6話 リラックス
集会所、武器屋、装備屋とまわりまだこの異世界に慣れていない僕は肉体的にも精神的にも少し疲れ、エルシーに宿屋で休みたいと提案した。
すると、エルシーは私に任せてといわんばかりの表情で連れられ、今とてつもない大きさのビルみたいな建物の前に来ている。
そう、ここが宿屋なのだ。
「仁、ここが宿屋だよ! 」
現世での旅行経験の少ない僕は宿屋、いわゆるホテルはこんなにも豪華なのが当たり前なのかと驚きを隠せずにいた。
「こんな豪華な建物が宿屋なのか⁉︎ 」
「そうよ! この、宿屋リープハリスンは他の国にも宿屋を持っている、いわば大富豪なの。そして所有者ハリスンさんが昔、魔物に襲われているときに、たまたま私がそこを通って助けたの。そこから、ハリスンさんと仲良しになって、お礼としてリープハリスンの宿屋に無料で泊まれるようになったの! 」
「なるほどな〜」
エルシーは世渡り上手なんだな。
それにしても、エルシーの幸運パラメーターがどれほどなのか気になるところでもある。
「じゃあ、入るわよ」
エルシーに言われるがままに後をついていく。
こうして、2人は宿屋に入った。
この宿屋は、すごい。
単刀直入に言えば外見だけの宿やと思っていたのを見事に裏切られた。
ただただ豪華なのではなく、内装が一つ一つ丁寧に作られている。
そして、何より異世界なのに自動ドアなだ。
「すごい、自動だ! 」
「そうよ? だって、ハリスンさんはこの世界で唯一コンピューターのシステムを扱っているから! 」
この宿屋の内外装でお腹いっぱいの僕にさらなる追い討ちをかける。
この世界にコンピューターなんてものがあるとは……。
本当に異世界なのかと耳を疑う。
「この世界にコンピューターがあるの? 」
「あるけど、ハリスンさんの宿屋だけなん だよね」
この宿屋リープハリスンのオーナーであるハリスンはいったいどれほどの人物なのか気になってきた。
下手をすればこの世界で唯一コンピューターを使っている人かもしれないからだ。
「ヘェ〜。知らなかった」
現世と似ている。
コンピューターのシステムまであるなんて。近代的すぎる。
僕は少し感動していた。
なぜなら、異世界は農村と魔王討伐、商いのように娯楽がほとんど少ないのがアニメや漫画、ゲームのお決まりだからだ。
「とりあえず、部屋に行こうよ? 」
エルシーは右手を握り、親指を立て僕に合図する。
「そうだな」
「すいません」
エルシーはこの宿屋のフロントに尋ねた。
「あぁ、エルシーさんじゃないか。帰って来てたの? 」
フロントの奥からてくてくとこの宿屋のオーナーが歩いてきた。
見た目はおじさんもしくはおっさんといったら分かりやすい年齢で、顔立ちは優しく、いかにも人徳な人柄が見受けられる。
着用している服自体はシンプルな紺を基調としたものだが、所々に高そうな宝石類が装飾されており、この宿屋の儲かり具合が何となくだが知れた気がする。
「そうなんだけど、もう一人泊めてもいい? 」
「構いませんよ。ですが、私が発行した証明書を確認させてください」
「わかったわ。はい、証明書」
一見するとただのパスポートのようだがその中にはチップが埋め込まれているのか、コンピューターで確認をしている。
「確認しました。では、お部屋はどうなさいますか? 」
「二部屋はだめかな?」
「ただいま人が満員でして、エルシーさんのお部屋なら大丈夫なんですが......」
「わかったわ」
「大変申し訳ございません。では、ごゆっくりお過ごし下さい」
二人はエルシーの部屋に向かった。
僕はフロントでは一言も発さなかったが内心では動揺を隠せずにいる。
今まで女性とは無関係のような日常生活を送ってきた僕にエルシーと一緒に寝てという話になっているではないか。
僕はこんなにも心臓がどくどくしているのにエルシーは平気なのかなと気になる。
そんなことを考えているとエルシーの部屋に到着した。
「ここが、私の泊まっている部屋よ」
中は広々としており、とても一人で住む部屋とは思えない。
それにしても、エルシーが女性ということもあってか部屋はよく掃除されており、埃やゴミが一つもない。
「広いんだな」
「まぁね。少しでも体を休めてね」
少しでも体を休めたいけれどエルシーと一緒の部屋という事で妙に体が休まらない。
しかし、まぁ、何かとこの世界に来てから助かってるし、例の一つでも言っておこう。
「ありがとう。そういえば、いつもこの宿屋は満室なのか? 」
「違うわ。一週間後に魔王軍の襲来があるの! 」
異世界に来て一日目。
武器無しの戦力外市民への通達がされ、何とも悲しくなる。
一週間後に魔王軍の襲来って……。
なるほどな。だから、集会所では高レベルな冒険者達が腕ならしのために沢山集まっていたのか。
ようやく僕の中で糸がつながる。
「えっ、そんなこと知らなかったぞ! 何でそんな大事な事を言わなかったんだ? 」
異世界あるある。転生早々魔王なるものと戦う展開に進む。
今まさに僕はその状況にいる。
「だって、王宮騎士団や上級冒険者が戦うから大丈夫だと思って」
「だが、この街に魔王軍は入ってこないのか? 」
「入って来ることもあるけど、王宮騎士団が守ってくれるから大丈夫。あと、この街はこの世界で一番安全だから、そこまで考えなくてもいいと思うよ」
いくらエルシーが言っていることが本当だとしても、この街全土を守るのはさすがに大変だろう。それに、魔王軍の数の方が圧倒的に多いのは僕の今まで経験したアニメ、漫画、ゲームではお決まりのことだからだ。
しかし、サーフェリアルに転生できて運が良かったのかもしれない。
仮にエルシーの言っていることが本当なら世界一安心な街といってもいい。
「そうか。なら、僕らは休んでいようか? 」
「うん」
「まぁ、とりあえず今日は休もう」
「そうね」
魔王軍が一週間後に来るが今はもうヘトヘトなので休息を取ることにした。
二人は部屋でくつろいでいた。
「そういえば、夜ご飯はどうする? 」
「なら、昼に食べたお店に行こうよ」
「そうだな、美味しいし行くか」
「うん!」
こうして、夜ご飯を食べに出かけた。
リープハリスンからはそれほど遠くはないが意外と歩かなければならないので大変だ。
そして、昼に食べた店に着く。
★
しばらくして、部屋に戻って来た。
「いや~。
やっぱ、あの店は美味しいな!」
「仁が食べたのって、野菜と肉の炒め物だよね。あれ、私も好きなんだ」
「エルシーは何でも知ってるよね」
「日常的な事ならね」
「そういえば、エルシーは何食べたんだ?」
「私はね魚の煮付け」
僕とエルシーが食べたものは一見シンプルな食べ物に見えるがやはり、エルシー行きつけのお店ということもあり一工夫、二工夫された最高の料理だった。
「あれも、美味しそうだったな。特に、香ばしい匂いがなんとも言えない味を出してたな〜」
「あの店の出す食べ物は全部美味しいからね」
色々な雑談をし、風呂に入り、いよいよ寝る時間となった。
二人は同じベットで寝ることになってしまった。いや、初めからそうだった。
そして、ベットで横になった。
何だろう、女性と二人で寝るのは緊張する。
というか、絶賛緊張中だ。
やばい、眠ることに集中出来ない。
心臓が悲鳴をあげている。
どくどくと徐々に心拍数の上がる僕の心臓は今にもはち切れそうだ。
手汗もかくようになった。
手から水が湧き出るような感覚で手汗が出る。
こんな僕とは対照的にエルシーは熟睡している。
そして、僕にのしかかってきた。
なんて、無防備な。しかし、あったかいな。
この温もりで僕もだんだん眠りについてし
まった。
多分、相当体に疲労が溜まっていた
のだろう。
そして、仁はついに眠ってしまった。