ハーレム物語(薔薇)
みなさん、ハーレムはお好きだろうか。
現代日本の片田舎に生まれ、一夫一婦が当たり前の世の中で育ち、自らもそうあるものだと思って生きてきた。漫画やアニメの中でよく目にするこのハーレムは、正直、あまり好きじゃない。不義理に思えてしまうのだ。
だがそんな考えも、日本から遠く離れたこの異世界に来てからは少し変わった。
「おーい、エーイチ!」
どこからか俺を呼ぶ声がする。どうやらいくつかの隠れスポットであるここ、薔薇園の東屋も見つかってしまったらしい。
「こっちにいるのかー? エーイチー!」
声は近くの生垣の向こうから聞こえている、今更ここを離れたところで逃げるのは不可能だろう。……ここはかなりお気に入りだったのだが。
「あ、エーイチ!」
そうこうしている内にほら、茂みの向こうからひょっこりと嬉しそうな顔がのぞいている。
「ふむ、見つかってしまったか」
「むむむ、ということはやっぱり隠れてたんだね、もぅ」
ちょっとふて腐ったかのように頬を膨らませるが、そんなことをしても可愛いだけだ。
白金の髪はサラサラと風に靡き、その前髪の間からはクリクリとした空色の瞳が俺を見つめる。スッと通った鼻筋に控えめな唇、肌にはシミの一つも見受けられない。まさに神が与えたもうた美貌である。
「エーイチ? 聞いてるのかい?」
気がつけば、顔を間近に覗き込まれていた。
「すまん、つい見惚れていた」
「まったくもぅ、そんなこと言ったって誤魔化されないぞ?」
そう言いつつも頬が紅いが、言わぬが花だろう。そんな奥ゆかしく可憐なこの人物だが、名をエルリック・アストニール・マクレーンという。この世界では名の知れたマクレーン皇国の皇太子である。
「むむむ、またぼーっとしてる!」
またもふくれっ面をして、俺のほっぺを可愛らしくツンツンしているが、どんなに可愛くて美しくて尊くとも、こいつは男なのだ。いや、それだけならまだいいのだが――
「そんなおとぼけさんだと……チューしちゃうぞっ」
「おいばかやめろ」
残念ながらこいつはホモだ。圧倒的ホモ。そして俺を苦しめる事実はまだある。
「まったく、どこをほっつき歩いているかと思えば、何を乳繰り合ってやがる! 羨ましいぞ!」
「殿下も少しは人目を気にしてくださいな、妬いてしまいます」
「あわわっ、ラウルにクライン!」
一体いつから居たのか、東屋の入り口には引き締まった体躯をした小麦色のイケメンと、銀縁眼鏡の似合うこれまた美しい優男が立っている。そう彼ら三人こそが俺のハーレムなのだ(白目)。
日の本を離れこの世界に来てからというもの、俺の性に対する価値観は大きく変わった。ハーレムでも一夫一婦でもなんでもいい、相手が女性であるならば全てを受け入れる。そう、相手が女性であること、それだけが望みなのだ!
「あれ? エーイチ?」
「ん? おい、なんか白目剥いてねえか?」
「これはキスをして正気に戻すべきでしょうね」
頼むからやめてくれ、狂気にのまれて胃の中身を戻すことになる。
「なっ、破廉恥だぞクライン!」
「おや、記憶が確かなら、先ほど殿下も……」
「わわっ! ちがうちがう、ちがうもん!」
「おい、うるせぇぞ、初めてのキスなんだから静かにさせろ!」
「なななっ、ラウルーーー!?」
「くっ、私としたことが出し抜かれましたか!?」
俺がこの世の無常を儚んでいる間に、唇の方は随分ピンチになっているらしい。おい誰か助けてくれ、本当に誰でもいいから――
瞬間、静かな薔薇園に轟音が響いた。
「ふぅーはっはっは! 異世界からの勇者がいると聞いて、見に来てやったぞ! この大魔王、フィリナリア様がなぁ!」
……助けを求めたら大魔王が現れた。
「っ、どうしてこんな所に大魔王が!」
「おい下がってろ皇子、俺とエーイチでなんとか抑える!」
「対魔結界は構築済みです、みなさん東屋から出ないで下さい」
皆が慌ただしく戦闘準備を始める中、俺は再び白目を剥いていた。いや、さすがに魔王はお呼びじゃねぇんだよ。
「ほほう、そこな黒髪の男の子が勇者か、なかなかよい面構えをしておる。どうじゃ? 妾と共に来ぬか? このカラダ、お主の好きにさせてもよいぞ?」
なん――だと――
「うおおおおおお!」
大魔王の放った言葉に、俺の全魔力が震えた。
「「「エーイチ!?」」」
「な、なんという気迫じゃ!? この妾に一歩退かせるとはっ!」
俺の潜在魔力は、この世界の平均を大きく上回っていた。それこそ、伝説級の魔法も軽く扱えるほどに。だが――
「なんてっ、なんて卑劣なやつだ! こいつらの命を助ける代わりに俺に人質になれというか!?」
「え? そうは言ってな「ああ、いいさ!」……えぇ」
「お前がそうまでして俺を欲するなら付いて行ってやる! だがこいつらは見逃してくれ!」
ホモに心を壊されかけていた俺が、お色気ムンムンの大魔王(角と尻尾付き美女)に抗えるはずもなかった。
「「「エーイチ!!」」」
「いいんだ! ……いいんだよ、俺はお前らと一緒に過ごせた日々を、絶対に忘れないぜっ」
「「「エーイチー!!」」」
「本当に良かったのかえ? お主なら彼奴らを守りながらでも戦えたであろう」
なんとも腑に落ちぬ――そんな顔をした魔王はやはり美しい。
「いいんだ、俺の心がお前を求めた、それだけだ」
「キモッ」
そうして俺は、ホモハーレムから逃げ出した。隣には、絶世の美女を従えて……
「あ、ちなみに妾は両性具有ぞ」
――息絶えた。
完