表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/59

ミモザの心苦しい恋と時戻り -06-

「わたしなんて、王太子様に相応しいわけがないのに……」


 だから、自分が相応しくないということを、ダニエルに訴える作戦を決行した。



「えっ!? ミモザは、スコット男爵家の養子なのか?」

「はい。とても貧しい平民の出です。住んでいたのは王都の郊外の、地図にも載ってないような集落ですし」


 見て取れるほど驚き、深刻な顔をするダニエルの姿を見て、ミモザは思う。


(もしかして、作戦成功!? そうだよね。貧乏な平民出身なんて相手にしてられないよね)


 だけど、どうしてか素直に喜べなかった。もしかしたら、という気持ちがあったのかもしれないと思うと、余計に自分が憐れに思え、唇をぎゅっと噛み締める。


(きっと、今日でお終い。よーし、今だけは思う存分、王太子様を眺めよう!)


「……そうか、だからなのか」


 ダニエルに目を向けると、考え込んでいたかと思えば、突然人目も憚らず抱きしめてきた。


(えっ、えぇぇええ!! どういうこと!?)


「ミモザは大変な思いをしてきたんだね。産んでくれたご両親はもう……」

「え、あ、違います。生きてます。確かに父は病気で亡くなったのですが、母は生きてます。消息不明なんですけど、きっと母のことだから元気だと思います。あの刺繍のハンカチも、母がくれたものですから!!」


 だから放してください、と必死で訴えた。


「そうか、それなら母君に会えるといいね」

「はい!」


(……って、思いっきり作戦が失敗してるし。どうして抱きしめられたの!? それにわたしが励まされてどうするのよ!!)


 ことごとく、作戦は失敗に終わった。



 


 ******



 

 三年生になった頃には、虐めも以前よりは少なくなってきた。だけど、なくなったわけではない。


(自分で巻いた種だもの。仕方がないよね。それだけのことをしているんだから)


 そんなつもりはなくても、結果的に婚約者のアケーシャを差し置いて、ダニエルと一緒にいるのは事実なのだから。


(だけど、このままじゃ、アケーシャ様との関係が……)


 卒業後には、ダニエルはアケーシャと結婚することになる。今のままではいけない。


 だけど、ミモザが虐められれば虐められるほど、ダニエルは過保護なほどの寵愛をくれ、同時に、虐めの首謀者と噂されるアケーシャには、嫌悪感を顕にした。


 だから、何度も訴えた。



「アケーシャ様は、絶対に関係ないと思います! わたし、アケーシャ様には一度も何もされてません!!」

「ふっ、ミモザは優しいんだな」

「そうじゃなくて、アケーシャ様とも、一度きちんと……」

「もしかして、脅されてるのか!? 大丈夫だ、ミモザのことは俺が守ってやるから。ミモザは安心して俺の隣にいてくれ。アケーシャのことは、俺がどうにかするから」


 何度ダニエルに訴えても、聞く耳を持ってくれなかった。それどころか、悪い方へ悪い方へと解釈される。一抹の不安さえ覚えた。



 そして、卒業を間近に控えた頃に、その不安が現実のものとなるきっかけが起こってしまった。


「ミモザ様のハンカチの刺繍、とても美しいですね」

「本当ですか! ありがとうございます! これが褒められるのが一番嬉しいんです。とっても大切な人がくれたハンカチなんです」


 階段の踊り場で、手に握っていたハンカチを見たクラスメイトに話しかけられた。嬉しさのあまり、ミモザの花の刺繍がよく見えるように、ハンカチを広げて見せた。


 ハンナとの大切な思い出を誰かに話せることは、とても嬉しかったから。


「え? もしかして王太子殿下からの贈り物ですか?」

「ま、まさか、違いますよっ。わたしの母からです!」

「ふふ、ミモザ様ったら、隠さなくてもいいですよ」

「もうっ、本当で……」


ーーー刺繍ができるからって、いい気になってるんじゃないわよ!


「!?」


 突然、叫びながら現れた誰かに、手に持っていた刺繍のハンカチを奪われてしまった。


「えっ、アケーシャ様!?」 


 アケーシャになら、何をされても文句は言えない、そう思っていた。だけど、気付いたら体が勝手に動いていた。


「だめっ、返してっ!!」


 ハンカチを取り返そうと、アケーシャに飛びかかっていた。ハンナに貰った刺繍のハンカチだけは、絶対に手放せなかったから。


(あ、やばい……)


「きゃあぁぁぁぁ!!」


 悲鳴が耳に届いたときには、天と地がひっくり返っていた。


 ハンカチを取り返した際に、体勢を崩してしまったミモザは、階段から転げ落ちてしまっていた。


「……ごめんなさい、ごめんなさい」


 周囲の喧騒の中、アケーシャの泣き声と、ひたすら謝る声が微かに聞こえてくる。


(アケーシャ様、わたしは大丈夫ですから、わたしも、あなたに謝らなきゃいけないのに……)


 だけど、その言葉は届かない。すぐに医務室に連れて行かれてしまったから。



 医師の診察を受け、大事をとって医務室で寝ていると、一人の美しい女性が部屋に入ってきた。


「もう一度、お身体を見せてもらってもいいかしら?」

「はい、どうぞ?」


(この方も、お医者さんなのかな?)


 女性は一通りミモザの身体を見終えると、深いため息をついて、部屋を出て行った。


「えっ、何だったの今の人? ちょっと感じ悪いし。いや、貴族学園だから、念には念をってことなのかな?」


 少しだけ、あのため息が納得いかなかったけど、そう思うことにした。


 ミモザは階段から落ちたはずなのに、大した怪我もせず、ちょっと腕を打ったかな、程度。咄嗟に受け身を取っていた自分を褒めたくなった。


 すると、女性と入れ替わるようにしてすぐに、ダニエルが医務室に入ってきた。

 酷く焦っていて、泣き出しそうな顔で、心配してくれているのがすぐに分かった。


「ミモザ、大丈夫か!?」

「は、はい! もちろん大丈夫です。怪我もせずにすみました。ご心配おかけしてすみません」


 えへへ、と笑ったミモザを、ダニエルはぎゅっと抱きしめた。


「えっ、王太子様?」

「今回のことは俺がどうにかするから。ミモザは俺のそばにいてくれ。この先もずっと。だから、卒業パーティーでは、俺にミモザをエスコートさせてほしい」


(それって、つまり……)


 だめなのは分かっている。絶対に頷いてはいけない。手にぎゅっと力が入る。

 その姿を見たダニエルが、ふわりと笑って言った。金色の瞳に、しっかりとミモザを映しながら。


「もちろん、一緒に母上を探そう。きっと祝福してくれるよ」

「……はい、よろしくお願いします」


 ミモザの手には、刺繍のハンカチが皺くちゃになるほど、ぎゅっと握りしめられていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ