走る。

 二人きりになってから、未だ一言も言葉を交わしていない。


 それは、ダニエルが始終無言で沈黙を貫いているからで、アケーシャから言葉をかけることなど失礼に当たってしまう。


 だけど、決して表情には出さない。少しでも笑顔でいたい。この先もずっと、笑顔の絶えない幸せな家族になりたいから。


 ようやく、ダニエルが口を開いた。


「あなたとは、絶対に幸せにはなれない」


 思わず、目をぱちくりと瞬かせてしまった。言葉が出てこない。


(な、何を仰られたの? 聞き間違いよね?)


 聞き間違えではないのは分かっていた。だけど理解が追いつかなかった。

 それなのに、容赦なく、さらに追い討ちをかけるように想像を絶する言葉が投げつけられる。


「だけど、婚約は結ぶ」

「……あ、あの、仰られている意味が、よく分からないのですが?」


 本当に、意味が分からなかった。


(まだ、私のことを知らないから、今は好きではないという意味なら、まだ理解できるわ。私も王太子殿下のことが好きかと聞かれたら、まだ好きではない、はず。でも、幸せにすることができないって、好きとかそういうのとは別の話よね? それをどうして私に仰るの?)


 どうして、幸せになれないと分かっている人と、婚約をする奇特な人がいるのだろうか。たとえ、政略結婚だから仕方がないとしても、どうしてそれを相手に告げるのだろうか。


(……私のことを馬鹿にしているの?)


 ダニエルの口にする言葉の全てが、アケーシャの頭を酷く混乱させた。


「意味などない。あなたに対する気持ちもない」


 その声は、全くと言っていいほど感情がこもっていなかった。冷たさも、温かさもなく、愛情も、嫌悪もない。

 ただ単調に事実のみを告げられたことが、ひしひしと感じられてしまった。


(落ち着け、私。きっと何か理由があるはずよ)


 平静を保とうとするその意に反して、身体が小刻みに震え始めた。この日のために両親が選んでくれたスカートをぎゅっと握りしめ、どうにか震える声を悟られないように言葉を絞り出す。


「それなら、どうして私と?」

「王家の決めた婚約者があなただからだ。だが、絶対にあなたを愛することはないと思え」


 言葉を失ってしまった。代わりに沸々と胸の内に込み上げる。


(信じられない……王太子殿下だからって、仰って良いことと悪いことがあるはずよ)


 生まれて初めて、軽蔑の感情を持った。


 王妃になる者として、聖人君子でありたいと思っていた。少しぐらいの愚痴は口にすれど、必要以上に邪な心は持たないように心掛けていた。

 それなのにーー黒い靄のような感情が生まれてしまった。


「この婚約は、今すぐにでもやめるべきです」

「それはできない」

「どうして、でしょうか? 絶対に、絶対にそんなのおかしいです」

「王家の決定事項だからだ。ただ、それだけだ」


 王族の血を引く王位継承者の証でもある金色の瞳は、アケーシャを一度も映さない。ちらりとも見ようとしない。


 映す価値などない、と言われている気がした。


(まさか、本気で仰っているの?)


 一瞬にして血の気が引いた。


 同時に、反抗する子供のようなその態度に、なぜだか揺るぎない意思の強さを感じてしまい、得体の知れない不安だけがアケーシャを支配する。


(幸せになれないと分かっているのに婚約をして、好きや嫌いどころか、何の情も持てない私と結婚をするってこと?)


 涙が零れ落ちそうになるのを堪えるだけで、精一杯だった。握り締められたスカートは汗に濡れ、皺くちゃになっている。

 ぐっと奥歯を噛み締めると、もう逃げ出したい、と心が悲鳴を上げた。


 だけど、逃げ出すことなど、アケーシャにはできなかった。せめて、そんな矛盾したことが罷り通ってはならないと、アケーシャは説得を試みる。


 このままでは、お互いに幸せになんてなれないことが、痛いほど分かりきってしまったから。


 本当は、今すぐにでも逃げ出せたらどれだけ良かったことか。


「そんなの絶対に間違ってます。幸せになるために結婚するべ……」


 その瞬間、乱暴に口は塞がれた。アケーシャの生まれて初めてのキスで。


(嫌っ!!)


 重なり合ったのはほんの一瞬。すぐに唇は離された。だけど、とても大切なものを失ってしまった気がした。


 そして、ダニエルはそのまま部屋を出て行った。一度もアケーシャをその瞳に映すことはなく、バタンッ、と乱暴にドアは閉められた。


 一人部屋に残されたアケーシャは、ただ呆然とその場に立ち尽くした。あまりに衝撃すぎる突然の出来事に、声も涙さえも出なかった。





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