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3 (終)

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 「わたモテ」はある時期から三人称的な作品になった。そこで、もこっちから見た世界ではなく、もこっちと関係する人々が描かれる事になった。これは自然な成り行きだが、あくまでも、もこっちが(作者が)自分の面倒な内面から逃げ出さなかった事から生まれた達成だろう。例えば、青山七恵「ひとり日和」のような、平板な主人公を基礎とする場合はその人間的成長も成長とは見えない。そこでは最初から自分から逃げ出している為に、たやすく他者と迎合してみたり、一人になってみたり、他人を取り替えてみたりという記号的交換のドラマしか浮かんでこない。


 人間が、自分の複雑さから逃げ出さないという事は必然的に自己に囚われる事を意味する。他者と迎合するのはたやすい。自分はこれまで、キルケゴールやカフカに訪れた問題が、一般の人にとっては解消済みだという事態を見てきた。キルケゴールやカフカが自分とは違う「他者」の問題に悩んだとして、一般の人はその問題を解決済みである。では、キルケゴールやカフカら、一般の、恵まれた人々に無用な問題を深刻に考えた人々は人類にとっても無用なのだろうか?


 多くの人々が他者と呼んでいるのは、同一者であり、だからこそ、彼らは困れば「数」を論拠として出してくる。数が多ければ、普遍性があるという風に。数に受ければそこに意味があるというように。そうしていれば、最初から問題は起きない。


 自分というものが、世界との差があると感じて、孤立する。世界の在り方、それに合わさなければならない外面的な私と内面との孤立に疎隔を感じる。この疎隔から逃げ出すと、ただ引きこもって、引きこもりを肯定する何かを探すか、逆に世界にやんわりと溶けていってハッピーになるしかない。どちらも、内面と外面との矛盾を、どちらか一方に寄せる事によって解消しようとする。


 重要なのは、この矛盾を矛盾として抱える事であって、それは、その内部ではいつまでも解かれる事はできない。しかし、「わたモテ」においては、作中ではもこっちが他者を認める事により、作品外では、三人称視点でキャラクターが描かれる事によって解決された。そして、もこっちが、他人の秘められた内面を触発するような役割を持てるのは、彼女自身が誰よりもその矛盾に耐え続けてきたからだった。


 自己の分裂性を解決する道は、一方を切り落とす事ではない。その解決の道は、自己が自己に対して分裂しているように他人もまた、他人自身に対して分裂すると気づく事にある。しかし、これは主体内部によっては補足するのが難しいため、フィクションとしては「神の視点」を用いる事となる。「神の視点」を持つ事ができるのは、何よりもその視点を持つ事が難しいと、苦渋を舐めたものだけである。たやすく客観的な立場に立つ人間は、大抵の場合たやすく主観の拡散、同一性の拡がりを客観性と誤読しているに過ぎないものになる。


 自分は「わたモテ」という作品をそういう風に考える。そして、作者が、三人称的にキャラクターを描けるようになった事、田村ゆりとか、ネモとかいうキャラクターが自立した存在として立ち上がってきたのは、もこっちという自己意識の塊の主人公が、自己意識を安易に肯定して閉じこもったりせず、更には安易に他者に迎合したりせず、その間を苦しく揺れ続けた結果生まれたものだと思う。ここに、世界の相対性がようやく現れて、もこっちは普通に生きられる事になった。そして、普通に生きられなかったもこっちだからこそ、普通の世界の意味が、もこっちにも、作者にも、読者にも明かされるものになった。


 最初から問題が解決している人には、その答えも見えてくる事はない。キルケゴールやカフカは、僕の理解では死ぬほどの努力の末、しかしとうとう「普通の人」にたどり着けなかった。が、それでも彼らが格闘をやめなかった事にその偉大さがある。「わたモテ」という作品では、キャラクターの相互の内面、自己自身に対する感情と他者との関係とは矛盾してズレている。ただ、それを描き出せるようになったという事は、作者の位相においては解決されたという事でもある。


 これは「普通の場面」が作者にようやく描ける事になったのを意味する。しかし、あるタイプの人間が「普通」に辿り着くまでにはいかに長い道のりがあるだろうか? それでも、辿り着かれた普通と、最初から達成している普通とはまるで意味が違う。この違いはおそらく、人生の中で苦悩しつつも何かを求める人間と、そういうものがない人間との差異によって見え方も変わってくる。見える人には見え、見えない人には見えない。だが、この違いはこの世界においても、世界の底の部分では決定的な違いであるように思う。



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