ミモザの心苦しい恋と時戻り -06-
「わたしなんて、王太子様に相応しいわけがないのに……」
だから、自分が相応しくないということを、ダニエルに訴える作戦を決行した。
「えっ!? ミモザは、スコット男爵家の養子なのか?」
「はい。とても貧しい平民の出です。住んでいたのは王都の郊外の、地図にも載ってないような集落ですし」
見て取れるほど驚き、深刻な顔をするダニエルの姿を見て、ミモザは思う。
(もしかして、作戦成功!? そうだよね。貧乏な平民出身なんて相手にしてられないよね)
だけど、どうしてか素直に喜べなかった。もしかしたら、という気持ちがあったのかもしれないと思うと、余計に自分が憐れに思え、唇をぎゅっと噛み締める。
(きっと、今日でお終い。よーし、今だけは思う存分、王太子様を眺めよう!)
「……そうか、だからなのか」
ダニエルに目を向けると、考え込んでいたかと思えば、突然人目も憚らず抱きしめてきた。
(えっ、えぇぇええ!! どういうこと!?)
「ミモザは大変な思いをしてきたんだね。産んでくれたご両親はもう……」
「え、あ、違います。生きてます。確かに父は病気で亡くなったのですが、母は生きてます。消息不明なんですけど、きっと母のことだから元気だと思います。あの刺繍のハンカチも、母がくれたものですから!!」
だから放してください、と必死で訴えた。
「そうか、それなら母君に会えるといいね」
「はい!」
(……って、思いっきり作戦が失敗してるし。どうして抱きしめられたの!? それにわたしが励まされてどうするのよ!!)
ことごとく、作戦は失敗に終わった。
******
三年生になった頃には、虐めも以前よりは少なくなってきた。だけど、なくなったわけではない。
(自分で巻いた種だもの。仕方がないよね。それだけのことをしているんだから)
そんなつもりはなくても、結果的に婚約者のアケーシャを差し置いて、ダニエルと一緒にいるのは事実なのだから。
(だけど、このままじゃ、アケーシャ様との関係が……)
卒業後には、ダニエルはアケーシャと結婚することになる。今のままではいけない。
だけど、ミモザが虐められれば虐められるほど、ダニエルは過保護なほどの寵愛をくれ、同時に、虐めの首謀者と噂されるアケーシャには、嫌悪感を顕にした。
だから、何度も訴えた。
「アケーシャ様は、絶対に関係ないと思います! わたし、アケーシャ様には一度も何もされてません!!」
「ふっ、ミモザは優しいんだな」
「そうじゃなくて、アケーシャ様とも、一度きちんと……」
「もしかして、脅されてるのか!? 大丈夫だ、ミモザのことは俺が守ってやるから。ミモザは安心して俺の隣にいてくれ。アケーシャのことは、俺がどうにかするから」
何度ダニエルに訴えても、聞く耳を持ってくれなかった。それどころか、悪い方へ悪い方へと解釈される。一抹の不安さえ覚えた。
そして、卒業を間近に控えた頃に、その不安が現実のものとなるきっかけが起こってしまった。
「ミモザ様のハンカチの刺繍、とても美しいですね」
「本当ですか! ありがとうございます! これが褒められるのが一番嬉しいんです。とっても大切な人がくれたハンカチなんです」
階段の踊り場で、手に握っていたハンカチを見たクラスメイトに話しかけられた。嬉しさのあまり、ミモザの花の刺繍がよく見えるように、ハンカチを広げて見せた。
ハンナとの大切な思い出を誰かに話せることは、とても嬉しかったから。
「え? もしかして王太子殿下からの贈り物ですか?」
「ま、まさか、違いますよっ。わたしの母からです!」
「ふふ、ミモザ様ったら、隠さなくてもいいですよ」
「もうっ、本当で……」
ーーー刺繍ができるからって、いい気になってるんじゃないわよ!
「!?」
突然、叫びながら現れた誰かに、手に持っていた刺繍のハンカチを奪われてしまった。
「えっ、アケーシャ様!?」
アケーシャになら、何をされても文句は言えない、そう思っていた。だけど、気付いたら体が勝手に動いていた。
「だめっ、返してっ!!」
ハンカチを取り返そうと、アケーシャに飛びかかっていた。ハンナに貰った刺繍のハンカチだけは、絶対に手放せなかったから。
(あ、やばい……)
「きゃあぁぁぁぁ!!」
悲鳴が耳に届いたときには、天と地がひっくり返っていた。
ハンカチを取り返した際に、体勢を崩してしまったミモザは、階段から転げ落ちてしまっていた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
周囲の喧騒の中、アケーシャの泣き声と、ひたすら謝る声が微かに聞こえてくる。
(アケーシャ様、わたしは大丈夫ですから、わたしも、あなたに謝らなきゃいけないのに……)
だけど、その言葉は届かない。すぐに医務室に連れて行かれてしまったから。
医師の診察を受け、大事をとって医務室で寝ていると、一人の美しい女性が部屋に入ってきた。
「もう一度、お身体を見せてもらってもいいかしら?」
「はい、どうぞ?」
(この方も、お医者さんなのかな?)
女性は一通りミモザの身体を見終えると、深いため息をついて、部屋を出て行った。
「えっ、何だったの今の人? ちょっと感じ悪いし。いや、貴族学園だから、念には念をってことなのかな?」
少しだけ、あのため息が納得いかなかったけど、そう思うことにした。
ミモザは階段から落ちたはずなのに、大した怪我もせず、ちょっと腕を打ったかな、程度。咄嗟に受け身を取っていた自分を褒めたくなった。
すると、女性と入れ替わるようにしてすぐに、ダニエルが医務室に入ってきた。
酷く焦っていて、泣き出しそうな顔で、心配してくれているのがすぐに分かった。
「ミモザ、大丈夫か!?」
「は、はい! もちろん大丈夫です。怪我もせずにすみました。ご心配おかけしてすみません」
えへへ、と笑ったミモザを、ダニエルはぎゅっと抱きしめた。
「えっ、王太子様?」
「今回のことは俺がどうにかするから。ミモザは俺のそばにいてくれ。この先もずっと。だから、卒業パーティーでは、俺にミモザをエスコートさせてほしい」
(それって、つまり……)
だめなのは分かっている。絶対に頷いてはいけない。手にぎゅっと力が入る。
その姿を見たダニエルが、ふわりと笑って言った。金色の瞳に、しっかりとミモザを映しながら。
「もちろん、一緒に母上を探そう。きっと祝福してくれるよ」
「……はい、よろしくお願いします」
ミモザの手には、刺繍のハンカチが皺くちゃになるほど、ぎゅっと握りしめられていた。




