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アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -03-

「緊張するわ、今にも心臓が飛び出してしまいそう」


 生きてきた中で一番と言っていいほど緊張している。ドクンドクンとあり得ない速さで心臓が早鐘を打つ。

 周りに聞こえているのではないかと、何度ちらりと周囲の様子を窺ってしまったことか。


 それもそのはず、ウォーレス国の王族との婚約には、婚約の儀というものが執り行われ、それが今から始まるのだから。


「アケーシャ様、こちらにおいでください。王妃陛下が、アケーシャ様だけをお呼びになられております」


 間もなく婚約の儀が始まるというときに、アケーシャはなぜか王妃から名指しされ、ただ一人別室に呼ばれた。


「王妃陛下から直々にお話があるだなんて、王家の婚約の儀って、一体どのようなものなのかしら? しかも、私だけしか説明を聞いてはいけないだなんて、不安だわ。不安な気持ちに押しつぶされて死んでしまいそう」


 アケーシャの思考は、悪い方へ悪い方へとぐるぐると駆け巡る。だけど、そんな不安な気持ちでさえ、誰にも悟らせないように、気合を入れる。


「大丈夫よ。私には王妃となる資質がある!」


 毎日のように聞かされてきた母の口癖で、自分を鼓舞させた。


 そして、別室で王妃から王家の婚約の儀についての説明を受ける。


 王妃は、とても美しく、とても厳しいことで有名だった。そして何より有名なのが、自身の息子である王太子にだけは甘いということ。


「アケーシャ、これから私が言うことは他言無用、家族にも、誰にも、決して話してはいけませんよ」

「はい、かしこまりました。王妃陛下」


 王妃の言葉に、思わず、ごくりと喉を鳴らして息を呑んだ。


(うぅっ、一体今からどんなことを聞かされるのかしら? 呪いの言葉? 誰にも話せないような王太子殿下の秘密とか?)


 一気に全身に緊張が走った。


「心配しなくても、あなたが今、思い浮かべているような恐ろしいものではありませんよ。あなたにはある儀式を行ってもらいます」

「儀式、ですか?」

「ええ、もちろん簡単に終わります。あなたにはこの後、ダニエル王太子と口付けをして貰います」

「口付け、ですか?」


(口付けって、“キス”のことよね……!?)


 アケーシャは思わず聞き返してしまった。


 まさかのキス、されどキス。アケーシャにとっては、もちろん初めてのキスになるのだから。

 それ故、アケーシャの頬は一気に赤く染まる。


 その反応を見た王妃は、まだまだ子供ね、とでも言いたさげに、大人の余裕の笑みを浮かべた。


「はい。簡単なことでしょう?」

「……はい」


 今のアケーシャの辞書に、“いいえ”という言葉はない。もちろん“ノー”もない。なんとか「はい」という二文字を絞り出した。

 もちろん内心は荒れに荒れている。


(簡単ではないですっ!! 王妃陛下はご結婚されているのでとっても簡単なことかもしれませんが、キ、キス!? 私が王太子殿下とキスぅ!?)


 だけど、必死で笑みを浮かべた。全く余裕はないけれど。


 そんなこととは露知らず、アケーシャを見定めるように見ていた王妃は、口角を上げて微笑む。


「やはり、アケーシャは噂通り聡明な女性ですね」

「有り難きお言葉、光栄でございます」


 そして、王妃はさらに言葉を続けた。


「王位継承権を持つ王族の血は呪われています。そのために、婚約の儀では、古くから受け継がれる特別な儀式をしなければなりません。それが“口付けを交わすこと“と定められているのです」

「口付けを交わすことで、何かが起こるのでしょうか?」


 堪らず、アケーシャは質問をする。それだけ動揺の色が隠せなかった。


「身体に『印』が刻まれます。口付けをする条件も定められており、10歳前後の年に、初めて口付けを交わした女性、その者にだけ特別な印が授けられます。その印のある者だけに、王妃または王太子妃になる『資格』が生まれるのです」




 それは遥か昔、身分違いの恋をしていた王太子の悲恋の物語。


 国王に即位するにあたり、結婚することを余儀なくされた王太子は、身分違いの恋人との結婚を懇願した。


 しかし、願いは叶わず、王家の用意した有力貴族の御令嬢と結婚することとなる。


 身分違いの恋人は、彼のためを思い、自ら身を引いた、と伝えられ、彼はその意を汲んだから。


 身分違いの恋人が、王家の者の手によって、暗殺されていたことも知らずに。


 のちに、その事実を知った彼は、堪らず王族の血に呪いをかけた。自らの命と引き換えに、古の魔法使いに依頼して。


 +++++


 王位継承権を持つ者が10歳前後になった時に、初めて口付けを交わした女性以外が王妃または王太子妃になった場合、国が滅びることになる


 +++++


 自分の血を引く者たちが、自分のように本気で愛した女性と引き裂かれることが、二度とないように……




 それが、王妃が説明してくれた“王太子の呪い”だった。


「古の魔法使いって、あの絵本の、でしょうか?」

「おそらくそうでしょう。ヴァンガード公爵家にも絵本が伝わっているのでしたね」


 それは、王家とヴァンガード公爵家のみに古くから伝わる絵物語。


(たしか、小さい頃に家のどこかで見た気がするわ。ふふ、懐かしいわ。今度、探して読んでみましょう)


「他に、質問はありますか?」

「あの、もしかして、王太子殿下が極端に女性と接するのを避けていた理由って、この呪いのせいでしょうか?」


 これまで王太子は、女性と接する機会を与えられなかったという。

 公爵令嬢のアケーシャでさえ、幼い頃に数回だけ会ったことがある程度。最近では、会うどころか目にした覚えもなかった。


「ええ、その通りです。もし、万が一にでもこの情報が漏れ、王太子妃の座を狙った不届き者が現れないとも限らないですし、思わぬ事故に巻き込まれて、口付けを奪われる可能性もありますから。もちろんどのような理由があるにしろ、決して許されることではありません」


(ひぃっ!!)


 王妃の笑みは、凍てつくほど冷めたものだった。思わず震えてしまうほどに。


(もしかして、情報が漏れて、王太子殿下が狙われたことがあったのかしら? 私も絶対に秘密を厳守しなくては……)


 そしてこの後、アケーシャは、初めてのキスすることを余儀なくされた。




 

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