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アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -11-

「えっ? 私、生きてる?」


 思わず、自身の首に触れてしまった。


「首が、繋がってる……」


 普通なら当たり前のこと。だけど、脳裏には、あの時の記憶が嫌と言うほど蘇る。

 断頭台に上った記憶。そして、目を瞑った一瞬。


「ひっ……」


 ひゅっと息を呑む。呼吸困難に陥りそうになりながらも、なんとか堪えた。


「はあっ、はあ、……落ち着いて、今は首と身体が繋がってるのよ。私は今、生きてるんだわ」


 ゆっくりと周りを見回すと、最期の時間を過ごしたかび臭い無機質な貴族牢、ではなかった。


「ここは、私の部屋だわ」


 アケーシャは、ヴァンガード公爵邸の見覚えのある一室、美しく装飾された部屋、慣れ親しんだ寝心地の良いベッドの上で目を覚ました。


 少しだけ目線が低くなり、自分の身体が一回りも二回りも小さくなったことに気付き、半信半疑のまま、姿見に自身の姿を映した。


「私? だけど、やっぱり若返っているわ。過去に戻ったの?」


 自分の人生が過去に巻き戻ったと、早々に理解した。


 あり得ないことだと分かっていながらも、死んだはずの自分が生きていること、自分が死んだ時よりも幼いことなどから、そうとしか説明がつかなかったから。


 アケーシャの、二度目の人生がはじまった。




 2nd life




「ただいま」


 真っ先に、あの場所に向かった。

 唯一の隠れ場所、心の拠り所、そして、大切な思い出の場所。


 記憶にあるとおり、アカシアの木は今日も綺麗に黄色い花を咲かせ、薄ピンク色の花の絨毯が広がっている。


 祠に向かって挨拶をすると、返事はないけれど、あたたかい風が花たちを揺らし、「お帰り」と言ってくれているようだった。


(懐かしいわ、本当に帰ってこれたのね)


 ふわりと包みこんでくれる風に、ほんわかと心があたたかくなった。本当に、過去に戻ったのだと実感した。

 そして、祈りを捧げる。


「私に、もう一度人生のやり直しの機会を与えて下さり、ありがとうございます」


 ぴたり、と風が止んだ。再び、優しく風がそよぎはじめ、アケーシャを包み込んだ。その風に、自然と顔が綻んだ。


「今度こそ、絶対に叶えてみせるわ」


 その決意を胸に秘め、再び自室に戻ると、自分が今、置かれている状況の確認と、前の人生での改善点を挙げていった。


「今は、私の10歳の誕生日が少し過ぎた頃ね。ということは、もし、前と変わっていなければ、王太子殿下との婚約はまだのはずだわ」


 アケーシャは考えた。


「お父様とお母様は、王太子殿下との結婚を望んでいる。だけど、それだと……」


 きっとまた、同じ人生を歩むことになってしまう。


「やっぱり、王太子殿下との婚約は、絶対にしない方がいいわ」


 そしてもう一人、自分の人生を大きく左右する重要な人物がいた。


「ミモザ様には絶対に関わらないようにしましょう。それに、ミモザ様を虐める方がいたら注意した方が良さそうね」


 前の人生では、未来の王太子妃であるミモザに関する罪で処刑されたのだから。


「あと他に、今の私にできることって何かしら? やっぱり、はっきりとお父様たちに言うべきよね」


 両親の期待に応えられなくなるけれど、意を決して、王太子殿下とは別の婚約者が欲しい、と願い出た。


 しかし、すでに巷ではアケーシャが王太子の婚約者最有力候補だと噂されており、両親もダニエルとの婚約に乗り気だったことから、アケーシャの言葉に、一切聞く耳を持つことはなかった。


 案の定、何も打つ手のないまま11歳になり、アケーシャのもとには、ダニエルとの婚約の打診がきた。


 最後の望みをかけて、もう一度、切実に両親に訴えた。


「お父様、お母様、お願いです。王太子殿下との婚約だけはお断りしてください」

「どうしてなの? これほど喜ばしいことはないのよ? それに、あなたには十分に王太子妃になる資質があるわ」

「……」


(もし、本当に私に資質があったとしても、『印』が授かれなければ、王太子妃になる『資格』がないんです)


 そう訴えたかったけど、それはまさに、国の重要機密にあたる事項、決して口にすることはできない。


(もしも、本当のことを話したとしても、きっとお父様たちは信じてくれないわ)


 人生をもう一度やり直しているなんて、口が裂けても言えなかった。


「アケーシャ、我儘を言わないでおくれ。王太子殿下と婚約をするということは、未来の王太子妃、王妃になるという、本当に光栄なことなんだよ? もしかして、家督を継ぐ者がいなくなることを気にしているのかい? そのことなら心配しなくても大丈夫だよ。代わりの者がいるから」

「!?」


 父のその言葉を聞き、すぐにエイデンのことだと気が付いた。


「分かりました。我儘を言って申し訳ありませんでした……」


 我儘ではない、納得もしていない。だけど、今のアケーシャには、両親を説得する術などなかった。




 ******




 とうとう婚約の日が訪れた。


(きっと、もうすでにミモザ様とキスされているのね……)


 向かい合わせに座るダニエルは、やはりアケーシャのことをちらりとも見ようとしなかった。ため息が漏れそうになった。


 全て、前の人生と同じように進んでいった。


 王妃に別室に呼ばれ、婚約の儀について説明される。そして、ダニエルと別室で二人きりになる。全て、前の人生と同じ。未だにダニエルがアケーシャをその瞳に映すことはない。


(今しかないわ。不敬だと思われても、言わないと何も変わらないもの)


 キスをするために向かい合わせに立った時、意を決して、ダニエルに告げた。言わずにはいられなかったから。


「もし、他に好いている女性がいらっしゃるのなら、他の方とすでにキスをしていらっしゃるのなら、今すぐこの婚約の話はなかったことにしてください」


 それは、最後の悪足掻きだった。


 その言葉を聞いたダニエルは、バッと顔を上げ、あからさまに罰の悪そうな顔をした。


(なんて分かりやすい方なの……)


 しかし、次に発する言葉は、あの時と同じ。


「それはできない」

「どうして、でしょうか?」


 本当は、聞かなくてももう分かっていた。


「王家の決定事項だからだ。ただ、それだけだ」


 もう諦めるしかなかった。説得も通用しないことは分かっているのだから。


(また、同じ過ちを繰り返すのね)


 キスを受け入れざるを得なかった。人形のように、その心を閉ざして。頬に、一筋の涙だけが伝った。


(今度こそは、好きな人とキスをしたかったのに……)


 そして、前の人生と同様に、王妃に身体を確認されたが、やはりアケーシャの身体に、印が授けられることはなかった。


(こうなることは、分かり切っていたことじゃない。だから言ったのに……)


 分かり切っていたこと。……だからこそ、余計に悔しくて、やるせない気持ちで胸が押し潰されそうだった。


 どんなに頑張っても、何も変わらなかった。





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