古巣へ
【1-e 古巣へ】
5店舗目。担当店唯一の直営店。葵店長に新しい副店長、そして竹田さん達が経営しているお店。ついこの間まで私が店長をしていた店舗です。DMか人事か総務かは分かりませんが、どんな狙いで私を担当にしたのでしょうか。4店舗ではさすがに少ないから、という数合わせ?やりづらいということはありませんが、何か、ねぇ~。
到着。直営店ですからね、SVを迎える準備は整っている模様。普段は軽いというか、チャラチャラしている葵店長ですが、締める所はきっちり締めることのできる人です。私が店長として葵副店長を迎えた時もよく喋るは、チョロチョロ動くは、イタズラするは、ちょっとは落ち着きなさいと思っていましたが、集中力が段違いです。切り替えるスピードが常人離れしているというか、仕事モードに入った途端、目の色が変わります。目付きから声色から歩く速度まで。今だって店舗外観はケチのつけようがありません。直営店として、他店の手本として恥ずかしくない佇まい。すなわちお客様を迎える為の準備が仕上がっていることを意味します。車を降りて、これまでは店長という内部の人間として、これからはSVという外部の人間として扉を開けるのです。
パーン!パーン!!
「店長、お帰りなさ~い!グッドタイミング!!」
おはようございますという私の声は『よ』辺りで掻き消されてしまいました、2発のクラッカーによって。不覚にも驚き、頭を下げた状態で固まってしまいました。何事かと。惑いのち、呆れ及び怒り。火薬の匂いと床に散らばる紙屑。お客さんがいたら事でしたよ、全く・・・
「ハァ・・・何をしているんですか、葵店長、店内で。」
髪に引っ掛かったゴミを手渡しながら訪ねます。大方予想はできますが、ね。
「めでたい時、お祝いの時はクラッカーって決まっているじゃないっスか。店長の凱旋に合わせて用意したんスよ。お客さんがいたらさすがに中止しましたけど、ナイスタイミングでした。」
本当にこの人は。正直言って嬉しくないはずがありません。こんなに温かく、熱くですかね、迎えてくれる店長はいません。いてはいけません。ましてやクラッカーなんて言語道断。だからこそ良い後輩を持ったなと。けれども立場上その感情を表に出すことはできません。レジには笑いを噛み殺している竹田さんがいて、葵店長の後ろには、もうどうしていいか分からない新しい副店長が立っていました。
「あの・・・その。おは、おはようございますっ。も、申し訳ございませんっ!」
耳まで赤く染めながら頭を下げています。そうですよね、一番ビックリしたのは新しい副店長でしょう。可哀想に。おそらく葵店長は、副店長に何も話していないはず。サプライズはまず身内からとかなんとか、昔ほざいていたような記憶があります。いつか仕返しをしましょう。その時は力を貸すから。
「宜しくお願い致します。副店長の山口です。」
1対3だとちょっとやりづらいと思っていたので、副店長が女性でよかった。と、いうのは山口副店長も同じ思いでしょうか。初々しい女性服店長。ユニフォームもまだまだ色落ちしていません。どうにか葵店長に歯止めを掛けてくれると有難いのですが。どんなコンビになるのか楽しみです。
さて、一連の挨拶を見届けた店長が割って入ってきました。
「店長、お帰りなさい。お元気そうで何よりです。改めまして私、前任の谷口様より名誉ある店長職を託されました新店長の―」
店長、それはすなわち責任者。そのプレッシャーや疲労はないようですね。相変わらずの調子でやっているみたいです。話を聞いてあげてもいいのですが、時間が惜しいので葵店長の目の前に人差し指を立てて区切りをつけました。
「ただいま。相変わらずといった所ね。さ、始めましょう。店舗チェックからいきます。」
「え~っ、やっぱりやるんですか~!?」
「当たり前でしょうが。」
嬉しくはあるんですけどね。
前置きは終わりにします。
やっぱり一緒に働いてきた仲間の顔を見るとほっとします。少しの間、昔話でもしたくなっちゃいます。愚痴や裏話のひとつでもなんて―緊張感にかけているという指摘はごもっともですが、自然体に帰ることができる場所と解釈して頂けると助かります。コンビニのSVという仕事は孤独な仕事でもあるのです。
今後この店舗が私のSV活動の拠点です。私達SVは原則、お店のSCで出退勤を行います。特別な画面を立ち上げたりする必要はなくて、社員証をピッとスキャンするだけなのですが、やはりオーナー店よりも直営店の方が気兼ねなく済ませられます。また、パソコン業務も多い職種です。駐車場で打つことも可能ですし、喫茶店へ行ってもいいでしょう。けれども腰を据えてある程度時間を掛けなければならない時、やっぱり直営店を利用したいものです。そして何より実験の場。オーナー店で実践する前に施行する場所。葵店長と竹田さんにはしっかりと働いてもらいましょう。
【 序章 終 】