一年目、夏 ⑥
梅雨明けの秒読みが始まった7月最初の打ち合わせ。ヒトに困り廃棄に悩み、品減りは多いし訳あって奥さんが店舗経営に参加できない。付け加えると売上前年比は98パーセント。一言で言えばボロボロ。さらにその明確な外的要因が不明。そんな希乃店の打ち合わせ。メインテーマはどうやって調理麺で稼ぐか。
「去年はどんなことをしましたか?」
「棚を一段抜いて2段重ね、いや、3段だったかな・・・積んで、POPを付けて、って感じだったと思います。」
シンプルですが、オーナー店で売場を拡大して売り込んでいるお店はそうそうありません。
「発注担当はオーナーさんですかね?」
「うん、恥ずかしながらウチは発注分担ができていないので―」
「去年の発注データを見ると、単品毎に1日飛ばしで入れている様ですが―」
「そう・・・だね。これを見ると、そうだよね。10ヶ入れて1日空けて、残数見ながら5、6ヶ発注して。自分の発注を自分で解説するのは嫌になりますが、売れ行きの悪い奴をカットして、新規が出ればそれを中心に売場作り。こんな感じですよね、このデータ表だと。」
意図していたわけではありませんが、意地悪な流れになってしまいましたが、オーナーさんのおっしゃる通り、あまり優れた発注とは言えません。数合わせの発注。
・・・でもね。
「それで結構かと思います。今年も同じように行きましょう。」
「へっ!?いいのかい?」
オーナーさん、驚いちゃいましたかね。でも、発注に関しては本当にこれでいきましょう、とりあえずはね。仮説?理想と現実の狭間に溺れるのが人間なのでしょう。そして理想に届かず埋もれていく。日々、単品毎に仮説を立てて発注できればいいですよ、確かに。ただ、現実的には難しい。天候、気温、曜日周り、売場の在庫、さぁ、他には?地域のイベント、学校の時間割り、工場のシフト表や老人ホームの献立etc...そんなもんいちいち調べがつくと思いますか。たかが人間族の分際で。そしてオーナーさんもおっしゃっていましたが、希乃店は発注分担ができていません。全ての発注をオーナーさんがこなさなくてはなりません。発注に十分な時間をかけることはできませんし、新規の売場を想定した上での発注がどれ程できているか。
「オーナーさん、配達、やってみませんか?」
私の希乃店における策は、配達です。認知してもらう為のポスティング用チラシも作ってきました。希乃店の周辺は集合住宅が多く、チャンスは大きいと見込んでいるのですが、戦力的に配達まで手が回るかどうか。店内が疎かになってはいけませんからね。
「う~ん・・・いや、分かるよ。分かるんだけれども―やっぱりヒトとか時間の問題で厳しいかな。できるなら俺がいくらでも配達するんだけど、さぁ。」
机の上に置いたポスティングチラシを手に取りながら、やんわりと断られてしまいました。
首都圏では配達がブームになりかけたことがありました。要請があれば配達専用の車も本部から店舗に貸与するという熱の入れ様。これも本部と現場の見解の違いと言うか、現場からすれば車での配達はゴール地点。まずはスクーター、デリバリーピザで使うタイプの助太刀こそが小回りも利くし、乗っけられる商品も適量なんですけれど。どうしても本部としては、大きな理想を描いて一直線に突っ走っちゃうんでしょうね。もちろん今でも配達サービスを行っている店舗はありますが、継続できているお店はごくひと握りです。
配達。前年の売上まで回復する為にもやるべきなのは分かっているし、立地としてもチャンスが大きいというのは理解できている。けれども、ヒトが。人数的に厳しい。自分達が配達を業務に組み込んでいるイメージが沸かない。それがオーナーさんの正直な思いでしょう。コンビニのシフトに、原則、人数の余裕はありません。言い換えれば、人件費を削減しないと満足のいく利益を出せないのです。深夜シフトを独りで回しているお店を見たことがあるでしょう。もしかしたらあなたの住んでいる地域は、単独シフトばかりかもしれませんね。人がどうしてもいないということもあるでしょう。けれども人件費の兼ね合いで、敢えての深夜単独シフトという店も多いのです。防犯の面から見ても好ましくありません。そんなこと、経営者が分かっていないはずがない。コンビニ強盗のニュースが流れる度に、明日は我が身と感じている人もいるでしょう。でも背に腹は代えられぬ。
深夜シフトをひとり雇う際、人件費を一日当たり8千円としましょう。8千円×30日で240千円。一ヶ月でこれだけ目先の利益が浮くのです。逆に言えば、これだけの金額を浮かせないと経営が立ち行かない。ですから昼間だって好き勝手に余裕のあるシフトを組むことはできません。店外活動に割けるだけの人員確保はこういった理由からも厳しいでしょう。
でもね・・・
「谷口さん、配達って、こんな感じでいいの?」
意外そうな表情でこちらを見るオーナーさん。チラシの内容が想像していたものとは異なっていたのでしょう。
「はい、問題ありませんよ。主導権を握るのはお店側です。あまりに何でもかんでもハイ、ハイ言っていると、こちらが振り回されちゃいますからね。」
オーナーさんが目を通しているチラシの内容は以下の通りです。
・冷たいお蕎麦、おそうめんはいかがですか
・電話1本で配達致します
・配達時間9:30 ~ 11:30
※毎日商品が入れ替わります。お電話の際、在庫の有無を店員にご確認下さい。
チラシの上半分は以上の様な案内。そして下半分は基本商品で構成されたメニュー表を添付してあります。先にも書いた通り配達に関しては本部も推進しており、どんどん外に打って出ていくことに問題はありません(10年ほど前までは配達禁止だったんですよ。店内体制を優先しなさい、と)。
「こっちでこんなに決めちゃっていいんだね~、なるほど~。」
「ん?」
「いや、ね。配達時間とかをこっちで決めちゃっていいんだなと思ってさ。」
まずはできる範囲でやっていくのです。配達可能な時刻をこちらからお知らせする。それもサービスの一環ということでいいと思います。
「まずはスタートラインに立てるかどうか、ですので。それとポスティングする場所ですが―」
もうひと押し。椅子から立ち上がって壁に貼ってある商圏地図の前に立ちまして、
「これ位の範囲にしましょうか。最初からあまり拡大しない方が良いですよ。まずは始められるかどうかが大切です。それとメインのターゲットは集合住宅。ここの社宅、それとこのマンション地帯。戸建よりもこちらを主軸にしていきましょう。理由は効率が良いからです、聞こえは悪いかもしれませんが。まずはこの地域だけポスティングしませんか?」
「そうですね、それならできそうだけれど。」