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死神の経営コンサルタント  作者: 遥風 悠
14/17

一年目、夏 ⑨

 翌日はフリーの時間が多い金曜日。喫茶店で涼みながら、業務日報を作成中です。7月も今日でおしまい。毎日暑い日が続き、晴天が続き、ニュースでは連日水不足の心配が報道されています。

 仕事が順調に進んでいると、具体的には取組や、いわゆるプロジェクトがうまくいっていると、日報は書き易いものです。書くネタがいくらでも降ってきますから。PCで必要な数字、データを拾って、もしもSVのパソコンで見ることのできない項目であればちょっとお店にお邪魔してメモを取っておけば、立派な業務日報の完成です。資料を添付したり、時には写真も貼ってみたり。高い評価を得られる可能性のある、もしくはやっつけ仕事とみなされることのない、良い報告書の出来上がりです。

 業務日報の提出件数は原則、担当店舗数/週。私絵であれば最低でも毎週5通を、上長である東DMに送付することになっています。仕事が滞っていたり、大きなトラブルを抱えていたりすると1通作成するのもしんどいですが、業務が円滑に運んでいるときはちょちょいのちょいです。さて、5通目の日報作成に取り掛かろうかな。いやその前に、注文した『山盛りホイップクリームシフォンケーキ』が運ばれてきました。ウフフ・・・こちらが優先ですね。一旦休憩しましょう。我慢は身体に毒ですから。ノートパソコンを閉じ、端に寄せ、いっただきま~すという時、マナーモードにしておいたスマホが震えました。

 「はい、谷口です。」

通話相手にはいくらか不機嫌な声色が伝わったでしょうか。ごめんなさいね。スマホの液晶には柳SVと表示されていました。担当店や東DMではなかったことに一安心。雑務が増殖することはなさそうです。お楽しみはお預けです。

「お疲れ様です、柳です。今、お時間宜しいですか。」

後輩の私に対しても丁寧な言葉遣い。目の前の欲望も抑制できるというものです。

「あのですね・・・この1週刊で私のサブが毎日のようにクレームを貰っていまして―」

「あらら・・・クレームの内容はどのようなものですか?」

右の掌で口を覆い、意識して声のトーンとボリュームを落とします。

「えーと、箸やストローの入れ忘れ、レジ袋が破れていて中身が落下した、レジで長時間待たされた、トイレが汚い、挨拶がなかった、等です。その・・・東DMから電話がありまして、谷口さんもクレームを貰っているから、連絡して対応策を考えろということだったのですが。」

「そういうことでしたか、分かりました。」

かざした掌を外し、声は明るさを取り戻します。手掛かりと証拠は多い程、敵を追い詰めやすくなります。私もモヤモヤしていたんですよね。おかしいな、怪しいな、と。

「柳さん、幾つか質問させて下さい。」

「はい、どうぞ。」

 

 その後、数分の遣り取りを経て電話を切りました。私が柳SVに伺ったことは以下の通りです。

・クレームのあった店舗の住所

・クレームの内容

・クレームが集中し始めた時期

 最初の質問の返答には多少なりとも時間を要するかと覚悟していましたが、真面目な柳SVのことです。手帳にでも住所を書いてあるのでしょう、間髪入れずに教えて頂くことができました。そして思った通り、苦情を受けたお店は固まっています。もっと言えば、最近閉店したとあるお店に近い店舗ばかり。

 もうお分かりでしょうか。

 2つ目、3つ目の質問に関しては柳SVに届いたお客様相談室からのメールを転送してもらいました。そしてもうひと押し、プラスアルファが必要です。お客様相談室に協力してもらいましょうか。


 「ええ、そうです。お客様のアドレスを教えて頂きたいのですが。」

 善は急げ。即座に電話で確認です。ただし喫茶店の中ではさすがにマズイので、シフォンケーキを頂いてから車へ移動しました。シフォンケーキ。おいしかったにはおいしかったのですが、次はもっと落ち着いて味わいたいものです。

 「申し訳ありませんが、お客様の個人情報になりますので、お教えすることはできません。」

でしょうね。おそらくはかなり年配の方でしょう、ゆっくりとした、絶対に2次クレームを引き起こさない喋り方が染み付いています。けれども引き下がらずに会話を繋げます。個人情報を保護されるのはその資格を有する者のみ。該当しないのであればこの情報乱れ飛ぶ現状は己が武器を野晒(のざら)しにしているに過ぎません。殊に我々の前では。

「では、頂いたクレームに何種類のアドレスがあるか調べて頂きたいのですが。全てが異なるアドレスではないはずです。お願いします。とても重要なことなのです。身に覚えのない苦情を受けて悩み、苦しんでいる店舗があるんです。1店舗ではありません。これは立派な迷惑行為、下手をすれば犯罪です。それと、もしかしたら人命がかかっている可能性もあるんです。」

「少々お待ち下さい。」

穏やか~な保留音の後、

「お電話代わりました、お客様相談室の山本です。お話は先程の鈴木より聞きましたが、詳細を―」

「時間がありませんので結構です。山本さんに鈴木さんですね。どうもお手数お掛けしました。」

 やれやれ・・・言い訳はその内考えるとして、やはり死神の能力は使いたくないのですが仕方ありません。言った通り、あまりのんびりとはしていられません。


 20年程前から、死神の仕事も大きく変わりました。人間族の生活様式が変化してしまえば仕様のないことです。そのひとつがパソコンや携帯電話、スマートフォンのメールアドレスから発信源を探ること。古代、神話の時代から語り継がれる神族の能力だけでは事足りぬ事案が多々生じるようになりました。だから今では造作もないこと。だからもう既に、出処のひとつは調べをつけてしまったんですよね。

 メールアドレスは3種。住所は住宅に漫画喫茶と・・・もうひとつ別のマンガ喫茶。おそらくはクレーマーですが、最終目的は別の所にあるようですね。止めなくては・・・

 知っていますか?お手洗いの綺麗なお店はそれだけでお客さんを呼べるんですよ。そしてその逆もまた然り。だから汚させるわけにはいきません。すぐに車を走らせました。いくつか調べておかないといけないことがあります。手遅れとならない内に。

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