第3話 六月のとある水曜日 -その2-
明日香は傷を晒すとしばらくの間、空気に当てた。
幼い頃からの事とはいえ、包帯の拘束が苦にならなくなる事は無い。外した時はいつも解放感がある。だからその時間をなるべく長く味わう為に、包帯を交換する際はできるだけ屋外の人気の無い場所を選ぶようにしていた。
屋根は無く、木陰でもない。雨の時は使えず、夏は暑い。その上、飲み物を買おうとするだけで不便さを感じる。ほとんどの学生はその辺りの事情が充実している食堂館や学内ラウンジ等を利用している。辺鄙とも言えるこの場所に好んで居るのは、明日香の他には大学に住み着いている猫たちくらいだった。
誰もいないよね――。
一応の確認を済ませ、明日香は長い後ろ髪を左右に分け束ねた。顕わになったうなじ――そこに貼ってある掌ほどの大きさの絆創膏をゆっくりと剥がす。
その瞬間、傷に空気が触れ、清涼感に意識を飲まれそうになった。
快感とも言える感覚に身を任せ、自分の意識の全てがそこに集約されていくような錯覚を、しばし堪能した。
しかし、あまり長くはそうしていられない。
ほんの些細な時間、じっと楽しむと明日香はズボンの裾を捲り右足の包帯も外し始めた。
〇
慎太郎は痺れが止まらなかった。彼女から次々に睡蓮が顔を出す。
睡蓮の花は儚く美しい。
しかし花弁の取れた睡蓮の姿からは、得体の知れないものへの危険を感じる。
だがそれもまた魅惑的だった。
慎太郎は植物が好きだった。
――そして愛してもいた。
慎太郎は睡蓮に対し、『色恋の昂り』と『恐怖への好奇心』が混合されたような感情を抱いていた。
どれだけ異常な事か、解っているつもりだった。それ故に、果たされぬ情欲だともずっと理解していた。
しかし、奇跡が今、目の前にある。
慎太郎は興奮していた。