終章、弐 そのとき、彼女は――
道は分かたれた。
君はわたしを知らなくて、わたしも君を知らない。
もう会わない――思い出を胸に抱いて、わたしも新しい一歩を踏み出した。
ただ、その前に彼の背中をもう一度だけ見つめて。
「だぁーれだっ!」
そして、振り返ってその背に跳びかかって抱き着くと、両手で目を塞いでやった。
「ぇ、ぁ……?」
「当ててみてごらん? 誰でしょう。分かったら頭を撫でてあげよう」
漂っていた切ない雰囲気を全部壊して、色んな事情や問題、そうした諸々を引き千切って。
「……知らない、やめて、くれ」
「ううん、知ってるはずだよ。ほら、いろんな思い出があるでしょ?」
わたしの胸の中では色鮮やかな宝石が輝いている。それはきっと、君だって同じはずだ。
そして、こんなほろ苦い結末よりも、甘くてふざけたご都合主義を望んでいるのだって。
予想してなかっただろうね。期待だってなかっただろう。
「ほら、答えてみるんだ。簡単だよ? 君が一番好きな人の名前を呼べばいいんだから」
「だから、……だか、ら……! 違うんだ、違うんだよ……ッ。オレと一緒にいたら、そしたら……また、いっぱい人が死んで、また君の命が、危険に晒されてしまって、だからッ……!」
真実は――正しい結末はわたしとあっくんが離れることだ。もう二度と出会わなければ、周りの人たちに迷惑をかけることもないし、わたしやあっくんも神様に襲われることなく穏やかな日々を生き、そしてあたたかい布団の中で死んだはずだ。
でも、たとえ世界中から非難されて、この世の全てや神様を敵に回したのだとしても。
わたしが本当に欲しいものは、〝平和〟じゃなくて〝幸せ〟なんだよ。
「じゃあさ」
でもまあ、君が簡単にわたしを受け入れないなんてことは分かっていた。
だから、こんな質問を投げかけてあげよう。
「神様と戦うのと、わたしと離れるの、どっちが嫌?」
「――――ッ」
息を呑んだ気配があった。
「神様が人を殺すなら、それを二人で守ればいい。わたしや君の命を狙うなら、二人の力で何度だって叩き返してやればいいじゃないか」
もちろんそれが難しいことだと理解している。わたしたちがもう一度道を同じくしてしまえば、そのせいで命を落とす人が現れることだって理解している。
でも、それを全部承知した上で、わたしは君とずっと一緒にいたいんだ。
たとえ罪のない人間が死んでしまうのだとしても――それでもわたしは君と一緒にいたい。
君と一緒に生きいけるのなら、わたしは悪人になっても構わないんだ。
軽蔑されても仕方ないけれど、でも――しょうがないじゃないか。
だって。
「君が好き。天津淡島くん――わたしをそばに置いてください。あなたを何より愛しています」
もう、捨てないでとは言わないよ。
「あなたの気持ちを教えてください」
「卑怯、だ……」
そうだろうね。だって、今わたしがしていることはご都合主義なんだから。
「オレ、だって……ッ」
「うん、分かってるよ。君がわたしと一緒にいたいことなんて」
だから重要なのはそこではない。
本当に大切なのは――命を背負う覚悟だ。
わたしを求めるだけじゃない。わたしと一緒に、これから起こる災厄の全てを払いのけ、失ってしまったものに対して一生責任を持ち続ける覚悟があるのなら。
「だから、君がほんの少しでいい。勇気を出して、小さな一歩を踏み出してくれたのなら――」
「――――」
これで、言いたいことは全部言った。
だからあとは、あっくんの答えを待つだけだった。
一秒、二秒と時間が経って――やがて、彼は拳を握った。
「……これから、痛いことや辛いことがいっぱいあると思う。自分たちのせいで人が死ねば、その重みを一生背負い続けなきゃいけない。その――覚悟はあるのか……」
「愚問だ。君と一緒にいられるのなら、いくらだって身を削ろう」
「――――ッ、…………っ」
ふわりと風がわたしたちの頬を撫でると、あっくんはわたしの手をよけて振り返り――
「おかえり、たえ姉」
「……うん。ただいま」
涙を流して向かい合い、いつものあいさつを交わした。
わたしたちの二度目の運命――それを見守る空模様は、澄み渡る蒼穹だった。