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天部電界戦線  作者: 焼肉びじ
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第一章 顔無し 伍――奇々怪々、怒涛ナリ

「さて、じゃあ座学と行こうか」

「ああ。教え殺してくれ」


 実践を終えたオレたちは居間に戻り、卓を挟んで向かい合う……つもりだったのだが、たえ姉はなぜかオレの隣に来てぴったりとくっついていた。話しにくいし近いし暑いし、何よりちょっと近いんですけど!? 一応俺も年頃の男なのでその辺りをきちんと考えてもらいたいんですけど。幼馴染でずっと一緒にいたとは言っても、女の子であることに変わりはないのだから。

 そんなオレの内心の焦りや羞恥を察しているのだろうか、その端正な顔にはあの余裕ぶった、意地の悪そうな微笑みが浮かんでいた。というか体重を思い切り預けてくるし、腹を触っているしあなたわざとですよね?


 とはいえ、まあ……たえ姉は集中力が高いし、今はこうして遊んでいるけれど、講義が始まれば余計なことなどせず話を聞いてくれるだろう。

 問題はオレが集中できないことなのだが。


 線は細いくせに、しっかりと女性特有の柔らかさを有しているのはなんというか、卑怯だ。

 しかし、オレもいつまでもドギマギしているわけにはいかないだろう。緊張するし恥ずかしいし心臓の音はうるさいが、


「八百年前に人類が脳のあらゆる情報を電気信号化して、魂ともいえる存在だけになって電脳世界へと移り住んだことくらいは前に教えたよな」

「ああ。さすがに常識だからね。そしてだからこそ、心理状態がそのまま能力の出力やら火力に影響を与えるんだったっけ」

「そうだよ。ここまではまあ、誰でも知っていることだ」


 別に誰に教わるわけでもないが、生れた時から超常的な力を使えるのだから使っているうちに気付くものだ。ちょうど、歩き方やご飯の食べ方を覚えるようなものだろうか。五年も生きればみんな当たり前に悟ること。……まあ、たえ姉は記憶喪失だったのでオレが教えたが。


「オレたちの能力はさ、ようは心の形に即して電脳世界の情報を書き換えることで発生するものだ。子孫繁栄のためにどうしても必要だった『電界の構成情報の書き換え』という機能のから発生した副産物であり、オレたちの剥き出しの魂が、この電脳世界と結びついているからこそのものだ」


 この辺りは電脳世界で電気信号の塊――即ち、魂だけの存在――になった人類が、それでもなお子孫を残すために電脳世界に施した機能の、副次的効果によるものだ。

 肉体を捨てた人類だったが、自我や心といった剥き出しの魂にも寿命があることが当時の研究で分かっていたため、どのようにして子孫を残し電脳体となっても子孫を残せるかどうか、という問題が浮上した。


 そこで解決策として出されたのが、一方がもう一方へ己の固有情報を与えたうえで、与えられた側が己の固有情報と融合させて一個の疑似電脳生命体を己の魂の中に宿す。そして最後に、その魂が電界に受け入れられるように、電界の情報を書き換えることで、己が内にあった赤子を外側――つまり電界――へ再構成して誕生する。

 情報を書き換えられる、という機能――あるいは電界の機構の『穴』――があったからこそ、魂が直接電脳世界に紐づけされている人類は、その心の在り方や状態に応じて電界を歪める力を手に入れた。


「だかりゃ」


 だかりゃ? りゃ???


「んんっ……。だから」


 言い直した。

 噛んだのか……


「強い心を持っていれば、能力も強くなる、だったよね」

「そういうこと」


 心の強さや想いの力、あるいは想像力なども、この世界では確かな数値として現れ、電界の情報を書き換える力に加算される。

 魂の情報化、心の数値化――これらは戦いや殺し合いの土俵に、技術や機転、運だけでなく、精神論すらも持ち込んだのだ。


「たえ姉はどうやったら強い心を持てるかってのを聞きたいんだよな」

「うん」


 だからこそ、たえ姉のような優しくて狂人になることができない只人は、こうして悩んでしまう。

 どうやったら強くなれるのか。

 どうすればこの領域まで辿り着けるのか。

 何をすれば、何を犠牲にすれば、何のために戦えば――――

 その焦燥や嘆き、不安はもっともなものだ。

 だがそれは、別に難しい話じゃない。

 オレはごく当たり前のように、たえ姉に告げた。


「簡単だ。ただ一つ、これだけは誰にも負けないと思える何かを胸に刻むんだ」

「ひとつの、もの……? 夢とか、信念とか、覚悟とか……あっくんなら、皆が自分を信じて前へ進めるような世界を作りたい、とか。そういうあれかい?」

「そうそう。そういう何か一つ、譲れないものを心に持って、それを本気の本気、真剣に実行しようと考えれば、おのずと力が付いてきてくれる。全ては心ひとつなんだ」


 もっとも、現実がそんなに簡単でないのは確かだ。

 どうしても避けられない理不尽は存在するだろうし、不条理に押し潰されることもあるだろう。不幸が突然やってくるのも、旧世界と変わらない。


「じゃあ逆に、適当に生きている人とか、文句ばっかり言って怠けてる人は……」

「絶対に強くなれない。この世界は、強さにだけは正直であってくれるからな」


 そして、そうした理不尽に敗北して自分を諦めたような人間は、絶対に成りあがることはできない。

 当たり前だ。自分を信じず心が強くなるわけがない。それはただ火力だけの問題ではなく、そうして己に見切りをつければ努力も思考もしなくなるから、前進することすら止めてしまう。

 結局のところ、この世界における弱者とはただの怠け者であり、何かに甘えているだけの寄生虫でしかないわけだ。

 ここはこんなにも都合の良い世界だというのに、それがごく一部――否、多くの人間――には、分からない。


 だからオレは、そういう風潮を変えてより良い世界に変えていきたい。

 誰もが当たり前に自分を信じられる世界を、己の可能性を諦めない世界を。

 たえ姉ならそれを分かってくれるだろう。


「大丈夫さ、たえ姉。簡単なことなんだ。何か一つを狂おしいほど願えばいい。たえ姉ならできる。オレはたえ姉を信じてるから。だからゆっくりでいい」


 想いの力は絶大だ。意志の力は何より強固で、魂を奮い立たせれば、この新世界において不可能なことなど結局どこにもありはしないのだ。

 だから――


「――……」

「あれ、どうしたんだ? たえ姉。何でそんなに嬉しそうに笑っているんだよ」

「いや、別に。ただ君は、やっぱり僕が近くで見ていないとなって、そう思っただけだ」

「……? そう、か。まあよく分からないから何でもいいけど。それよりたえ姉、オレの説明で何か掴めた?」

「いや、どうだろう。一応あるにはあるけれど……少し考えさせてくれ」


 そう言って、彼女は立ち上がってオレの隣から離れると、


「まあ。わたしがまだまだ必要なんだなっていうことは、何となく分かったよ」


 怪しく笑って、たえ姉は部屋を後にした。


☆ ☆ ☆


 天津淡島には目指すものがある。

 人の善性を、前進しようとする意志を、この世の何より尊び、皆が皆己を信じて真っ直ぐと進めるような世界を作りたいと願っている。

 そんな遠くの夢ばかりを見つめて――


 だから――


 だから、幼馴染の笑顔の意味に気付くこともできなかった。

 怪しくも邪気のないその笑顔が、どこか歪で卑しいものであったことにも気づかない。


☆ ☆ ☆


 座学から半刻ほど経ってから昼餉をとり、それ以降はずっと部屋に引きこもって《装備品》の欄に整理して仕舞っている電子書籍を読んでいた。

 勉強は素晴らしい。知識を吸収すれば日々の生活に役立てられるし、いざというとき必ず頼りになる。

 それより何より、こうして何か生産的なことに時間を費やすことこそが、オレは最も正しく幸せな生き方だと思っている。


 この世界のおおまかな造りについては既にある程度理解しているため、今は能力の原型を決める『ユング心理学』と呼ばれる分野の本を読んでいる。

 本来ならば情報開示権限が五以上の者でないと見られない本なのだが、少し前に不正にこの本が置いてある部屋へと侵入した時にちょろまかしたのだ。当然だが、迷惑が掛かるので今度返しに行く予定だ。司書さんには謝れないが、せめて元の場所に戻す際にはひとこと、この本を読もうと思っていた人たちに心の中で謝罪をしよう。


 そして、その感想なのだが……

 正直なところ、全くもって意味が不明だ。

 書いてあることの意味をおおまかに知ることはできるのだが、随所に出てくるカタカナ文字の意味がいまいち伝わってこない。

 学者などは外来語を習得していることは当たり前なので、こうした本を読むのもあまり苦労しないのだろうが、情報開示権限によって旧世界と比べて読める本の幅が大幅に減ったために、葦原電界の人間の知識量は圧倒的に低下してしまっている。


 個々人が己の能力や心ひとつで世界を歪めてしまう世界になった以上、学問よりも腕っぷしがものをいう文明になったのは事実だ。『学校』というものも、八百年の時の中で意味を無くしてしまい、ここ阿修羅街を筆頭にして、この世界は全体的に教育の水準は旧世界よりも低い。

 よって、とにかく知識が必要なオレは大変苦労しており――


「うむむ……あにま、統合? どういうことだ。アニマっていうのは……つまり女なんだよな。夢に出てくる……はあ……つまり、つまりは……あー、だから自分の弱さを、経験を通じて教えてくれて……統合ってのはつまり、それを受け入れて成長することか!」


 今もこうして四苦八苦している。

 他の用語としては、コンプレックスだとかシャドウ(影とも)だとか、そういうものもある。


 一応説明しておくと、コンプレックスとはつまり、同一の感情によってひと塊となった自我に、関連性のある何らかの外的刺激が与えられ時、その統合性が乱され、行動や言動に悪影響を与える心的内容群のことだ。この本によると、その内容は自我にとって受け入れがたいものであり、最初は気付かないのだそうだ。


 シャドウは日本語では『影』とあらわされるとのことだ。これは、ようはある人にとって生きられなかった己の半面のようなものであり、己にとって許容しがたい心的内容であるらしい。

オレで例えるならば、怠け者などがそうなのだろう。日々をだらだらと過ごし、何も努力していないくせに一丁前に幸せになりたいなどとほざくようなことは、絶対に認められない。

 シャドウ――影――は元型と呼ばれる概念を学ぶ上でも重要らしいのだが、なるほど。分からん。

一応自分なりに解釈してみると、唯識論の阿頼耶識と似て非なる概念らしいことは分かった。


「くぁあっ、疲れた……」


 勉強がひと段落したところで、オレは畳の上に寝っ転がる。

 ふと窓の外へと目を向けてみれば、日が傾き始めており、日差しの色が赤くなり始めていた。

 台所からはたえ姉が料理をしている音が聞こえてくる。


「結構集中してたんだな」


 体感では三十分ほどだったのだが……この感じだと三時間は経っていそうだ。とりあえず《窓》を開いて時間を確認したが……なるほど。もう六時前か。なら、そろそろ……


「あっくん、入るよー」

「ああ」


 ふすまを開けて顔だけをひょっこりと出したたえ姉が、いたずらっぽく舌を出しながら話しかけてきた。


「えっちなことでもしてたのかい?」

「なに下らないこと聞いてるんだよ」

「いやいや、男の子が部屋の中で一人ですることと言ったら一つしかないじゃないか」

「……中年オヤジみたいなこと言うなよな」


 オレはうんざりした調子であしらうも、たえ姉は何が楽しいのかまだまだ続けてきた。


「ねえあっくん。わたしとえっちなことでもするかい?」

「しない」

「ほんとにー?」


 オレはすくりと立ち上がり、たえ姉の横を通って部屋を出た。


「ありゃりゃ、無視かい? 女の子のお誘いを無視ですかー?」

「うるさいな。別にそんなんじゃない」

「じゃあなになに? もしかして照れた?」

「……っ」


 いや、照れてないから。

 もうずっと一緒に暮らしてきたし、裸だって何回も見たんだ。何だったら昨日見たわ。

 贔屓目無しにしてもたえ姉の容姿は魅力的だとは思うが、もうずっと同じ家で、家族のように暮らしていればそんな気もなくなってくる。


「そんなことより手伝うよ」

「そっか。助かるよ。本当にあっくんは優しいな。そんな君が大好きだ」

「ぐっ……うるさいなあ」


 歯の浮くような言葉を軽く流しつつ、オレはたえ姉と共に夕餉の支度に向かった。

 がさり――っ。


「――?」


 外で動物が急に動いたのか、庭の方から不自然に草木が揺れる大きな音が聞こえてきた。


「どうしたんだい?」

「あ、いや……何でもない」


 オレは結局そう言って、笑顔を振りまく幼馴染の隣に並んで台所へと向かった。


☆ ☆ ☆


 ゆっくりと、ゆっくりと闇は這い寄ってくる。

 人の領分たる昼は終わり、逢魔が時を経て、まつろわぬ者どもがよだれを垂らして己の時を待ちわびる。


 空に浮かぶ無数の星々全ては、当然ながら『本物』のそれと同じ位置に散りばめられている。

 昏い、暗い夜が始まる。

 星々が淡く柔らかい光を地上に届けていようとも、その本質が闇であることに変わりはない。光の届かぬ場所は無明であるし、闇に紛れることを本業とする妖魔・怪異に化生の類にとっても、この程度の光ならば行動や隠密に支障はない。

 街中にぶら下がる提灯の光もう同様だ。あるいは屋根の上を、あるいは路地裏を、あるいは空を、あるいは家の中を――様々な闇を通って、それらはある場所へと向かう。


『――――、……■■、――■――。■■==■■■、■。■■■■■』

『~~=~~===■。――……■。■■■■■■■』

『==■。~~~~~――――――……■。■■――』


 交わされる言葉は小さく、また葦原の人間には絶対に聞き取れない類のものであった。

 音が違う。分かる言葉も当然あるだろうが、会話の節々で散見される単語はどう考えてもこの葦原電界では使われていないものであった。

 ゆっくり、ゆっくりと闇は這い寄って行く。


☆ ☆ ☆


「ぐぅう~っ、もうおなかいっぱいだよー!」


 そして一時間後。

 居間には、卓に突っ伏して変な鳴き声を上げて、子供のように駄々をこねるたえ姉がいた。


「くるじい……わたしの料理がおいしすぎて、わたしは今死にかけている訳だが」

「いや知らねえよ」


 今日の魚料理は確かに上手かったし、いい具合で炊けていたご飯もうまかったが……


「さすがにご飯四杯はやり過ぎだ」

「ぐぅうう、勘弁してくれぇー……。おなか減ってる方が幸せなんじゃないのか? これ」

「自業自得だな」


 嘆息しつつもたえ姉の背中をさすってやる。

 辛そうにうーうー唸っている彼女だったが、やがて力なく笑いながら立ち上がった。


「お、おい……大丈夫か?」

「ハハッ、何がだい? あっくん……わたしはね、君の家で家事を任されている、つ、つ……うっぷ」

「大丈夫じゃなさそうだな……」

「大丈夫さ。これくらいなんともない。平気だよ。……昔あっくんの赤だしの中に血を混ぜた時の貧血に比べたら……!」

「はッ!? おまえそんなことしてたのッッ? 嘘だろッ? 台所を任されたからって好き勝手するなよっ! ていうか貧血に陥るほど入れるなっッ!」

「おっと心配してくれるのかい?」

「違うわばか!」

「まあ嘘だから気にするなよ」

「ほ、ほんとか……? ほんとに嘘か? 嘘なんだよな……?」


 オレは心底情けない声でたえ姉に真実を問うた。

「……………………………………………………………………………………ふふっ」

「笑うなァァアアアアアアアア!」


 いたずらっぽく笑うたえ姉に、オレは不安が止められない。七年間同棲していたが故の恐怖がオレを襲う。

 そもそも魂なのに血とはどういうことなんだ? ――という疑問にオレがぶち当たったのはたえ姉と出会って一年ほど経った時期で、その時に初めて権限が『五』の者にだけ許された領域へ不正侵入したという事実もあったりする。調べてみるとあっけないもので、『旧世界の人間に設定された』と書いてあった。


「ああっ、もういいっ。後は俺がやっておくからたえ姉は休んでおけよ」

「ううぅ……じゃあ、お言葉に甘えてそうすることにするよ。……って。あれ?」

「どうした?」

「いや、今あっくんの指先で何か光ったように見えて――」


 などとたえ姉が口にした、その時だった。



 ベぎンッ! という木材が拉げる音と共に、近くの壁に穴があけられた。



「えっ――?」


 まずオレがそちらへ目を向け、間の抜けた声を上げるたえ姉がそれにつられた。

 最初に目についたのは、全身が真っ黒に染まった衣装だ。顔も肌も見せない、頭に被りをした不気味な出で立ちで、おおよそ人間味というものが感じられない。

 しかもその暗色の衣装、凄まじいまでに強烈な臭気を放っていた。鼻の奥のそのまた先――脳髄に突き刺さっているかの如く錯覚するほどの悪臭。まるで酸化した油のようなそれは、こちらの集中力を散らすには最適なものであった。


 その姿を見た瞬間、そいつが何者なのかを理解する。

 ――顔無しだ。

 数百年前から存在する葦原電界における怪異。電気信号で構成された、ほぼ完璧な世界といえるこの世界に紛れ込んだ異物。それ即ち人智を超えた何某かであり――

 オレの前に現れた、新たなる未知の存在だ。

 オレはすぐさま能力を発動して左手に竜爪を装備し、て――?


「■■■ッ■、■認。これより■除を開始する」

「――――は?」


 間の抜けた声が喉から漏れた。

 顔を隠し不気味に沈黙を守るそいつは、あろうことかオレの知覚できる速度を遥かに超えて懐に潜り込み、理解不能な言葉を発しながらオレの胸へ掌底を叩き込んだ。

 咄嗟に後方へ跳躍し衝撃を減らすことで、削られる魂命の量を何とかして抑えるも――


「ぐぁあっ――――!?」


 その膂力、まさしく巨人のごとし。

 大気を震わせる洗練された掌底は、紛れもなく武術に類するものであり、生きた技術に他ならない。効率よく人体を破壊することに特化したそれは、只人が出せる威力の域を遥かに超えていた。

 景色が幾筋もの直線と化し、一瞬にしてオレの後方から前方へと流れていく。

 背後から木々の砕ける音が炸裂し、視界が暗転。木屑を被った体が、明かりの灯っていない隣の部屋へと叩き入れられた。


「がはっ、ごほ! っつぅ……!」


 咄嗟に《窓》を開いて魂命の数値を確認する。

 ――一七〇五/二〇〇〇。


「く、……っ、おい、冗談、だろ……っ」


 そのでたらめな数値に笑いが込み上げてくる。消し飛んだ魂命は軽く三〇〇。凪奈の花弁の群れの連鎖爆発による削除値がおおよそ一〇〇なので、単純に考えてあの最強女の三倍。

 なるほど、これは化け物だ。妖魔・怪異に化生の類とはよく言ったものだ。こんな人間がいてたまるか。

 能力で身体能力を底上げしているのだろうが、それを加味しても掌底突きでこの威力はふざけている。六勢力の大将どもとも差し(サシ)で殺し合うのも可能ではないかと錯覚してしまう。

 そして、


「きゃっ、何なんだいったい! 触れるな! 何よりあっくんをいきなり殴りつけてくれて……っ! ぶっ飛ばされたいのかいッッ!?」


 立ち上がるさなか、そんな絶叫が聞こえてきた。温厚で余裕のあるたえ姉からは想像もできないほど怒気の滲んだ声を上げて、苛烈に『顔無し』を糾弾した。

 目を向けてみれば、大穴の向こうで顔無しがたえ姉の手首をつかみ、もう一方の手に持ったクナイを大きく振り上げて――


「――――ッ」


 その瞬間だ。

 オレの瞋恚が限界を振り切り、その数値が爆発的に上昇した。

 脚部に推進装置を武装して、壁に空いた大穴を一瞬にして通り抜けたのち、奴の懐へ踏み込んだ。

 そして――


「誰に手を上げている。殺されたいのか」


 先の返礼として、その顔面に拳を叩き込んでやる。


「――ッ」


 瞠目する奴の気配を感じながら、オレは竜爪を裏拳気味に振るって『顔無し』を吹き飛ばした。馬鹿みたいに吹っ飛び壁を破壊して庭へ打ち捨てられたそいつへ、右腕の二の腕を貫くような形で創造した無反動砲から、人体を破壊するにはあまりにも協力過ぎる一撃を叩き込んだ。

 ボバッッッ! と庭の地面が爆発する。どうやら狙いを外したらしく、『顔無し』の至近に着弾してしまったらしい。しかし、爆発による衝撃は確実に奴を襲っているようで、庭の真ん中で蹲る『顔無し』は立ち上がるのに時間を要していた。


「たえ姉に触るな、下郎」

「あ、あっくん……?」


 たえ姉を庇うよにして立ちながら、オレはゆっくりと起き上がろうとする顔無しへ向けて殺意すらこもった視線を向ける。


「あっくん、君まさか奴と戦う気じゃあ――」

「たえ姉は待っててくれ」

「あっ、こら!」


 彼女の制止を振り切り、オレは短刀を抜き払って走り出した。


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