アケーシャの叶わぬ恋と時戻り -01-
「また、殺されてしまったのね……」
愛着のあった自分の部屋で目が覚めたことで、アケーシャは確信する。正確には“10歳の自分“の部屋、だけど。
斬首刑、毒殺。どちらも、公爵令嬢アケーシャ・ヴァンガードの死因だ。
アケーシャは、二度死んでいる。
そして、人生を二度やり直している。
きっと今回も同じ。これから三度目のやり直しの人生が始まる。
自分でも信じられない話だと思っているし、誰も信じてくれないことは分かっている。
もちろん誰にも言ったことはないし、こんなこと言えるはずがない。
だけど、それは現実に起きている。
だから、今度の人生こそは、“彼”が幸せになってくれればいいな、と真っ先に願った。
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1st life
「あなたとは、絶対に幸せにはなれない」
目の前にいるその人に、突如として突きつけられたその言葉に、アケーシャは言葉を失った。
知情の縺れによる別れ話の最中ならまだ良かった。だけど、違う。
今まさに、婚約の儀の真っ最中だというのに。
その言葉の主は、アケーシャが住むウォーレス国という島国の王太子、ダニエル・ド・ウォーレス。
一瞬にして目を奪われてしまうほど、美しく整った顔立ちと宝石のような金色の瞳に、心ときめかない者はいない、とまで噂される高貴なるお方。
もちろんそれは、アケーシャにとっても例外ではなかった。
透き通るほど白い肌は紅潮し、爪の先まで一気に熱を帯びる。
あり得ないほどの速さで、胸の鼓動が早鐘を打ち、ドクンドクンと、しんと静まり返っていた二人きりの部屋に鳴り響く。
もう無理、と思いながらも、隠しきれないそれらを必死で覆い隠し、ダニエルと向かい合わせに立った。
今この部屋には、アケーシャとダニエルしかいない。王位継承権を持つ王族との婚約に際し、必ず行わなければならない決まり事があるからだ。
そして、その決まり事を為そうとしていたところで、一気に奈落の底へと突き落とされた。
(な、何を……)
何を言われたのか、理解が追いつかなかった。それなのに、容赦なく、さらに想像を絶する言葉が投げつけられる。
「だけど、婚約は結ぶ」
「……あ、あのっ、仰られている意味が、よく分からないのですが?」
本当に、全く意味が分からなかった。
どうして、幸せになれないと分かっている人と、婚約をする奇特な人がいるのだろうか。
たとえ、政略結婚だから仕方がないとしても、どうしてそれを相手に告げるのだろうか。
ダニエルが口にする言葉の全てが、アケーシャの頭を酷く混乱させた。
「意味などない。あなたに対する気持ちもない」
その声は、全くと言っていいほど感情がこもっていない。冷たさも温かさもなく、ただ単調に事実のみを告げる。
(落ち着け、私。きっと何か理由があるはずよ)
平静を保とうとするその意に反して、身体が小刻みに震え始めた。スカートをギュッと握りしめ、どうにか震える声を悟られないように、言葉を絞り出す。
「この婚約は、今すぐにでもやめるべきです」
「それはできない」
「どうして、でしょうか? 絶対に、絶対にそんなのおかしいです」
「王家の決定事項だからだ。ただ、それだけだ」
王族の血を引く王位継承者の証でもある金色の瞳は、アケーシャを一度も映さない。ちらりとも見ようとしない。
(まさか、本気で仰っているの?)
一瞬にして血の気が引いた。
同時に、反抗する子供のようなその態度に、なぜだか揺るぎない意思の強さを感じてしまい、得体の知れない不安だけがアケーシャを支配する。
(幸せになれないと分かっているのに婚約をして、好きや嫌いどころか、何の情も持てない私と結婚をするってこと?)
涙が零れ落ちそうになるのを堪えるだけで、精一杯だった。握り締められたスカートは汗に濡れ、皺くちゃになっていた。
ぐっと奥歯を噛み締めると、もう逃げ出したい、と心が悲鳴を上げた。
だけど、そんな矛盾したことが罷り通っていいわけなどない。逃げ出すことなど、アケーシャにはできなかった。
「そんなの絶対に間違ってます。幸せになるために結婚するべ……」
その瞬間、乱暴に口を塞がれた。アケーシャの生まれて初めてのキスで。
重なり合ったのはほんの一瞬。すぐに唇は離され、そして、ダニエルはそのまま部屋を出て行った。
一度としてアケーシャをその瞳に映すことなく、バタンッ、と乱暴にドアは閉められた。
一人、部屋に残されたアケーシャは、ただ呆然とその場に立ち尽くした。あまりに衝撃すぎる突然の出来事に、声も涙さえも出なかった。
数分前までは、幸せな未来を夢見て、胸が高鳴っていたというのに。こんなことになるなんて、これっぽっちも思っていなかったというのに。
だけど、それは全ての始まりにすぎなかった。