アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -10-
アケーシャは絶望した。
婚約してからずっと、蔑ろにされ続けてきた自分は悪で、どれだけ不貞を働いて、純粋な気持ちを踏みにじっていたとしても、王太子は正義だ、というこの世界に。
(もう、この世界に私の居場所はないわ)
最後の望みも叶わぬまま、衛兵たちによって連れてこられた場所は、王城の地下ーー貴族牢だった。
貴族牢と言えば、まだ聞こえはいいのかもしれない。だけど、それは言葉だけ。
そこは、薄暗くてかび臭い、ひんやりと冷たい床に薄い布団が敷かれた簡易ベッドが置かれているだけの部屋。
もちろん装飾品など何もない。昨日まで過ごしていた自分の部屋とは比べ物にならないほど、お粗末なものだった。
そこで一人、自分の身に起きたことを回顧した。
誰もいない部屋に一人でいると、自然と独り言が増える。だけどもう気にしない。周りの目を気にしても、もう仕方のないことだから。
「一体、私が王太子殿下に何をしたっていうの?」
考えても考えても、その答えは出ない。
「初めて私の目を見てくれたと思ったら、私に発した言葉が婚約破棄だなんて……それに、きちんと仰ってくれれば、いつでも婚約解消を受け入れたのに……」
そこまで言って、頭を振る。
「でも、そうね、婚約解消と言われても、拒んでいたかもしれないわ……」
もちろん、ダニエルに好意を抱いていたから、婚約解消を拒むのではない。むしろ好意なんて、これっぽっちも抱けなかった。
だけど、どうしてもダニエルと結婚をしたかった。結婚をしなければならない理由があった。
両親が喜んでくれるから、ではなく別の理由が。
そのためだけに、決して愛されることなどないと分かっていながらも、今までずっと耐えてきたのだから。
貴族牢に入って数日が過ぎた頃、見張りの者が、ぽつりと憐みの言葉を溢した。
「さっさと婚約を解消して、修道院にでも入れば良かったのに……」
思わずその言葉に反応してしまう。いつぶりの会話だろうか。
「修道院、ですか?」
「もしかして、知らないのか?」
修道院の存在は知っている。神にその身を捧げ、奉仕する場所。だけど、婚約解消と結びつかなかった。
「まあ、公爵家のお嬢様だったんじゃ、無理もないか。神に対する信仰心のほか、訳ありな女性や、結婚をしない女性も修道院に入ったりすることがあるんだよ」
「そう、だったんですね」
知らなかった。世界には、きっと知らないことがたくさんあったんだと思うと、途端に自分の人生が、いかに視野が狭いものだったのか、ということを嘆きたくなった。
(でも、私にはもう仕方のないことだわ。だからせめて、エイデンだけは、幸せになってほしい)
「悪い、今さらどうにもならないけどな」
「いいえ、ありがとうございます」
久しぶりに会話をすることができて、アケーシャは嬉しかった。同時に感謝した。この会話が最後だと、何となく分かっていたから。
「……力になれなくて、ごめん」
そう呟かれた声が聞こえ、涙を零した。
(きっと、エイデンもこの人と同じように、私のことを悲しんでくれるのかな? ごめんね、エイデン、あなたがいつまでも笑顔でいられますように)
一生分の涙が、止まらなかった。
******
そしてアケーシャは、人知れずして、斬首の刑に処された。
王妃教育を受ける立場の者でありながら、未来の王太子妃を虐めたこと、さらには、階段から突き落としたという、殺人未遂について、の責を問われたのだ。




